表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/118

0034

 どんな反応も見逃すものかと気合を入れてたのに、待てど暮らせど反応はなかった。


「あれ、聞こえなかった? もう1度言った方がいい?」


 狭い部屋でそれはないと思いながらも、念のために聞いた。

 これで反応がないなら、雇用の話はなかったことにするつもりだ。


「いえ、申し訳ありません。あまりにも予想外のことをおっしゃられたので……」


 フレデリカさんは子どもでも分かるくらい動揺している。

 まあ、気持ちは分かる。精神に干渉して洗脳する類の魔法は、魔術にも魔巧技術にも存在しないのだ。そして王立学校で教える魔法はこの2つだけ。

 なんで使えるはずないんだけど、聞いておかないと。


「あのな、セド様。貴族だとしても言っても良いことと悪いことがあるんだぞ」


 分かってるよそのくらい。

 特にフレデリカさんの場合『男を洗脳して逆ハーレムを作ったのか?』って詰問してるようなもんだし。


「これが失礼すぎる質問ってのは分かってるよ。でも――聞かないわけにもいかなくて」


 姉上のお仕置きは命に係わるんだよコンチクショウー!!

 ……ああ、だめだ。心が荒んできた。こういうときはお茶を飲むんだけど、さっき飲み干しちゃったからない。

 仕方なく、僕はグロリアの柄をギュッと握った。


「……無礼を承知でお聞かせください。先ほどのご質問は、その魔剣が関わっているのですか?」


「あー、答えてもいいけど、エルピネクト家の機密に関わることだからな。聞いたら後戻りは許さないけど、聞く?」


「魔剣の性能をお尋ねするのですから、覚悟はできております」


 やっぱり目が据わってて怖い。

 ちなみに、カーチェには知りたいか、なんて質問はしない。

 聞きたくないなら一言言ってから出てくし、婚約者候補なんて言われてる時点で一蓮托生。それに、グロリアが真珠のような光沢を持つ魔剣というのは、北部では有名な話。魔剣グロリアの特殊能力について話すつもりなのは、分かってるはずだ。

 だからカーチェに視線を向け、10秒待つ。僕が待ってる間、お茶とお菓子の飲んでいるのが答えなのだろう。


「この魔剣の銘はグロリア。父上の所有する魔剣ブレイブと同格の魔剣で、男爵位と一緒に正式に僕所有になってる。能力は――マナの吸収と変化の2つ。使い方を完全に掌握してるわけじゃないけど、魔法をマナに変換する使い方が出来るのは確実だよ」


「――では、魔法による精神干渉……いえ、洗脳を魔剣の力を使って回避したのですね」


「そうだけど、……なんか自分で自分の首切りそうだから先に言っておくけど、フレデリカさんが自分の意思でやったなんて思ってないからね」


 貴族を魔法で洗脳したなんてことが外に漏れたら、確実に有罪。

 フレデリカさんの場合は、婚約破棄による混乱を引き起こした実績があるので、国家反逆罪が適応されることはほぼ間違いない。

 奈落領域の開拓を志願するくらいの覚悟があるのだ。

 犯罪者として処分され家族に迷惑がかかるくらないなら、自殺を選んでもおかしくない。


「僕が知りたいのは、兆候がいつからあったのかってこと」


「いつからと言われましても、王立学校に入る前にあのような騒動はありませんでした」


「騒動なんて起こしてたら入学できてないだろうけど、小さいことならどう? 例えば、初対面の人とすぐに仲良くなれたとか、ケンカをしてもすぐに仲直りできたとか」


「仮にセド様の言う通りだったとして、何が分かるってんだ?」


 2人が分からないのも無理はない。

 だって僕も、口にしたことが当たってても原因なんて分かんないんだから。


「正直なところ、僕じゃ判断できない分野だから分からない。でも、分かるかもしれない人を2人ほど知ってる」


 僕がピースサインをすると、カーチェが大きく頷いた。


「――ソリティア様と、クラーラ様のお2人だな」


「その通り。ソリティア母上は魔術師として、クラーラ母上は神官として最高峰の腕を持っている。……ただ、ソリティア母上はどこにいるか分からないから、実質的にはクラーラ母上一択なんだけど」


