0056
関係者を全員会議室に連行した僕は、お説教を始めた。
「別にさ、血の気が多いことをどうこう言うつもりはないよ。僕も比較的多い方だし、実力行使も躊躇しない方だから。でもね、だからこそ大義名分を大切にしてるの。正当防衛とか、仕事のためとか色々とくっつけるの。対してお前らは何? 僕より年上のクセして、他家で殴り合いをしようとした? ふざけてるの、それともバカなの? もしくは、エルピネクト程度なら何かあっても揉み消せると思ってるの? そんな舐めたこと考えてるなら、手前ら全員廃嫡にして責任取らすぞっ!」
失礼、見栄を張りました。
説教ではなく、ただのグチです。グチを聞かせる為だけに、全員集めました。
ちなみにエルピネクト家からは、王立学校に通ってる姉兄を全員招集しました。理由は、僕が大変な目に遭ってるのに呑気に遊ばれるのが気に食わないから。
もちろん大ブーイングだったけど、うちで起こった学校関連のトラブルなんだから成り行きを見守れって言ったら、渋々認めてくれた。説得に応じずに文句を言ってくる双子の姉もいたけど、次期領主の強権を発動しました。
これでも、エルピネクト家の序列3位ですから。
ちなみに1位は領主である父上で、2位は領主代行のマリアベル姉上です。
「待ってくれセドリック殿! 殿下たちの行動にお怒りになるのはもっともだが、廃嫡というのはいくらなんでも……」
「出来るよそのくらい。貴族がうちで揉め事を起こしたら、軍事裁判基準で裁くことが認められている。次期領主が動かなければならない問題なら廃嫡にだって出来るし、廃嫡になった貴族は何人もいる。――エルピネクトはね、そのくらい特殊な場所なの。貴族が強権かざして混乱して奈落領域に沈むようなことがあれば、王国滅亡の危機なんてすぐにやってくる。この馬鹿共がしたのはそのレベルの愚行で、口を挟んだ貴様は王国滅亡を望む間者という扱いになることを理解しての発言か? だとしたら、コレも覚悟しろ」
首をトントンと叩くと、青ざめながら着席した。
まあ、こんなことをグチりながらストレス発散に努めること、3時間。お手洗いを希望した人は逃げないように監視を付けて外に出しましたが、それ以外で外に出すなんてことは一切せずにグチり続けました。
案の定、全員グッタリしています。
元気なのは僕くらいです。持久力に優れたマナ回路を持ってると、10時間くらいならグチり続けられます。土下座とか駄々こねるとかすれば、5時間くらいには減るけど。
「――そういや、フレッドはなんでいんの? アイザックは公務とか抜かしてたけど、お前に公務とかないのね? もしかして、僕を過労死させにきたのかな?」
グチを一通り吐き出して、今更としか言いようのない疑問が湧き上がった。
手足と胴を椅子に縛り付けたフレッド君に対しての問いかけだったけど、グッタリしすぎて話も出来ないみたい。どうしよう、お腹でも蹴れば喋るかな?
「セドリック様、私からお答えしてもよろしいでしょうか?」
「えっと……フレッドの婚約者のセリーヌさん、だったね。甘やかすのはどうかと思うけど、話が進みそうにないからお願いできる?」
「ありがとうございます。フレッド様は、伯爵閣下の指示でエルピネクトに参りました。世間を見てこいとのことだったのですが……」
「世間を見る前に、世間を体験しちゃったわけか。ブラヴェ伯爵にはありのままを伝えておいて。フレッドに任せると、事実が歪曲しそうだから」
そも呼び捨てにしてる時点で、馬鹿共を信用してないって伝わってると思うけど、念のため。
「かしこまりました。私の口から直接伝えさせていただきます。――時に、フレッド様とアイザック様はいつまで縛られるのでしょうか?」
「丸1日だから、後21時間くらいだね。当然エサは上げないし、火事にでもならない限り出してあげないし、終わったら片付けさせるからそのつもりで。もし手伝ったりしたら、同じ目に遭わせるからね。男女関係なく」
姉上と兄上が顔を歪めたが、気持ちは分かる。
我が家の伝統的なお仕置きだもの。目隠しと猿轡は省略しているけど、どれだけキツイかを実体験してる。もちろん僕も。
「ちょうどいいから、揉め事を起こさないためのルールを決めよう。破ってもそこの馬鹿共と同じ目に遭わせるから、気を付けて。――あ、姉上と兄上と僕はいつも通りのコースにするから、安心しないように」
エルピネクト家って皆タフだから、少しでも緩めるとお仕置きにならないの。
姉上と兄上から無言のブーイングが浴びせられるけど、無視します。他の連中も何か言いたげだけど、そっちも無視。意見を変えて欲しいなら声に出しなさい。もちろん、論理的に反論しない場合、徹底的に叩くけど。
「ルールは、相手の仕事を邪魔しない、程度のものでいいよね。邪魔の範疇だけど、直接手を出さなくても挑発とかも含めるよ。派閥の人間がやらかしたら、トップも同じ目に遭わせるから注意してね」
