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キリが良い50話目です。ぜひぜひお楽しみください。

 学生にとって、待ちに待った夏休みが来た。

 王立学校の夏休みは7月半ばから8月末までの約1ヶ月半。職業訓練校としての側面が強い学校としては長く感じるけど、生徒の大半が貴族ということが関係している。

 多くの学生(貴族)は夏休みに領地に戻るので、往復時間として多めなのだ。北部の生徒も例にもれず、ほとんどが領地に戻っている。

 平民の学生としても、この期間に生活費を稼いだりするのでヒマではないのだ。


「エルピネクト様は、蝶都に戻られないのですか?」


 だが、何事にも例外はある。

 具体的には、馬車に乗るのが大嫌いで王都に残っている僕や、目の前で優雅に紅茶を飲むロズリーヌ・フォスベリーさんなど。


「少しばかり恥ずかしい話ですが、実は馬車が苦手なんです。普通に走らせるとすぐにダウンしてしまうので、倍の時間がかかってしまうのです」


「蝶都までが倍となると、往復1ヶ月ですか。それでは帰る意味がありませんね」


「フォスベリー様こそ、交都には帰らないのですか? 快速船を使えば5日もあれば着きましたよね」


「船は濡れるので嫌いですし、どこぞのバカがうるさいのです。自分を連れて帰らないのは男遊びをしたいからだろうなどと。遊びたいのは自分でしょうと言いたいところでしたが、面倒なのでやめました」


 ロズリーヌさんは相変わらず淡々と文句を言う。

 婚約者の恥を僕に言うくらいだから、よっぽど辟易としてるんだろうな。


「あのバカを黙らせたいのですけれど、なにかいい案はございますか?」


 それを僕に聞くって、相当だな。

 前に、第三王子じゃなかったら縁を切ってるって言ってたのは本気だったのか。


「……個人的な経験からになりますが、裸で山に放り込めば価値観が変わりますよ」


 大自然を前にした人間のちっぽけさとか、文明の偉大さとか。

 あと、命を奪ってでも生き延びてやるって生き汚さ、名誉が虚構でしかないこととか、現実主義にならないと生き残れないから。


「裸とは、比喩表現ですか? それとも、布1つ身に付けないという文字通りの裸ですか?」


「文字通りの方です。僕は10歳の時に放り込まれて、トラウマになりましたね」


 カップを持つ手がガタガタ震えるので、ソーサーに置いた。


「しかし、あのバカにそんなことをしたら、3日で死にそうですね」


「裸でも生き延びられるよう、教育することが前提になりますね。甥っ子の性格は良く分かりませんが、冒険者なら誰でも知ってるとかって煽れば勉強するんじゃないですか?」


「……確かに。アレは義務も果たさずに、自由を求めますからね。……王族としての義務が嫌いなら、さっさと継承権を放棄すれば……こちらも……」


 音量が小さくて聞こえないけど、実行可能かを冷静に分析してる。

 姉上が悪だくみをする時の気配によく似ているから、まず間違いない。露骨にでも話をそらさないと、大変なことになりそうだ。


「バカな甥っ子の話を続けても、お茶が不味くなるだけです。――そういえば、父上の武勇伝をお話しする約束をしていましたね。ちょうどいい機会です。要望があれば、分かる限りお話ししますよ」


「まあ、本当に? でしたら、……先ほどから気になってしかたない、そちらの女性は……? 芸術的なポーズで寝ているように見えますが、ご家族?」


 ああ、聞かれちゃった。

 というか、聞かれても仕方ない。庭のお茶スペースから見える位置に、面白いポーズでぶっ倒れている姉がいるのだから。


「ああ、けったいなナマモノをお見せしてお申し訳ございません。個人的には認めたくないのですが、7番目の姉のヴィクトリアです。昨日の真夜中に研究が進んだって狂喜乱舞してゴーレム暴走させて家の中がメチャクチャになってその罰として外に放り出した結果がこれです。……おかげで、お茶会の準備が全部パーになって、庭でやるハメに……」


 蹴りの1つでもして動かしたいけど、相手はヴィクトリア姉上だ。

 下手に動かすとゴーレムがどんな挙動をするかの予想がまったくできない。決して安くないお金をかけて再建した庭を、また破壊されるリスクを負うわけにはいかないのだ。


「ゴーレム研究で有名な、あのヴィクトリア様ですか……他家に出さない秘蔵っ子と聞いていましたが、こういう意味で秘蔵……」


 我が家の恥部そのものです。

 なまじ優秀だから、余計に外に出せないんだよ、このナマモノ。


「そんな秘蔵っ子が狂喜乱舞する研究、気になるわ。聞いてはいけないのだろうけれど、すっごく気になるわ」


 心なしか、ロズリーヌさんの目が輝いている。

 無表情、無抑揚なのに、なぜか目が輝いでいるのが分かる。


「残念ながら、研究内容について理解してないんですよ。何度か一方的な説明を受けたことはあるんですけど、専門的過ぎてさっぱりで」


「内容を理解するには、相応の知識が必要になりますものね。ヴィクトリア様ほどの賢者が奇行に走るほどの研究を理解できるのは、王国でも数えるほどしか……」


「姉上の奇行は研究関係ないです。――でも、研究を始めた経緯ならお話しできますよ。今から確か……37か、8年前。つまり、父上の冒険譚に関わるのですが、聞きますか?」


