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ノープロットで末っ子を書き始めて気付けば3ヶ月。続けられてきたのは、読んでくださっている皆さんのおかげです。メインヒロインはだま出てきてませんけど、見捨てずに読んでくれたら嬉しいです。

 何度か言っていると思うが、僕はお茶を淹れるのが苦手だ。

 でも、淹れる人が他にいないなら、自分でお茶を淹れることもある。今日みたいに。


「出していいお菓子は、この棚だったな。今日は――バラヴェールのクッキーか。これに合うお茶は、三等級のこれにミルク入れたやつだな」


 前世で緑茶をガブガブ飲んでいた身としては、お茶に砂糖やらミルクを入れるのは邪道だと思ってる。でも、これは僕個人の嗜好でしかない。

 人様に出すのなら、人様が好む物を出すのが正しい姿だ。アズライト王国の住人はだいたい紅茶に砂糖とミルクを入れるので、その飲み方に合うような茶葉と淹れ方をすることにしている。

 ただし、これはあくまでも基本。

 今日のようにお菓子を出すなら、お菓子に合う茶葉と選ぶのだ。それが例え、等級の低い茶葉だったとしても、味の調和を優先する。

 飲む前に等級に怒る人は出るだろうが、覚悟の上。

 あと、飲んで味のバランスを確かめた後でも文句を言うのなら、味音痴なうえに肩書でしか相手を判断できない人として、個人的に評価するだけである。


「……3つ、いや4つ淹れよう。無駄に使うなって怒られるけど、4つ淹れれば1つは及第点に届く……はず」


 この茶葉が三等級と呼ばれるのは、よっぽど上手に淹れても80点台が限界だからだ。

 80点台なら人様に出せる基準はクリアしてるんだけど、冗談抜きで0.1度、0.1秒単位の管理が必要になるのだ。ということで、鍋とティーポッドを4つずつ用意する。

 この茶葉で80点台を出す確率は25%なので、1つくらい出るはずなのだ。


「あれ、セドリック様ですの?」


「もしや、ご自身でお茶を淹れているのですか?」


 沸騰したお湯を入れティ―ポッドを温めていると、ユリーシアさんとドロテアさんが声をかけてきた。

 2人とも憔悴しているようだけど、きっと勉強会で苦労してるんだろうな。


「そうだけど、2人こそどうしたの? こっちは勉強会の会場じゃないよ?」


「……その、お花を摘みに」


「……合格点を出すまで外に出られなかったのですが、無理を言って」


「……ご愁傷様」


 別の意味で地獄だったみたいだな。


「あの、セドリック様。不躾なのですが、淹れ方のコツをお教えいただけないでしょうか? もう何十回も入れているのですが、60点の壁を突破できません……」


「できれば私もお教えいただければと。後5点で合格なのですが、どうしても取れなくて……」


「あー、これから淹れるから、見学する?」


 涙目になって何度も頷かれても困るんだけどな。

 だって、特別なことなんて何もしないよ。ティ―ポッド4つ並べてる以外には。


「……ドロテア、セドリック様は変わったことをしていないのよ」


「……きっとここから、エルピネクト家に伝わる秘伝の方法を使うはずです」


「ないよそんなもの。お茶の淹れ方マニュアルを0.1度、0.1秒単位で守るだけ。茶葉の種類とか温度とか湿度によって多少異なってくるけど、基本はアレを守るだけでできるよ」


 ポッドをあらかじめ温めておくとか、沸騰直前のお湯を使うとか、茶葉をしっかりと蒸らすとか当たり前のことを愚直に守るだけ。

 僕はこの愚直に守ることが苦手だから、お茶が美味しくならないんだよね。


「守っても点数が上がらない場合は、どうすればいいのかしら?」


「厳密に守っていれば点数は自然と上がります。まずは懐中時計と温度計を手にすることをおススメするよ」


 なお、僕は持ってません。

 マニュアルを作るときにさんざん計ったので、なんとなく分かります。

 まあ、なんとなくで淹れるから、75%は失敗するんだけどね。


「やはりそれしかないのですね。――ところでエルピネクト様。使っている茶葉の等級が低いようですが、なぜですか? お客様にお出しするなら、等級が高い茶葉を使うべきではないでしょうか?」


