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0024

 入学から1ヶ月が経過した。

 幸いなことに授業にはついていけており(剣術除く)、このペースを維持できれば定期テストでも60点~70点は取れるだろう。

 元日本人の転生者なら、もっといい点を目指せと言われるかもしれないが、無理。

 僕は元々、頭の出来がよろしくない。前世での平均点は、40点~50点だ。そこそこ理解できる知性が育った段階で、文字通り小学生から勉強しなおしたから、20点くらい上がっているんだ。むしろ褒めてほしいくらいだよ。


「どうしよう……」


 だが、順調なのは勉強くらいだ。

 当初のプランである平穏無事に、はハル兄上の話を聞いて諦めてるからいい。

 問題は、人脈作りと婚約者探しの方だ。いやまあ、婚約者探しは別に優先度低いから失敗してもいいんだけど、人脈作りに失敗したら婚約者探しなんてできるわけないね。


「何困った顔してんだよ、セド様。確かに、今日のお茶は出来が悪いけど」


「うん、60点以下のお茶なんて久しぶりに飲んだよ。レモンとミルクと砂糖を入れれば我慢できるけど、不味いね。お茶会でこんなの出したら非難轟々。誰が淹れたんだか逆に気になるレベル……じゃない。困ってはいるけどお茶が理由じゃないよ!」


 でも、マジで不味いな。

 僕が淹れるより不味いんじゃないか、この紅茶。

 茶葉が悪いわけじゃない。学校でいつも使ってるやつなのに不味いのは、淹れ方が悪いからだ。座学と実技を合わせた紅茶の淹れ方講習を受けさせた方がいいんじゃないか?


「……うぅ、淹れたのは、わたくしなのだわ……」


 手を上げたのは、元エビ泥棒のユリーシアさん。

 そっかそっか、貴族令嬢ならお茶を淹れられないのも仕方ない――わけがない。

 同じ立場のカーチェは80点のお茶を淹れているし、行儀見習いという形でお茶の入れ方や掃除の仕方を習うものだ。それにお茶会で不味いお茶しか淹れられないと、貴族失格の烙印を押されてしまう。

 つまりは死活問題ということだ。


「ドロテアさん。オーブリー家ではどんな教育を?」


「オーブリー騎士爵家は典型的な武闘派で、文化的な教養が少々弱いところがあります。そんな家庭で育った影響か、淑女としての教育を受けたにもかかわらず、ご覧のありさまです」


 なるほど、教育ではなく素地に問題があると。

 納得できる話ではあるな。僕もカーチェと同じようにお茶の淹れ方を学んでるけど、カーチェが淹れた方が美味しいし。まあ僕の場合、正式なお茶会でもないとやる気が出ないから、淹れ方が多少雑になるってのもあるけど。

 それを含めての素養だもんね。

 由緒正しい貴族の血統が集まる王立学校でも、苦手な人は多い……むむ。これを上手く利用すれば、人脈作りが出来ない問題が解決するのでは?


「これは興味本位で聞くのですが、武闘派のご令嬢でユリーシアさんと同じようにお茶を淹れるのが苦手な方は多いのですか?」


「人によるとしか言えませんね。武闘派だとか関係なく、お茶が苦手な方は一定数います。お茶の授業でも、大貴族出身の方が苦戦する姿は珍しくありません」


「じゃあ、苦手な方々を対象に、お茶の勉強会を開いたら喜ばれるんじゃない?」


 僕が提案した瞬間、僕以外の全員が胡散臭そうな者を見る目になった。

 なぜだろう? 話の流れ的におかしなところはないはずだけど。


「もしかして、お茶を淹れるのが苦手な人って、お茶の話を耳に入れたくないくらい嫌いだったりするの?」


「……そんなことはありませんが、教師役はもしや、エルピネクト様がするのですか?」


「いや、さすがにしないよ。僕、知識はあっても技術が足りないから。神経を張り詰めてもお茶会で出せるギリギリのラインだし、教師としては不適格だよ?」


 僕が教師をすることが引っかかってたってことは、そうか!

