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 とりあえず、突如として出現したソリティア母上には椅子に座ってもらった。

 呼び鈴を鳴らすと、今日の当番のトリムがやってきて、母上にビックリする。後はアイコンタクト1つで進む。新しく淹れたお茶と追加のお茶菓子を、ソリティア母上の弟子であるネリーが持ってくる。

 呼び鈴1つで察してくれる関係って、いいよね。


「ネリーちゃん、この紅茶、すっごくすっごく美味しいよ! 腕を上げたんだね」


「えへへ~、若様の研究成果なんですよ。あ、こっちのクッキーも試してください。ストレートティーに合うように調整をしてるんです~」


「おおっ、本当だ! サクサクの生地とドライフルーツのチップが、紅茶の渋みとマッチしているよ!」


 なんかキャピキャピしてる。

 日本の女子高生が集まったら、こんな女子会してそうってくらい、キャピキャピしてる。

 ネリーの年齢は女子高生くらいだけど、母上は80歳越えのおばあちゃんなんだよな。見た目は完全に中学生だから違和感ないけど、複雑な気分。


「紅茶とお菓子もだけど、お庭もかなり変わったよね。セド君好みって感じがするけど、よく全面改修できたね。どうやってマリちゃんを説得したの?」


「そこで転がってるナマモノが、一切合切メチャクチャの荒れ地に改装してくれましたから、直接改装費を巻き上げたんですよ。マリアベル姉上からもらった予算と合わせて、結構な額になりましたね」


「あははは、ヴィクトリアちゃんらしいね」


 笑って済ませたよこの人。


「エルピネクト様は、造園の分野にも精通されていたのですね」


「いえ、してないですよ。造園ギルドのメンバー全員に草案を出させ、気に入ったのを複数選び、それを10回ほどリテイクさせて残った1個を選んだだけです。実際の作業でも細かいところまで口を出したので、自然と僕好みになっただけです」


「なるほど、それならば知識がなくとも出来ますね。庭師の技量や人となりを見るにも良い手法だわ。今度、使わせてもらってもいいですか?」


「構わないですが、嫌われますよ。我が家の庭師も、最後まで僕に食い付いた若者になっています。ベテランを含めた他の庭師は、僕が顔を出すとすぐに引っ込んでしまうようになりました。いわゆる、尻尾を巻いてってヤツです」


「まあ、次期エルピネクト子爵と縁を結ぶチャンスを逃すなんて、腰抜けが多いのですね。どこのギルドかお聞きしてもよろしいかしら?」


「どこと言われましても、大手には全て声をかけましたから、全部と言えば全部になりますね」


 腰抜けという意見には賛成だけど、ロズリーヌさん以外は違う反応なんだよね。

 カーチェとかヴィクトリア姉上とかは、なぜか庭師ギルドに同情するんだよ。確かに、ふるいにかけるつもりで多少はいびったけど、あの程度のリテイク、マリアベル姉上のいびりと比べたら月とスッポン。

 エルピネクトの庭師だったら、指示の穴をついて趣味に走る根性を見せるんだけどな。


「もー、セド君ったら。相変わらず、プライドをへし折るのが得意だね。学校でどのくらいの子が被害に遭ったのか、気になるな」


「プライドをへし折ることなんて言ってませんよ」


「そう? セド君って攻撃的で容赦ないから、絶対に何人か泣かしていると思うけど」


「泣かすまで攻めるなんてしませんよ。やるにしても、その前にケリ付けますから」


「そっかそっか、泣いてうやむやになんかさせないよね。徹底的にすり潰して、奪うもの奪って丸裸にしないと、割に合わないもんね」


「……しねーよ」


 ドン引きだよ。

 ドン引きし過ぎて素が出ちゃったよ。

 冒険者なんて、表面を取り繕った山賊とか盗掘屋みたいなもんだけどさ、母上は極端すぎるよ。未成年者っぽい見た目(80歳越え)だけど、絶対に生まれた時代を間違えてる。この人以上に世紀末が似合う人っていないと思う。

 まあ、だからまだ冒険者して、大陸中を飛び回ってるんだろうけど。


「僕のことは置くとして、あのナマモノは回収しなくていいんですか? 研究成果を聞き出しに来たんでしょう?」


「えっ、違うよ? 研究成果が欲しいのは、ミレイユちゃんの方。失われた魔法体系にロマンは感じるけど、お金にならないしね。頑張って研究したことはあるけど、性に合わなくて投げちゃったくらいだし」


 なんでこんな人が、最高位の魔術師なんだろう?

