0045
カーチェの手を借りて起き上がった僕は、とりあえず身体をほぐす。
「マナ回路に頼り過ぎだからそうなるんだよ、もっと身体を鍛えろ」
「……これ以上厳しくされたら死ぬからヤダ」
「アンリのアレはマナ回路を鍛えてるんだ。あたいが言ってんのは筋トレみたいなフィジカル面だ」
どっちにしろ、ヤダ。
マナ回路を鍛えた方が手っ取り早く強くなるし、マナ回路使わないで身体動かすとキッツイし。
「人には向き不向きってものがあるし、ちょっと無視できない人がいるから横に置こう」
「自分のことなんだから横に置くな。って、無視できない?」
「うん。エルピネクトの将来を考えると、ぜひとも繋がりを持ちたい人を見つけから、ちょっと行ってくる」
「行くのはいいけど、迷惑かけんなよ……」
カーチェの視線の先にいるのは、第三王子とフレッド君。
そういえば、この2人への対応は寝ながらだったな。わざわざ起きて声をかけるってことは、この2人よりも重要視してるってことになる。
確かに、迷惑がかかるだろうけど……彼女は元から迷惑をかけられてるだろうから、べつにいいよね。
「フォスベリー辺境伯の縁者とお見受けしますが、ご挨拶をさせいただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、かまわないわ」
肌と髪が白く、瞳だけが紅い女性が、無表情のままに頷いた。
「ではお言葉に甘えて――お初にお目にかかります。私はセドリック・フォン・エルピネクト。エルピネクト子爵ケイオスの31子11男にして、エルピネクト家の次期当主です。もしよろしければ、お名前をお聞かせいただきますか?」
「フォスベリー辺境伯の孫娘、ロズリーヌと申します」
「やはり殿下の婚約者でしたか。雪のように美しい髪をお持ちですので、一目で分かりました」
「エルピネクト様も、子爵様と瓜二つですので一目で分かりましたよ」
父上と瓜二つって、誉め言葉じゃないんだけどな。
一瞬、嫌味かなって思ったけど、フレッド君や第三王子みたいな攻撃的な意志は感じないから違うっぽい。
相変わらず無表情で分かりづらいけど。
「……おい」
「もしや、父上とお会いになったことが?」
「ええ、王宮で何度か。お姿を拝見した程度で言葉を交わしたことはありませんが」
「王宮に出入りが出来るとは、羨ましいです。学校に入るまではエルピネクト領から出ることはなかったので。幼少のころから多くの諸侯に出会えるというのは憧れます」
これは本音です。
次期領主、次期北部の盟主としては、有力な諸侯――貴族の顔と名前を一致させなければいけないし、関係を持たないといけない。小さい頃から王宮に出入りすれば、自然と顔と名前は覚えられるし、関係を築くことが出来る。
成人してから苦労するよりは、幼い頃から苦労した方がいい。
「――おい」
「これは興味本位なのですが、王宮での父上はどのような感じですか?」
「自然体だったと記憶しています。70近いご高齢を感じさせない足取りは、武芸の心得がない私でも感じ入るものがありました。ついつい祖父と比べてしまい、ため息をついたものです」
「フォスベリー様にご評価いただけたことは身内として光栄ですが、僕としては辺境伯様と比べるとため息をついてしまいます。国境で睨みを利かせながら、魔巧列車の建設を誘致するなど歴史に残る偉業です。――1度、お話をお聞かせいただきたいと思うほどに」
ここで僕は、本題に切り込む。
改革派のトップにして、西部の盟主であるフォスベリー辺境伯と繋がりを持てる機会など滅多にない。例えエルピネクト子爵になったとしてもだ。
王立学校の学生同士という立場で、辺境伯の孫娘と縁が出来るなら、見逃す手はない。
「――おい!」
「次期エルピネクト子爵であれば、祖父を紹介するのもやぶさかではありません。しかし、下手な人を紹介しては叱られてしまいますわ」
「では今度、フォスベリー様をお茶会に招待させていただけないでしょうか? お茶会は人を映す鏡です。僕という人となりを、ぜひとも判断いただきたく思います」