 この世界には神様がいて、神聖魔法という名の奇跡を人に授けている。

 クラーラ母上は父上の側室の1人で、雨と嵐の女神プリュエールの神官だ。


「クラーラ様とはもしや、枢機卿クラスの奇跡を使われる、あのクラーラ様ですか?」


「そうそう。父上と一緒に冒険者として活動してた、あの≪聖歌≫のクラーラ母上」


 ああ、≪聖歌≫ってのは冒険者時代の二つ名。

 魔曲という魔法とは別物の技能を使えることが由来なんだけど、歌はそこまで得意じゃないんだよね。素人よりは上手いけど、プロとしては活動できない感じ。


「そ、そのような方に見てもらえるようなお金は――」


「フレデリカさんのことは、エルピネクト家の人事に関わること。子爵夫人としての仕事の範疇に収まるから、気にする必要ない」


 問題があるとすれば、クラーラ母上の口からマリアベル姉上の耳に情報が入ること。

 どれだけボカしたところで、真実の愛騒動を引き起こした張本人を雇ったと、確実に知られてしまう。つまり、姉上のお仕置きからは逃れられないことが決定するのだ。

 まあ、甘んじて受け入れるしかない。


「いや、いきなりクラーラ様はおかしいだろう。エルピネクト領の重鎮だぞ。神官に見せるにしても、司祭か、頑張っても司教レベルが妥当だと思うぞ」


「これ、僕がバラしたって言わないで欲しいんだけど、王家か大貴族が動いてフレデリカさんのことを調べてたんだよね。奈落種の混血じゃないかって疑われたからなんだけど、純粋な人間って結果が出ただけで終わってる。――だから、母上クラスの力がないと意味がない」


 奈落種とは、奈落領域を支配する人類の敵。

 今よりもはるかに優れた、魔術文明や魔巧文明を崩壊させた元凶だ。


「クラーラ様の神聖魔法であれば、殿方から迫られることはなくなるのでしょうか?」


「正直に言って良いかな?」


 フレデリカさんは首を縦に振る。


「新しい人から言い寄られることは少なくなると思う。でも、今の人たちは変わらないかな。変わるとしても、数年はかかると思うから、卒業までは今のままだね」


 この推測には自信がある。

 王家や大貴族に仕える人材が無能なわけがない。

 彼らが調べて何もなかったと判断したのなら、フレデリカさんに何もない可能性が高い。何かあったとしても、よほど巧妙に隠蔽されているか、よほど弱いかの2択のはず。彼女の反応を見る限り、間違いなく後者のはず。

 気付かれないほど弱い力なら、解けたところで影響なんてほとんどない。

 せいぜい『少し魅力的でなくなかったかな?』と疑問を抱く程度のはずだからだ。


「ならば、男爵様が私の仕官をお受けいただく件は、公表しない方がよいですね」


「――えっ? そっちに反応するの? 変わらない方じゃなくて?」


「クラーラ様ほどの方が関わりダメなのならば、仕方ありません。それに、もともとは降って湧いたような話です。過剰に期待するのは間違っているでしょう」


「……うん。納得してるなら問題ないよ」


 価値観が違うけど、偶然に頼らないと考えれば頼もしい。


「公表しないことは、僕も考えてたから反対しないけど……本当にいいの? 派閥間の抗争ならあんまり気にする必要ないし、突っかかってきたらきたで、僕に有利になるような方法も考えてる。卒業まで1年を切ってるんだから、後ろ盾になってもいいよ」


「お心遣いはありがたいですが、そのようなことを頼んでは、卒業後に肩身が狭い思いをしてしまいます。男爵様の決定には従いますが、可能であれば公表は控えていただきたく思います」


「分かった。公表しないなら、契約書も卒業後の方が良いね。見つかったらことだし」


 僕はソファーから腰を上げ、執務机に向かう。

 机に備え付けられた引き出しを開けて、ある物を取り出した。


「でも、口約束だけじゃ不安だと思うから、これを預けておく」


 僕は、1つのカフスボタンをフレデリカさんに渡した。

 これは僕がいつも使うもので、エルピネクト家の家門である≪羽ばたく蝶≫が刻印されている。北部の貴族がこれを見れば、エルピネクト家の保護下にあると伝わる。


「――お心遣い、ありがとうございます」


 面接はこれで終わった。

 フレデリカさんはカーチェが見つからないように外に出し、そのことをアンリ達に伝えた。

 残るは勉強会の締めくくりであるお茶会に出席するだけなのだが、ここで問題が発生。なんと、合格したのはユリーシアさんとドロテアさんの2人だけだったのだ。

 合格するまで外に出さない、なんてマネをするわけにもいかず、しかし合格していないのにご褒美であるお茶会に招待するわけにもいかずということで、お茶会は流れてしまった。イチゴのタルトはお土産として渡したけど、カーチェ達は不満のようだった。

 結局、来週にも同じメンバーで勉強会を開催することになった。

 今度は全員が合格して、お茶会が開催されることを祈ろうか。

勉強会と面接はこれで終了です。思ったより長くなりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