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 剣術の授業中、僕はお茶の勉強会のことを思い出していた。

 参加者の全員が合格点を出すまでに4回、つまり1ヶ月もかかってしまったのだ。

 予想以上に長引いてしまい、3回目からは僕も参加をすることになった。講師としてというよりは、仕事が滞って仕方ないことが主な理由。トリムのアドバイスを聞きながら手紙を書いて、参加者のお茶に点数を付けていく流れ作業。

 だから仕事してた記憶と、不味いお茶を飲んで気が立ってた記憶しかない。

 仕事が終わって正気に戻った時に「バケツに溜まった紅茶色の泥水と、砕けたティーカップが何でここにあるんだ?」と首を傾げたほど、記憶がない。

 おまけに、その後の4回目には、参加者が僕を怖がってた気がする。

 そのおかげで真剣さが生まれ、全員合格に繋がったからいいんだけど、釈然としない。


「武芸科目の中間考査の組み合わせを発表する」


 さて、いい加減、現実逃避をやめよう。

 大嫌いな武芸科目の中間考査なんて、模擬戦以外ない。

 試験日はまだ先なのに発表するのは、相手のことを調べ、対策を練る時間が含まれている。これが実に面倒くさい。僕に出来る事なんて防御だけ。相手が疲れて動きが鈍ったら、体当たりして体勢崩して一撃入れる以外に出来ない。

 しかもだ。この中間考査で見るのは、実戦でどれだけ動けるかってこと。

 武器は木製だけど、種類は問わない。だから剣と槍、みたいな不利なことになっても文句が言えない。


「――以上だ。詳しい日時は掲示板に張り出しているから各自で確認するように。質問があるものは」


「先生、いいでしょうか?」


「質問があるものがいないようなので解散とする」


「――無視しないでください! 質問があります!」


「君の質問の内容だが、もう何度も答えている。納得できないのなら、フランベルにでも聞けばいい」


 なんということでしょう。

 この先生、本当に話を終えやがった。


「カーチェ、ヒドくない……?」


「セド様が悪い。どうせ、なんで自分がA班のままなのかってことだろう?」


「当然だよ。僕、満足に攻撃できないんだよ? なんで武官科のトップクラスが集まるA班のままなの? そのせいで、試験の相手が槍術A班の人じゃないか」


 武芸科目は、実力別にA~Dの4班に分けられている。

 Aが上で、Dが下。最初の授業で体力別で振り分け、あとは授業で見せた実力によって上下する。最初はA班だったけど、後からB班に下がったという生徒は、武官科にも多い。

 なのに、なぜか僕はずっとA班のままだった。


「そんなもん、B班じゃセド様を絶対に崩せないからだよ。槍が相手なのも、同じ間合いじゃセド様が有利すぎるからだ。その証拠に、授業じゃ負けなしだろ」


「ほとんどが時間切れの引き分けだよ。体力がない人が相手なら、頑張って勝てるけど……」


「タンクとして考えりゃセド様は一流だよ。アタッカーはあたい等に任せればいいんだから、そのまんま死なないことを優先して、攻撃なんか捨てちまえ」


 こんちくしょう、その通りだよ。

 というか、僕がいつも考えてることだよ。

 そもそも、領主になる予定の僕に、武芸の腕なんてほとんど必要ないんだ。軍を率いる可能性が高いから、指揮官としての訓練とか、軍事演習を見学したりとか、乗馬の訓練なんかはしてるけど。


「攻撃を捨てろとは、極端が過ぎるな。いかに防御が上手くとも、勢いを削るために攻撃をしなければならない時があるのは、カーチェさんも知っているだろう」


「そうは言ってもセド様は不器用だ。下手に攻撃したら体勢が崩れてすっころんでもおかしくない。だったら捨てた方がマシだ」


「騎士の言葉とは思えないな」


「あたいは自分を騎士だって思ったことはない。あくまでもセド様の臣下で友人だ。セド様が本物の武人になりたいって言うなら攻撃の技法を叩きこむけど、微塵もないんだから仕方ない」


