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0027 ユリーシア

 お腹がキリキリ音を立てて、ズキズキと痛むのだわ。

 これが噂に聞く、ストレス性胃痛というやつなのかしら? これが続くと、お腹に穴が開いてしまうのかしら? ヤバいのだわ。


「……ねえ、カーチェさん。体調不良でお休みしたら、どうなるかしら?」


「問題が起こったらこれ幸いとユーリに責任押し付ける」


「……そうよね。わたくしも、同じことをするわ」


 たった2日で30人も集まったことは想定外だけれど、もっと想定外のことがある。

 それは、この30人が派閥を超えて集まってしまったことなのよ。


「そもそもの話、声をかけるなら王室派だけにするべきだったのでは?」


「声をかけたのは王室派だけなのよ! なのに、どこからか話が広がって、気付けばこんな状態に……うぅ、お腹が」


 お茶は貴族の必須科目だから、苦手を克服したい人が多いのは仕方ないこと。

 横の繋がりを通じて、多少は改革派や保守派の子が来ることは予想していたの。でも、来るとしても男爵以下の小貴族だと思っていたのよ。


「あら、お久しぶりですわね。このような場所で顔を見るとは思いませんでしたわ」


「こちらこそ、エルピネクト子爵様のタウンハウス、それもお勉強会で会うだなんて。もしかして、エルピネクト様を狙っていますの?」


「まあまあ、下種の勘繰りというものですね。優雅でない憶測をするのですから、あなたこそ狙っているのでしょう? あの女に婚約者を奪われてから、男漁りをしていると評判ですわよ」


「それはあなたも同じでしょう?」


 なのになのに、なんで子爵家とか伯爵家のご令嬢が来るのよ!

 このお2人のほかにも、仲の悪いことで有名な組み合わせが複数いるのだけれど!!


「しかし、よくもまあ、これだけ集まりましたね。成績がいらっしゃるようですが、本命はエルピネクト様でしょうか?」


「怖いことを言わないでほしいのだわ。それが本当で、セドリック様に迷惑をかけたら……オーブリー家がどうなるか……」


 エルピネクト子爵家といえば、あの《告死蝶》と恐れられるケイオス・フォン・エルピネクト子爵様が起こした家よ。子爵様は70歳近い高齢でありながら、未だに王国最強の剣士として君臨されている、武闘派の中の武闘派。

 近衛騎士の部隊長をしていたお父様も、子爵様と敵対するくらいなら王家に歯向かう、って断言するほどの方。怒らせたらどうなるか……。


「安心しろって。セド様も周りも、粉かけられた程度で怒りゃしねえよ」


「でもカーチェさん、あの方々が粉をかける程度で終わると思いますの?」


「そうだな……勉強会が終わっても同じことが言えるなら、あたいは認めるよ」


 すごく、意外だわ。

 カーチェさんがセドリック様をお慕いしているのは、少し見れば分かるもの。

 だからこそ、あそこでセドリック様を狙っているご令嬢を排除すると思っていたの。だってだって、真実の愛を見つけたなんて理由で婚約破棄をされた方々よ。幼馴染で貴族らしくない側室なんて、認めるはずがないもの。

 それなのに、カーチェさんが認めるだなんて……これが、愛というやつなのね!


「カーチェさんは随分と、エルピネクト様を信じているんだな」


「いや、もっと現実的な話だぞ。セド様がこれまで何人の茶人を潰してきたと思ってるんだ? 特に茶器にかまけて味を軽視してきた連中の中には『もうお茶なんて見たくない』って言いながら所有してた茶器を全部叩き割るくらいのノイローゼになったのもいるんだぞ」


 何それ怖い。

 そんな人には見え――る。

 よくよく考えたら、勉強会のきっかけはわたくしが淹れたお茶が不味いことだったわ。自然な流れで批評されて、すぐに話が変わったからダメージは少なかったけれど、批評するつもりで言われたら立ち直れないかも。


「だから、この地獄の勉強会が終わってもまだ狙うってんなら、応援してもいいと思ってる。セド様を説得するとかはしないけどな」


「認めるのに、しないのかしら?」


「しないさ。セド様が『狙ってる子がいるから協力して』って言ってきたら協力はするけど、それ以外はするつもりない」


「それはやっぱり……セドリック様をお慕いしているからなの?」


 き、き、聞いてしまったわ!

 ずっと気になっていたけれど、跡取りの結婚相手を訪ねるなんてはしたないマネ、機会がなければできないものね!


