0041
武芸科目の中間考査では、木製の武器を使用する。
刃潰しした金属製の武器を使用した方が、より実践的ではある。でもこれには深い理由があるのだ。
試合中の事故という形で、気に入らない相手をわざと殺すことが横行したのだ。
それがあまりにも目に余るということで、王立学校では木製の武器を使用することになった。
「さっさと負けちまえー!」
「フレデリカさんを傷付けたらただじゃおかねえぞー!」
同時に何人も試合をするってのに、なんでか僕へのヤジが多いし、汚い。ヤジ飛ばすのは男だけだから、多分、フレデリカさんが原因。フレデリカさんが僕に対してすっごく申し訳なさそうにしてるから、間違ってないはず。
でも僕が一番気になるのは、
(カーチェ含めて、誰も僕を応援してないんだけど……)
普通、寄親の応援くらいするよね?
まあ、別にいいけど。勝っても負けてもどっちでもいいって思ってるし、単位を落とさない程度に頑張ればいいとしか思ってないから、応援されても困る。
だから応援していないんだ……と、思いたい。
「よろしくお願いします」
「……お、お願いします」
僕が申し訳なく思うくらい、やりずらそうなのは仕方ない。
雇うことを決めとはいえ、まだ正式に採用したわけじゃない。いわゆる内定状態だから、僕の一存でなかったことにも出来る。また面接で会話しただけだから、僕の逆鱗がどこにあるか分からないのだ。
そんな中で僕と試合をしないといけないって、拷問ものだよね。
(睨み合ってるだけってのも不自然だし、誘ってみるか)
毎日アンリにボコられているだけあって、簡単な駆け引きはできるのだ。
……というか駆け引きができないと、本当に一方的にボコられるんだよ。少しでも長く生き残るために、必死になって覚えたのだ。
「――やあっ」
分かりやすく隙を作ったら、素直に乗ってきてくれた。
フレデリカさんの受講している短剣術は、ナイフやショートソードなどの、軽い片手剣の扱いを学ぶ科目だ。
1撃1撃は軽いので、手数で攻めるのがセオリー。
試合は始まったばかりだが、フレデリカさんは不自然なくらい突きだけだった。
「別に、遠慮とかは必要ないですよ。授業で負けたからって文句言うほど、器は小さくはないつもりです」
「それを聞けて、安心しました――っ!」
突きだけの攻撃に、変化が生じる。
上下左右斜め合計8方向から迫る斬撃に加え、僕の死角に入り込もうとするステップまで使いだす。特に死角に入り込まれるのは厄介。側面ならともかく、背後からなんて反応することも難しいんだよ。
「魔術師よりも、暗殺者のが向いてない? 紹介するの母上じゃなくて、父上にする?」
「エルピネクト様は弱いって聞きましたけど、なんでそんな噂が流れるんですかね? あと、父親を暗殺者呼ばわりするのはどうなんですか。あの方って、王国最強の剣士ではありませんでしたか?」
「まともな攻撃ができないから弱いで合ってるよ。父上に関しては、暗殺者で正しい。あの人の剣は徹頭徹尾殺しの技だし、冒険者時代に暗殺者顔負けの技術を身に着けてるから」
うん、本当にね。
父上は、なんで剣士にカテゴリーされてるんのか分かんないよ。
両手持ちの大剣を振り回すのは別にいいけど、あんな目立つものを装備して、フレデリカさんと同じこと――いやそれ以上の練度で死角に潜り込むんだよ。化け物だよあの人。
まあ、その経験があるから、フレデリカさんの猛攻を余裕をもって防げてるんだけど。
「……エルピネクト様は、ブラヴェ様と揉めていましたよね?」
「向こうからケンカを売ってきたからね。買った方が得になりそうだったから」
「……こんな方にケンカを売るなんて、ブラヴェ様ってホント……」
おやおや?
この反応、フレデリカさんってアレのこと知ってるの?
「アレが僕にケンカを売ることが、そんなに不思議?」
「ブラヴェ様の婚約者は、ティエール子爵家のご令嬢と言えば伝わりますか?」
「うちの寄子だね。先々代がこさえた莫大な借金をうちが肩代わりしてるから、その気になれば乗っ取れるくらいの関係」
「……あの、事実でしょうけど、発想が怖いです」
「大丈夫、言いたいことは分かってる。婚約者の寄親にケンカ売るなんてありえないってことでしょ」
裏の事情を知ると、もっとありえないって分かる。
ブラヴェ伯爵家が、うちの寄子であるティエール子爵家と婚姻を結ぼうとしたのは、エルピネクト家と敵対したくないという意思の表れ。
(ブラヴェ伯爵も大変だな。心の中で孫に悪態を付いてそうだよ)
煽った僕が言うのもアレだけど、伯爵家の方針を知ってたら我慢するよ。
僕だってマリアベル姉上から大人しくしろって脅され――もとい、指示されていたら騒ぎなんて起こさなかったもの。
「……ええ、その通りです。ただでさえ私に言い寄って、関係が悪化しているというのに」
「真実の愛騒動の当事者でしたか……」
フレデリカさんが、生理的に受け付けないって言った意味、少し分かった。
「ところでエルピネクト様、1つ、言わせていただいてもいいでしょうか?」
「もちろん構わないよ」
「では遠慮なく――集中力を削ぐために会話をしているのに、なんで切れないんですか」
「朝晩欠かさず、毎日鍛錬してるから。フレデリカさんとの試合は、ウォーミングアップくらいだね」
普段メイドをやってるから忘れがちだけど、アンリって強いのだ。
化け物みたいな父上から直接指導を受けたこともあるから、下手な騎士よりも強い。
「それよりいいの? もうすぐ制限時間の10分が経つよ」
10分以内に決着が付かないと、引き分けになる。
勝つよりも評価が低くなるから、良い成績を取りたい人からしたらイヤだろう。
「だから焦っているんで――……す」
「うん、焦ってるのは分かる。弱い僕が、こんなに綺麗にカウンターを決められるくらいだもん」
僕の持っている木剣が、フレデリカさんの心臓を突いていた。
フレデリカさんは理解できないような顔をして、
「……降参します」
自分の意思で負けを告げた。