0033
自然と口にしてから、ふと気づいた。
(いや、今のは雇うって断言した方がカッコよかったかな?)
でも、決めるにはまだ早い。
雇わない可能性は、2割も残っているのだから。
「今の話聞いて、なんで雇う気になってんだよ」
「いや、ちゃんと減ってるよ。9割から8割になってるよ」
「今ので1割しか減ってないなら、ほぼ雇うってことだよ。あたい等が反対する最大の理由聞いてそれなら、決まったようなもんだよ!」
ひとしきり怒鳴った後、カーチェはふくれっ面になった。
これは不機嫌だけど、僕の決定に従うというサイン。後でご機嫌取りをしないとな。
「……エルピネクト男爵様。フランベル様がここまで反対されているのであれば、無理に雇っていただかなくても」
「ちょっと待って。なんで僕が男爵位を持ってるって知ってるの? 僕がそのことを言ったのって、ごく一部なんだけど」
「男爵様が寮外から登校していることは有名ですから、規則から爵位を継いだのだと思いました。しかし、子爵位を継がせたという話はまったくありませんでしたので、男爵位かと。念のために、図書室にある最新の貴族名鑑も確かめています」
なるほど、貴族名鑑は盲点だった。
アズライト王国の法律的に、貴族とは貴族名鑑に載っている者。
その貴族がどの爵位を保有しているかなど、かなり重要な項目も入っているので、年1回は必ず更新している。そして更新が終わった時、爵位の譲渡は法律的に完了となる。
ただ、貴族名鑑なんて分厚い上に詰まんないから、必要にならない限り見ないんだよね。
「ねえ、カーチェ。フレデリカさんはソリティア母上に預けようと思ってたんだけど、思ったより優秀だからマリアベル姉上の方がいいかな?」
「反対してるあたいに聞くな。まあ、どっちでも地獄見ることになるから、嫌いな方を選ばせればいいんじゃねえの」
事実だけど、辛辣な言い方はどうかと思うな。
また小動物みたいに小さくなってるし。
「イヤな方はさすがにアレだから、好きな方にすればいいか。――フレデリカさんは、魔術師と文官、どっちで大成したいのかな? どっちもやってもらうことにはなるんだけど、力を入れる時間が変わるからね。好みで答えてくれていいよ」
「可能であれば魔術師として大成したく思いますが……地獄というのは……」
「ソリティア母上は魔術師としては人類最強レベルなんだけど、度を越した自由人でね。奈落領域はもちろん、幻獣の住処とか、何があるか分からない秘境とか、ヒマがあれば飛び回ってるんだよ」
「つまり……その旅に同行しろ、と?」
「同行はしなくていいよ。弟子が一人前になるまでは、多少おとなしくなるから。……でも、エルピネクトは修行自体が厳しくてね。10歳の子どもを山に置き去りにして1ヶ月生き抜けって課題が出たこともあるんだ。文字通り裸一貫で」
できる限り冷静になって、感情を込めずに、抑揚なく言い切った。
だってこの事例、僕以外には当てはまらないんだもん。領主として、どんな状況でも生き残れるように、って大義名分でのサバイバル。頭の中を貴族モードにしておかないと、トラウマを刺激されてしばらく僕が使い物にならなくなるくらい、大変なサバイバルだった。
「修行中は、お給料は出るのでしょうか……?」
「こっちの都合で修行させるからね。当然出るよ」
「ならかまいません。地獄を経験せねば使い物にならないというのであれば、いくらでも」
目が据わってるけど、小動物みたいに震えているのでカッコつかないな。
でもちょっと怖くなってきた。仕官を受ける方向でって伝えただけなのに、使い物になるように地獄に叩き落とせとか。王家の近衛騎士でもここまで言える人、少ないよ。
「……1つ聞かせろ、フレデリカ」
おお、カーチェの警戒レベルかさらに下がった。
仕事に対するスタンスは気に入ったってところだな。
「なんであんたは仕官にこだわる? 誑し込んだ連中のところに入り込めば、生活なんていくらでも楽になる。それにあんたはバカじゃない。だれか1人を選べば、ここまでややこしくならないって分かるだろう。それなのに、なぜだ?」
言われてみれば、確かに。
嫁入り=就職という考え方が僕にはないので思い付くわけないけど、カーチェの言うことはもっともだ。貴族の娘は基本的に、家と家とを繋ぐのが仕事だからな。貴族の娘でなくても、女性は基本的に婿取るか嫁入りするかだもん。
マリアベル姉上や、ヴィクトリア姉上みたいな例外はあるけど。
「魔術師として、自分がどれだけできるのかを試したかったことが1つです」
「それはどっかの家に入ってもできるだろう。小貴族なら戦力として、大貴族なら研究者として没頭できる。ヴィクトリア様もその口だ。独身ではあるけど、エルピネクト家が研究資金を提供してるぞ」
「…………言いにくいのですが、求婚してきた方々はその……生理的に受け付けない方ばかりで、絶対に嫌です」
僕は、顔を見たことのない求婚者たちに同情した。
もし僕が求婚して、生理的に受け付けないだなんて言われたら、グロリアで自分の手首を切り落としたくなる。
「気持ちは分かるけど、そんな嫌か?」
「嫌ですよ。距離を取った話し方しかしてないのに、婚約者と別れたから結婚してくれって、重いを通り越して気持ち悪いですよ。生理的に受け付けないレベルで、ありえませんよ!」
「……気持ちは、分かる」
おお、カーチェが押され気味だ。
よっぽど溜め込んでたんだろうな。学校内じゃ、口が裂けても言えないもんな。
「――なら、セド様はどうなんだ? 他意はないから、正直に答えてくれ」
フレデリカさんが不満をしばらく吐き出し、ひと段落したところで、カーチェが爆弾を放り込んできた。
婚約者候補のクセに、何を聞いてんだよ。
(……いや、婚約者候補だから、釘を刺したのかな?)
