0044
王子様(笑)登場会です。
唐突にだが、エルピネクト家の血筋について話をしよう。
といっても、父上や側室の母上方は、特筆すべき血筋ではない。冒険者として活躍しただけあって個人の技量は凄まじいが、血筋という点においては中の上から下の下。
特筆すべきなのは、正室である僕の実母だ。
何度か言った覚えがあるが、先王陛下の妹で、現王陛下の叔母にあたる。
その母上の直系である僕はつまり、現王陛下の従弟ということだ。年齢はかなり離れているし、一度も会ったことはないから顔を知らないけど、間違いなく従弟だ。
「カーチェ、あれ誰?」
僕はカーチェにだけ聞こえる声をだし、カーチェも同じ音量で答えた。
「第三王子、アイザック・エル・アズライト」
それを踏まえてこの状況。
従弟の三男が、取り巻きを引きつれて気持ち悪い顔をしている。
僕はこの甥――正確には従甥だけど、甥でいいや――に対してどんな顔をすればいいのでしょうか?
しかも第三王子だから、過度に無礼な態度を取るわけにはいかない。
この顔や態度を見れば、ろくでもない人種の可能性が高い。前に彼の婚約者に会ったとき、婚約者は彼のことを毛嫌いしていたってのもマイナス評価だ。
(よし、無視しよう。フレッド君しか見てないし、無視しよう)
身体をゴロンと動かしたいけど、目立つから我慢。
とりあえず目だけ閉じて、耳を澄ます。
「取り巻きがいないと出歩けない、臆病者のアイザックには言われたくないな」
「俺は第三王子だからな。1人で出歩くのが不味い立場なんだよ、お前と違ってな」
「必要なのは取り巻きじゃなくて護衛だろう? まあ、優越感に浸りたいだけの小心者じゃあ、区別なんて付かないだろうけど」
わー、仲が悪―い。
王室派と改革派という派閥の違いってよりは、単純に仲が悪いな、コレ。
性格の不一致ならともかく、どうせフレデリカさんを取り合って仲が悪いとかいう理由だろうから、これが恋に目がくらんだ男どもの争いというヤツか? だとしたらなんて醜い争い何だろう。フレデリカさんに相手されてないというのが、醜さを加速させる。
年上の甥っ子とはいえ、絶対に関わらないようにしよう。
「――っと、これ以上お前の相手をして浪費する時間はない。用があるのは、そこで狸寝入りを決め込んでいる貴様だ!」
ああ、甥よ。お前も僕に用か。
僕じゃないと思いたいけど、狸寝入りしてるのは僕しかないからね。
「……はあ、可愛い可愛い甥っ子が、お友達が楽しそーうにお話ししているから気を遣ったっていうのに、無粋なマネをするね」
このまま無視すると面倒さが増しそうだから、仕方ない。
でもただでは転ばない。叔父という立場を最大限利用して、身内の会話という大義名分でごり押ししてやる。
「甥っ子だと? 貴様、俺を誰かと勘違いをしていないか?」
「さっき自分で第三王子って名乗った人を勘違いなんてしませんよ。――というか、甥っ子こそ僕が誰か分かってないんじゃないですか? 王家の人間がどこに嫁いだかなんて、結構重要情報ですよ。自分で言うのはなんですが、特にうちの父上は有名じゃないですか。父上を王室派に取り込むために、先王陛下が溺愛する妹を嫁がせた話。確か、本とか劇にもなってましたね。恋愛もの、英雄譚、冒険譚などなど、結構な種類があるって認識してましたけど、見たことありませんか?」
なお、僕はそれらに一切触れてません。
父上の性癖という度し難い汚点を知っている身としては、どんな美談も汚れて見えるので。
「貴様に王族の血が流れていることくらい知っている! ただ、年下の貴様が俺の叔父にあたるという事実に実感が持てなかっただけだ」
「実感は大切ですね。僕も甥っ子って言葉にしないと実感が持てませんもん。――では、挨拶も終わりましたし、もういいですよね。次の試合のために体力を回復させないといけないんですよ。というわけで、おやすみなさい」
「ああ、そうか……」
ゴロンと身体を回して、カーチェのお腹側に顔を向けた。
これで邪魔されずに寝れる、
「――ではないっ! 用があると言っただろう!!」
「叔父と甥の挨拶をしにきたんですよね?」
「違う――っ!!」
ちっ、せっかく誤魔化せそうだったのに。
仕方がないので、身体を元の位置に戻す。
「……じゃあ、なんですか? 言ったように、次の試合があるので手短にお願いします」
「今の試合についてに決まっているだろう! お前はフレデリカが相手だというのに――」
「ああ、はいはい。その話はもう終わってるんで帰ってください」
しっしっと、右手で追い払うしぐさをする。