 ロズリーヌさんは幻滅……してないな。英雄の知られざる素顔を見れて大変満足してる、気がする。


「つまり……ミレイユ母上の依頼で来たと?」


「依頼じゃなくて、お願いってレベルだけど、そうだね。後、ミレイユちゃんの研究って面白いから。進んでくれると楽しそうだなって」


 ミレイユ母上の研究って、詳しくは知らないんだよね。

 魔巧機械関連ってことくらいは分かるけど、僕に対して緘口令が敷かれてたから詳しく知らない。面白いもの好きのソリティア母上が興味を持つんだから、正直、興味がある。


「あ、楽しそうで思い出したよ!」


 ポンっと、可愛らしく手を叩く。

 ……どうしよう、イヤな予感しかしない。


「さっきから楽しそうにお話を聞いてる白い子は誰かな? 良ければ紹介してくれない?」


 あ、しまった。

 母上が急に出てきたから動揺して、ロズリーヌさんを紹介するの忘れてた。


「すみません、こちらは」


「構わない、ではないわね。――ぜひ、自己紹介をさせてください」


 ロズリーヌさんは音もなく立ち上がると、優雅にスカートを広げた。


「初めまして、ソリティア様。フォスベリー辺境伯の孫娘で、ロズリーヌと申します」


「ロズリーヌちゃんね、初めまして。ソリティア・エルピネクトです。エルピネクト子爵の側室で、現役の冒険者。《天空の杖》なんて二つ名で呼ばれたりもする魔術師です」


 すごい、今まではなかった抑揚が少しだけ、本当に少しだけだけど、ついている。

 生きた英雄に会うっていうのは、ここまでのインパクトがあるものなのか!?


「……あの、もしよろしければ、こちらにサインをいただいても良いでしょうか?」


 ロズリーヌさんが1冊の本を差し出した。

 タイトルには『エルピネクト開拓記』と書かれていた。


「わわ、サインするなんて久々だな~。もちろんいいよ~」


 慣れた手つきでさらさらとサインする。

 杖を振って、魔法で本とペンを操作しているのは、母上なりのサービスなのだろう。


「ふふふ、若い子にサインをねだられるなんて嬉しいな。セド君、せっかくこんなに綺麗な子を捕まえたんだから、逃がしちゃだめだよ」


「――違いますよ」


 イヤな予感が当たった。

 当たらないで欲しい方向に当たってしまった。


「ロズリーヌさんは、僕の甥っ子の婚約者です。――意味、分かりますよね?」


「甥っ子? あー……そういえばオーギュスト君、孫を第三王子の婚約者にしたって言ってたような」


 オーギュスト君とは、フォスベリー辺境伯のことだ。

 この人から見れば、大抵の貴族は年下だからな。


「つまり、略奪愛だね!!」


「ふざけたこと抜かすと引っ叩くぞこら!!」


 いかにソリティア母上と言えど、踏み抜いてはいけない一線がある。

 踏み越えた場合は手を出してでも止めるようにと、許可は得ているので大丈夫だ。


「えー……、違うの? アイザック君なんかに渡すくらいなら、うちに欲しいんだけど。……なんなら、オーギュスト君や王室と交渉してもいいよ? セド君との相性も良さそうだし」


「各方面にシャレにならないケンカを売ってまで、略奪するきはありません!」


「……ソリティア様方をお母様と呼ぶのは魅力的ですが、さすがにそれは……」


 母上の非常識っぷりに、ロズリーヌさんも困惑してる。

 昔っから質の悪いことを平然と言ったり実行するところがあるけど、今日のはとびきり悪質だ。下手したら内戦ものだぞこら!


「むー、硬いな2人とも。Win-Winの提案なんだけど――あ、そうか。まだ互いに好感度が足りてない状態なんだね。ならここは、お母さんが一肌脱ぐとしましょう」


 テーブルに立てかけていた杖を手にすると、身体からあふれ出るマナを精緻に編み始める。


「事後承諾になっちゃうけど、フォスベリー家の心配はしないで。ちゃーんと、オーギュスト君を説き伏せてみせるから」


「――ちょ、ま」


「天道、座標、指定――転移」


 視界が暗転し、尻もちをついた。


「ぃたあ――っ!」


 自由人であるソリティア母上と顔を合わせた期間は少ないが、あれでも母の1人だ。

 最高位の魔術師が出来る事、出来ない事はある程度知っているし、性格もよく知っている。だから、今、何が起こったのかも推測できる。

 神出鬼没なソリティア母上が得意とする、転移の魔法が使われたのだ。

 転移の被害に遭ったのは、僕以外に2人。こんな状況でもまだ芸術的な格好で寝ているナマモノなヴィクトリア姉上と、僕と同じように尻もちをついているロズリーヌさん。

 転移先は、僕が数ヶ月前まで暮らしていた見覚えのある場所。

 すなわち、蝶都グロリアスパピヨン。

 エルピネクト家の本邸、その玄関に当たる大広間のド真ん中に!


「――やりやがったなあのロリババア――ッッっ!!」


 僕は誓った。

 あのプニッとした幼顔を、グーで殴ってやるって。

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