「噂に聞く、エルピネクト様のお茶会ですか。招待いただけるのは光栄ですが、私は婚約者がいる身。1人で出向くようなマネはできませんよ?」
「もちろん、こちらからご招待いたしますからね。ご友人を、何名でもお誘いくださってかまいま――」
「――俺を無視するのをいい加減にやめろエルピネクト!!」
舌打ちしたい気持ちを必死で抑えて、バカな甥っ子がいる方へ身体を向ける。
「………………なんですか、殿下」
「貴様、礼節ある態度を俺の時に取らずに、ロズリーヌに取る! いくらなんでも不敬にもほどがあるぞ!!」
「……はあ、フォスベリー様に同情したくなるくらい、器の小さいことを言う殿下ですね。説明してもいいですけど、どうしても毒舌になってしまいますから、兄上代わりにお願いします」
レオナルド兄上はイヤそうに顔を歪めるけど、我慢して。
これ以上僕が口を開くと、改革派と王室派の抗争になっちゃう可能性が高いから。主に、殿下の器が小さいことが原因で。
「お前は兄を何だと思ってるんだ……?」
「殿下の覚えが目出度い自慢の兄です」
「心にも思ってないことを言うんじゃない。――殿下、弟の代わりに説明してもよろしいですか?」
器の小っちゃい甥っ子は、否とは言わなかった。
「殿下は弟の態度を不敬と言いましたが、アレは殿下のミスをフォローするための苦肉の策です」
「俺がどのようなミスをしたというのだ!」
「試合という枠組みの中で最善を尽くした弟に対し、的外れな論法で非難しようとしたことです。あそこで叔父と甥という関係性を持ち出さなければ、エルピネクト子爵家として対応しなければならないほどの事態だったとご理解ください」
普通の子爵なら、そこまでしないけどね。
でもエルピネクト子爵家って、北部盟主だから。王族にだろうと強気な態度を取らないといけない時があるんだよ。いざという時に助けてくれないって弱い貴族って思われたら、王国北部の派閥が崩壊して、エルピネクト領にダメージが入るから。
嫌味で済ませたことを感謝してほしいくらいだよ。
……まあ、実家の力を使うって発想、なかっただけなんだけど、結果オーライだね。
「……その件について、俺に非があったことは認めよう。だが俺の婚約者を貴様主催の茶会に誘うとはどういう了見だ!!」
「どういう了見も何も、フォスベリー辺境伯とお話がしたいだけですよ?」
「ならばロズリーヌではなく俺に言えばいいだろう!」
マジで何を言ってるんだこの甥っ子は。
婚約者をお茶会に誘ったことに対して嫉妬した、というなら納得するし、文句を言うに値する理由だ。非難をするならそこだろうに、なぜ面会の件に反応する。
「殿下、それは領地貴族の特権に干渉する発言だと受け取ってよいのですか?」
やりたくなかったけど仕方ない。
ここで退いたら北部貴族全体が舐められる。一応、レオナルド兄上には視線を送っておく。これでも兄弟だ。意味は分かるだろう。
「そ、そんなことするわけないだろう……」
「ならば口出し無用です。これはエルピネクト家の次期当主が、フォスベリー家の現当主と面会したいという話。例え国王陛下と言えど口出しは許されませんし、権利もございません。王族の一員であると、王位継承権第3位の自覚があるというのなら、王族にも不可侵の領域があると理解してください。――さもなくば、貴族全体を敵に回すことになります」
淡々と言葉を紡いでいく。
感情を冷やし、マナ回路を励起させないよう神経を使う。
マリアベル姉上の真似事に過ぎないけれど、感情を消した方が伝わる怒りがある。
「――フォスベリー様、唐突なことで心苦しくはございますが、次の試合の準備がございますので失礼させていただきます。お茶会の招待状は後日お送りしますので、ぜひご検討ください」
ロズリーヌさんの返事も待たずに、僕はカーチェの膝の上に戻った。
会話ならもう充分にしたし、無駄に疲れてしまったので、僕はマナ回路を全力で起動したうえで、無理やりに落とした。身体がすっごくダルくなるのでしたくないけど、このダルさに身をゆだねると意識がすぐに落ちるのだ。
周囲の喧騒から外れた僕の意識は、試合直前まで戻ることがなかった。