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カーチェの淹れてくれる紅茶は香りが少し弱い。
勘違いしてほしくないのだが、別に不味いと文句を言っているのではない。
少々ガサツで、精密な温度管理が少しばかり苦手だから、少しだけ香りが弱いってだけで、ちゃんと美味しい紅茶になってる。ただ残念なことに、僕はいつも100点満点の紅茶を飲んでいて舌が肥えている。
香りの弱さに物足りなさを感じ、ついついミルクを注いでしまう。
「自前の茶葉とティーセットを用意してるとは、よっぽどだな。茶狂いなのはカーチェさん、それともエルピネクト様?」
「セド様だよ。昼食と夕食後に飲まないと機嫌が悪くなるんだ。淹れ方にうるさい癖に自分じゃ上手く淹れられないんだよ。――つーか、カーチェさんって呼ぶのやめろ。カーチェでいい」
茶狂いとは失礼な。
お茶会のために茶器とか茶葉にこだわったりなんてしないぞ。
「朝には飲まないのですか?」
「飲んでる暇がないんだよね。時間がないのに焦って飲んでも美味しくないし」
僕の飲み方って、多分、貴族的じゃない。
貴族が飲むお茶って、見栄とか文化みたいなものだから。
それに対して僕がお茶を飲むのは、前世を思い出せるから。本当は朝も飲みたいんだけど、半分死んでるから余裕がない。あと、お茶を飲んで気が緩むと、気絶すると思う。
「悪かったな。不味い茶で」
「不味い? 私が飲んだ中では上位に入ると思うけど」
「81点だから、美味しい方だよ?」
お茶会で出せるギリギリのラインだけど、僕が淹れるよりよっぽど美味しい。
「方ってのは不味いって言ってるのと同じだ。それにセド様は満足してるときはストレートで飲む。ミルクとか砂糖入れるのは不満な時だけだろうが」
否定はしない。
香りが足りない紅茶なんて、着色しただけのお湯だもん。
「……これで不満なのか」
「合格点は90点以上だからな。おかげで、セド様の取り巻きは茶を淹れるのが上手いんだ。あたいが一番下手って言えば分かるだろう」
「なるほど。まさに茶狂いだな」
茶狂いだなんて、ヒドいな。
基準が厳しいのは、紅茶があんまり好きじゃないから。美味しいって感じるのが、100点満点で90点以上ってだけ。本音を言えば緑茶のが好き。90点以上をストレートで飲むのは、お茶=ストレートって図式が染みついた日本人だからだ。
その証拠に、ハーブティーとかなら50点でもストレートで飲むよ。
「ところで、授業2日目にしては仲いいけど、前から知り合いだったの?」
「そんなに仲良くはないけど、寮でな。鍛錬の時間が良く重なって自然とだ」
「寮か。やっぱり、派閥を超えて関係が出来る場所なの?」
「数は少ないけど、横の繋がりは出来やすいな。あとは、サークル活動とか」
むむむ、やっぱり全寮制の学校でタウンハウスから通学するって、結構な制約だな。
物理的に厳しく鍛えるためってのと、箔付の一環だと思ってたけど、寮を使わずに横の繋がりを持てっていう試練だよ。マリアベル姉上からの愛の鞭だよ。武芸科目を取れとか、授業で有利になる情報を共有するなって鞭より、よっぽど痛いよ。
「あー、もう、時間が足りない! 後で腰据えて、やることリストアップしないと」
学校で達成することをリストアップすることをシステム手帳に書いとこう。
「カーチェさん、エルピネクト様はどうしたのです?」
「いつもの発作だから気にするな」
「発作……どの家も、護衛は大変ということか」
「否定はしないけど、あたいは護衛じゃなくて寄子の長女だ」
もしや、僕は奇人変人枠にカテゴライズされている?
否定は出来ないけど、ヒドい。あ、でも、どの家もって言ってるから大丈夫か。
「ああ、そうだったな。側室候補だったな」
「……否定はしないけど、食堂で話す話題じゃないだろう。お前には恥じらいがないのか」
カーチェへのからかいが不発に終わったからか、ドロテアさんは不満げ。
女同士の話題に口を挟むべきではないけど、ちょっとムッとしたので攻撃するか。
「2人の仲が良いのは分かったけど、側付きに恥じらいがないって評価が付くと、主家のお嬢様に迷惑がかかるのでやめた方がいいですよ」
本当は、もうちょいネチネチ突っ突きたいけど、やめとく。
下手に追及すると敵に回すし、カーチェとそういう仲なんだと誤解されるから。
「……礼節を欠いた発言し、申し訳ありません。カーチェさん、言葉が過ぎました」
「あたいだけならまだしも、セド様に迷惑がかかるようなことはするなよ。エルピネクト家の寄子としては、喜んでセド様についていくつもりだから」
ネチネチ言わなくて良かった。
カーチェが「喜んでセド様に」って言うってことは、大義名分を与えたら突貫しかねないってことだ。辺境の女は強いから、口実を与えると大変なんだよ。
「昼休みもそろそろ終わるし、移動しようか。ドロテアさんの次の授業、何を選択したの? 僕とカーチェは、数学Iなんだけど」
「私も同じです。お嬢様も選択していますので、よろしければ紹介しても?」
「いいですよ。カーチェの友人が仕えるご令嬢には、少々興味があります」
不穏な空気が漂ったら振り払うにかぎるな。
もちろん、振り払える状況ならって前提だけど。
「別に友人ってわけじゃないぞ」
カーチェはそう言いながら、僕の隣に並ぶ。
ドロテアさんは僕の前を歩き距離を取る。
これは派閥が違うからの配慮だ。派閥の違う友人と2人で歩く程度なら問題ないんだけど、今回は北部の盟主(予定)である僕がいる。下手に仲良く並ぶと、ドロテアさんが北部に吸収されたという誤解を与える。
だからドロテアさんについていく、という形になったのだ。
……決して、場所が良く分からないから遅く歩い、ドロテアさんが自然と前になるようにしたわけじゃない。本当だよ?
まあ、それはそれとして、無事に数学Iを行う教室に到着するのだった。
「ああ――――、エビの人!?」
到着するなり頭が痛くなった理由については、考えたくもないけど。