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0037

テレワークが終了した関係で、平日の更新が難しくなりそうです。

 第三王子の婚約者と話していたら、授業をすっぽかしてしまった。

 まあ、別に1限ぐらいサボったって成績的なものは問題ないし、即指導が入るわけでもないんだけどね。


(なんて言い訳すれば、誤魔化せるだろうか?)


 問題があるとすれば、カーチェ達だな。

 マリアベル姉上が怖い僕が授業をサボったんだ。何かあったって感づくに決まってる。


「――イギャァ!」


 おや? 足の裏に、何かを踏み抜いたような感触が。

 大きさとか硬さ的に、人間の脛あたりなんだけど、きっと気のせいだ。


「おい、人の足踏んどいて何――」


 なんだか騒がしいな。

 教室の中て、もうすぐ授業が始まるっていうのに常識のない。


「カーチェ、後で授業のノート写させて」


「そりゃいいけど、アレはいいのか?」


「主語がアレじゃさすがに分からないよ。あ、ノートありがとう。始まる前には返すから」


 万年筆を手に持って、さっそく写していく。

 ただ、外野がまだ騒がしい。話を聞けだの無視するなだのと、頭が足りない騒ぎ方だ。

 ここは貴族が多い王立学校だぞ。高圧的な態度と汚らしい言葉遣いで相手されるとでも思ってるのだろうか?


「ノートありがとう、助かったよ」


「……それはいいけど、セド様にお客さんだ」


「お客さん、誰?」


 授業が始まる直前にくるだなんて非常識な。

 でもカーチェがお客さんって言うんだから、話をしないわけにもいかないか。


「何か御用ですか?」


「――御用じゃねえよ! お前に足を踏まれたんだよ謝罪しろ!!」


 ……

 …………

 ………………


「カーチェ、疲れてるんだね。誰もいないじゃないか。今度、カーチェのためにお茶会を開くから、都合の良い日を教えて」


「――ざっけんじゃねえぞ!」


「セド様、さっきからソレがうるさいんだ。迷惑だから黙らせろ」


 えー、僕のせい?

 まあ、踏んだってイチャモン付けてるんだから、そこを突くか。


「足を踏まれたって言うけどさ、周りをよく見なよ」


 と言って、周囲を見渡すと、皆が僕を見ていた。

 どう収めるのか興味があるというよりは、さっさと黙らせろって無言の圧力が。


「通路に足がはみ出てる人なんて1人もいないし、普通に歩く分には足を踏むなんてことは絶対にありえない。それなのに足を踏まれるっていうのは、通路に足を出していたってこと。仮に踏まれてたとしても、自業自得だと思わない?」


「んなわけねえだろうが! 踏んだ奴が悪いに――」


「で、本題はここから。踏まれても仕方がない場所に足を出す理由って、何かな? まさかとは思うけど、僕をすっころばせて笑いものにしようとなんてしてないよね? その思惑が外れたから逆上してるなんて無様なマネ、晒してないよね?」


 騒がしい男が、うっ、と言葉に詰まる。

 こいつ、腹芸の1つも出来ないのか。身なりはいいから間違いなく貴族なんだけど、腹芸の1つも出来ない貴族ってどうなのかな。荒っぽい言葉遣いも演技だと思ってたんだけど、この分だと素だな。


「カーチェ、これは話にならない。誰が寄親」


「ブラヴェ伯爵の孫が寄親だ。セド様の中間考査の相手でもあるな」


 あー、ブラヴェ伯爵って、あのブラヴェ伯爵か。

 王室派の宮廷貴族で、今は財務次官だったはず。昔は茶狂いとして有名だったんだけど、あるときからキッパリやめたんだって。

 きっかけはそう、エルピネクト領でお茶会を主催した時のこと。

 詳細は省いて結論だけ言うと、僕が言い過ぎてしまったから。今なら我慢できるんだけど、当時は今以上に子どもで、感情の制御が上手くできなかったんだよね。反省してる。

 でもそうか。ブラヴェ伯爵の孫が寄親か。

 伯爵との関係修復に利用するか。


「なるほどね。つまりブラヴェ伯の孫は、僕に勝つ自信がなくて、チンピラ以下の鉄砲玉を使って僕を脅したかったってわけか。そりゃそうだよね。剣もまともに振れない領主科の豚相手に負けたとあっては、武官科所属の面目が丸つぶれだもんね」


 とりあえず、伯爵との話し合いをするために、孫にケンカを売っておこう。

 噂になるように、大声で。


「ふざけんじゃねえ! フレッド様は関係ねえだろ!」


「寄子の躾ができてないのは寄親の責任だ。それに、貴族が何の考えもなしに行動するなんてありえない。例え君の言動が素だとしても、それを躾もせずに放置しているのは、今回みたいに利用するためだろうね。だって考えなしのバカって利用しやすいもん。明言しなくても、勝手に行動して自爆して、またアイツかって思われるだけ。適当に謝罪して回れば、あんなのが寄子で大変だねって同情してもらえて、自分には一切傷がつかないもの」


 それっぽいことを一気にまくし立てるのがポイント。

 証拠なんて必要ない。噂が流れるために必要なのは、やりかねないと思わせること。

 ニコニコと笑みを浮かべながら、周囲をちらりと伺う。僕に向かっていたはずの非難の視線は、いつの間にか別の人物に向けられていた。その人物は顔色が悪くなっているから、ブラヴェ伯爵の孫である可能性が高いな。

 名前は、フレッドでいいのかな?


