0049
パーティーは大盛況だった。
僕の挨拶が原因だと思うが、誰も彼もが北部の将来について語り合っていた。
領地発展には新しい特産品が必要だとか、今ある特産品の質を上げるべきだとか、商人を呼び込めとか、文官の数が足りないから教育をとか、水害があるから減らさなければとか、色々なことを語り合っていた。
僕にも意見を求めるくらい熱心なのは良いことだけど、もっと料理に舌鼓を打ってほしいというのが本音かな。
「……ああ、疲れた」
1学期が終わる日に開催したから、寮に帰る必要がない。
だからなのか、深夜に近い時間になってもまだ、騒ぎは収まる気配がない。
「自宅なのに、家の中にいる方が疲れるって、なんだろうな……」
喧騒から逃れるように、ハーブティー一式を持って庭に出る。
ヴィクトリア姉上に破壊された庭は無事に復活している。修復の際に意見を聞かれたので、外でお茶が飲めるスペースが欲しいとだけ伝えた。気分転換がてらたま~に使っている。
なお、新しい庭は6割が畑、3割が果樹、残り1割が観賞用というほぼ畑構成。
お茶のスペースは果樹と鑑賞用のエリアにあるので畑感はないけど、実体を知ってる身としてはよくぞ上手く取り繕ったものだと感心する。ちなみに完全に余談だけど、畑と果樹エリアの境にも同じようなスペースがある。
まあ、畑側を利用することが多いんだよね。
「ここ、夜のが栄えるな」
カップにハーブティーを注ぐ。
鼻腔をくすぐるレモングラスのさわやかな香りが、ストレスを溶かしていく。
「月明りで本でも読んでれば絵になるんだろうけど、このまん丸体型じゃな……」
「月明りでハーブティーを飲むのも、充分すぎるほど絵になるぞ。まん丸な体型も、味にうるさい悪徳貴族っぽさが出てるのがいいな」
「なるほど、確かに悪徳貴族には脂っぽさが必要だけど、ヒドくない……?」
いつの間にか前に座るカーチェのために、ハーブティーを差し出した。
口は荒っぽいけど、ビクスドールみたいに綺麗で可愛いから、なんとも絵になる。実に羨ましい限りだ。
「向こうにいなくていいの、カーチェも結構相談されてたけど?」
「火に油注いだセド様が言うなよ。あたいはどう思うかとか、セド様に相談しても平気かとか、面倒なことばっか言われたんだぞ。気付いたらセド様がいなかったから、口実にしてこれ幸いと逃げてきたんだよ」
ご愁傷さまとしか言えないな。
ハーブティーを出しただけじゃ労えないと思うけど、美味しそうに飲んでるからいいか。
「まあ、逃げたい気持ちは良く分かる。けど、皆色々考えてることが分かって良かったな。でも次期領主とか関係なく、皆が熱くなったのは意外だった」
貴族と言っても、貴族らしい権力を持ってるのは領主や役職に就いている貴族だ。
身内だからと言って威張り散らしているのもいるけど、あれは基本、虎の威を借りる狐。虎の気まぐれで潰される不安定なものだ。皆が話し合っていた領地についてなど、領主がダメだと言ったら動かない。
僕みたいな次期領主なら権力が転がり込むから熱心になるのも分かるけど、それ以外だと報われるかなんて分からないよ。
「あのな、あんだけ煽って動かないヤツが、北部勢にいるわけないだろう」
「煽るってほど煽ってはいないし、話もかなりフワッとしてたよ? マリアベル姉上の耳に入ったとしたら、ちゃんとした予算案と計画書を持って来いって叱られるとこだし」
「そりゃ、あの人は現実を見てるからな。でもあたいも含めて、現実を見れるのは少ないんだよ。そんな連中に必要なのは、実現したら嬉しい夢と、実現できるかもしれない可能性だ。セド様は充分に提示したよ」
「……だとしても、好きなものを地元で食べたいって言っただけだからな。道云々とかはただのこじ付けだから、納得いかない……」
「セド様は北部の盟主になるんだから、そのくらいワガママでいいんだよ。進めても北部が傾くような話でもないし、自分事なら北部発展のモチベーションは維持できるからな」
現実を見れないって言った割に、充分に見てるじゃないか。
まあ、領主としてやっていけるだけの知識や情報はないだろうから、その意味で現実が見えないって言ってるんだろうけど。
「――カーチェ、ハーブティーのお替りと、頼まれてた物を持ってきたぞ」
「おお、悪いな。そこに置いてくれ」
「このくらいは手間にもならないさ。若様も欲しいものがあれば持ってくるが?」
「今はいらないから大丈夫だよ。ありがとね、アンリ」
アンリがテーブルの上に置いたのは、羊のチーズと、ブルーチーズ、それから黒い丸太のような形をしたお菓子だった。
「プルーンログとチーズなんて、完全に酒の肴だね。ハーブティーでいいの?」
「今日は全面禁酒だし、故郷の味をセド様と一緒に食べたくなっただけだからいいんだよ」
プルーンログとは、乾燥させたプルーンとナッツで作る丸太状の伝統的なお菓子だ。
プルーンのほかにも、イチジクを始めとしたドライフルーツを使う類似のお菓子が多数存在して、どれもこれもチーズと合うことで有名。
またカーチェの実家であるブランベル領はプルーン栽培が盛んな土地なので、プルーンログは特産品の1つでもある。
「……セド様の話じゃないけど、昔はこれぐらいしか売るもんがなかった上に、あんまり高く売れなかったらしいんだよね」
「あー、確か、姉上のやった特産品ブランド化計画の第一号が、フランベル領のプルーンログなんだよね。僕やカーチェが生まれる前だから、記録でしか知らないけど」
