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「始める前に先に伝えます。――エルピネクト家は、あなたの仕官を受けたいと考えています」
「ほ――本当ですかっ!」
「ええ、今日の面接は最終確認のためのもの。あなたの人柄などの部分が信用するにあたいするかを見ることを覚えておいてください」
意図的に洗脳系の魔法を使ったなら、その時点で信用もへったくれもないけど、使ってる雰囲気がないんだよね。
グロリアがまだ魔法を吸収してるのに使ってる雰囲気がないってことは、呪いの類かな?
「最初の質問になりますが、なぜ王宮魔法師団でなくうちに? 魔法科4位の成績なら、問題なく入れますよね。何らかの理由で王宮魔法師団に入らなくても、うちのような辺境でなく他の家に仕官することもできたはずですよね?」
フレデリカさんのニコニコ笑顔が凍り付いた。
でもジャブなのだよ、この程度。というかどんなお人よしだってする質問だ。
個人的には、王族か大貴族の不興を買ったって睨んでるけどね。トリム達も反対してたくらいだから、3大派閥のどれかを敵に回したとかかな。
「……王立学校で、恋愛がらみの問題を起こしてしまいまして。王宮魔法師団への入団は、その騒動を宮廷内に持ち込みたくないという判断でなくなりました。他の貴族様も、私が来た時点で門前払いをされ、流れ流れてここに辿り着きました」
予想通りだったな。
エルピネクト家も、僕がいなければ門前払いだったろうし。
いや、ヴィクトリカ姉上なら、助手が欲しいとかって理由で雇う可能性はある。けど、家としてじゃなくて個人的な雇用で終わるな。
「なるほどなるほど、門前払いレベルの何かをしたと」
「はい……、お聞きしているかもしれませんが、しかしあれは」
「詳しい説明は後でいいですよ。それよりも――門前払いされてまで、仕官先を探す理由が気になります。冒険者になって実績を積んだり、他国に流れた方が生活しやすいと思いますよ」
王国北部の辺境であるエルピネクト領には、そんな連中はいっぱいいる。
国を捨ててまで来るのは少ないけど、やろうと思えば故郷を捨てられるのが世の中というものだ。
「月並みな言い方になりますが、家族に恩返しがしたいんです。特別貧乏というわけではないですが、特待生にならなければ王立学校に通うことは出来ないって経済状況です。冒険者になってもすぐに仕送りができるほど稼げるわけじゃありませんし、他国に行ってしまえば仕送りが難しくなります」
冒険者の実態を知っているとは、ますます有望だ。
危険生物を討伐したり、危険地帯で希少な植物を採取したり、遺跡から宝物を発掘したりする冒険者は、一言で言えば夢のある職業だ。出自を問わず冒険者になれることもあり、平民貴族問わず憧れる人は後を絶たない。
だが、誰でもなれるとはつまり、社会的信用の少ない職業でもある。
また冒険者の大部分は、その日暮らしの自転車操業。文官としての知識があり、魔術の技術を持つフレデリカさんなら、すぐにでも一流のパーティーやクランに所属することは可能だろう。でも、2年以内にはという話。
その間に冒険者として復帰できない負傷をしたり、もめた貴族から報復をされることもありうる。
「貴族様に雇われることが難しい立場だと理解しています。しかし、全ての家門から拒絶される前に、諦めることは出来ませんでした。冒険者にはいつでもなれるのですから、私は最後まで足掻くことを選びました」
僕好みの良い根性をしている。
これなら辺境の苛烈な環境にも耐えられるだろうな。
「……これは仮の話だけど、正式に採用した場合、あなたの所属は王都でなくエルピネクト領になります。王都からは遠く離れた辺境の地になり、ご家族とは容易にあえなくなりますが、耐えられますか?」
「王立学校に入学した時点で覚悟していました。仕送りの許可さえいただけるのであれば、奈落領域の開拓任務にも従事いたします」
この子本気だ、目が据わってる。
奈落領域の開拓任務って、遠回しの死罪って言われるくらい危険なもの。
それに従事するって本気で言えるなんて、逸材じゃないか。3大派閥のいずれかを敵に回している今の彼女に手を伸ばせば、領主が喉から手が出るほど欲しい忠臣候補を手に入れることができる。
僕は口角が自然と上がるのを感じた。
「じゃあ、家族ごと蝶都に移住しないって誘ったら、のる?」
フレデリカさんは据わらせた目を、10秒ほど閉じた。
「人質、ということですか?」
「それは理由の1割。理由の2割はご家族の護衛。もめたっていう貴族がご家族を殺したり、人質にしてあなたをスパイに仕立てる可能性もあるからね。もちろん強制じゃない。ご家族がイヤだって言うなら、エルピネクトが手を出すことはない」
「……残りの7割は、なんでしょうか?」
「フレデリカさんの生活基盤がエルピネクト領に移っていれば、報酬の幅が広がるってだけ。本当に欲を出せばって理由だから無理にとは言わないけど、フレデリカさんにも利点はあると思いますよ」
封建社会において忠臣を得る方法は、ご恩と奉公の原則を守ることのみ。
聞こえが良くない言い方をすれば、家臣の生活基盤を主家に依存させ、主家は生活を保障する代わりに家臣に仕事をさせるということ。
この状態を作ることができれば、生活を保障する限りにおいて、家臣が主家を裏切る可能性は限りなく低くなる。なにせ、主家を裏切ったら生活できない=死んでしまうからだ。裏切るとしたら、裏切らなければ死んでしまうまで追い詰められた時。
フレデリカさんのご家族がエルピネクト領に移住してくれれば、彼女の代からこの状態にまで持っていけることが出来るのだ。
「正式に、エルピネクト家に雇っていただけるのでしたら、家族を必ず説得いたします」
「フレデリカさんが話の分かる人で良かったよ。おかげで肩の凝る話が早く終わった」
「雇って、いただけるのでしょうか……?」
「9割、雇うつもりだよ。残り1割はこれから決めるけど、少し休憩しよう」
左手で懐中時計を取り出すと、11時23分を示していた。
僕は右手で魔剣グロリアの柄を掴んだまま、執務席から立った。
「これからお茶とお菓子を持ってくるから、そっちのソファーにでも座ってて」
「はい、分かりました……あの、1つお聞きしてもいいでしょうか?」
「構わないよ」
僕が左手でドアノブを触る前に、フレデリカさんの方を向いた。
「……腰に差している抜き身の剣ですが、もしかしてずっと握っていたのですか……?」
「護身用の魔剣だからね。護衛がいない場所で2人っきりになる以上、いつでも抜けるようにしておかないとね」
フレデリカさんの顔が引きつっているような気がするけど、気にしない。
まあ、洗脳系の魔法はもう効果がないみたいだから、握ってなくてもいいんだけどね。でも威嚇できるときに威嚇しておかないと、舐められちゃうから仕方ない。
僕は笑みを浮かべたまま左手でドアを開け、
「――パピヨンストレージ」
ドアを閉めてから数歩の場所で、グロリアを腕輪にしまう。
勉強会の参加者にグロリアを見られるわけにはいかないし、そっちにはカーチェや幼馴染の3人が護衛になってくれるから問題ないのだ。