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0039 ブラヴェ伯爵

今回は、初の男キャラ視点です。ぜひお楽しみください。

 エルピネクト男爵からの親書が届いた翌日、


(バカ孫が、あの小僧にケンカを売るとか何を考えている!)


 私は心の中で、自らの孫――フレッド・ド・ブラヴェへの悪態をつく。

 本当なら悪態でなく、百万の呪詛を浴びせかけたいところだが、今の私にはそんな余裕がない。なにせ今からあの小僧――セドリック・フォン・エルピネクト主催のお茶会に出席をしなければいけないからだ。


(入学を機に男爵位を継いだということは、卒業と同時に子爵位を継ぐはずだ。そうなれば、王室派から離脱させないために関係を持たねばならない。昔よりも丸くなったと聞いてはいるが、子爵になる前に確認できると考えれば、今日のお茶会も悪くない……)


 そう思わねばやってられんわ!

 そもそも10歳の子どもが大人を論破するとか、異常そのものだ。

 いや、正論で論破されるならまだ分かる。だがお茶会という貴族文化の象徴で、伯爵として一流を見てきた私に対して、完全に論破するなどありえない。あまりのショックに、お気に入りのティーセットを自ら叩き割って、仕事に邁進したほどだ。

 財務事務次官にまで上り詰めるには、このショックが必要だったことは確かだが……認めたくない。


「本日はようこそおいでくださいました、ブラヴェ伯爵」


 エルピネクト家のメイドが出迎える。

 貴族の力は、メイドの対応1つ見れば分かる。メイドの教育を満足に出来ないような貴族などまともでない。その点、エルピネクト家は完璧だ。辺境の子爵家とは思えぬほどに教育が行き届いている。


(魔巧機械の馬に、ゴーレムの使用人。王都のタウンハウスでこれとなると、子爵領ではどうなっているのやら)


 魔術と魔巧こそ貴族の力。

 現在の王国では、保守派が魔術、改革派が魔巧を擁立して競い合っているが、エルピネクト子爵は両方取っている。普通はどちらか一方を取った方が発展しやすく、費用の関係でどちらか一方にしか力を注げないはずだが。

 やはり、人材の質の高さが理由か。

 子爵の側室は、4人中3人が優れた魔法使いだ。魔術・魔巧技術・神聖魔法と、担い手の多い主要な魔法が揃っている。31人もいる子爵の子ども達も、非凡な者たちが揃ってる。

 今は辺境の盟主で収まっているが、あの小僧次第では王国でも一、二を争う大貴族になるだろう。


「お久しぶりです、ブラヴェ伯爵。5年ぶりの再会がこのような形となり残念ですが、お手柔らかにお願いします」

 目の前に胡散臭い笑顔を貼り付けた小僧――セドリック・フォン・エルピネクト男爵がいる。

 エルピネクト子爵の息子――祖父と孫ほどの年齢差はあるが紛れもなく息子――で、子爵を若くしたらこうなるな、と思うほど瓜二つ。簡単に騙せそうな雰囲気があるが、そんなものは擬態だ。

 この小僧の本性は、一度噛みついたら放さないウツボか、食虫植物のようなものだ。


「孫のフレッドがエルピネクト男爵に迷惑をかけたとのことだが……」


「気の重くなる話は後にしましょう。お孫さんのことはブラヴェ伯爵をお呼びする切っ掛けというだけで、本題は5年前のことを謝罪することなのです」


 何を白々しいことを。

 だが言っていることは本当だろう。フレッドのような脳筋バカが、この小僧に勝てるわけがないのだ。そんな小僧と孫が敵対した理由など、私をここに呼び出すために決まっている。家と家との争いにしたくないのは、こちらなのだから。


「美味しいお茶とお菓子を用意したしたので、どうぞお座りください」


 私をノイローゼに追い込んだ張本人にお茶を勧められるのは気が乗らないが、小僧の茶人としての腕は一流だ。

 粗探しに躍起になるよりは、素直にもてなされるとしよう。


「エルピネクト男爵のお茶は、何も入れずに飲むのが至高、だったかな?」


「私の好みですが、1口目はぜひストレートで。2口目からは好みでミルクや砂糖を加えてください」


(貴様のような真正の茶狂いの前で入れられるわけがなかろう――!!)


