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 自然と口にしてから、ふと気づいた。


(いや、今のは雇うって断言した方がカッコよかったかな?)


 でも、決めるにはまだ早い。

 雇わない可能性は、2割も残っているのだから。


「今の話聞いて、なんで雇う気になってんだよ」


「いや、ちゃんと減ってるよ。9割から8割になってるよ」


「今ので1割しか減ってないなら、ほぼ雇うってことだよ。あたい等が反対する最大の理由聞いてそれなら、決まったようなもんだよ!」


 ひとしきり怒鳴った後、カーチェはふくれっ面になった。

 これは不機嫌だけど、僕の決定に従うというサイン。後でご機嫌取りをしないとな。


「……エルピネクト男爵様。フランベル様がここまで反対されているのであれば、無理に雇っていただかなくても」


「ちょっと待って。なんで僕が男爵位を持ってるって知ってるの? 僕がそのことを言ったのって、ごく一部なんだけど」


「男爵様が寮外から登校していることは有名ですから、規則から爵位を継いだのだと思いました。しかし、子爵位を継がせたという話はまったくありませんでしたので、男爵位かと。念のために、図書室にある最新の貴族名鑑も確かめています」


 なるほど、貴族名鑑は盲点だった。

 アズライト王国の法律的に、貴族とは貴族名鑑に載っている者。

 その貴族がどの爵位を保有しているかなど、かなり重要な項目も入っているので、年1回は必ず更新している。そして更新が終わった時、爵位の譲渡は法律的に完了となる。

 ただ、貴族名鑑なんて分厚い上に詰まんないから、必要にならない限り見ないんだよね。


「ねえ、カーチェ。フレデリカさんはソリティア母上に預けようと思ってたんだけど、思ったより優秀だからマリアベル姉上の方がいいかな?」


「反対してるあたいに聞くな。まあ、どっちでも地獄見ることになるから、嫌いな方を選ばせればいいんじゃねえの」


 事実だけど、辛辣な言い方はどうかと思うな。

 また小動物みたいに小さくなってるし。


「イヤな方はさすがにアレだから、好きな方にすればいいか。――フレデリカさんは、魔術師と文官、どっちで大成したいのかな? どっちもやってもらうことにはなるんだけど、力を入れる時間が変わるからね。好みで答えてくれていいよ」


「可能であれば魔術師として大成したく思いますが……地獄というのは……」


「ソリティア母上は魔術師としては人類最強レベルなんだけど、度を越した自由人でね。奈落領域はもちろん、幻獣の住処とか、何があるか分からない秘境とか、ヒマがあれば飛び回ってるんだよ」


「つまり……その旅に同行しろ、と?」


「同行はしなくていいよ。弟子が一人前になるまでは、多少おとなしくなるから。……でも、エルピネクトは修行自体が厳しくてね。10歳の子どもを山に置き去りにして1ヶ月生き抜けって課題が出たこともあるんだ。文字通り裸一貫で」


 できる限り冷静になって、感情を込めずに、抑揚なく言い切った。

 だってこの事例、僕以外には当てはまらないんだもん。領主として、どんな状況でも生き残れるように、って大義名分でのサバイバル。頭の中を貴族モードにしておかないと、トラウマを刺激されてしばらく僕が使い物にならなくなるくらい、大変なサバイバルだった。


「修行中は、お給料は出るのでしょうか……?」


「こっちの都合で修行させるからね。当然出るよ」


「ならかまいません。地獄を経験せねば使い物にならないというのであれば、いくらでも」


 目が据わってるけど、小動物みたいに震えているのでカッコつかないな。

 でもちょっと怖くなってきた。仕官を受ける方向でって伝えただけなのに、使い物になるように地獄に叩き落とせとか。王家の近衛騎士でもここまで言える人、少ないよ。


「……1つ聞かせろ、フレデリカ」


 おお、カーチェの警戒レベルかさらに下がった。

 仕事に対するスタンスは気に入ったってところだな。


「なんであんたは仕官にこだわる? 誑し込んだ連中のところに入り込めば、生活なんていくらでも楽になる。それにあんたはバカじゃない。だれか1人を選べば、ここまでややこしくならないって分かるだろう。それなのに、なぜだ?」


 言われてみれば、確かに。

 嫁入り=就職という考え方が僕にはないので思い付くわけないけど、カーチェの言うことはもっともだ。貴族の娘は基本的に、家と家とを繋ぐのが仕事だからな。貴族の娘でなくても、女性は基本的に婿取るか嫁入りするかだもん。

 マリアベル姉上や、ヴィクトリア姉上みたいな例外はあるけど。


「魔術師として、自分がどれだけできるのかを試したかったことが1つです」


「それはどっかの家に入ってもできるだろう。小貴族なら戦力として、大貴族なら研究者として没頭できる。ヴィクトリア様もその口だ。独身ではあるけど、エルピネクト家が研究資金を提供してるぞ」


「…………言いにくいのですが、求婚してきた方々はその……生理的に受け付けない方ばかりで、絶対に嫌です」


 僕は、顔を見たことのない求婚者たちに同情した。

 もし僕が求婚して、生理的に受け付けないだなんて言われたら、グロリアで自分の手首を切り落としたくなる。


「気持ちは分かるけど、そんな嫌か?」


「嫌ですよ。距離を取った話し方しかしてないのに、婚約者と別れたから結婚してくれって、重いを通り越して気持ち悪いですよ。生理的に受け付けないレベルで、ありえませんよ!」


「……気持ちは、分かる」


 おお、カーチェが押され気味だ。

 よっぽど溜め込んでたんだろうな。学校内じゃ、口が裂けても言えないもんな。


「――なら、セド様はどうなんだ? 他意はないから、正直に答えてくれ」


 フレデリカさんが不満をしばらく吐き出し、ひと段落したところで、カーチェが爆弾を放り込んできた。

 婚約者候補のクセに、何を聞いてんだよ。


(……いや、婚約者候補だから、釘を刺したのかな?)