 うちは子爵家といえど、実質的な力は伯爵家以上。さらに王国北部の盟主でもある。そこの次期領主が教師をするってのは、大貴族が教鞭を取るのと変わらない。とてもではないが、勉強会にはならないだろう。

 これは配慮が欠けていると言われても仕方のないことだ。


「なんか勘違いしてる気がするから言うけど、茶狂いのセド様の基準で評価されたら堪らないって意味だぞ。分かってないと思うけど」


「別に茶狂いじゃないし、基準を作ったの僕じゃないよ。アイリス母上やマリアベル姉上から叩きこまれた基準なんだから」


「王族の基準って時点で厳しいんだよ。国の威信がかかったレベルの基準なんだよ。普通の小貴族のお茶会はな、これでも充分回るんだよ!」


 えー、信じらんない。

 ただの白湯でも飲んでた方がマシな色付き湯で充分?

 どんだけ舌が貧しいんだよ。


「でも、僕が出たことがあるお茶会だと……」


「セド様を満足させるためだよ、主賓が満足できない茶会に何の意味があると思うんだ!」


 一応、納得できる理由ではあるけど、なに?

 今後、僕が北部以外のお茶会に出席すると、こんな不味い色が付いただけの泥水を飲まされるってこと? これはもう思惑とか関係なく、お茶会勉強会を開くべきだな。


「ユリーシアさん、身分とか関係なく答えてほしいんだけど、勉強会があったら嬉しい?」


「……えっ、わたくしに飛び火しますの? ……正直に言いますと、嬉しいですの。授業ではどこが悪いのかを聞きづらい雰囲気がありますの。……でも、セドリック様に評価されながらの勉強は、絶対にイヤです」


 そうそう、ユリーシアさんたちとは、1ヶ月の間に仲良くなった。

 ドロテアさんは身分差があるので家名呼びだけど、騎士爵令嬢のユリーシアさんは名前+様呼びになっているのだ。いやいや、結構長い道のりでしたよ。ファーストコンタクトがエビ泥棒で、僕の幼馴染3人と敵対行動を取っちゃったから、苦手意識がね。

 それが今では、僕に評価されるのは絶対にイヤってハッキリ言ってくれる。

 ……仲良く、なってるよね? なってるんだよね!?


「そこは大丈夫。教師役はカーチェを考えてますから」


「予想はしてたけど、あたいかよ」


「考えてもみてよ。カーチェは基本ガサツだけど、僕の厳しい基準を乗り越えたお茶名人だ。それに女性だから、貴族令嬢の教師になっても警戒されることが少ない。まさにお茶の勉強会の教師役としてピッタリの人選じゃないか」


「……カーチェさんが教師にピッタリというご意見には賛成しますが、なぜそこまで前向きなのですか? エルピネクト様にはなんの利点もありませんよね」


 ドロテアさんが不安になるのも分かる。

 ユリーシアさん限定で勉強会を開くなら、下心で説明が付く。後、向こうからしたらエルピネクト家と婚姻を結べたらラッキー、って考えだと思うから問題はない。

 なんで断言できるのかって?

 最初のアプローチはともかく、そこから1ヶ月も関係が続いているんだよ。仲良くしたいと考えていないなら、交流が続くはずがない。


(――っと、オーブリー家の考察は置いておこう)


 勉強会を開く意図が見えないと、何が問題なのか? それは、僕が他の貴族の不利益になる行動をとる可能性がある、ということだ。

 勉強会を実際に開くなら、人を集める役はカーチェやドロテアさん、ユリーシアさんたちの3人になる。ここで問題が起こればどうなるか?

