0048
賭けで儲けたらパーティーを開こうという約束は、1学期の最後に果たされた。
「……あそこで、あそこで木剣が折れなければ……グレードが2段階は上がったのに……」
1ヶ月以上も前だってのに、あの時のことをまだ引きずってるんだよな。
勝てなかったから悔しいんじゃない。買えたはずのものが買えなかったから悔しいの。
「まだ言ってんのかよ。他の連中からもカンパをしてもらったんだから、充分だろうが」
「そうだけど……どうしてもね。もっと買えたはずだって考えちゃう」
「はいはい、セド様らしくて結構だけど、そろそろ挨拶をしろ」
我が家のパーティー会場には、壇上のようなものはない。これは我が家だけでなく、王国や周辺各国でも同じ。そして挨拶をするのが主催者や、集まったメンバーのリーダーというのも同じだ。
カーチェに背中を押されながら前に出ると、参加していた50人以上が歓談をやめて僕を見る。
プレッシャーを感じるけど、領主になったらもっと重いものを背負わなければいけない。憂鬱さと緊張を腹の底に押し込めて、僕は笑顔を浮かべた。
「――正直言って、こんな大人数になるとは思わなかったけど、集まってくれてありがとう。おかげで思う存分、腕を振るえたよ」
反応なしですか。
さっさと終わらせろってことですね、分かります。
「大きなトラブルもなく1学期が終わって個人的にはホッとしてるし、明日からは夏休みが始まる。皆で集まる機会は少なくなると思うから、今日は思う存分飲み食いして語り合って欲しい。じゃあそういうことで――カンパーイ」
ジュースの入ったグラスを高々に掲げる。
この世界では飲酒に年齢制限はない。でも成人後が望ましいという暗黙の了解はある。だからお酒を飲んでもいいんだけど、今日は学生の集まり。羽目を外して若さを爆発されても困るから、全面的に禁酒にしている。
それは皆も承知のはずなんだけど、なぜか誰もグラスを掲げなかった。
「あれ、皆、どうしたの?」
「セド様、本気で終わりにする気か?」
「え、もちろん」
あれ、おかしい。
カーチェの目がどんどん吊り上がっていく。
「……セド様は、あたいらがなんのために集まったと思ってるんだ?」
「羽目外しながら飲み食いしてどんちゃん騒ぎ?」
「ちげえよ!! 次期領主の元、北部貴族の結束を高めるための集会だよ!!」
周りを見渡すと、姉上と兄上を含めて全員がカーチェに同意していた。
えー、真面目過ぎない? もっと気楽に集まろうよ。というか、結束を高めるための集会に参加するって、ちょっと引くんだけど……。
「……えっと、確かにね。フレッド君とか甥っ子のことはムカつくなとか、叩き潰したらさぞ気持ちいだろうなって思ったけど、思っただけだよ。実際に行動しようなんて思ってないから、集まって圧力をかけないでよ。暴れたい気持ちは良く分かるけどさ、この人数で動いたらさすがにシャレにならないからね」
2人同時に潰せそうな戦力が集まってるところが、シャレにならない。
フレッド君を潰したらブラヴェ伯爵の顔を潰すし、甥っ子な第三王子は改革派と全面戦争に突入しかねない。
なのでここは、心を鬼にして皆を諫めないといけない。
「……なあ、そんなカミングアウトされても困るだけだぞ……」
あれ? カーチェがドン引きしてる。
慌てて周りを見渡すと、姉上と兄上含めて、全員がドン引きしてる。
「困るって言われても、僕だって困ってるんだよ。こんな決起集会を開かれても……」
「開かねえよ!! 開くとしても、セド様に根回ししてからに決まってるだろうが!!」
「じゃあ、何を言えって言うの? 皆が求めてるものが分からないよ……」
挨拶の場で誰も彼もが困った顔をするというのは、喜劇に入るのだろうか?
