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転生モノのお約束に挑戦した57話。

 前世で格式高い料理と言えばコース料理だが、それは王国でも同じ。

 出される順番も、前菜、スープ、魚、と前世と変わらない。まあ、品数が多くて手間もかかる高級な方式なので、貴族と言えど毎日食べるわけではない。費用もそうだけど、毎日食べたら健康を害するくらい太るって切実な理由もある。

 けれど、食べる順番という意味では、コース料理が定石だ。


「こちらが本日のメイン――ウサギの王室仕立て、エルピネクト風でさあ」


 だから、最初の品にこれを出すのはおかしい。

 ウサギの王室仕立てって、伝統的なメイン料理じゃないか! っと、普通の輩なら驚くところだろう。実際、僕以外の全員が目を丸くしている。姉上や兄上もその中に入っているのは、うちでも普通じゃない行為だから。

 だが、僕は違う。

 曲がりなりにも食道楽を名乗る以上、一品目にメインを出した意図を読み取るものなので、とりあえず肉にナイフを入れて断面を確かめる。


「ウサギや付け合わせには、特に変わったところはないね」


 王国の定番料理をざわざわ出した理由か。

 まず、絶対にないことは、変化がないこと。僕を挑発した以上、新しい試みを入れていることは確実。残っている中で変化できるものと言えば。


「――ってことは、ソースの隠し味を当ててみろってこと?」


「ハッ、分かってることを口にするのは無粋ってもんだぜ」


「今日は観客がいるからね。事前に言語化しておいたら、挑戦する変わり者がいるじゃないか」


「言語化しなきゃ分からねえヤツは、何したって分かんねえよ。特に今日のは、若に勝つ自信があるソースだぜ」


「いつになく強気だね? ちょっとビックリだよ」


 とりあえず、1口。

 本来は野ウサギを使うところだが、うちでは養殖ウサギを使用してる。なぜかって? エルピネクトの特産品だからですよ。

 野生に比べて運動不足なので、肉質は柔らかく脂も乗ってる。でも野性味が薄いので、ウサギらしさが弱い。だからこそ、動物の血をソースに使用することで、野性味をプラスする。今回のソースにも当然入っている。


