0032
ダッシュでお茶とお菓子を持ってきた僕は、真っ先にカーチェの分を淹れた。
そこはお客様のフレデリカさんだろう、と思うかもしれないが、無理。殺気を振りまくカーチェより先にフレデリカさんの分を淹れると、いろんな意味で手に負えなくなります。
僕を含め、3人分のお茶を淹れ終える頃には、フレデリカさんの説明も終わっていた。
「……仕官、そうか……なるほど。……能力は高いから不思議じゃない……けど、――あああぁぁぁぁ――――もうっ!!」
真っ二つに割るような勢いで、カーチェがテーブルに拳を叩きつけた。
テーブルを割られるのは、ちょっと困るな。タウンハウスの備品は、実家とは別会計なんだもん。なんだよ、男爵家予算って。収入なんて、マリアベル姉上から回ってくる手紙を書くお仕事だけだよ!
あ、いや、趣味で立ち上げた川魚の泥抜き事業の収益は、男爵家予算に入ったっけ。
どっちにしろ、執務室に置く品質のテーブルを調達すると予算に大ダメージが入るのは変わらない。ヒビ1つ入ってないし、マナ回路を活性化させてないので手加減はしてくれてるか。
「――セド様がイヤがる話題だからって、避けるんじゃなかった! ちゃんと話しておけば、セド様はこんなのを雇うなんて判断はしないし!」
こんなの呼ばわりされたフレデリカさんは、存在感を消そうと必死に縮こまっていた。
個人的には、よく縮こまるだけで済んでるなと感心してる。僕だって怖いもん。これが僕に向けられたとしたら、11番目くらいの危機になるかな。
深く考えるとトラウマを刺激しそうだから、ミルクティーを飲んだ。
「カーチェ、荒ぶってる理由は良く分からないけど、――フレデリカさんが使ってた精神干渉系の何かが関係してる?」
「はっ――? 精神干渉――」
あ、やば。
気温がさらに低くなったように感じる。
でも、フレデリカさんは首が取れそうなくらいブンブンと横に振っているから、意図的でないことは分かった。アレが演技だったら、僕は人間不信になる。
「まあまあ、2人とも落ち着いて。せっかく淹れたお茶が冷めちゃうよ」
イヤな流れをぶった切りたいときに必要なことは、空気を読まないこと。
白々しいくらいのふてぶてしさが、貴族には必要なのだ。
「――セド様が淹れるお茶は貴重だからな」
「わ、……私もいただきます」
2人がカップに手を伸ばすのを見て、ホッと息を付いた。
でもカーチェ、貴重って何? そりゃ、淹れてくれる人がいる時は自分で淹れないから、機会が少ないって意味じゃ貴重だよ。でも、80点台だよ。
次期子爵が淹れたって意味の価値がなかったら、しょせんは80点台のお茶だよ?
「……お、美味しいです! こんな美味しい紅茶、初めて飲みました……!」
そうかな?
フレデリカさんに淹れたのは84点だからそこそこだと思うけど、こんな美味しいってほどではないと思う。
「この茶葉でこの味……いつの間に腕上げたんだ? さすが茶狂いだな。――けど、初めてってのは言い過ぎだろう。あんたが誑し込んだ連中の中に、第三王子殿下がいるんだぞ。これより美味い茶を淹れる側仕えが山ほどいるっての」
「お茶会なんかにのこのこ参加したら、なし崩しになりそうだったので参加してません……」
「――嘘、じゃなさそうだな。分かった。警戒度合いを1段下げてやる」
一応、フレデリカさんは先輩なんだけどな。
元日本人としては、同じ学校の先輩には敬語を使わなければと思ってしまう。でも、貴族制の政治をしてるアズライト王国では、平民と貴族の身分差は大きい。極端な話、40歳の大男(平民)が、5歳の子ども(貴族)にヘコヘコしなければならない社会。
貴族の娘と平民の娘なら、貴族であるカーチェのが立場は上なのだ。
「……王子、……誑し込む、……連中、……あっ! もしかしてフレデリカさんって、真実の愛の当事者だったりする?」
そう考えると、就職先がないことも、カーチェが敵意剥き出しなのも理解できる。
ただな。真実の愛関連は関わるはずなかったのに、これじゃガッツリ関わっちゃう。下手したら3大派閥全部を敵に回しそうだけど、どうしよう?
忠臣は欲しいけど、全部敵に回すのはなぁ。
「――セド様、誰から聞いた?」
「誰からって、何のこと?」
「あの頭が痛くなるような乱痴気騒ぎのことだよ! セド様の目と耳に入れないよう、皆で神経尖らせてたってのに、何処のどいつが裏切ってセド様に漏らしたんだ!?」
なるほどー。
ピンク色のお花畑が視界に入らなかったのはそのためかー。
しかも皆って、北部のことだよね。団結力は強い方だと思ってたけど、想像以上だな。
「授業初日の夜に、ハルトマン兄上から聞いたんだよ。学校内の現状とか力関係の説明を受ける一環でね。ついでにグチも聞いた」
「ハルトマン様かぁ……確か生徒会長やってたし、文句言えねえじゃねえか。――っていうか、乱痴気騒ぎを知ってたんなら、何で雇おうとしたんだよ」
「具体的な関係者は、第三王子しか知らなかったから。フレデリカさんが当事者だってのは、今気づくまで知らなかったよ」
「……ハルトマン様め。なんで中途半端にしか教えねえんだよ……」
多分、ハル兄上は僕に枷をはめたくなかったんだと思う。
あの人の中では、僕はマリアベル姉上から信頼されてるってことになってるからね。
でも確かに、知ってたら行動が制限されてたな。フレデリカさんが当事者だって知って、雇うのをやめようかなって思ってる。もしも知ってたら、面接もしなかっただろう。
「でも、最悪は免れたってとこだな。雇用契約を正式に結ぶ前に、ヤバい女だって知れたんだ。さすがに考えを改めるよな」
「まあ、変わったと言えば変わったけど……」
ちらりと、視線をフレデリカさんに向けると、諦観を浮かべながらカップを置いていた。
少しだけ、本当に少しだけなんだけど、胸がチクリと痛み、
「まだ、8割は雇うつもりでいる」
自然と、そう口にしていた。
セドリックが淹れたお茶が、初めて飲まれました。あんだけお茶狂いって言われるのに、自分では淹れてなかったですね。