縛られた馬鹿共が椅子をガタつかせる。
文句ありそうなのに口を開かないのは、何度も言葉で叩き潰したからかもしれない。
「何も難しいことは言ってないよ。要約すると、相手の邪魔をしないよう常識的に行動しろってことだもん。トップが連帯責任なのは、お互いに信用がないからルールで縛ろうって話。まさか、こんな簡単なことが出来ないとは言わないよね?」
僕だったら、足を引っ張るために部下を使えばいいって考えるもん。
ヤクザで例えるなら、鉄砲玉的な思考。でもトップも一緒に罰ゲームってなれば話は別。抑止力としては充分だろう。
問題があるとすれば、僕への恨みから姉上か兄上が自爆攻撃を仕掛けてくる可能性があることだけど、まあ、そこまでしないだろうさ。
「じゃあ、決を取ろうか。僕の提案に反対の人は立って」
懐中時計のふたを開けてきっかり1分待つが、誰も席を立たなかった。
すんなりと決まって楽だったけど、ちょっとは根性見せて交渉しろよとか思ってしまう。まあ、楽に終わったからいいか。
「じゃあ、そこの馬鹿共以外は解散ってこと――」
「――やっと終わったみてえだなぁぁあああ、若ぁぁああああっ!!」
ドスの効いた雄たけびが、会議室を蹂躙した。
「……はあ、ドスを効かせないでくれるかな。せっかく会議がまとまったのに、怯えられてご破算とかイヤだからね」
「別にいいだろうぉお? ガキ共のケンカの仲裁ってだけなんだから」
2メートル以上の巨体を曲げながら、二足歩行の爬虫類が入ってきた。
身体の至ることろに切り傷が刻まれており、彫りの深いトカゲ顔を合わせれば、ヤクザのドンにしか見えないが、うちの使用人の1人だ。リザードマンと呼ばれる種族で、早い話が二足歩行のトカゲ。でもトカゲよりはドラゴンに近い種族だったりする。
「んなことよりも、会議が長すぎんだよぉお。せっかく俺が作った料理が、冷めちまうだろうがぁぁぁあああああ!!」
「だからうるさい。後、そんなこと言いつつちゃんと温かいんでしょ。会議が終わった瞬間にカチコミしてきたことが証拠」
我が家でもっとも厳つい男は、なんと我が家の料理長なのだ。
正直、包丁よりも斬馬刀が似合うけど、こいつを戦場に出すなんてもっての外。
僕の無茶ぶりに付き合ってくれる、数少ない例外だからね。
「――ハッ、分かってんじゃねえか。じゃあさっそく」
「その前に1つ。母上のリクエストにはちゃんと答えたんだよね?」
「つまんねえ仕事は部下に任せてるから知らねえよ。銃声が聞こえてねぇんなら、問題ねえだろうさ」
癇癪起こしたからって、銃は撃たない人だから。
ま、ナマモノなヴィクトリア姉上よりの冗談よりは笑えるかな。
「母上に料理を出すことをつまらないって言わないの。エルピネクト家の料理長でしょ」
「若以外に出すのは張り合いがなくてつまんねえんだよ。特にあのガキンチョは、魚出しときゃ満足する質だからなぁああ」
「ソリティア母上は確かに見た目子どもだけど、50歳だよ」
「中身がガキならガキンチョだ」
否定できないな。
僕より年上のクセして、問題起こした馬鹿共がいるし。
「ま、若はガワがガキでも中身が違えから、面白れえんだよなぁぁあああ」
「分かったから殺気を出さない。早く持ってきて」
「おう、今日は若の度肝を抜くぜ」
尻尾で床を叩きながら、料理長が出ていった。
顔が怖いのに殺気まで出すから、会議室にいるほとんどの人が怯えている。
ここは、僕が場を和ませなければ。
「――皆、今日は運が良い。うちの料理長が死力を尽くした新作を食べられるよ。僕以外は滅多に食べれないものばっかりだから、王都に戻ったら話のタネになるのは間違いなしだ」
誰も反応しない。これは滑ったか?
「質問しても、よろしいかしら?」
「もちろんですよ、ロズリーヌさん。答えられるものに限りますけど」
「料理長の新作を、セドリック様以外が滅多に食べられない理由をお聞きしたいのでけれど」
「主な理由は、味が安定しないからです。うちの食卓に上るまでには、味の調整を何十回もして、レシピを完成させてからになるので、皆が食べる新作は本当に一握りなんですよ」
「では、美味しくない可能性はあるのかしら?」
「機嫌が悪いときに、わざと不味い料理を出されたことはありますけど、今日は大丈夫ですよ。すっごく機嫌が良いですし、自信満々って感じでしたから」
実を言えば、今日の新作はすっごくすっごく楽しみ。
僕の度肝を抜くだなんてセリフ、挑発以外の何ものでもないからね。
「なら、楽しみにさせてもらうわ」
顔には出ないが、どことなく楽しそうだ。
でもこの場では、ロズリーヌさんや僕は少数派。
僕の姉兄を含めて、大多数が不安そうにしている。やっぱり、アレか? ヤクザっぽいトカゲが料理長だと、毒を盛られそうとか?
顔と口調と殺気は怖いけど、料理は最高なのに。やっぱり見た目が大切ってことだな。