 紅茶特有の、あの舌をザラつかせるような苦味が苦手なのだが、仕方ない。

 2口目でミルクと砂糖を加えても良いと言っているのだから、1口目は我慢すれば――


「――ほう、これは」


「ブラヴェ伯爵が苦手な渋みを抑え、香りが芳醇となる茶葉の組み合わせと淹れ方を追求しました。ミルクを加えると香りが鈍くなってしまいますので、砂糖のみを加えることをおススメしますよ」


 私は言われるがままに、砂糖のみを加える。

 すると、ただの紅茶が天上の甘露のような、極上の飲み物へと変貌する。


「よもやここまでお茶を極めるとは、驚きました」


「いえいえ、砂糖を加える余地があるということは、味に不満があるということです。この欠点を改良しない限りは、極めたとは言えません」


 この茶狂いめ。

 謙遜でなく本気で言っているのが良く分かる。


(……だが、私を本気でもてなそうとしているな)


 お茶会には、主催者の全てが出てしまうものだ。

 ゲストの好みに合わせた紅茶を用意する。紅茶に合わせた菓子を調達する。菓子が映える食器を選ぶ。どれか1つでも怠れば茶会の完成度が落ち、好みに合わぬものを出してしまえばゲストとの関係は悪化する。

 ノイローゼになる5年前まで、私はそのことに気付こうともしなかった。

 茶器自慢をするだけの茶会を、貴族の茶会だと思い込んでいたのだ。


(ブラヴェ伯爵家の家紋である白百合の花が描かれたティーセットを準備するだけならまだしも、活けられた白百合と紅茶の香りが反目しないなど、並みの神経ではなしえない)


 特にこの、自己主張をしない茶器が良い。

 磁器の白さを活かして描かれた百合の花など、まさに芸術。これと同格の茶器など、200年前に製造された…………


「……エルピネクト男爵、これはまさか、クラエスターシリーズでは……?」


「さすがはブラヴェ伯爵ですね。一目でこれを見抜くとは」


 カタカタと手を震わせながら、カップをソーサーに置く。


「な、なにを考えているのだ! これ1つで貴族の屋敷が建てられるほどの価値がある物を、伯爵を招く程度の茶会に出すなど!」


 離れたとはいえ、私も茶人の端くれだ。

 クラエスターシリーズの茶器を茶会に出すなとは言わないが、大臣や都市を収める領主、王族といった雲上人にのみ出すべき品だ。

 私との話し合いの場に出すなど、格が高すぎて脅されてるとしか思えない。


「もちろん考えがあってのことです。5年前のことは、ただ謝罪をするだけでは足りない、何か具体的な形にしなければと思っていたのです」


「クラエスターシリーズでのもてなしとなれば、確かに謝罪としては最上級……」


 事務次官程度の格でこれに触れられるとしたら、大臣が出席する茶会に参加し、おこぼれを期待する以外にはない。

 茶人でなければ意味をなさないが、ここまでされて謝罪を受け入れないわけにはいかない。


「もてなすだけだなんて、とんでもない。いくつかの条件をお飲みいただけるのでしたら、こちらのクラエスターシリーズをお譲りいたしますよ」


「なっ――!?」


 カップを持っていなくて本当に良かった。

 ソーサーに置いていなければ、間違いなく床に落として割っていたからだ。


(落ち着け落ち着け落ち着けおちつくのだ――美味い話には裏がある)


 問題は、いくつかの条件だ。

 おそらく、孫に関することと、茶器の値段、それにいくつかの政治的取引と見るべきか。


(最初に無茶な要求をし、本命のみを通すつもりだろうが……物が物だ。下手な断り方をすれば、この小僧を敵に回す)


 茶会は剣を交えぬ戦ではあるが、茶会でこうも攻撃的なる輩は少ない。

 攻撃的なのに茶会に相応しい和やかな態度は一切崩していないのだから、小僧のセンスはもはや実戦で通用するレベルだ。

 なぜ私の孫にはこれがないのだ。

 こんな茶狂いは身内に欲しくないが、頼もしい後継者がいるエルピネクト子爵が羨ましい。


「……条件とは、なんでしょうか?」


「難しいことではありませんよ。お譲りした後でも、このティーセットをお貸しいただきたいということ。それから、お譲りする金額についての2つだけです」


「なるほど、金額をお伺いしても?」


 実に上手い手だ。

 譲った後でも貸して欲しいというのは、クラエスターシリーズを通して私との繋がりを確保すると同時に、他者に譲ることを阻止。そして孫の件を家同士の対立に発展させ、貸し借りが出来ない状況になれば、ブラヴェ伯爵家は約束を守れぬ家門として信用を無くす。

 断れる理由があるとしたら金額しかないが、貸し出しを条件にしている以上、クラエスターシリーズとしては格安を提示するはず。

 敵対が論外な以上、私に残された道は白旗を上げることのみ。


「口でお伝えするのは恥ずかしいので、こちらをご覧ください」


 恥ずかしいなどと、どの口が抜かすか。

 手紙で金額を伝えるなど、物的証拠を残して言い逃れできないようにするためだろうが。


(しかし、無駄に字が綺麗だな。これで外見がまともで茶狂いでなければ、文化人として話題になったろうにもったい――っな!!)


