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 地下へと続く階段を、下へ、下へと降っていく。

 この先にあるのは、広大な地下研究施設。日本人ならば1度は憧れる地下施設。秘密基地みたいでワクワクするけど、普通、領地貴族の屋敷にはないものだ。無駄にお金がかかる地下施設を作るよりも、余ってる土地を使って普通の研究施設を作る方が楽だからだ。

 じゃあ、何で地下施設があるかって言うと、安全な土地が少ないのだ。


「王城に匹敵する城と聞いていたけれど、それ以上ね」


「人類最前線の都市であり、人域最後の砦ですからね。実際に、10年前にもここを襲撃されてるんです。幸いなことに城壁の外側で潰しましたが……授業だって5歳の子どもを最前線に連れてくってどういう神経してるんだよ。おかげで連中の怖さは身に染みたけど、偶に夢に出るし……」


 奈落領域とは、正真正銘の異界だ。

 ひとたび出現したならば人の住めぬ土地に変え、放置をすれば領域を拡大するためにさらに土地を侵食する、紛うことなき人類の敵。エルピネクト家は40年以上に渡って奈落領域の開拓を続けているが、蝶都の安全を確保できたとはお世辞にも言えない状況だ。

 エルピネクト家の本邸はそんな蝶都の中心部にあり、重要な防衛施設としての機能を有していることから、エルピネクト本邸は人々から「城」と称されている。


「噂以上に、過酷な土地なのですね」


「戦いが絶えないって意味では過酷ですが、他では手に入らない資源が手に入るのでマシですよ」


 奈落領域は人類の敵であると同時に、冒険者の職場でもある。

 完全なる異界の中は、この世界とは全く別の法則によって動いている。この世にはない鉱物や植物といって資源が豊富にあり、しかるべき場所に売ればひと財産になる。

 エルピネクト領にとっても、少なくない収入源だ。


「……ただ、資源に目がくらんだバカがちょっかいかけてきて、面倒なんですよね。うちが潰れたらどれだけ困るか、理解していない欲深さんが多いんでしょうか?」


「おバカな殿下でさえ理解していますから、極々少数派だと思いますよ。おそらく、マウントを取って甘い汁を吸いたいだけでしょう」


「なら、僕が子爵になったらもっと多くなるか。この見た目じゃ舐められるのも仕方ないとはいえ、煩わしいのは困るな」


 肥満には富の象徴という一面はあれど、度を越した肥満は不摂生、自己管理能力の欠如と受け取られる。どうやっても痩せることの出来ない僕のまん丸ボディは、度を越した部類に入ってしまうのだ。

 父上も同じくらいの肥満だけど、あの人は別枠。

 悪評を凌駕するほどの実績を立てた人を、侮るバカはいない。


「……あの時にフレッド君に勝ってたら、違ったかな」


「玄人好みの内容でしたから、勝ったのは偶然だと思われるだけではないですか?」


 観客じゃ生徒だけだから仕方ないか。

 武官科の生徒でも、防御の難しさと繊細さを理解できるのって、A班くらいだもん。

 まして間合いを詰めながらコーナー際に追い込んだことを分かってくれる人なんて、どれだけいるだろう? カーチェは確定しても、20人いないんじゃないかな。


「あれが玄人好みとなると、ぐうの音も出ない武功を出すしかないか……。ロズリーヌさん、王都での認識についてお聞きしたいのですが、奈落領域の解放ってどんな認識ですか?」


「戦争で領土獲得した場合と同じくらいよ。開拓地を領土にした騎士爵になれるから、武闘派貴族の3男坊が無謀に挑んでよく死んでいるわ」


「あー……うちにも2年置きくらいにバカな3男坊がきて、暴虐無人に振舞ってたな。姉上や兄上がしばいた後、相手の実家を脅して色々巻き上げてたから、歩く宝箱にしか見えなかったけど」


