0046
面倒くさくなって強制的に意識をシャットダウンした割には、すっきりと目が覚めた。
身体にダルさが残ってはいるけど、試合会場まで歩けば治る程度。念のために軽い柔軟運動をして、準備完了。
僕は木剣を中段に構えて、フレッド君と対峙した。
「女の膝で寝てた割には、構えが様になってるな」
「体調管理は人としての常識だし、言ったでしょ? 寝るのはパン君と戦うためだって」
「なんだ、あれは本気だったのか」
試合は始まっているが、互いに1歩も動かない。
僕は動いたら負けるから動かないし、フレッド君は様子見のため動いていない。でも僕が防御一辺倒なのは向こうも承知してるから、すぐにでも動くだろう。
「動く気配がないから諦めたんだとばっかり思ってたぞ」
「諦めてないから動かないんだよ。まともに剣も振れない素人だからね」
「なら、俺からいかせてもらうぞ!」
ひと呼吸のうちに、3度の突きが僕を襲う。
1撃1撃はどれも例外なく、体重がしっかりと乗った重いもの。気を抜けばクリーンヒットなんてレベルではない。まともに受けてしまえばそれだけで詰む攻撃。呼吸を整え、マナ回路で身体能力を強化したうえで、必死になって攻撃を逸らしていく。
「噂通り防御だけは上手いようだな。小手調べだったが、しのぐとは思わなかったぞ」
「負けるつもりなんてまったくないからね。時間切れまで粘らせてもらうよ」
「はっ、安心しろ。すぐに終わらせてやるよ!」
槍……まあ、試合用だから棒に布を巻きつけただけなんだけど、フレッド君の槍さばきがより早く、激しくなった。
最初の突きは、本当に小手調べだったみたい。
綺麗に流しているはずなのに、衝撃で手が痺れる。アンリにしごかれてなかったら、小手調べが終わってすぐに木剣が空高く飛んでいただろう。
けれど、耐えられるのなら問題はない。
「どうしました、フレッド君? すぐに終わらせるなんて言いましたけど、僕はまだピンピンしてますよ。もしかして、フレデリカさんに袖にされたことを気にして調子が出ないんですか?」
「――っ、黙れ!」
腕は良いけど、煽り耐性が低いのはどうかと思うな。
でも、今回は仕方ない部分もある。大前提として、槍と剣なら槍の方が圧倒的に有利なのだ。倍以上も間合いが広いので、剣では槍をかいくぐって攻撃をする必要がある。フレッド君も僕が突っ込んでくることを念頭にして戦術を立ててるんだろうけど、残念。
僕は、絶対に、突っ込まない!
そして距離さえ保っていれば、まず負けない。だって距離があるってことは、攻撃が届くまでの時間が長いってことで、全体像を見やすいってこと。
フレッド君の技量は高いけど、初動が見えないほどではない。
攻撃の初動が見えて、距離があり、剣を吹っ飛ばされないのなら、負けはない。
だから僕は動かない。また、動かないことが攻撃になる。
「この距離じゃ崩せない、なら――」
フレッド君は優位に立っているからこそ、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
でも、槍の間合いでは僕の防御を崩せないと理解している。この状況で取れる手段は2つ。
1つは、僕を動かして間合いを縮めること。でも僕は絶対に動かないと決めているので、この手段を取り続ける限り千日手状態が続く。
打破しようと思うなら、2つ目の手段を取る必要がある。
つまり、フレッド君から間合いを詰める。
「――やああああぁぁぁ!!」
でもまさか、全力で突貫してくるとは思わなかった。
この場合のセオリーは、1歩ずつ距離を詰めることだろうにせっかちな。
いや、違うか。僕を格下に見ているからこその突貫か。高速で接敵・離脱するヒットアンドアウェイは、立派な戦術。フレッド君の技量でやれば、武官科の生徒だって対処は難しいからね。
――でも、
「もら――っ!?」
「――む、惜しい」
槍を逸らすと同時に、フレッド君の胴に当たる位置に木剣を置く。フレデリカさんの時と同じように、自分から当たりに来るのだから、高速であればあるほど避けにくい。フレッド君のように高速での接敵なんて、飛んで火にいる夏の虫でしかないんだけど、直前で避けおった。
バカではあるけど、武芸の技量は高いようだ。
「今のが当たらないのは、ちょっと困るな。この試合長引くことが決定したよ」
冷静になられたら困るので、上から目線で煽るとしよう。
フレッド君から剣の間合いに入ってくれないと、勝つことが難しくなる。
「――セドリック・フォン・エルピネクト。これまでの非礼を謝罪しよう」
「謝罪ってどれのこと? すぐに分からないくらいの非礼を受けたって記憶してるけど」
「お前を素人だと侮ったことだ。――いや、認めたくなかっただけだな。素人が武芸科目のA班になるはずはない。フレデリカとの試合結果を受け止められなかったのも、俺の目が曇っていたからだ」
なんということだ、フレッド君が冷静さを取り戻してしまったぞ。
「……この試合中は曇ったままの方が嬉しいんだけどな」
「槍を合わせても気付かないほど愚かではない」
自分から間違いを認めて謝罪をしたんだから、確かに愚かではない。
でもその目は節穴だよ。
だって僕、まともに戦ったら弱いもん。防御に徹して、数少ないチャンスを見つけるまで耐えてカウンターを叩きこむのが、試合での常道。
フレッド君が冷静に対処するなら、十中八九負けてしまう。
「愚かじゃないパン君は、どうやって僕に勝つの? 槍の間合いで勝てないから、距離を詰めようとしたんでしょ」
「さっきお前が言った通り、長引くだけだ」
試合が振り出しに戻る。
槍の間合いで一方的に攻撃をし、剣の間合いで防御に徹する千日手。
違いがあるとすれば、突きだけでなく振り下ろしや薙ぎ払いが加わったこと。でも多少の変化があったところで、結局は棒切れ1本。
防ぐだけなら問題はない。
(……面倒くさくなったけど、毒にはなったみたいだからマシか)
フレッド君が千日手を選んだのは、僕のカウンターを警戒しているから。
その証拠に僕から間合いを1歩でも詰めれば、フレッド君は詰めた分移動する。
(僕が疲れるのを待ってるんだろうけど、安全策を取るのはどうかと思うな)
負ける確率が一番高いのは、フレッド君に剣の間合いで戦われることだ。
今は距離があるから防げているけど、縮まれば縮まるほどミスが多くなる。僕がフレッド君の立場なら間合いをもう3歩ほど詰めて手堅く勝つけど、そうしないのは性格の差かな?