「中途半端に覚えることの方が危険だ。エルピネクト様のことを考えるならば」


「――2人とも、先に上がるね」


 武芸談議になんて付き合ってられるか、と演習場を出る。

 というか、僕はカーチェよりの考え方をしてるから口を挟むわけにはいかない。

 ドロテアさんのご機嫌伺いというよりは、僕が武芸に興味を持ったとカーチェに思われることが不味い。今でこそ、僕が武芸にあまり興味ないって理解しているけど、昔はちゃんと攻撃もしろ、ともっともなことを言ってきたもんだ。

 やっぱり、王国最強の剣士の後継ぎってことで期待されてたのかな。


「人の気配はないな、よし――パピヨンリリース」


 僕は王立学校の中でも、人気のない場所に移動した。

 そこは、大きな木と、ベンチが1つあるだけの殺風景な場所。

 僕は魔剣グロリアを木とベンチの間の地面に突き立てる。


「グロリア。ちょっと叫びたいから、遮音と隠蔽の結界を張ってくれない?」


 体内のマナが吸い取られると、グロリアを中心にして結界の魔法が発動した。

 カーチェやフレデリカさんには言っていないけど、グロリアの真価は魔法を吸収することではない。マナの吸収と変化は、あくまでも基本機能に過ぎないのだ。

 グロリアの真価は2つ。

 大量のマナを蓄える機能と、莫大な数の魔術を記録し使用する機能。

 つまり、誰でも魔法使いになれる、剣の形をした杖なのだ。


「ああ――もう! なんで僕がA班のままなんだよ、ありえないよ! というか普通、攻撃が出来ないことってマイナス評価だよね。事実、勝った回数なんて片手以下だよ! 他の奴らも奴らだ! カーチェはまあ、クセとか知ってるから僕に有利だけど、他の連中はなんでああも攻撃が鈍いの! 武官を目指すんなら、騎士になりたいんなら、もっと腕を磨けよ! お上品に見栄えのいい戦い方しか興味ないの!? 実践が足りないんなら、山籠もりでもなんでもしやがれってんだコンチクショウオオオォォォォ――――――!!」


 ふう、叫んだら少しスッキリした。

 後は帰ってから夕飯の支度をすれば、今日のストレスはなくなるはず。


「さて、次の授業………………え?」


 グロリアの機能で重要なものは、もう1つある。

 それは魔法やマナを視覚化する機能。フレデリカさんとの面談の日、グロリアを握って視界がピンク1色に染まったのは、まさにこの機能のおかげ。

 で、グロリアを握っている僕の視界には、握る前には見えなかったものが見えている。

 それは、ベンチに座る誰かの姿。


「……あの、何処から聞いてましたか……?」


 グロリアを握り、魔法が見えるようになったからこそ良く分かる。

 この隠形は完璧だ。グロリアを握る前の僕じゃ、ベンチに誰かいることに気付かなかった。相手に存在を気付かせないことこそ、隠形の神髄なのだ。


「最初からよ」


 隠形を解くと、1人の女生徒が現れた。

 それは、雪ウサギのように白い女性だった。髪も肌も、何もかもが白い。

 唯一、その瞳だけが紅く、髪や肌の白さを際立たせていた。


「……ど、どうしたら、黙ってていただけるでしょうか……?」


 魔剣を抜いて叫んでたなんて知られたら、本当に不味い。

 百歩譲って叫んでたことまでなら、知られてもいい。でも魔剣を、グロリアを学校に持ち込んだなんて知られたら、退学処分を受ける可能性もある。


「なら、少しお話しない? 魔剣の結界を張った上で」


「はい喜んで!」


 退学にならないためなら、靴の裏なんて舐めてみせましょうとも。

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