0043
この爆弾は、何しに来たんだろう?
雇っていることはあくまでも秘密で、ここに、というか僕に会いに来る名目は、試合中のことかな。それ以外を出すほど、バカではないから。
「エルピネクトに用があるということだが、やはり試合のことだな! 俺もエルピネクトの騎士道精神の欠片もない試合には――」
「申し訳ありません、ブラヴェ様。エルピネクト様の貴重なお時間をいただいておりますので、お静かにしていただけないでしょうか?」
おい、フレッド君。
フレデリカさんに冷たくされたからって、僕を睨むな。
あ、セリーヌさんも睨んでる。元々が勝気な釣り目だから、誰かを殺そうとしてるんじゃないかって迫力がある。こっちは、フレデリカさんに向けられている。婚約者に厳しく当たってたけど、情はあるってことか。
「はあ……なんか話の腰が折れたけど、何の用ですか? パン君に冷たくするほど、重要な要件があるんでしょう?」
ちなみに、カーチェが今どんな顔をしているかは分からない。
ちょうど良い硬さの膝枕に、余計な力が加わっているから、怖くて見れないのだ。
「セドリック様が最後に使われた技について、お教えいただけないでしょうか?」
「最後にって、あれ技でもなんでもないよ。隙があったから突いただけだって」
そもそもの話、僕は武芸を習ってない。
剣の持ち方とか、剣を持って移動する方法とか、基礎中の基礎は習ったけど、それ以外はまったく。毎日朝晩、アンリにしごかれるみたいな、実戦形式のみやってる。ダメな点とか口頭で説明してくれるけど、手取り足取りではない。
いや、習いたいって言えば本格的に教えてくれるだろうけど、絶対にヤダ。
「その隙を突くという部分を聞きたいのです!」
今のフレデリカさんみたいな、目が血走った武闘派に囲まれるなんて、絶対にヤダ。
「……なんで?」
「セドリック様が最後、どのように動いたのかが分かりませんでした。気が付けば、剣が心臓の上にあったのです。あのような技は、王立学校では見たことがありません!」
「……フレデリカさんが絶対に通る場所に、剣先を置いただけで、技というほどでは」
このくらい、アンリだけじゃなくてネリーやトリムもできる。
カーチェだって、授業中に似たようなことをしてくるから、珍しくないと思うけど。
「置いただけって、そんなはずは……」
「口を挟んでもいいかい?」
僕の上から、そんな声が聞こえた。
「……えと、あなた様は?」
「カーチェ・フランベルだ。セド様の動きが見えなかった理由、簡単になら説明できるけど、口を挟んでもいいかい?」
「も、もちろんです。お願いいたします」
おお、これでカーチェがフレデリカさんと知り合ったな。
本当はもっと前から認識があるんだけど、面接での出来事は秘密だからね。
ただフレデリカさんがどもってるのが気になる。一体、どんな顔をしているんだろうか?
「セド様のアレはな、呼吸とか意識の隙間とかを突いて、手を動かしてるんだ。だから見えないし、カウンターでしかやらないから避けようもない。それだけだ」
「それは、奥義などの部類ではないでしょうか……?」
「術理を理解して使ってたらそうだろうけど、セド様のは完全に感覚だから不安定なんだ。だから説明できないし、誰でもできる普通のことだと思ってるから質が悪いんだよ」
さすがに誰でもなんて言わないよ。
訓練しなければできないって理解してるよ。
「質が悪いなんてヒドいな。――けど、意外だ。フレデリカさんって魔法科でしょ? 武芸の術理を聞き出すほど熱心なんて」
「――良いところに気が付いたなエルピネクトっ!」
やっべ、フレッド君が絡んでくる地雷を踏んだ。
「フレデリカはどの分野においても才能にあふれ、加えて努力を惜しまんのだ! ひと試合しただけで疲れ果てるお前と違ってな!」
「あー、はいはい、そうですねそうですね。僕はパン君やフレデリカさんと違って、武芸に命なんてかけてませんから。僕は次期領主なので、命をかけるのは領地の発展です。もしかしてパン君は、貴族なのにそんなことも知らないんですか? 領地貴族と宮廷貴族の違い、性質の違いを理解していない、実感してないならすぐに勉強することをおススメしますよ。パン君は武官科3年でしたよね? 来年には貴族社会に入るんですから、理解してないと伯爵家の一員だとしても首が飛びますよ。継承権1位や2位って言っても、あくまでも予定ですから」
おっといけない。
あまりにもイラッとし過ぎて、言い過ぎた。