「パン君は意外と臆病さんだね」
「挑発か? もう乗らないぞ」
「違う違う、行動を分析してみただけ。ほらよく言うでしょ。剣を合わせれば相手が分かるって、アレだよ」
9割は嘘なんだけどね。
お茶会ならある程度分かるけど、武芸は専門外だから全く分からない。
でもアズライト王国に「バターと理屈は何にでも付けられる」という諺があるように、それっぽい理屈を付ければ信憑性が増すのだ。
「俺の目から見れば、守ってばかりのお前の方が臆病だと思うぞ」
「守ってばっかりなのは単純に技量不足で、性格とは関係ない。それに本当に臆病なら、パン君や殿下に何も言わないよ」
やっぱり節穴だ。
そりゃ人並みには死ぬのが怖いから、臆病って言えば臆病だよ。でも生物としては当然の臆病さだからカウント外。
人の中身を知りたいなら、行動に移るまでの過程を想像しないといけないのだ。
「臆病ってのはさ、能力があるのに足踏みしちゃう人のことを言うんだ。例えば、攻撃を1回受けそうになったからって、安全な間合いからしか攻撃できない人とか。元からそういう戦術なら臆病じゃないけど、パン君の戦い方は違うんじゃないかな?」
あの速度でカウンターを躱したってことは、普段からやってる証拠。
これだけだと根拠としては弱いけど、僕がまだ立ってることも併せて考えれば別。
弱いはずの僕が倒せてないってことは、この間合いに慣れてない証拠。カウンターを警戒しすぎて踏み込めないなんて、臆病以外の何者でもない。
「僕はね、臆病にも種類があると思ってるんだ。危機感みたいな生き物として必要不可欠な臆病さと、リスクを取ることができないダメな臆病さ。もちろんこれは僕の考えで、誰かに強制するつもりなんて全くないけどね」
「……お前と同じで、勝つための戦術だ」
「パン君は選択肢がいっぱいあるから、戦術って認識は正しいけど、全然違うね。僕は戦略的にこれしか出来ないんだ。――死中に生あり、生中に死ありって教育されてきたら、選択肢が多いなら別の取るよ? でも僕は出来ないからしない」
まあ、出来るんなら、そもそも剣取って戦わないけど。
最高の勝利ってのは、戦わずして勝つだから。
「挑発しても無駄だ。俺が近づかない限り、お前に勝機がないことくらいは分かってるんだ」
「やっぱり、その程度の認識だったんだね。これは純粋なアドバイスだけど、慣れないことはするもんじゃないよ。間合いを保ちたいのは分かるけど、視野が狭すぎる」
「どういう意味――っ、なるほど。俺を場外に落とすつもりか」
フレッド君は、四角いラインの隅っこで槍を構えている。
近づけば近づくだけ離れてくれることを利用して、場外ギリギリまで追い詰めたのだ。気付かれないように会話を交えながらだったから、精神的に疲れた。
「どうする? 乾坤一擲の賭けに出る?」
「答えは決まってる――この距離で落とす」
僕でも感じ取れるくらいマナ回路を活性化させたフレッド君は、槍を構え直した。
試合時間は1分を切っているから、逃げようと思えば引き分けは確実。でも引き分けではパーティーに食べられる海産物のグレードが下がる。
僕は左足を後ろに下げ、右足の膝を少し落とした。
「――――やああああぁぁぁ!!」
僕の技量では、逸らすことも避けることもできない渾身の突き。
だからそれを木剣の腹で受け止めて、
「魚、介――類!」
フレッド君を場外に押し出した。
1本にはならないけど、場外は有効打扱い。これで僕の勝ちだと確信したところで、ハプニングが起こった。
僕の持っていた木剣が、真っ二つに折れてしまいました。
武器が破壊されることは、場外と同じく有効打扱い。
審判が双方に有効打を宣言し、同時に試合も終了。結局引き分けに終わり、パーティーのグレードが下がることも決定した。