「ああ、生まれる前の話だから、あたいにとってはコレは高く売れるもんなんだ」
プルーンのねっとりとした甘さと、チーズのしょっぱさ、ナッツの香ばしさが混然一体となって舌を襲撃する。口の中に納まりきらないほどの幸福感に耐えかねて、ハーブティーに手を伸ばして全てを胃の奥に流し込む。
重厚な幸福感とは反対の、温かみある爽快感にホッとし、またプルーンログとチーズに手を伸ばす。
「兄貴や親父からマリアベル様の話を聞いて、今の当たり前は当たり前じゃないって知った。当たり前を自分の思うように変えられるんだって知って、怖くなった。世界は自分の手の届かないところで動いてるって気付いて、自分がちっぽけさに気付いた」
両手で包み込んだティーカップに、カーチェは視線を落としていた。
「話を聞いたのが蝶都に行儀見習いに行く直前だったからさ、実はセド様に会うのも怖かったんだよ。マリアベル様に英才教育をされて、そのマリアベル様を押しのけて領主になるって話だったからな」
「じゃあ、実物見てがっかりしたでしょ」
「いや、想像以上に怖かったぞ」
「え、なんで? この見た目で、この性格だよ。怖がる要素なんて少ないと思うけど」
当時も今と変わらずに太ってたから、コロコロして可愛かったはず。
姉上に厳しく教育されたこと、元日本人だったこともあり、貴族のボンボンらしい横柄さもなかったから、取っつきやすかったはずなんだけど。
「当時のセド様は、山から下りてきたばっかだったろうが。野生動物が表面取り繕ったみたいにピリッピリしてて、挙句の果てにあたい等の教育のためにお茶会を開いたブラヴェ伯爵を論理的に叩き潰したんだぞ。親世代含めて怖がらないわけないだろう」
言われてみれば、そんな気がしないでもない。
文字通り裸で山に放り出されて必死になって生き延びた頃の記憶って、曖昧なんだよ。
美味しいものを食べ、ハーブティーで気持ちを落ち着かせなければ、トラウマが再発しかねないほどに辛かった日々。
「でも、尖ってたのってあの頃だけだよ?」
「ブラヴェ様にケンカ売らせるために煽って、ケンカ買うためにブラヴェ伯爵に根回しして、挨拶の説明したら決起集会と勘違いしたのにか?」
「ケンカなんて相手に売らせた方が大義名分が出来るし、伯爵に根回ししたのは被害を大きくしないためだし、あの連中も揉めた後に一致団結なんて言われたら勘違いもするよ」
「自然とそんな発想が出るだけで充分に尖ってるって自覚しろ」
うーん、尖ってるのかな?
皆がドン引きしてたから、ズレた考えしてるのは自覚してるけど……納得できない。
「待って待って、尖ってるっていうのは、まんまとケンカを売ってきたフレッド君や、権力かざして噛みついてくる甥っ子みたいな連中のことでしょ?」
「間違っちゃいないけど、そんな連中を笑顔でぶっ飛ばそうとするヤツも尖ってるからな。むしろ冷静に外堀を埋めて城壁にヒビ入れてから仕掛けるセド様のが質悪くて怖いからな」
……確かに。
どれを相手にしたくないかって聞かれたら、尖ってるのに冷静なヤツに決まってる。
「じゃあ、今も怖いの我慢してるの?」
努めて明るく振舞ってるけど、実は戦々恐々。
仲が良いカーチェが無理してたら、他の子たちはどうなるんだって感じだ。
「怖いとは思ってるけど、あくまでも貴族としてだ。セド様個人は別に怖かねえよ。……まあ、何しでかすか分からない怖さはあるけど、そりゃ別勘定だし」
「ならいいんだけど、貴族として怖いって何?」
「味方にしたら頼もしいけど、敵に回したら怖いって感じだ。マリアベル様を見れば分かるだろう?」
「それなら分かる。姉上がいると、安心感が違うよね。怖いけど」
マリアベル姉上の弟としては、貴族抜きにしても怖いけど。
まあ、英才教育の結果植え付けられたトラウマが原因だから、別勘定だ。
「あれ? 姉上を引き合いに出すってことは、頼りにされてるの?」
「今更だな。頼りにされてないなら、こんなに人は集まんねえよ」
酒なんて1滴も提供してないのに、どんちゃん騒ぎが続く屋敷。
日が昇るまで続きそうな騒ぎに、思わずため息が零れる。
「……色んなことを後回しにしてる僕なんかを、頼りにしていいのかな?」
「子爵位を継ぐまではいいじゃねえか。結婚関連も、正室候補だって決まってないんだ。あたいのこと含めて、無理に進める必要なんてねえぞ」
後ろめたさから全力で背を向ける僕。
首と背中が痛いけど、逸らさずにはいられない。
「……カーチェも知っての通り、僕はすっごいワガママだよ。領主継ぐのだって、権力持ってた方が好き勝手出来るからだし、押し通すために無茶な命令だってする。……カーチェのことだって、きっと裏切る……」
きっと、なんて誤魔化したけど、間違いなく裏切り同然のことをする。
エルピネクト領発展のために、フランベル領を生贄に差し出す計画を、すでに立ててしまっているのだ。
「裏切られるのは困るけど、あたいも一応は、貴族の端くれだ。上の意向で弱小貴族が翻弄されるのは覚悟してんだよ」
カーチェがどんな顔をしているのか、僕は見ることが出来ない。
見れないまま、カーチェが席を立つ気配を感じた。
「でもさ、セディなら悪いようにはしないって、信頼してる。重いかもしれねえけど、このくらいのワガママは背負ってくれよ」
僕1人だけになったテーブルで、プルーンログとチーズを口にする。
ハーブティーで重さを流しても、ぬるくなったお茶では味を流しきることはできなかった。