「………………否定、はしないけど…………最大の理由は、政治が絡むからだ。セド様にはセド様の考える展望がある。未だに婚約者が決まってないのは、セド様が考える北部運営を実現するために、ギリギリまで妥協したくないってことだ。その考えを半分も理解できてないあたいが、口を出せるわけないだろう」


 カーチェさんが、すごく寂しそうな顔をしている。

 わたくしから見れば、カーチェさんは頭が良い。わたくしやドロテアでは見えないくらい遠くの景色を見てるんだって感じることが多いのだけれど、そんなカーチェさんでもセドリック様の考えを理解できないの?

 よく、分からなくなってきたわ。


「……そう、なのね。でも、セドリック様はすごいのね。カーチェさんのような方がそこまで信頼するだなんて」


「寄子の信頼を掴めなきゃ、北部の盟主にはなれないからな」


「あの方々に迷惑をかけられた程度では怒らないですものね。少しだけですが、体調も良くなった気がしますの」


 これでエルピネクト子爵家を敵に回すことは……って、あれ?

 カーチェさんの顔が険しくなっているような?


「いや、怒らないのは粉をかけられた場合だ。セド様は迷惑だって感じたら、即敵認定する」


 え? 迷惑だって感じて敵認定?


「敵認定って、どういうことですか? 認定されたら、どこまで報復されますの!?」


「基本、同じくらいのことを返す程度だ。婚約者にしろって迫られて程度の迷惑なら、北部の連中にグチって、北部を中心に評判が落ちる程度だけど――ちょうどいい機会だ。ユーリとドロテアは覚えておけ」


 顔を近づけろ、とカーチェさんがジェスチャーをする。

 わたくしとドロテアは、吐息の熱が分かるくらいに近づいた。


「セド様は基本的に温厚で大雑把だが、敵と味方のハードルが低いんだ。培ってきた信頼とか信用とか、世間での評判も関係するけど――自分の目で見て敵だと判断したら、どんな相手だろうと潰すのが若様だ。ケースバイケースで手段を変えるし、短期戦が不利だって思えば長期戦に切り替えたり、長期戦の中で味方認定する場合もあるから絶対とは言い切れないけど」


 サーッと、わたくしの顔から血の気が引く音が聞こえた。

 思い出すのは、不可抗力ながらセドリック様のエビを盗ってしまったこと。あの時、ドロテアはセドリック様に剣を――。


「言っとくけど、ユーリたちは大丈夫だぞ。何があったかは詳しく聞いてないけど、詫び入れてやり直しただろう。あれでリセットされたし、その後も友好的だったからな。その証拠に、勉強会をセド様のタウンハウスで開いてるじゃねえか」


 ホッと、していいのだろうか?

 いや、ホッとしよう。でなければ、本当にお腹に穴が開きそうだ。


「――っと、セド様の挨拶が始まるぞ」


 わたくし達が集められたのは、50人収容可能なパーティーホール。

 その重厚なドアがゆっくりと、音を立てて開かれていくので、嫌味を言い合っていた複数のご令嬢たちも静かになって居住まいを正す。複数の寄子を抱える大貴族のご令嬢だけあって、黙ってればお姫様にしか見えない。

 実情を知っているわたくしから見ると、上手く猫かぶるとしか思えないけれど。


「皆さん、本日はお越しいただきありがとうございます。私は当館の主、セドリック・フォン・エルピネクトです」


 一人称が僕から私に変わってるってことは、貴族として挨拶をしている、ってことよね。

 声をかけるときは気を付けないといけないけれど、当館の主って部分が引っかかる。このタウンハウスは、エルピネクト子爵家の物よね? セドリック様の性格からして、家の物、親の物、自分の物って、きっちり分けて考えていると思ったけど。

 何か、大変な見落としがあるかもしれない。

 お勉強会が終わったら、ドロテアにも確認を取ろう。


「初めましての方が多いようですが、これを機に顔と名前を憶えていただければ幸いです」


 セドリック様は、1度見たら忘れられない顔と体型をしてるから心配ないと思うわ。

 今もご令嬢方が、『思ったよりも横幅が』とか、『豊かな体型が贅沢の象徴だったのは昔のことと』とか、『不摂生が過ぎてそうだけど都合がいい』とか、色々と言いたい放題してる。

 カーチェさんは不愉快そうにして――いわないわね。

 なんだか不気味だわ。


「あまり長いと勉強会になりませんので、この辺で終わらせてもらいます。――あ、最後に1つだけ。急に決まった関係で、勉強会中にエルピネクト家の客人が1人来る予定ですので、迷惑をかけないよう、節度は守ってくださいね」


 バッティングだなんて滅多にないことが起こるなんて運が悪い。

 でも、休息日に合わせての来訪って考えれば、ありえないわけじゃないわね。


「……迷惑に、人脈作り……なるほど、そういう意味か……」


 セドリック様が退出した後、カーチェさんが口角を上げながら悪い顔しているわ。

 今日のお勉強会、無事に終わるか心配になってきたのだわ。

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