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 さて、現実逃避でもしようか。

 僕ことセドリック・フォン・エルピネクト男爵は、31人姉兄の末っ子だ。

 姉兄の数がやけに多いのには、理由がある。僕の父であるケイオス・フォン・エルピネクト子爵には5人の奥さんがいて、その子ども全員を合わせているから多いのだ。

 で、30人も姉兄がいるのだから、僕が父の後を継いで子爵になるわけがないと思ってたんだけど、そんなことはなかった。名字の後に男爵が付いていることから分かるように、僕が正当な次期エルピネクト子爵なのです。

 なぜかと言うと、父上の正室であるアイリス母上が産んだ唯一の男児だから。

 迷惑とまでは言わないけど、そのおかげで大変な苦労を背負っている。

 例えば――


「おい愚弟誰がクソババアなのかもう一度詳しく言ってみろ」


「僕が言ったのはクソババアではなくロリババアです! マナ回路を膂力に回しすぎて聴力に異常がああああぁぁぁぁぃたい痛い痛いこのバカ力あああぁぁぁぁ!!」


 両手でがっつりと組み合いをすると、必ず肉と骨を握り潰そうとする長女の存在とか。


「ほほう、怪力のせいで妹に男を盗られた大猿女と? 少し目を離した間に言うようになって姉は嬉しいですよ愚弟ぶっ殺すぞ」


「か、簡単に殺されると思うなよ。最低でも相打ちになって可愛くて賢い甥っ子に爵位を押し付けて死ぬからな……」


 そう、物騒なことを言っているのが姉です。

 父上の第1子にして長女、エルピネクト子爵領の実務を全て取り仕切る実質的なトップであり、姉兄最強の怪力無双。マリアベル・エルピネクト35歳だ。

 ちなみに、双子の1男1女を産んでいる。


「――チッ、ジークを盾にするなんて良い性格になったわね」


「誰かさんの教育の成果ですよというかいい加減に離してマジで潰れる!!」


 マナ回路を全力で起動して、後先考えずに両手を強化しているから潰れていないだけ。

 マリアベル姉上の怪力って、樹齢30年の樹木を引き抜いた後振り回して武器に出来るレベルの怪力だから。


「……はあ。別にね、大事な客人を出迎えてるところに、急に出てきたことを怒ってるんじゃないの。ソリティア姉様の気まぐれに抗えるの人は本当に少ないもの」


 マリアベル姉上に限らず、ソリティア母上を姉と呼ぶ姉兄は多数派だ。

 主な理由は見た目が幼いからで、同じ理由で姉と呼ばれる母上があと2人ほどいる。


「けれどね、いきなりババアだなんて叫ぶのは、違うでしょう? 大事な客人がいようがいまいが、叫んでも良いことと悪いことがあるって分かるでしょう愚弟」


「ついつい感情的になったことは認めますが、客人って誰ですか?」


 エルピネクトは辺境ではあるけど、王国に4つしかない都市があるから、客は珍しくない。

 でも姉上が問答無用の実力行使に出る客人は珍しい。僕の耳に入ってもおかしくないと思うんだけど……って、戻る予定がなかったから当然か。


「あなたと私の甥っ子で、あなたと面識のある子よ」


 面識がある甥っ子?

 姉上がこんな面倒な言い方をするほど名前を口にしたくないのに、大事な客人?

 どうしよう、イヤな方向に心当たりがあって、姉上から目を逸らせない。でも姉上の目が「さっさと後ろを向け愚弟」って言って怖いから諦める。


「……久しぶりですね甥っ子。夏休みにわざわざ辺境に女漁りに来るだなんて第三王子ってよっぽそヒマだだだだだだだだ」


 後頭部が、後頭部が変形する!!

 失言があったことは認めますけど、いま余裕がないんですよ! さっさと自室で休ませて!


「エルピネクト家の跡取りともあろう者が、王族の訪問を把握していないのか?」


「つつつ……卒業まで戻る気がなかったので、緊急の案件と個人的な事業の推移以外は意図的に耳に入れなかっただけです。もし第三王子殿下がうちに来るなんて聞いたら、修行の途中でも帰らないといけないじゃないですか。そうならないための対策です」


 自分で言っといてなんだけど、理由が雑になった。

 もし姉上にこんなことを言ったら、ボッコボコにされる。実際に後ろでは手のひらをにぎにぎする音が聞こえる。人体からは出てはいけないような軋み音と一緒なので、怖い。マナ回路で防御力をどれだけ上げても、絶対に骨が折れる。


「相変わらずの減らず口を……」


 えー、退いちゃうの?

 伝家の宝刀「ソリティア母上の暴走」を抜かずに終わっちゃうなんて、チョロすぎる。

 もっと頭を使おうよ、悪辣に隙をついてこようよバカ殿下。


「簡単に減ったら減らず口と言わないですが、減らさないと甥っ子殿下の機嫌が悪くなりそうですね。――よし、減らず口を減らすために部屋に戻るとしよう。戻っても良いですよね、マリアベル姉上」


「何があったか後で詳細を話しなさい」


「グチと一緒に報告します。――あ、ミレイユ母上ってどこにいます? 転がってるナマモノを届けてくれって頼まれてるんですよ」


「いつもの工房」


 ナマモノ姉上のお届け場所が分かったので、マナ回路を筋力強化に振り分ける。

 寝てたり、意識のない人間って重いの。人間ってだけで重いけど、意識がない人は余計に重いの。弱くても男の子だから、ナマモノ姉上くらいなら担いで5キロくらい走れるけど、筋力を強化すると楽だし、マナ回路も鍛えられるから使う。