でも忠告は本物だ。実行する気にはならないけど、フレッド君を廃嫡にする程度のことは僕にだってできる。ブラヴェ伯爵との縁はあるし、ブラヴェ家の利益になる提案だってしようと思えばできる。
そして正式に子爵になれば、フレッド君の廃嫡と釣り合うカードも切れるようになる。
僕に出来るなら、他の貴族の中にだって出来るのだ。実行したときのデメリットが大きすぎて実行しないだけで。
「……なぜ、そこまで言われなければいけない?」
「分からない? 本当に分からないの? 分からないなら隣にいる婚約者に聞くといいよ」
「……セリーヌ、エルピネクトはなぜここまで機嫌が悪いのだ? フレデリカとの会話を邪魔したからか?」
「単純にフレッド様がバカでウザいからです」
「おい……」
「単純に、フレッド様がバカな発言をして、ウザい態度を取るからです。私も婚約者という立場でなければ、関わりたいと思ったことなどありません」
ぐうの音も出ないようだ。
いいぞ、もっと言ってやれ。僕が言っても聞こえないみたいだから。
「さて、バカでウザいパン君が黙ったところで、フレデリカさんも3年生だったよね?」
「その通りですが、なんでしょうか?」
「パン君の進路をアドバイスした時に思ったんだけど、卒業後はどうするの?」
もちろん、言葉通りの意味ではないさ。
フレデリカさんの進路なんて、エルピネクト家に決まってる。
でもそれは秘密。卒業まで知られることがないように、秘匿しなければいけない。だからこその質問なのだ。
「あれだけ強い上に魔法まで使えるんだから、引く手あまたでしょう。やっぱり宮廷魔術師? それとも、魔法騎士団? 大貴族に仕官するって道も、冒険者になるって選択もあるよね」
フレデリカさんは、僕の意図に気付いたようだ。
「実を言いますと、まだ決まっていないのです。――エルピネクト様のところは、どうですか? 魔術師を雇う予定はございますか?」
「ないわけじゃないけど、うちはキツイよ。だって奈落領域の開拓ぐらいしか、余ってないし」
こわばっていたカーチェの膝が、ちょうどよく柔らかくなった。
僕の意図に気付いてくれたようで何よりだ。
「――奈落領域の開拓だと!? 死ねと言っているようなものだろうが!」
「伝手のない魔術師を雇うとしたら、そのくらいしかないんだよ。信用のない人を領地の運営に関わらせるわけないだろう? さすがに志願者でなければ、奈落領域には送らないけど」
フレッド君だけでなく、セリーヌさんも驚愕に染まっている。
奈落領域とはそれほどの場所なのだ。
「でも、開拓に成功した場合のメリットは多いよ? 最低でも騎士爵位の領地貴族は確実だし、エルピネクト家も最大限のサポートをする。――まあ、失敗したら9割死ぬし、生き残っても借金まみれになるから、相当の覚悟が必要だけど」
父上がエルピネクトの開拓を始めて約40年。
奈落領域の開拓はほとんどが父上や母上方が主導で進めてきたけど、数ヶ所例外がある。その例外の結果、3人ほど騎士爵位の領主貴族が誕生した。
逆を言えば、3人しか成功していないのだ。エルピネクト家を除いて。
「……申し訳ありません。奈落領域を開拓するほどの覚悟は、さすがに……」
「だよね。でも覚悟が出来たらいつでも言って。奈落領域の開拓者は、いつでも募集してるから」
これで、フレデリカさんがエルピネクト家に仕官予定だと思うものはいないだろう。
僕の提案も、別に不自然ではない。エルピネクト家最大の事業である奈落領域の開拓に従事する人材を探すのは、自然なことだからだ。
「拒否されたのに諦めないとは、女々しいなエルピネクト」
「万が一にも気が変わった時のためです。――というか、相手にもされてないのに延々とストーキングする方が女々しいですよ」
「ストーキングではない! 俺は彼女を――いだだだだだだだっ!!」
「――彼女を何ですか、フレッド様?」
「顔がだだだだ、――顔が握りつぶされ――だだだだだ」
セリーヌさんは強いな、物理的に。
というか、全体的に北部の女は強い。マリアベル姉上は当然として、カーチェ、アンリ、トリム、ネリー、と。
フレデリカさんもそのうち北部の人間になるから、やっぱり強い。
「相変わらず、無様にも女の尻に敷かれているようだな――フレッド」
また誰かが来た。
そろそろ、人口密度がヤバいことに――って、本当にヤバい。
フレッド君を蔑んで優越感に浸る男の後ろに、10人くらいの取り巻きがいる。間違いなく大貴族の跡取りだろう。気に食わない。