0023
政治的な聞きたくない話が始まる前に、お茶とお菓子を味わう。
兄上も同じくお茶とお菓子に手を出しているので、僕と同じなのかもしれない。
「まず前提として、王立学校が貴族社会の縮図であることは知っているな」
僕は頷く。
貴族以外の子息もいるとはいえ、学生の大半は貴族関係者。
年によって比率は変わるが、大抵は貴族社会の情勢を反映したものとなる。
「学校の勢力図もおよそその通りで、中央の王室派、東の保守派、西の改革派、の3つに分けられる。この三大派閥に所属していない者もいるが、あくまでも泡沫に過ぎない。あえて言えば、エルピネクトを中心とする北部がそれに値するが」
「うちは中立よりの王室派ですし、奈落領域の開拓で手一杯で国政に関わる余裕はありません。とても第四勢力にはなれませんよ」
エルピネクトが王室派に所属する理由は、父上にある。
冒険者として成功をする前の父上は、王宮で文官をしており、ひょんなことから先王陛下と一緒に、王位争いに巻き込まれたのだ。結果は先王陛下の勝利に終わり、父上もそこそこの手柄を上げたそう。
側近として取り立てられかけたところで、父上は褒美として北の辺境、現在のエルピネクトに引きこもる許可を得たのだ。最終的には開拓に成功し、数万人規模の都市を築き、冒険者として成功して、子爵になり、先王陛下の妹を妻とした。
その関係から、自然と王室派に分類されている。
「そうだね。私も姉上から、エルピネクト家として約束を結ぶことは禁じられている。三大派閥はもちろんのこと、寄子である北部の貴族に対してもだ。これは私だけじゃなくて、他の弟妹たち同じだよ」
「――えっ、そうなんですか? 僕、何も言われてませんよ。ヴィクトリア姉上に確認しても、何も言われてないなら好きにすればいいとしか」
「それは次期領主としての立場と、姉上からの信頼を獲得してる証だよ」
マリアベル姉上が僕を信頼?
ハル兄上の色眼鏡も、ここまでくると節穴だと疑ってしまう。
領地に関わる事業で僕が携わったものなんて、川魚の泥抜きくらいだ。
それ以外にも料理を作ったり、領都の食事処を食べ歩いて勝手に星を付けたりしたけど、そっちはあくまでも趣味。次期領主として多少は領地の政治に関わったけど、勉強程度。
信頼されるほどのことはしてないよ?
「信じられないのも無理ないか。君は姉上から人一倍厳しく育てられたからね。これから自信を持っていけばいい」
「……まあ、ハル兄上が僕を持ち上げるくらいには、学校内がヒドいことが分かりました」
話を戻してくださいお願いします、と懇願しながらお茶を飲む。
美味しいはずのお茶の味と香りはやはり感じなかった。
「そう、ヒドいんだ。今年はセディを含め、大貴族の子息が揃っている。三大派閥のトップの血を引く者はもちろん、第三王子までいる」
「権力闘争が激しそうですね。血生臭くないだけマシでしょうけど」
王立学校での刃傷沙汰はご法度だ。
唯一、決闘という解決方法が血生臭いが、使用するのは木製の武器。魔法を使用しての決闘でも、使用可能な魔法は厳格に制限されている。
もしこれらを破り相手を傷付けたのなら、本人はもちろん家に対して攻撃されても文句は言えない。過去には、決闘の規約を破ったことを大義名分として、実力行使に出た事例も存在するくらいだ。
「血生臭い権力闘争の方が、マシだったかもしれない……」
兄上の呟きに、思わずクッキーに手が伸びる。
血生臭い権力闘争の方がマシって、どんな惨状なの? 考えたくもないし聞きたくもないけど、知らなかったら絶対に後悔する。
「何が、あったんですか……?」
クッキーの粉がノドに貼り付くので、紅茶で洗い流した。
「第三王子を始めとした複数人が、1人の女を巡ってゴタゴタしてる。最初は20人以上が関わってたけど、今残ってるのは5人ほどで少しは落ち着いたけど……」
「その、関わってた中に貴族って何人くらい……」
「残ってる中で平民は1人だけ。ただ冒険者として名を上げていて、卒業と同時に騎士爵を授かる予定だね。その他は全員が伯爵以上の子息……」
「は、伯爵以上の子息なら、大抵は婚約者がいますよね? 第三王子も、確か改革派のトップ、辺境伯のご令嬢が……」
「なんでか分からないんだけど……真実の愛に目覚めただなんだと抜かして、婚約破棄をするバカが多くてね……。さっき残ってるのは5人って言ったけど、まだ婚約破棄してから告白していない人数なんだ」
……どうしよう、頭が痛いなんてものじゃない。
学校に通ってる貴族の子息って、次代の貴族たちだよ。未来の領主や大臣たちだよ。
国の中枢を担う若者たちが、そろいもそろって1人の女に現を抜かす? あまつさえ真実の愛に目覚めて婚約破棄?