「ああ、お菓子に合わせてるんだよ。お茶の品評会でもない限り、お茶はあくまでも脇役。いくら高級品でも、チグハグなものを出したら大失敗。家の評判にも関わってくるんだ」


「では、あくまでも仮の話ですが――最高級品の茶器に、最高級茶葉で淹れた60点のお茶を出されたらどうしますか?」


「そうだね。口付けた後に中身を床に捨てるか、カップを叩き割りたくなる衝動にかられるね。許されるなら、その行為がいかに愚かなのかを語って聞かせたいところだけど、出来ないなら招待状をもらっても2度と参加しない」


 悲しいことに、3回くらいあったな。

 1回は身内だったから、思いのたけをぶつけてしまったけど……ぶつけた人が茶器コレクションを全部叩き割ったって聞いて、さすがに反省した。謝りに行こうと思ったんだけど、僕に会うとノイローゼが深刻になるからって、とめられてしまった。

 それ以来、その人の顔を見たことがない。

 あ、ちゃんと生きてるよ。ただ周りが、僕とその人を会わせないように骨を折ってるってだけ。


「……ドロテア、カーチェさんのセリフってやっぱり」


「……ええ、エルピネクト様のを参考にしたのでしょう」


 2人が小声で話し合ってるけど、気にしてはいられない。

 蒸らしが終わって、茶葉をティ―ポッドから取り出す瞬間だからだ。お茶の味は1秒ごとに変わってしまうから、本当に緊張する。

 茶葉を取り出したら、中身を少しだけティーカップに注ぐ。

 1口飲んだら水で注ぎ、また次の1口を飲む。それを繰り返して、もっとも出来の良いお茶をフレデリカさんに出すのだ。


「うん、今日は上手く淹れられたな。まさか全部及第点な上、84点のお茶も出るだなんて」


 僕の最高点は85点だから、かなり上手く淹れられました。

 非常に嬉しいです。


「及第点というのはもしかして、80点以上ですの?」


「もちろん。ストレートで飲むにはアレだけど、ミルクを入れればなんとかって点だね」


 これが安定して淹れられるなら人任せに……いや、やっぱり90点以上が良い。

 ミルクとか砂糖をお茶に入れるなんて、やっぱり邪道だ。


「――ユーリ、ドロテア――見―つっけた」


 持ち運びがしやすい取っ手付きのトレーにティーセットとクッキーを載せていると、不気味な声を響かせながら、カーチェがやってきた。

 顔を上げると、2人の後頭部を鷲掴みにしている。


「特例で退出を認めたのに、なに油売ってんだ? お前らはまだ合格してないんだぞ? 合格点出さなかったら、寮でも同じことをやらせるって言ったよな? もしかして、寮に帰ってまで続きをしたいなんて言わないよな?」


 あとちょっと刺激したら、目から涙が零れそうな感じで震えている。

 カーチェが後頭部から指を離すと、マナ回路を活性化させて無言のまま会場に戻っていったので、本当に怖かったんだろう。


「相手させて悪かったな。代わりと言っちゃなんだけど、手伝うぞ」


「え、本当? じゃあ、執務室までお願い」


 カーチェにトレーを持ってもらって、2階にある執務室に戻る。

 途中、廊下でグロリアを腕輪から取り出して腰に差した時、カーチェから何か言いたそうな雰囲気が漂ってきたけど無視した。

 無視したまま、執務室のドアを開けて入室した。


「お待たせして悪かったですね。お茶とお菓子を用意したので、続きはこれを飲みなが――」


 背中から冷や汗が流れ、止まらなくなった。

 グロリアの柄を握り締めても、視界の色は変わらない。

 でも気のせいじゃない。だってフレデリカさんも、剣をノドに突きつけられたような表情でガクガク震えているからだ。

 僕も同じくらい震えながらソファーに腰を下ろし、フレデリカさんと対面になる。

 カーチェは持っていたトレーをテーブルの上に置くと、フレデリカさんの隣に腰を下ろした。


「――なんであんたがここにいて、セド様の客人になってるのか――説明してもらおうか」


 ああ、なんということでしょう。

 同年代の中でも武闘派として知られているカーチェ・フランベルが、本気の殺気を出しています。

 僕はその恐怖を誤魔化すために、もう1人分のティーセットを取りに戻った。

 もちろんダッシュで。

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