「詰め物のウサギの肝臓と、ソースに入れたウサギの血で、野ウサギに負けない風味を付けるのはいつも通り。……なのに、なんで肉の味が際立ってるんだ!?」


 人差し指でソースをすくって、舌の上にのせる。

 ソースの味はほぼいつも通り。使っている材料は味わうまでもなく記憶しているが、だからこそ分かってしまった。僕の知らないナニカを、隠し味に加えていることを。


「……何? ほんのわずかに加えただけで、肉の味が際立つものって、何? というか……そんな便利な食材を僕が知らない……?」


 どんな顔しているのか想像つかない顔のまま、料理長を見上げた。

 ニヤケきったヤクザ顔が、やけにウザい。


「やっぱ分っかんないよなぁぁあああ! だって若じゃ食べれないもんを入れたからなぁ、とうぜんだぁぁあああ!!」


「……ッチ」


 思わず舌打ちをしてしまった。

 でも、食べたことないものか。どうりで自信たっぷりだったわけだ。僕が同じ立場なら、賭けにしてるくらいだもん。


「…………だれか、ワイン持ってきて」


 言った数瞬後、僕の背中は床に叩きつけられた。


「――今すぐに取り消すんだセディ!!」


「そうだセドリック! 酒を飲もうとするだなんて、何を考えている!?」


 王立学校で生徒会長をやってるハルトマン兄上と、甥っ子殿下の取り巻きをやっているレオナルド兄上に、僕は押し倒されていた。

 押し倒した理由は、未成年が飲酒をしようとしたから、ではない。そも王国で成人とされるのは、15歳から。僕は立派な成人なので、飲酒をしても問題ないのだ。


「あんなムカつく顔を見て、おとなしく引き下がったら食道楽の名が廃るんですよ! 負けるにしても全力でやらなきゃ、意味がないんです!」


「だからって酒を飲むことはないだろう! セディはエルピネクト家を潰したいのか!?」


「大丈夫、料理長の料理なら暴れないから、暴れても実家のことだからセーフ!」


 僕はお酒を飲むと、理性のタガが外れやすくなって、本能的な部分が敏感になる体質だ。

 特に味覚の鋭敏化が顕著なんだけど、ほとんどの料理が不味く感じるという欠点がある。正確には、料理の粗が際立ってしまう、か。

 ここで1つ、想像してみて欲しい。

 食道楽を自称する人間が料理の粗を見つけたらどうするか。理性のタガが外れやすくなっていたらどうなるかを。

 言葉にするのは無粋だけど、あえて言うなら


「殿下たちがいるからセーフなわけあるか! 鎖で縛るぞ!!」


 レオナルド兄上のセリフ、かな。


「――おい、小童ども。いい加減に若からどけ。仕事の邪魔をしないんだろう?」


 メイドが持ってきた赤ワインを、料理長がグラスに注ぐ。

 兄上たちは無言になって僕を睨んだ後、もう知らん、と言いたげに僕からどいた。


「いたた……。もう、乱暴なんだから」


 倒れた椅子を自分で戻して、グラスを手に取る。


「……ねえ、渋すぎるんだけど。もっと軽いのなかったの……?」


「王室仕立てなんて重いもん、赤のフルボディに決まってんだろう」


 赤ワインは渋いのが苦手。

 飲むなら白の中でもフルーティーなのがいいけど、肉料理だと出してくれない。


「まあ……2杯目を飲まなければいいか」


 アルコールが身体に回るのを待ってから、改めてソースを舌にのせる。

 目を閉じて、味蕾から送られる情報に集中する。


「……んー、肉の味を引き立てているのは、うま味と……塩味……あと、独特の香り」


 香りの方に、心当たりはない。

 食べたことないってのは本当みたいだけど、うま味と塩味のバランスだけを見れば近いものを知っている。


「多分、液体状の発酵食品が、入ってる……近いのは、魚醤……」


 日本で魚醤と言えば、秋田県のしょっつるとか、ベトナムのニョクマムが有名か。


「でも魚臭さは一切ない。だから考え方としては、魚を使わない醤……僕が食べたことなくて、エルピネクトで入手可能なものは…………――――まさか、醤油!!」


 勢いのままに席を立ったら、グラスが床に落ちて割れた。

 けっして安いものではないけど、僕は一瞥もしなかった。


「いつ、いつできたの!? 生産量は!? いつから売れるようになる!!」


「落ち着きな若、ちゃんと説明するから……はあ、何で分かんだよ……」


 悔しそうなヤクザ顔を見れて溜飲が下がった。

 醤油が出来た興奮で酔いも醒めたので、とりあえず行儀よく座る。


「経験と情報さえあれば、食べたことなくても特定は可能だよ。――それより、醤油について詳しい説明を」


 前世日本人としては、醤油味を食べたくなるものだが、大半の日本人と同じように僕に醤油を作る知識や技術はない。

 でも、世界は僕を見捨てなかった。

 魔巧文明時代の料理本の中に、醤油の作り方のヒントがあったのだ。色々と理由を付けてマリアベル姉上から予算をもぎ取り研究を開始。その成果が、ここにある。


「ものになったのは、若が学校に行ってからだ。材料はひよこ豆だから、材料の調達に無理はない。大量生産のノウハウ作りはこれから、味の追及もこれからだ」


「なら、同時並行で進めて。普通に使うと慣れない香りに拒絶反応が出るかもしれないから、今回みたいに隠し味で。その後は、だんだんと受け入れられるレシピを増やしていく方向で」


「その方向でもう進めてるよ。レシピは、この後の料理を見てジャッジしてくれ」


「仕事が早くて助かるよ。――とりあえず、これ食べきっちゃうから準備はしといて」


 醤油が使われている分かると、食べなれたウサギも美味しく感じるから不思議。

 実際に美味しいんだけど、実体以上に美味しい。ゆっくりと時間をかけてソースの味を楽しみながら、メインの1皿を完食。

 口直しのためにレモン水で口をリセットすると、次の皿がテーブルに載った。


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