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0055 フレデリカ

 私、フレデリカは、待ちに待った夏休みに浮かれていた。

 授業がなくなったからでも、バイトに勤しめるからでも、自分の研究に時間を使えるからでもない。ただただ、エルピネクト領へと行く時間が出来たためだ。


(すぐに行ったら、セドリック様に召し抱えていただけることがバレるかもしれないから、数日は時間を置こう。私が奈落領域の開拓に誘われたことは知られてるし、友達に興味があるってボソッと言ってるから、怪しまれる可能性は少ない……はず)


 本来ならしなくてもいい警戒をしているのは、私が無駄にモテているからだ。

 別に自慢をしているわけじゃない。ただただ鬱陶しくて煩わしい人達にモテて、心底困っているのだ。


(私だって女だから、恋とかには興味あるけど……あの人たちはあり得ない)


 婚約者がいるのに、破棄して私に告白するとかありえない。

 そもそも、平民の私が貴族の正室になること自体が、まずない。普通は妾で、良くて側室。、正室に許されるとしたら、ど田舎の騎士爵家が本当にギリギリのライン。婚約破棄してまで正室になれだなんて迫れても、断る以外にはない。

 本来ならありえない事態だけど、在学中に何度も起こってしまった。

 おかげで、どこも雇ってくれない。セドリック様から家紋の入ったカフスボタンをお貸しいただくまでの日々は、思い出したくもない。

 カフスボタンを使えば、エルピネクト家の方に会える。上手くいけば、セドリック様がおっしゃった私の魅了? 的な力をどうにかする方法が見つかるかもしれない


(……そう、浮かれてたのが悪かったのかな?)


 私は今、馬車に乗っている。

 行先は、エルピネクト領の中心地である、蝶都グロリアスパピヨン。

 同行者は、


「エルピネクト領への訪問など気乗りしなかったが、道中でフレデリカに会えたのは幸運だった。砂漠で水を、というのはこのことだな」


「えっと……はい……」


 フレッド・ド・ブラヴェ。

 私への好意を隠そうとしない、あり得ない男その1。


「フレッド様。そのような物言い、平民のフレデリカさんが困りますよ」


「ぬ、だが、気乗りしないのは事実……」


「親しき中にも礼儀ありと言いますし、身分差とはフレッド様が考える以上に大きいものです」


 特にあり得ないのは、婚約者のセリーヌ・ティエール様が同じ馬車に乗っているのに、無視して私にアプローチすること。

 立場的に断れないから、ずっと針の筵状態なのよね。


「身分差と言っても当主ではないぞ。それにエルピネクトも言っていただろう。継承権一位であっても、確定ではないと……」


「あれはセドリック様だから言える暴言です!」


 まったくもってその通り。

 病死とかしない限り、普通は継承権通りに爵位は継承される。加えて、貴族名鑑に載っていれば貴族だ。ただの平民である私が下手な対応をすれば、死刑になってもおかしくない。

 次期エルピネクト子爵であり、現エルピネクト男爵であるセドリック様と同じ行動が取れるはずがないのだ。


「大体ですね、気乗りしないエルピネクト領への訪問が決まった理由、忘れたんですか?」


「無論だ。お爺様が、世間を知ってこいと……」


「フレッド様が中央しか見えておらず、エルピネクト家の力を理解していないからです」


 辛辣な物言いだけど、怖くないのかな?

 婚約者だとしても、嫌われれば立場が悪くなる。例えば、第三王子殿下の婚約者である、ロズリーヌ・フォスベリー様のように。


「伯爵閣下も説明していましたが、念のためにもう1度します。エルピネクト家は名目上こそ子爵家ですが、実質的には伯爵家以上。ハッキリ言いますが、ブラヴェ伯爵家程度、簡単に没落させるだけの力があります」


 仕官するために一通り調べて分かったのは、エルピネクト家はただの貴族では収まらない力を持ってるということ。

 国を滅ぼしうる奈落領域と単独で戦争をし続ける武力。

 北部貴族の大多数に金を貸し与えるだけの財力。

 ほぼ未開の地に都市を築き、王国全体の7%に占めるまでに成長させた領地運営力。

 これらを背景とした、政治力。

 すべてを合わせれば、王国から独立しても問題ないだけの力を持っているのが、エルピネクト家だ。


「……それは、分かっている」


「いいえ、分かっていません。その証拠に、セドリック様と再戦しようとして周りから止められた理由、分かっていませんよね?」


「すぐに再戦しても、断られるからだろう?」


「違います。セドリック様が、伯爵閣下に事前に根回ししていたからです」


 セリーヌ様の語る事実に、背筋が凍った。

 伯爵家当主と交渉できる立場と交渉力を、中間考査のために使用する大胆さ。この程度何でもないと言っているようで、とても成人したばかりとは思えない。


「お爺様がエルピネクトに屈したと言いたいのか!?」


「内容を知らないので屈したかは分かりません。ですが、何らかの条件で同意をし、フレッド様が北部関連で動けないようにしたのは事実です。今回の訪問も、王都に留まるセドリック様と関わらずに済むように、という意図もあるのですよ」