 ちなみに持ち方は、肩に担ぐ感じ。

 心情的には片足を掴んでズルズルと引きずっていきたいんだけど、部外者の目があるから自重。エルピネクト家の関係者だけなら、容赦なく引きずるのに、ちくせう。


「ロズリーヌさんも一緒に来ますか? 母上から当時のエピソードを聞けるかも」


「それは楽しみね。ぜひご一緒させていただくわ」


 ウザい婚約者から逃げるためか、同行を即決した。

 誘ってくれるのを待ってたのかもしれない。


「待てロズリーヌ。お前は俺と――」


「――甥っ子殿下」


 こいつが妨害に出るのは目に見えてたから、大義名分はすでに考えている。


「今の君には、彼女の行動を制限する権利はないよ」


「貴様こそ何を言っている。ロズリーヌは俺の婚約者だぞ。公務に同行するのは当然だろう」


「その理屈が通じるのは、婚約者として同行させた場合だけですよ」


「だとしても、婚約者であることに変わりはない!」


 予想通りの理論展開をしてきたけど、第三王子がこんな分かりやすくてどうすんだよ。

 王族ってのは、魑魅魍魎が蠢く宮中政治のど真ん中にいる連中のことだよ。脳筋が多い辺境のエルピネクトでぬくぬく過ごした僕に見抜かれてどうする。楽なのは別にいいけど、楽すぎると心配になってくる。

 ウザいバカだけど、甥っ子だし……本気で潰すのはやめよう。


「婚約者である前に、フォスベリー辺境伯の孫娘です。彼女がここにいるのは辺境伯が認めたからで、許可を取ったのは《天空の杖》、つまりソリティア・エルピネクトの客人です。エルピネクト子爵家は彼女の安全と自由を保障する義務があります。――例え、アズライト王家が敵に回ったとしても、です」


 ただ、手加減なんてしない。

 論理的な隙を作るくらいはするけど、それ以外は本気でいく。


「他にないならこれで失礼します。殿下がどんな公務で来たのかは聞く気ないですけど、頑張ってくださいね」


「――ま、待ちたまえ、セドリック殿!?」


「君、誰? くだらない話だったら、分かるよね?」


「もちろん、覚悟している……」


 どうするのかって?

 もちろん、無視する。本気で潰さないって決めたしね。


「ならどうぞ、お好きなように」


 僕が促すと、発言をした甥っ子の取り巻きの顔が厳しくなる。

 僕が暴力に訴えるとでも思ってるのかな? そんなことはしないよ。二度と反応してあげなくなるだけだから、安心して。


「セドリック殿は安全と自由を保障すると言ったが、ロズリーヌ様が同行を望んだ場合、エルピネクト家は邪魔をしないではないか?」


「もちろん。うちの機密に関わること、法を犯すことでなければ、エルピネクトの名に誓ってロズリーヌさんの自由を保障しますよ」


 くだらなくはなかったけど、つまらない話だった。

 満足気に頷いているから、取り巻きさん自体がつまらないのかもしれない。


「ならばロズリーヌ様に奏上します。婚約者として、アイザック殿下の公務に同行いただけないでしょうか?」


「――イヤよ」


 ですよね~。

 第三王子でなければ見捨ててるってことは、公務以外で付き合うつもりはないってことだもん。

 うちが王家を敵に回してでもって言えば、それを大義名分にして断ることは目に見えてた。


「……な、なぜでしょうか?」


「ソリティア様のご厚意でお呼びいただいた以上、エルピネクトの現状をこの目で見る必要があるからです。――それに、婚約者が側にいては女漁りができないでしょう? こちらは改革派と、フォスベリー家が有利になる情報を集めますので、殿下たちはこちらを気にせずに思う存分、学びお遊びください」


 ここぞとばかりに鬱憤を発散するロズリーヌさん。

 多分、まだ手加減してる。言葉を選んでる気配があるし、理性を保った話し方をしている。

 ただ無表情かつ無抑揚なので、怒ってるように感じるな。甥っ子たち、ロズリーヌさんの逆鱗に触れたとばかりにビクビクしてる。


「話も終わりましたし、エスコートいただけますか?」


「婚約者のいる方のエスコートはさすがに遠慮させていただきます。代わりに、我が家のメイドを何名か付けさせていただきますね。――姉上、直轄の子を何人か貸してください」


「3人付きなさい。セドリックではなく、ロズリーヌさんの言うことを聞くように。もしもの時は、セドリックの骨を砕くまでなら許します」


 ……あの、砕かないでください……。

 ……砕いて良しなんて、言わないでください……。

 ……うちのメイドって、軍隊レベルで命令順守する連中なんですよ。僕の安全を守るためなら、僕を銃で脅すトリムの同僚連中なんですよ。

 もしもなんてするつもりはないけど、精神的に怖いです。


「……じゃあ、案内しますね。ちょっと遠いので、疲れたら遠慮なく言ってください」


 恐怖で心臓がバクバクだから、心肺能力を強化したい。

 でも出来ない。緊張状態で筋力強化を解除したら、ナマモノ姉上を落としちゃう。

 生活能力とか常識が欠けてるナマモノだけど、頭脳はとっても優秀。変に衝撃を与えてバカになったら困るし、魔術師として一流だからどんな防衛機能があるか分からない。僕の安全のためにも、我が家の利益のためにも、このナマモノは丁重に扱わなければいけないのだ。

 大変に遺憾だけど、本当に遺憾だけど、丁重に使わないとね。


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