 貴族の子息達が夢中になっただけあって美人ではあるけど、ピンとこない。

 部下とか臣下としての忠誠心的なものって、気合が入ってれば入ってるほど、人として見にくくなるんだよね。カテゴリーが、部下・臣下になっちゃう感じ?


「……何を考えているのか分からないので、ちょっと無理です」


 なんだろう、心臓に杭がグサリと刺さったような気分。

 何を考えてるか分からないって、何? 理由、ちゃんと説明してるよ。


「その気持ち良く分かる! セド様の基準って、良く分かんないんだよな。エルピネクト領と北部のことを考えてるのは分かんだけど、なんでその結論になるんだってとこがな。今日のこともそうだ。フレデリカがセド様の立場だったら、自分を雇うか?」


「絶対に雇いません。王子殿下を含め、3大派閥全部を敵に回しそうですから」


 ……言いたいことは分かる。

 貴族であっても、貴族を敵に回すことは簡単じゃない。

 ましてや3大派閥全部となると、王国貴族の70%は確実に敵になる。だから言いたいことは分かるんだけど。


「あのね、2人とも。3大派閥のどれか1つがエルピネクトの敵に回ることはあるけど、3つ全部は情勢的にないからね。あと、フレデリカさんを雇って敵に回すのは、あくまでも求婚してる次期当主候補であって、貴族そのものじゃないから」


 貴族個人と、貴族家は違うってことを、理解している者は少ない。

 理解してないのが小貴族とかだったらいいんだけど、大貴族の跡取りほど理解してないのが困りものだね。教育の問題というより、環境の問題かもしれないけど。


「男爵様、根拠をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」


 頭ごなしに否定しても意味ないから、根拠を聞くのは当然だな。

 まあ、ここで否定されてもマイナス評価にはしない。正式に雇った後に矯正すればいいし、マリアベル姉上に預ければイヤでも変わる。


「1番の理由は勢力比だよ。王国全体の力を100%とした場合、王室派が23%、保守派が21%、改革派が19%ってところなんだけど、これはエルピネクトの7%を除いた数字でね。うちは王室よりの中立派だから、普段は王室派に含まれてる。だから、今の王国は王室派が主流になってるんだけど、――これで王室派がうちを敵に回せると思う?」


 カーチェもフレデリカさんも、そろって首を振った。


「次に次期当主候補と貴族家が違うって話だけど、少し分かりやすくしようか。フレデリカさんに求婚してる当主候補を――廃嫡にすれば王室派から寝返る――って言ったら、斬り捨てると思わない?」


 カーチェは胡散臭そうなものを見る目をして、フレデリカさんは顔を青くした。

 まあ、当主候補ってのは直系の息子だから、簡単には斬り捨てない。けど『真実の愛に目覚めた』なんて抜かして婚約破棄するような息子だったら、斬り捨てる可能性は高くなる。なんせ、所属派閥が主流になれるきっかけを作れるんだよ。

 大義名分が2つもあって、廃嫡した場合のメリットが大きく、少しでも野心があるのなら、絶対に廃嫡にする。


「フレデリカ、先に言っとく。セド様はけっこう腹黒いけど――エルピネクト家にはもっと腹黒い人がいるからな」


「み、味方なら……頼もしいですね。仕え甲斐があるってものです」


 腹黒くなんてないよー。

 第三王子がバカやってるって聞いたから、敵対しても問題ない可能性を前から考えてただけだよー。


「ところで、カーチェの話は終わったの?」


「まあ、セド様が腹黒く考えた結果なら、消極的には賛成してやるよ。橋渡しはしないけど」


 カーチェもやっぱり女の子だな。恋愛がらみの話題で大分打ち解けてる。

 背筋が凍るような殺気も、気付けばなくなってるし。


「なら話を戻そうか。予定より長くなっちゃったけど」


 僕はすっかり冷めてしまったお茶を飲み干す。

 誰かに淹れ直してほしいところだけど、淹れてくれる人がいないから我慢だ。


「フレデリカさんって――精神干渉とか洗脳系の魔法を使えるの?」


 だって、フレデリカさんの答え次第では、不採用にしなければいけないからだ。

 これまでの反応から、自発的には使えないと確信してる。でも無意識で使用しているのなら、その原因を突き止めなければいけない。

 この場では出来なくても、原因を予測できる情報は引き出したい。

 それが出来なかったら――僕がマリアベル姉上に殺されちゃう。だから真剣にやらねばならない。お茶を飲んで気を和らげるなんてこと、してるヒマはないんだよ!

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