 フレッド様は、納得できていない顔をしている。

 下に見ていた後輩が、雲の上の存在と交渉し成功させたとは認めづらいだろう。


(今、セドリック様と鉢合わせたら、どうなるんだろう……)


 セドリック様が領地に戻っていないのは幸いだな。


「――到着しましたね。そういうわけですから、絶対に騒ぎを起こさないでくださいね」


「――さすがに他家で騒ぎは起こさない! いい加減信用しろ!」


 セリーヌ様が、無理だって顔してる。

 日頃のフレッド様の行動を考えれば、信用なんて出来やしない。


「……ここが、エルピネクト城」


 城塞都市、蝶都グロリアスパピヨンの中心部。

 エルピネクト家の住居であり、エルピネクト領の政治を取り仕切る場所でありながら、要塞としての色が濃く出る城。王国有数の賑わいを見せながらも、ここが人域の最前線であることを認識せざるを得ない。


「フレデリカ、本当に俺たちと行かなくてもいいのか?」


「はい、当てはありますので」


 ブラヴェ家一行と一緒に行ったら、目的が果たせなくなる。

 城に入る前に馬車から降り、時間を置いてから入城した。

 セドリック様からいただいたカフスボタンを見せ、多少ボカしながら来た理由を説明したところ、驚くほどあっさりと中に入ることが出来た。通された部屋も貴族が使用する上等なもの。


「……これ、悪用しないようにしないと」


 指示が書かれた書状でなく、ただのカフスボタンでこれだ。

 エルピネクト領内における、セドリック様の影響力を垣間見た。


(うぐっ、緊張したらお腹が……)


 後から思えば、ここが分岐だったのだろう。

 お腹が痛くなったからと、すぐにお手洗いに案内してもらわなければ、


「おお、フレデリカじゃないか! エルピネクト城で会うとは驚きだ。もしや、俺に会いに来たのか?」


「無事に入れたようで安心したぞ、フレデリカ。一体どんな伝手を持っていたのか気になるところだが、俺は信じていた」


 帰り道で、フレッド様とアイザック様の両名と鉢合わせしなかったのだから。

 この2人は相性が悪く、公立学校ではよく言い合いをしている。嫌味の応酬に収まっているのは、互いに立場があることを理解しているのだろう。

 だが、私が近くにいない場合に限る。


「どういうことだ、フレッド。まさか、嫌がるフレデリカを無理やり連れてきたのか?」


「道中でたまたま会っただけだ。目的地が同じだったから、途中まで同じ馬車に乗っていたがな」


「お前、婚約者を同行させている中、フレデリカを誘ったのか? さすがに常識を疑うぞ」


 私は、お前が言うなと思った。

 多分、私だけじゃない。ここにいる皆が思ったはずだ。

 アイザック様は婚約者が隣にいるのに、堂々と私を口説くような人だ。フレッド様の常識を疑ったことは事実だけど、この人の常識も疑うしかない。


「アイザックこそ、第一声が『俺に会いに来たのか?』だったな。毎度毎度、フレデリカが迷惑そうな顔をしていることにも気付かずにそんなことを言うのは、目と耳が悪いんじゃないのか?」


 フレッド様の発言に対して、お前が言うなと思った。

 婚約者のセリーヌ様も私と同じような顔をしているので、周りも同じように思ったはずだ。

 互いに自分のことを棚に上げたけなし合いがしばらく続く。正直、私たちはいつものことだと事態を甘く見ていた。適当なところで終わるだろうと思っていたのだ。

 アイザック様とフレッド様が、同時に拳を振り上げるまでは。


「――殿下、さすがにやめてください!?」


「――フレッド様、何をしているんですか!?」


 付き人が身体を張って止めようとする、止まらない。

 マナ回路を起動して、付き人を振り切ってまで殴り合いを強行しようとする。エルピネクト家のハルトマン様とレオナルド様がどこからか来て、止めに入っていると言えばひっ迫差が分かるだろうか?

 お2人に手上げなければ止めることは出来ない。

 でも、立場的に手を上げるのはまずい。ここにいる全員が二律背反に悩まされていると、


「――じゃかあしいわ大馬鹿共!!」


 小さな巨人が、お2人の髪を乱暴に掴んで床に叩き伏せた。

 なんか、鼻骨が折れたような音が聞こえたけど、気のせいだと思いたい。妙に生々しい鉄っぽい匂いがする気がするけど、きっと気のせいに違いない。


「――おい、今のうちにコイツ等を縛り上げろ。責任は取ってやるからすぐにやれ」


 縛り上げるも何も、意識がないと思います。

 身体に力が入っていないようだし、起動したマナ回路も休眠しています。でも逆らえない怖さがあるのか、ハルトマン様とレオナルド様がメイドから縄を受け取って腕を縛っていた。


「おい大馬鹿共。人の家で騒ぎ起こしたんだ、このくらいのことでガタガタ言わない……っておい、気絶してんの? ――兄上、このバカ2人を会議室まで運んで。あとうちの使用人以外の全員、お前らも一緒な。拒否したら、分かるよね?」


 面倒くさそうな声音に変わったけど、怖さが変わらない。

 この時、私は改めて思った。セドリック・フォン・エルピネクト様を敵に回すのは絶対にしないようにしよう、って。

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