貴族の子息達が夢中になっただけあって美人ではあるけど、ピンとこない。
部下とか臣下としての忠誠心的なものって、気合が入ってれば入ってるほど、人として見にくくなるんだよね。カテゴリーが、部下・臣下になっちゃう感じ?
「……何を考えているのか分からないので、ちょっと無理です」
なんだろう、心臓に杭がグサリと刺さったような気分。
何を考えてるか分からないって、何? 理由、ちゃんと説明してるよ。
「その気持ち良く分かる! セド様の基準って、良く分かんないんだよな。エルピネクト領と北部のことを考えてるのは分かんだけど、なんでその結論になるんだってとこがな。今日のこともそうだ。フレデリカがセド様の立場だったら、自分を雇うか?」
「絶対に雇いません。王子殿下を含め、3大派閥全部を敵に回しそうですから」
……言いたいことは分かる。
貴族であっても、貴族を敵に回すことは簡単じゃない。
ましてや3大派閥全部となると、王国貴族の70%は確実に敵になる。だから言いたいことは分かるんだけど。
「あのね、2人とも。3大派閥のどれか1つがエルピネクトの敵に回ることはあるけど、3つ全部は情勢的にないからね。あと、フレデリカさんを雇って敵に回すのは、あくまでも求婚してる次期当主候補であって、貴族そのものじゃないから」
貴族個人と、貴族家は違うってことを、理解している者は少ない。
理解してないのが小貴族とかだったらいいんだけど、大貴族の跡取りほど理解してないのが困りものだね。教育の問題というより、環境の問題かもしれないけど。
「男爵様、根拠をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
頭ごなしに否定しても意味ないから、根拠を聞くのは当然だな。
まあ、ここで否定されてもマイナス評価にはしない。正式に雇った後に矯正すればいいし、マリアベル姉上に預ければイヤでも変わる。
「1番の理由は勢力比だよ。王国全体の力を100%とした場合、王室派が23%、保守派が21%、改革派が19%ってところなんだけど、これはエルピネクトの7%を除いた数字でね。うちは王室よりの中立派だから、普段は王室派に含まれてる。だから、今の王国は王室派が主流になってるんだけど、――これで王室派がうちを敵に回せると思う?」
カーチェもフレデリカさんも、そろって首を振った。
「次に次期当主候補と貴族家が違うって話だけど、少し分かりやすくしようか。フレデリカさんに求婚してる当主候補を――廃嫡にすれば王室派から寝返る――って言ったら、斬り捨てると思わない?」
カーチェは胡散臭そうなものを見る目をして、フレデリカさんは顔を青くした。
まあ、当主候補ってのは直系の息子だから、簡単には斬り捨てない。けど『真実の愛に目覚めた』なんて抜かして婚約破棄するような息子だったら、斬り捨てる可能性は高くなる。なんせ、所属派閥が主流になれるきっかけを作れるんだよ。
大義名分が2つもあって、廃嫡した場合のメリットが大きく、少しでも野心があるのなら、絶対に廃嫡にする。
「フレデリカ、先に言っとく。セド様はけっこう腹黒いけど――エルピネクト家にはもっと腹黒い人がいるからな」
「み、味方なら……頼もしいですね。仕え甲斐があるってものです」
腹黒くなんてないよー。
第三王子がバカやってるって聞いたから、敵対しても問題ない可能性を前から考えてただけだよー。
「ところで、カーチェの話は終わったの?」
「まあ、セド様が腹黒く考えた結果なら、消極的には賛成してやるよ。橋渡しはしないけど」
カーチェもやっぱり女の子だな。恋愛がらみの話題で大分打ち解けてる。
背筋が凍るような殺気も、気付けばなくなってるし。
「なら話を戻そうか。予定より長くなっちゃったけど」
僕はすっかり冷めてしまったお茶を飲み干す。
誰かに淹れ直してほしいところだけど、淹れてくれる人がいないから我慢だ。
「フレデリカさんって――精神干渉とか洗脳系の魔法を使えるの?」
だって、フレデリカさんの答え次第では、不採用にしなければいけないからだ。
これまでの反応から、自発的には使えないと確信してる。でも無意識で使用しているのなら、その原因を突き止めなければいけない。
この場では出来なくても、原因を予測できる情報は引き出したい。
それが出来なかったら――僕がマリアベル姉上に殺されちゃう。だから真剣にやらねばならない。お茶を飲んで気を和らげるなんてこと、してるヒマはないんだよ!