入ったとしても、売れないだろうな。
「普通にさ、今後の展望を話せばいいんだよ。領地をどうしたいかとか、何に力を入れたいかとか、夢とか抱負とかそいうの」
「なんだそういうのか。最初っから言ってくれればいいのに」
「セド様以外は皆分かってるんだよ……」
僕の誤解にドン引きしてたから、そうなんだろうね。
でもね、常識だったとしても一言くらい欲しかった。言ってくれれば、挨拶文を考えることくらいはしたよ。……まあ、主催者で次期領主って時点で、挨拶するのは確定だったけどさ。料理に夢中で忘れてたのは僕が悪いけどさ。
「夢や展望についてなら、今日作った料理が全て。だから飲み食いして――あだぁっ!」
「――次は、本気で、殴るから」
痛い、後頭部がすごく痛い。
でも手加減してくれたから、まだマシな方か。
「真面目に、料理に全部こもってるんだけど……」
「だから手加減したんだろうが。ちゃんと言葉にしろ。読み取ったとしても、誤解される可能性がある。セド様が素っ頓狂な挨拶をしたみたいにな」
何も言えません。
個人的には、料理とか飾り付けに込めた意図を語るのは無粋な気がするけど、本気で殴られるのはイヤだから頑張る。
「じゃあ今度こそ――僕の目標は、ここに並べた料理をエルピネクト領でも食べられるようにすることだ」
さっきまで滑りまくっているので、3拍ほど様子を見る。
反応は特にないけど、ドン引きする気配はないから続けるとしよう。
「この中には、ソリティア母上に頼めばいつでも出来るだろうとか、エルピネクト家の力なら可能だろうとか思ってる人がいると思う。でも、そんな小規模に叶えたって意味はない。僕が目標としているのは、領民の誰もが食べれるようになることだ」
挨拶なので堂々と宣言したけど、実は心臓がバクバクしてる。ハッキリ言って、貴族の常識からはかなり外れたことを言ってる。領地の発展は貴族の力を増すことに繋がるけど、領民を必要以上に豊かにすることはよろしくない。
平民の富裕層が力を付けたことで、王侯貴族が力を失うことは前世の歴史が証明してる。
でも、僕の目的には必要不可欠なのだ。
「そんなのは無駄だって思うだろうけど、よく考えて欲しい。無駄なことが実現した世界ってのは、どういうものだろう? 確実に言えることは、無駄なことが充実するくらい豊かな世界ってこと。具体的には――この王都以上だね」
ポカンとされると思ったら、皆さん目を輝かせている。
大言壮語甚だしいくらいの反応があると予想してたから、ちょっとやりづらい。
なんかここで終わっても充分な気がしてきたけど、カーチェが拳を握り続けてて怖いから続けよう。
「ただ皆も知っての通り、エルピネクトを含めて王国北部は貧しい。例外的に、蝶都は豊かと言えるかもしれないけど、あれは魔術文明時代の遺跡と、奈落領域の開拓事業に支えられた一過性のもの。いつ崩壊してもおかしくない砂上の楼閣だ」
王都以上の豊かさ、と聞いて輝いた目が一斉にしょぼくれた。
このしょぼくれた目を見ると、夢を聞いて輝かせた理由が少しだけ分かった気がする。
「僕も記録でしか見てないから実感はないけど、マリアベル姉上が金貸し業を始める20年くらい前までは、餓死者が今の10倍以上。父上がエルピネクトの開拓を始める40年以上前に至っては、奈落領域の化け物どもの被害がシャレにならないくらいあった。次期領主とか、貴族の立場とか忘れて無責任な発言をするなら、よくここまで立て直したなとか、人間ってここまでスゴイなって感じだね。――あっ、これここだけの話にしてね。姉上に知られたら大変なことになるから」
ここ、笑いのポイントだよと伝えつもりだけど、笑わない。
葬式にでも出席しているような辛気臭さで、笑顔を張り付けているのは僕だけ。これはカーチェだって同じだ。この辺の苦労話は、親や祖父母の世代からイヤって程聞かされてる。
この僕も同じだもん。
まあ僕の場合、親世代の話は姉上から、祖父母世代の話は父上や母上からなんだけど。
「……あー、ちょっとは笑ってくれないかな? 義理でもいいんだよ。僕にだって想定した流れってものが……」
「……笑わせたいなら、笑ってもいい話題を出せ……バカ」
「じゃあ、カーチェの要望通りにしようか。笑えるかどうかはともかく、明るくなる話をしよう」
明るくなってくれる自信はないけどね。
どうも僕の感性は皆とズレているみたいだから。
「僕は天才じゃないからね。領地を豊かにしたかったら、豊かになった理由を研究しないと出来ないんだよ。だから、昔と比べて豊かになった理由を徹底的に調べた。幸いなことに、父上は文官だったから資料がたくさん残ってた。そして見つけたんだけど、皆は何か分かるかな?」
言葉を切って、辺りを見渡す。
俯いているのが多いけど、しょぼくれているからじゃない。僕の質問に、真剣に考えてくれているからだ。
10分くらい時間を取るところだけど、今回は挨拶なので10秒だけにした。
「答えは――道だ」
あ、批難めいた視線が。
質問したならちゃんと考えさせろってことかな?
真面目なようでなによりだ。
「山脈の向こう側にあるエルピネクトはもとより、各領地を繋ぐ道は、半世紀も経たないうちにかなり整備された。その結果、商人の往来は増えたし、領地間の交流も増えた。この人・物・金の流れこそ、豊かさの正体なんだよ」
日本にいた頃に読んだマンガとか、姉上から受けた英才教育があったから気付けたことだ。
「道があるから商品が届く。商品を買ってお金があることが分かれば、人が集まる。集まった人目当てにもっと人が集まる。そして領主は、彼らから徴収した税を使って色々なことをする。――この道は、別に街道だけに限らない。海や河を使った航路、飛行船を使った空路も含んだ道なんだ」
僕が思い出すのは、前世の日本で見た光景。
数え切れないほどの自動車、定期的に飛ぶ飛行機、何千人も乗れる大型船舶、そして日本全国に張り巡らされた鉄道網。
「学校に所属している間に、僕はこの道を太く、大きくする目処をつけるつもりだ。そのために無茶な要求をするかもしれないけど、協力してくれたら嬉しいな」
チラリと、カーチェを見る。
もう終わってもいいかという目配せに、小さく頷いてくれた。
「じゃあそんなところで、どれだけ美味しいものが食べられるのかをぜひに実感してほしい。僕が無茶なことを言い出したら、この味を思い出して奮起してね。――ってことで、乾杯」
控えめにグラスを上げると、
――乾杯っ!
と、皆はグラスを高く掲げてくれた。