まったくもって時間の無駄だ。フレッド君とバカなこと言い合ってた時点で分かってたけど、第三王子はバカ以外の何者でもなかったようだ。
「貴様、殿下に対してなんだその態度は!?」
聞き覚えのない怒鳴り声が耳に届いて、不愉快になる。
胃の奥がムカムカして、目を閉じてられないので、感情のままに目を開けた。
「――イエスしか言えない寄生虫は黙ってろ」
思った以上に低い声が出た。
というか、感情的になり過ぎてマナ回路まで活性化してる。
臨戦態勢に入ったって思われたのか、文官科っぽい取り巻きの顔色が青くなり、武官科っぽい取り巻きがいつでも動けるように警戒してる。
さすがに不味いと思って、すぐにマナを散らす。
「ねえ、殿下。そこに頭の悪いイエスマンしかしないようだから、叔父のよしみとして1回だけ忠告してあげます。どうせ第三王子として、改革派に担ぎ上げられてチヤホヤされたようだけど、君の代わりなんていくらでもいる。今みたいなバカをやり続けたら、捨てられるよ」
僕が改革派のトップだったら、7割方見捨ててるレベルだ。
もちろん、かけたコストがあるだろうし、別の王族を担ぎ上げる手間を考えると、簡単には見捨てられない。その代り、人格が変わるレベルの再教育をするけど。
「なぜ俺が、貴様にそんなことを言われなければないのだ」
「一応は叔父で、僕以外の人が言ってなさそうだからですよ」
身内でなかったら絶対に言わない。
「――ふん、次期領主と第三王子とでは違うと言いたいのだろうが、王族にそのような物言いをする者がただで済むと思っているのか?」
「おや、まさか殿下は、叔父の心からの忠告を聞けないというのですか? まあ、そうなんでしょうね。貴族の質なんて、取り巻きを見れば一目瞭然ですからね。イエスマンの取り巻きしかいない殿下の度量が小さいことは、誰もが知ってることでしょう」
「話を逸らすな――! 俺が言いたいのは」
こいつ、つまんない。
自分の話をまともに聞いてくれないからって駄々こねるとか、ガキか?
「僕の代わりなんて、10人以上いますよ?」
面倒だから少しはまともに相手してやるか。
事実だけを淡々と言うだけの、つまんないお話を。
「正室腹だけで11人。側室腹を含めれば31人。これは父上の子どもだけの数なので、孫も含めればもっとですね。僕が次期領主なのは、正室腹の長男ってだけが理由ですから。――というか、スペアがいるなんて常識でしょう? 継承権第1位ってだけで胡坐をかく連中の気が知れませんよ」
言外に、王位継承権第3位の殿下はどうなの? と嫌味を言ってやる。
伝わったかどうかなんて分からないから、適当に畳みかけよう。
「――で、継承権第3位の殿下、なんでしたっけ? 婚約者でもない平民のフレデリカさんとまっとうな試合をして、粘りに粘ってカウンターを決めた僕に何を言いに来たんですか? まさかフレッド君と同レベルに、非難しに来たわけじゃないですよね?」
殿下が忌々しそうに口を真一文字に閉じる。
ここまで嫌味を言えば、感情のままになるのが不味いって分かったようだ。
っていうか、とっさのアドリブぐらいでないのかね。僕の勝利をお祝いしますとか、フレッド君との試合頑張ってね、とか。
「いい加減にしないか、セドリック。叔父といえど言葉が過ぎるぞ」
むむ、聞き覚えのある声が。
「あれ、居たんですかレオナルド兄上」
「最初からな。お前とは身内だから話が終わるまで待ってたんだが、相変わらずだな」
「性格を変えようと思ったら、死ぬような目に遭わないとダメですからね。――てか兄上、居たんなら止めてくださいよ。いつからイエスマンに成り下がったんですか?」
「俺はちゃんと止めたぞ。殿下が聞き入れなかっただけだ」
妙に疲れた声だ。
イエスマンに囲まれた常識人なんて、貧乏くじだもんね。
「何だその言い草は。お前の意見を聞かなかったことがそんなに不満か?」
「進言を聞き入れる聞き入れないは殿下の自由です。ただ、嫌味の1つくらいは言いたくなります。人間ですから」
殿下はギリギリと歯ぎしりしながら、レオナルド兄上に反論する。
僕のことは目に入らなくなったようなので、今度こそ寝直そうとしたが、白い髪が目に入った。
僕は寝るのを中断して、腹筋に力を入れて、入れて……。
「……カーチェ、お願いを聞いてください」
「あたいに出来る事ならいいぞ」
「背中に手を当てて、起きるのを手伝ってください。マナ回路を強制的に落とした時に、ちょっと身体の調子が……」
「もう少し身体を鍛えろバカ」
当たり前すぎるカーチェの進言に、僕は何も言えなかった。