 当然、人を集めた3人に責任がいくことになる。カーチェは僕が責任を持って守ることになるが、2人は違う。最悪の場合は、寄親から縁を切られ、貴族として死ぬ可能性だってあるのだ。だから、僕の意図が見えない状態で頷くことはない。


「僕がタウンハウスから通学してるのは、2人も知ってるよね?」


 これを言うのは、かなり恥ずかしい。

 自分がコミュ障だと告白するようなものだからだ。


「寮で生活をしてないことの弊害というか、その……寄子以外との関係がなくてね。この機会に、勉強会を通じて人脈が出来ればな~って」


 変なことは言ってないと思う。

 でも恥ずかしいことを言ってる自覚はあるから、3人の顔が見られない。机に汚れがないかを確認しながら、反応を待つ。


「勉強会をすることが、なんでセドリック様の人脈作りになるんですの? 教師にはならないのよね?」


「ああ、勉強会の会場にエルピネクト家のタウンハウスを提供するつもりだからですよ」


 僕の気のせいでなければ、場の空気が凍り付いた。


「あの、勉強会なら学校の施設を使えばいいのよ? セドリック様のタウンハウスを使う必要は皆無なんじゃないかな、っと思うのだわ」


「そう、わざわざタウンハウスを使うことに意味があるんだよ。寄子であるカーチェの頼みを聞いて貸したって名目にすれば、寄子との仲が良好であると示せる。あと、ユリーシアさんは授業で質問しづらい雰囲気があるって言ってたでしょ? あれって教師じゃなくて、生徒の目を気にしたからじゃない?」


「……その通り、ですの」


「生徒の目を気にするのなら、学校内で勉強会をしても同じになっちゃう。なら学校とは関係のない施設で開くのが、もっとも効率が良いと思わないかい?」


 僕はここぞとばかりに畳みかける。

 北部以外と関係のない僕に、学校の雰囲気とか不文律が分かるわけないだろう。

 だいたい、生徒からの質問を封殺するような教師なんて教師失格だ。未来の大臣や将軍、領主を育成する王立学校で、そんな教師を野放しにするとは思えない――という前提で考えた出まかせだ。

 まあ、当たってなくても別の論理を展開すればいいだけだし。


「さらに言えば、うちのタウンハウスを会場にすることで、様子見をすると言う大義名分ができて、僕が自然と合流できる。合流さえできれば交流ができるから、人脈作りにもなる。――とまあ、僕の意図はこんなところなんだけど、勉強会やらない?」


 口には出さないけど、勉強会を通じて「先生」というポジションを得られること。お茶が苦手な生徒に恩を売って貸しを作れる、というのもある。こっちは言わないけどね。


「……ドロテア。わたくしは、お茶の勉強会を開いてほしいのだけど……」


 ユリーシアさんは、上目遣いでドロテアさんに懇願する。

 僕ならコロッと騙されるくらい可愛いが、ドロテアさんは同性。上目遣いに揺れずに、顎に手を当てた。


「エルピネクト様。タウンハウスの警備には、メイドが3人ばかり参加しますか?」


「もちろんするよ。まあ、参加人数によっては教師とか手伝いに回ってもらうかもしれないけど、腕は保証する」


「なら、開催していただけないでしょうか? ユリーシア様の腕がこのままだと、少々困ることになりますので」


 ドロテアさんからの了承もあり、お茶の勉強会開催が決定した。

 詳しい日時は追って決めるが、10人くらいは参加してくれると嬉しいな。


「おいセド様。あたいには何もなしか?」


「僕がおススメするお菓子屋さんで、好きなもの奢るよ」


「……2人っきりで3回な」


 カーチェからも了承が取れて何よりだ。

 でも2人っきりって、完全にデートだな。カーチェはお人形さんみたいに可愛いから役得なんだけど、カーチェはどう思ってるんだろうか?

 嫌われてはないと思う。

 でも、側室候補という重圧でしぶしぶ、という可能性も高い。背は低く小太りで、決して優れているとは言えない容姿。

 素直に喜べないのは、ちょっと悲しいな。


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