 私は、この小僧を見誤っていたようだ。

 声こそ出さなかったが、表情を取り繕うはもう出来ない。

 この小僧、ブラヴェ伯爵家の全てを搾り取るつもりなのかっ!?


「エルピネクト男爵……らしからぬ、金額ですね。まるで、私の孫のように……物の価値が分からぬ輩の所業ですよ」


「ブラヴェ伯爵がそう思うのも無理はありませんが、価値ならちゃんと分かっていますよ。無償で譲ると言えば、警戒される価値があるってことは」


(相場の10分の1の金額を提示されても、警戒するに決まっているだろう!)


 これはつまり、私が小僧にいくらの価値を見出しているかと問うている。

 このままの金額に飛びつくのは、断る以上に論外。エルピネクト男爵のみならず、エルピネクト子爵家そのものを軽く見ていると取られる。

 相場である10倍の金額を提示するのも、子爵家は尊重するが男爵は評価しないということ。

 つまり私に残された道は、相場以上の金額を提示するだけ。さもなくば、ウツボカズラに落ちた虫と同じ運命を辿ることになる。


「……ははは、敵いませんね。さすがに……この額で譲っていただくのは心苦しいですので、ぜひこの額を支払わせていただきたい」


 エルピネクト男爵の提示した金額に二重線を引き、新たな額を書く。

 それは相場の2倍であり、


「少ないかもしれませんが、これが私の動かせる限界です。即金で全てお渡しすることはできませんので、エルピネクト男爵の提示した額を頭金として支払い、残りを3年の分割としていただければと」


 小僧は目を丸くして、驚いたように見せる。

 まず間違いなく演技だろうが、本物の驚きも含まれている。限度額をいきなり提示して正解か。


(これで少なくとも、痛み分けになる)


 ウツボか食虫植物のような小僧だと知りながら、対策を立てなかった私のミスだ。

 こやつは全力で叩き潰すか、全面降伏を覚悟しなければ飲まれる化け物だ。


「ここまで価値を見出していただけるとは、さすがに予想外でした。お譲りすることには異論はございませんが、さすがにもらいすぎですね。――トリム、アレを渡して」


 控えていたメイドから、1冊のノートを手渡される。

 小僧は開けと頷いているので、表紙をめくった。


「今日お出ししたお茶のブレンドだけでなく、渋みの少ないお茶の淹れ方が記してあります。0.1秒、0.1度単位で厳密に管理をすれば、誰でも美味しいお茶を淹れることができます。これほどの物を譲るのですから、見劣りしないお茶を淹れてくださいね」


 淹れ方だけでなく、お茶に合う菓子や軽食の組み合わせまで事細かに書かれている。

 これだけの情報は、文句なしに一子相伝の財産だ。相場の2倍を提示していなければ、ブラヴェ伯爵家はエルピネクト家の傘下に入るしかなかっただろう。

 自分の思い切りの良さに安堵した。


「ありがたく頂戴します。――話は変わりますが、エルピネクト男爵は孫をどのようにしたいのでしょうか? 廃嫡にすることはさすがに出来ませんが、謹慎にする程度ならすぐにでも」


「そんなことは言いませんよ。私が望むのはただ、伯爵家および、伯爵の関係者が手を出さないことです。さすがに学生の行動を制限しようとは思いませんが、部外者に手を出されては手加減が出来ませんので」


「その程度ならすぐに手配しましょう。期間は孫が卒業するまでですか?」


「それは長すぎますから、2学期が始まるまでにしていただけますか」


 夏休みの期間に、孫が暴走しないよう封じたか。

 2学期が始まるまでというのは小僧の温情だろうが、孫が気付くとは思えない。


「エルピネクト男爵が希望するのなら、そのようにしましょう」


「そう言ってくれて助かります。――どうやら、お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しますから、お茶会を仕切り直しましょう。今度は、難しい話は抜きにして」


 本音を言えばすぐさま帰りたいところだが、悔しいことに小僧の淹れるお茶は美味い。

 ささくれ立った気持ちを落ち着かせる意味でも、何も考えずに舌鼓を打つとしよう。


総合評価が100ptになりました。評価ptが上がると小躍りするほど嬉しくなりますので、気が向いたら評価や感想を入れてやってくださいな。

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