「何を騒いでいる、授業を始めるぞ――」


 ちょうどいいタイミングで教師が入室をした。

 騒がしかった男は騒ぎ足りなそうに元の席に戻っていく。その席の隣には、非難の視線が集まっていたブラヴェ伯爵の孫(仮)がいた。

 まあ、気にせずに授業に集中しよう。

 授業中に喋るようなバカはさすがにいないけど、教室の空気が悪いな。

 悪くしたのは僕だけど気にしない。むしろ、ブラヴェ伯爵の孫がどう行動してくるかが楽しみ。あそこまでバカにしたから、きっと剣呑な空気になってくれる。困るのは謝罪して丸く収めてくることだけど、ま、それならそれで。

 メインであるブラヴェ伯爵との関係改善は、どう転がってもできるだろうし。

 幸いなことに、今日の授業はこれで最後。

 人目のある場所でガッツリとやりあって、噂になってもらいましょう。

 念のために、殴り合いにでもならない限り手を出すなって、筆談でカーチェに指示を出しておく。危険なことをするんじゃねえ、という一文に線が引かれた上で、分かったと書かれた返事がくる。

 後でちゃんと説明しなければと決意する。

 と、そうこうしている間に授業が終わる。この後の計画を立ててたから、あっという間に終わってしまって、ノートが真っ白。いや黒いことは黒いけど、授業に関係のないことばっかり書いてある。


「……カーチェさん、今のノートを貸してください」


「おいコラ。サボった授業のノート貸すのは百歩譲って許すけど、出席した授業のノートを貸せってどういう了見だ!」


 至極まっとうな理由で叱られた。

 でもちゃんとノートを貸してくれたから、優しいです。


「セドリック・フォン・エルピネクト、少しいいかい?」


「5分で写し終えるから待っててくれ」


「お前、フレッド様が声をかけてるのに――」


「責任取る、黙らせて」


 ノートに集中していたから、何が行われたのかは分からない。

 せいぜい、肺の空気が空っぽになったような音と、息が出来なくて口をパクパクさせるような音が聞こえるくらい。きっと手っ取り早く、暴力的な手段を取ったんだろう。

 でも勘違いしないで欲しい。

 カーチェが暴力的な手段に出るのは、正当防衛が成り立つ場合か、僕が指示した時だけ。

 北部貴族は皆、躾が行き届いた良い子達ばかりです。


「カーチェ、助かったよありがとう。――で、御用があるのはどなた?」


 友好的な印象を与えるために、ニコニコを顔に貼り付ける。

 3人ほど床に倒れて気絶してるのが意外だ。学生風情がカーチェに勝てるわけないのに、2人もカーチェに攻撃を仕掛けるなんて。勇気があるというよりも無謀だな。


「私だが、これの始末をどうつけるきだ?」


「始末って、そっちから脅しといて無様に負けたことかい? 別にチンピラみたいな低俗な言動を否定する気はないけど、貴族らしいとは言えないね。そんなんじゃ……えっと、ごめん。君みたいな小者が学校にいるって噂にも聞いたことないからさ。名前知らない」


「……フレッド・ド・ブラヴェだ。財務次官である、ブレソール・ド・ブラヴェ伯爵の孫だ」


「ああ、君があのブラヴェ伯爵の孫か。初めまして。ケイオス・フォン・エルピネクト子爵の息子、セドリック・フォン・エルピネクトです」


 貴族の名前には、一定のルールがある。

 ミドルネームにある「フォン」や「ド」。これは爵位継承権がある人だけが名乗ることが出来るのもの。フォンが領地貴族で、ドが宮廷貴族を表しているのだ。

 なんで、僕の姉兄の中で「フォン」を名乗っているのは、僕とマリアベル姉上だけなのだ。


「それで、何の御用? もしかして、ブラヴェ伯爵に昔言ったことについて?」


 お茶会の件を話題にしたのは、どの程度僕のことを知っているかを知るため。

 そして、ブラヴェ伯爵がどの程度、僕を敵として認識しているかを知るため。

 個人の諍い程度なら問題ないけど、伯爵家として僕を敵認定しているならちょっと困る。目の前にいるフレッド・ド・ブラヴェを叩き潰して、長い時間をかけて伯爵家を傘下に収めないといけないから。

 正直言って面倒くさいし、派閥間のバランスが完全に崩壊する。

 最悪の場合、北部が第四勢力として認識されてしまう。


「なぜそこでお爺様が出てくるのかは分からないが、違う。授業が始まる前の君の発言についてだ。――私の名誉を傷つける発言の真意、聞かせてもらおうか」


「真意って、そのまま、言葉通りの意味だけど?」


 内心でガッツポーズしながら、ヨッシャー! と叫んだ。

 宮廷貴族は、役職を根拠にした貴族だから継承権はない。だが、それは建前。

 実際はほぼ世襲だ。さすがに適性がまったくない者が役職に就くことはないけど、一族の中から選ばれるのが普通。フレッドは「ド」のミドルネームがあるから、将来は伯爵家にふさわしい役職に就くのだろう。

