0017 カーチェ
あたい、カーチェ・フランベルは猫舌だ。
アツアツの鉄板に乗ったステーキは、サイコロ状に細かく切って冷ましやすくしてから食べる。淹れ立ての熱い紅茶は、香りを楽しむフリをしてチビチビと飲む。
だから、セディに山猫みたいって言われると、ドキッとする。
上品に食べるフリをしながら隠してる猫舌が、実はバレてるんじゃないかって。
「ご飯を食べているときに、悪だくみをするのはいけないことよセディ」
「そうですわ。食事時には食事に集中すること。それが料理人に対する礼儀ですよセディ」
セディの姉、ヴィオラ様とアルト様が、セディの頭に抱き着く。
あたいの家、フランベル騎士爵家は、エルピネクト子爵家の寄子だ。一応、直臣同士は同格という建前はあるが、あくまでも建前。寄子寄親の関係なんて、基本は主家と家臣。寄子なんて実質的な陪臣と言っていい。
しかもあたいの家は名ばかり貴族。そのへんの豪農と変わらない。
対してエルピネクト子爵家は王国でも5指に入る大貴族。一代で伯爵にするのは慣例的に不味いという政治的な理由から、子爵の爵位に留まってるに過ぎない。しかも、子爵様の正室は先王の妹君。
つまり、あたいの家から見ても、血筋的に見ても、お2人は本物のお姫様。
なんだけど……すっげームカつく。
セディって愛称で呼ぶのは家族だから当然なんだろうけど、引っ付き過ぎだ! 随分前に、それとなく指摘したら、実の弟へのスキンシップだから問題ないって言ってたけど、弟の頭に胸を押し付けるとか、実の姉妹だからってやらねえよ!!
「……ステーキ、食べたいんですか?」
いつもながらの塩対応に、胸がスッとして晴れやかな気持ちになる。
ただ、いつものことなので、本題前の茶番が続く。周りも慣れたもので、姉弟水入らずの会話を邪魔しないよう、ステーキを食べて、紅茶を入れる。1人ばかり、セディが羨ましいのか呪いたいのか分からない顔して、ハンカチを噛み締めてるのがいるけど、こっちもいつものことなので無視する。
お姫様に憧れる気持ちは、分かるんだけどね。
あたいもセディ、王子様を気にしてるから。小さい頃から側室候補だって言われ続けたら、気にもなる。見た目は……お世辞にも整ってるとは言えないけど、取り繕わなくていいから気楽だ。側室だけど、結婚条件も悪くない。
紅茶に砂糖をたっぷり入れても怒られ……いや、マリアベル様から行儀が悪いって叱られるな。テンサイを育ててるから、砂糖は安いんだけど。
「ハイ、分カリマシタ。――ところで、マリアベル姉上からの伝言はなんですか?」
セディは完全に聞き流してたようだな。
まともに聞いてたのは、1人だけなんだけど。――というか、アイツは本当にどっち狙い何だろうか? 偏見に満ちた貴族令嬢にモテる方法を真剣にメモってたから、本気なのは間違いないけど、まったく分からない。
まさか、両方を同時に狙ってるとか?
「マリア姉さまからの伝言は――1日1コマ、必ず武芸科目を入れなさい、よ」
トクン、と心臓が跳ね上がる。
武芸科目は取らないと公言していたから、この援護射撃は非常に嬉しい。
座学系で一緒になるのがイヤなわけではないが、一緒に身体を動かすのは別の楽しさがある。
アンリ達に鍛えられたセディがどこまでしぶとくなったのか。明日からの授業が楽しみになってきた。