「ぜひ、ぜひ、聞きたいわ」


 表情筋がピクリとも動かないのに、前のめりになった。

 食いつきがスゴイ。冒険譚が大好きってのは本当なんだな。


「……そ、そうですか。なら、最初から話しましょう。かつて王宮で文官として働き、王位継承争いに巻き込まれて、中央に嫌気が差して現エルピネクトの開拓を始めた父上が、なぜ冒険者を始めたのか、から」


「開拓の過程で魔術文明時代の遺産を見つけ《天空の杖》ソリティア様が真贋を見極めて子爵様の先見性が開拓を進めるのに非常に有効だと見抜いた上であまりにも危険な任務に人を送れないから自らが先陣を切ったのよね?」


「………………先に聞きます。家族くらいしか知らない裏話と、英雄譚を補強する裏話、どっちを聞きたいですか?」


 思った以上にミーハーだ。

 抑揚が全くない早口を聞くと、夢を壊してはいけない気になる。


「家族しか知らない裏話がいいわ。夢が壊れるのは覚悟の上だから、気にしなくてもいいわ」


「ではぶっちゃけトークで、父上が冒険者を始めた理由は、ヒマだったからです。村が大きくなって、自分が休んでも安定して回るようになったころに、魔術文明の遺産っぽい石板が出てきて、書かれてた通りにしたら面白そうだって思ったそうですよ」


「……冒険譚は、随分と脚色されていたのね。でも本当にありそうな理由だけれど、石板は本物だったのでしょう?」


「ええ、本物でした。でも遺跡は奈落領域の奥にあって、厳重に封印されていることが分かりました。この情報を利用して、開拓を進めるために冒険者ギルドを誘致したり、利益目的の商人に道を作らせたりと、冒険者業の片手間にやり始めたんですよ。父上の根っこは文官ですからね」


 この頃の父上は、リアルシムシティをやってたんだよな。

 いや、住民全員にマナ回路を作らせてマンパワーで無理やり開拓してたから、信長の野望とかRPG系のゲームも入ってるな。

 どう聞いても忙しかったはずなのに、なんでヒマになるんだろうね?


「冒険者業と開拓業の下りは長くなるのでバッサリカットして」


「えっ…………」


「……下手したら日が落ちるのでカットして、父上達は魔術文明の遺跡から数え切れないくらいの宝物を回収したわけだけど、その中の1つが、姉上の研究対象だったんだ」


 コロコロと変化(表情、抑揚には全く変化なし)するロズリーヌさんに一喜一憂しながら、本題に入った。


「詳しい内容については、さっきも言ったように欠片も理解できていないので勘弁してください。でも理解できる範囲で言うと、失伝した魔法体系に関するもの、らしい」


 反応が返ってこないが仕方ない。

 魔術文明が滅んで4000年、魔巧文明が滅んで1000年が経過した現在。歴史の闇に消えた魔法や、魔法体系は数知れず、再現したなら人類の歴史に名を刻むほど名誉と、3代に渡って贅沢が出来る大金が手に入るのだ。

 だが同時に、詐欺の代名詞にもなるほど胡散臭い代物でもあるのだ。


「言いたいことは分かりますけど、ソリティア母上やミレイユ母上がかなりの労力を割いていますし、ヴィクトリア姉上がゴーレムで名声を手に入れたのは、この研究を応用したって面があるんですよね。だから、ある程度は信用していただければと」


「……いえ、驚いただけよ。ソリティア様の偉業については聞いていたけれど、失われた魔法体系を蘇らせようとしていたとは思わなくて」


「あははは……、ソリティア母上は1ヶ月くらい関わった後に、他に丸投げしましたけどね。その先が、ミレイユ母上の故郷にいるエルフの魔術師で、最終的に姉上に回ってきたって話です」


 エルフの寿命は、人間の5倍になる。

 何百年と続けないと成果が出ないような研究に向いているから正しい選択だけど、1ヶ月で放り投げるのは忍耐がなさすぎるよな。


「それでも、成果をだしたというのは素晴らしいことよ。ソリティア様も、ヴィクトリア様の成果を耳にすれば飛んでくるのではないかしら?」


「飛んではくるでしょうけど、何年先になることか。あの人は長命種な上、大陸中を好き勝手飛び回ってますから。どこにいるのかも分かりません――」


「――いやいや、ヴィクトリアちゃんとは直通の連絡手段があるから、すぐに飛んできたよ」


 僕は、思わず飛び上がる。


「――い、いつからそこに?」


「そこの白い子が『成果を出したのは素晴らしいこと』って言ったあたりだから、前に何を話してたのかは分からないよ」


 14歳くらいの、小さな女の子。

 人懐っこそうな笑顔と、クラシカルな魔術師スタイルで身を包む美人さん。

 彼女こそ、今まさに話題に出ていたソリティア・エルピネクト母上その人だった。

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