 武官科にいるなら、王国軍関連かな。

 でも、実際に力を持つのは役職に就いてからだ。まあ、将来の上司に媚を売りたい人は一定数いるから、影響力はゼロではない。現財務次官の覚えが良くなるかも、と期待する人はいるからある程度のワガママは通るだろう。

 つまり、彼の権力はブラヴェ伯爵が保証するものだ。

 そのブラヴェ伯爵は、エルピネクト家と対立はしたくないようだから、そこを突けば仲直りは出来るな。

 手土産にティーセットでも用意するか。


「それは、ブラヴェ伯爵家にケンカを売るという意味か?」


「エルピネクト子爵家にケンカを売ってきたのはそっちだろう? 個人的には感心してるくらいだよ。その辺に転がってる程度のチンピラしか動かせない小者が、ちっぽけな見栄のためにケンカを売ってきたんだから」


 小者――フレッドが顔を歪める。

 感心してるのは本当だよ。この程度で表情を変えるなんて、底が浅い証拠。

 チンピラをまとめきれない程度の統率力と、ブラヴェ伯爵と盛大にやらかした僕のことを知らない無知さ。実に誘導しやすそうだ。


「田舎の子爵風情が、そんなことを言って良いのか?」


「ド田舎の子爵家に直接ケンカも売れない臆病者が何を言ってるのか」


 っていうか、マジでバカだこいつ。

 確かに普通の子爵家相手なら、その態度でも正解。

 財務次官って、大臣職を除けばトップだからね。落ち目の伯爵家程度なら、権力で黙らせることが出来る。でもエルピネクト子爵って、王国の7%を占めてるんだよ。王室派にとって、絶対に手放せない勢力なんだよ。

 権力を使ってうちの寄子を切り崩すなら分かるんだけど、僕に向かって田舎の子爵風情って本気? こいつがムカついたからって理由で王室派を抜けるってほのめかしたら、廃嫡もあり得るような愚行だよ。

 カーチェでさえ、ありえないって顔してるんだけど。


「どうしても非を認めないというのだな」


「どこに非があるって言うのかな? 僕がやったことは、客観的事実から感想を述べただけだよ。それに対して君がやったことは何だい? 論理的な否定もなしに、感情的に脅しをかけてきただけじゃないか。教室に残ってる人たちは、どんな印象を受けるだろうね?」


 反論するのが面倒なので、周りの印象という形で論点をズラす。

 小者のフレッドだけでなく、取り巻き連中もうろたえている。これ以上誘導する必要もないくらいだ。


「ねえ、カーチェはどう思う?」


「そうですね。どちらが正しいかは別にして、セド様の言い分を信じる人が多くなるのではないでしょうか? ブラヴェ様たちはセド様よりも評判が悪いですので」


「え、僕ってそんなに評判が悪いの?」


「ええ、猿山のボス猿とか、剣もろくに握れない臆病者とか」


「否定するのが難しいけど、ちょっと待って。本当にその噂が流れてるなら、こういうことにならないかな?」


 いや~、やっぱりカーチェは良い子だな。

 僕の欲しい方向に話を持って行ってくれるよ。打ち合わせなしとは思えない。


「臆病者として有名な僕に、武官科のフレッド・ド・ブラヴェ君は勝てないと思って、チンピラをけしかけた。それを言い当てられて焦ってしまい、論理的な否定もせずに伯爵家の権力をチラつかせて脅しをしたって、ことになるよね」


「……事実無根にもほどがあって、呆れてものが言えないな、セドリック・フォン・エルピネクト君」


 ああ、いい具合に煮えてくれたな。

 後は僕以外に矛先を向けないように煽るだけだ。


「そうだね、事実無根なことをちょっと言い過ぎたね、謝罪するよ」


「……――分かってくれればいいんだよ」


「――ああ、でも謝罪が足りないな。実はね、僕への嫌がらせをするために、僕の寄子たちにチンピラをけしかけるんじゃないかとも思ってたんだよ。これは本当に事実無根なことのようだから、改めて謝罪するね」


「……こ――っの――……」


 もう、本当に分かりやすいな。

 これで北部貴族に手を出したら、フレッドが指示を出したって噂が立つって理解して、額に青筋が浮いてるよ。

 ニコニコ顔を貼り付けてなかったら、悪い笑みを浮かべてただろうな。


「じゃあ、そろそろ失礼するね。実家から送られてきたお仕事を処理するのが大変なんだよ」


 遊び歩いてるお前と違って、こっちは領地の仕事してるんだぞ。

 宮廷貴族のお前と違って、領地貴族としての仕事に関わってるんだぞ。

 そんな意図を込めた発言だけど、気付いてくれたかな? 気付いてなくても、別にいいけど。

 僕は悪い笑みにならないように気を付けながら、カーチェの手を引いて教室を出た。


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