ないわー。
兄上が頭抱えて弱気になるの、わかるわー。
「その女って、アバズレか何かですか?」
「いや、私の見る限りごく普通の倫理観を持ってるし、貞操も固い。彼女からアプローチをかけてるわけではないんだが、容姿がね。一度見たら忘れられないくらいの美しさなんだよ。性格は控えめだけど芯が強くて、筋が通らなければ貴族の要望も断っている」
「……10人以上袖にしてるなら、強いでしょうね」
美しいってだけで、そこまでとち狂うかね?
もしくはアレか。高嶺の花だから落とそうと躍起になってるとか?
でも、だとしても婚約破棄をするとかない。うちの父上みたいに側室にするのが現実的な選択だし、それなら婚約者も妥協するはず。
「その女性って、ノスフェラトゥかサキュバスの可能性ありませんか? そのものじゃなくても、血を引いてるって可能性もありますよね。過去には奈落種との混血が、オリジナルに近い能力を持っていたなんて事例もありますし」
「私の他にもそう思った人がいてね。密かに確認をしたんだけど、純粋な人間って証明されただけだったよ」
誰が調べたかを詳しく語らないってことは、かなり上ってことだろう。
ああ、そりゃ大ごとにもなるか。第三王子が含まれてる時点で大ごとだもん。
「……まあ、理由について考えても仕方ないですね。問題は、北部の貴族が巻き込まれていないか、です。領都にいて噂も聞こえなかったので、大丈夫だと思いますが……」
「許嫁がいる者で狂ったのはいないんだが……レオが巻き込まれて」
「レオナルド兄上ですか? ――斬った方がいいですか?」
「やめなさい。別に狂ったわけではなく、第三王子の側に付いているだけだ。自立活動の一環で近づいて、近衛騎士団への入団もほぼ決まっているんだ。それに、第三王子に近づいた時はまだ、狂ってはいなかった」
自立活動だと言われると、強く言えないな。
貴族の子息と言っても、親の後を継げるのは1人だけ。次男までならスペアとして生活を保障されるんだけど、それ以降は独立したり就職したりで、自立しなければいけない。
うちの場合は、後継ぎが僕で、スペアがマリアベル姉上。
それ以外の姉兄は、自立をしないといけないのだ。
「はあ……なんでこう、入学時点で僕のプランが台無しになることってるんだろう……」
「プラン? どんなものを立てたんだ?」
「大したことないですよ。特に波風を立てないで、ナメられない程度の成績を取って、北部以外の人脈を作って、可能なら条件の合う婚約者を見つけるって程度です。」
「なるほど。波風立てないのは無理だね。でも、婚約者なら見つけられるかもしれないよ。頭がピンク色のバカが多かった影響で、条件の良いご令嬢がフリーになってるから」
「反感を持たれない程度に頑張ってみます」
選択肢が多いのは嬉しいけど、条件を妥協する気はない。
急ぎで決めなければいけない問題でもないし、下手な相手と婚姻を結ぶと領地運営に支障が出る。少々特殊ではあるが、父上のように30歳を過ぎて正室を持った事例もあるのだ。
「そろそろ時間だから帰らせてもらうね。寮の門限を過ぎると、ご飯を食べれなくなるんだよ」
「じゃあ、馬車を」
「――いや、あれはセディのためのものだから、私が使うわけにはいかない。その代り、北部の者が問題に巻き込まれたときは頼らせてもらうよ」
「僕に振るのはやめて欲しいんですけど、次期領主としては断れませんね。――でも、予兆があったときはなるべく早く教えてください。心構えというものがあるので」
願わくば、僕に飛び火しないでください。
王国がどれだけ揺れようとも、エルピネクトに影響がない範囲であってください。
まかり間違っても、他人の色恋沙汰に巻き込まれるなんて喜劇はごめんです。
――あ、でも巻き込まれたら巻き込まれたで、喜劇仕立ての台本作って劇団に売るのもありかな。お金になるし。