 バカでかい武器を振り回しながら笑う、マリアベル姉上の姿が印象的だった。

 ストレス発散と他家に恩を売れる良い機会だとしか思ってないんだろう。他の貴族なら対応に困るだろうけど、ここは陥落してはいけない超重要拠点。

 領内の混乱=人域の危機、という方程式と、王国でも上位の軍事力。

 この2つがあれば大体の貴族は何も言えなくなる。


「では、エルピネクト様が脅……交渉をしては? 次期領主が王都にいるのですから代行する大義名分はありますし、叩き潰したという実績は分かりやすいですよ」


「なるほど、良いアイデアです。学校ではやりすぎないように注意していましたが、大義名分があれば潰しても問題ないですからね」


「ええ、本当に。ちょうどよくバカなボンボンがいますから、彼らが騒ぎを起こすようにさりげなく誘導しましょうか?」


「……王国のパワーバランスが崩れるので自重してください」


「そうですか……残念です」


 自分の派閥を削るような提案をするとは、恐ろしい。

 僕が受けても受けなくても、どっちにしろロズリーヌさんに利益が出るようになってるのが、より恐ろしい。

 僕が殿下を潰したなら、婚約破棄の可能性が上がる。

 提案を受けなくても、僕が何に重点を置いているかを測る物差しになる。

 バカ殿下はよく、ロズリーヌさんみたいな人を敵に回せるな。味方にした方が得だし、美人さんなんだから問題ないだろう。


「大分歩きましたが、地下にしては広いのですね」


「この空間自体が、エルピネクト家の実験の成果なんです。防御施設の構築は当然として、その他の施設を建設する時間が短縮されれば、経済活動のプラスになります。古代文明の建築技法はもちろんのこと、現代の魔法技術をいかに応用するかを追求した結果の1つが、ここです」


 エルピネクト家の地下施設は、地上部分と比較して半分ほどの体積がある。

 つまり、エルピネクト本邸の3分の1は、地下なのだ。

 実験優先で作ったため全てを有効活用できているとは言えないが、魔法の実験関連は危険が伴うので最奥部分に押し込められている。


「そしてこの奥が、《銀の魔弾》と称された狙撃手、ミレイユ・エルピネクトのラボになります」


 木製の扉を開けると、自動車の整備工場のような施設が広がる。

 ミレイユ母上は狙撃手であると同時に、優秀な魔巧技師だ。

 魔巧技師が扱う魔巧技術は、3000年前から1000年前に発展した機械を扱う魔法体系のこと。地球の機械技術と重なる部分が多くあるので、魔巧文明時代にはSFチックな印象を持っている。


「ミレイユ母上、セドリックです。どちらにいますか?」


「…………ここ」


 部屋の奥から、可憐な声がした。

 機械をいじっている音にかき消されているけど、とりあえず近づく。


「お久しぶりです、母上。元気そうですね」


「うん、元気」

 ツナギを着た小さな背中が応える。


「今日は王都からお土産を持ってきましたよ」


「甘いもの?」


「いえいえ、研究が進んではしゃいで寝落ちしているヴィクトリア姉上です」


「ヴィっちゃんが、お土産……」


 手を止めて、ツナギが振り返る。

 クリクリとした目で姉上を視認した後、ぺちぺちと頬を叩く。


「ヴィっちゃん、起きて。ママだよ」


 見た目は、ヴィクトリア姉上そっくりだ。

 姉上が12歳くらいのときは、ミレイユ母上と双子に間違えられたんだろうなってくらい、そっくりだ。


「この方が、ミレイユ様ですか?」


「そうです。正真正銘のミレイユ・エルピネクトです。……これでも50歳超えてますよ」


 母上に聞かれないように、こっそりと伝える。

 エルフは大体、20歳から300歳くらいまでは見た目が変わらないけど、母上のように子どものままで固定されるのは珍しい。いないわけではないが、かなり珍しい。


「……エルピネクト子爵に関する噂の中に、ロリ――」


「その通りですが言わないでください。息子には、直視したくない現実というのもあるんですお願いします」


「……分かったわ」


 父上の性癖は有名だ。

 貴族のみならず、庶民にまで広まってるくらい有名だ。

 でも僕は聞かなかったことにしている。その方が幸せだから。


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