0015
王立学校は、日本で言うところの単位制の学校だ。
4つある専門課程ごとに指定された必須単位と、自由に履修できる単位を組み合わせて自分だけの時間割を作るのだ。ちなみに専門課程の内訳は、領主科、魔法科、武官科、文官科、という非常に大雑把なもの。
魔法・武官・文官の3課程は入学試験にさえ受かれば誰でも入れるが、領主科だけは「領地貴族かその子弟」のみが入れるという制限があるため、俗に貴族科とも呼ばれる。
なお、現男爵・時期子爵である僕は、当然のように領主科所属だ。
「若様は、なに履修するか決まったのか?」
選択科目の種類はすごい豊富だ。数学や魔法学、経済学、武芸、さらには芸術科目まで多種多様。帝王学、法学、領地経営学などは領主科の必須科目であるから、それ以外を選ぶ。
「とりあえず、料理栄養学かな」
「セドリック様らしいチョイスだな。武芸関係は取らんだか?」
「取らないよ。朝と夜やってるので充分……というか、あれ以上やると死ぬから、無理……」
「俺もセド様に賛成だ。あのカーチェと一緒にチャンバラだなんて、考えただけでぞっとする」
そうなんだよね。
武芸科目って領主科では自由選択なんだけど、カーチェの所属する武官科だと必須科目なんだよ。しかも、武芸を選択すると武官科と合同になる。なお、これは他の科目でも同じ。魔法科目なら魔法科と、文官に必須の科目なら文官科と。
逆に、領主科の必須科目も、他の専門課程と合同で行われる。
「んだな。オラたちは剣振ってるより、クワ振ってた方がよっぽど楽しいもんな。土いじる授業があれば良かったんだども……」
「土いじりは、さすがにないね。でも、農業系のサークルがあるはずだよ。今は姉上達が所属しているし、兄上の1人がうちで育ててる苗を植えたって聞いてるよ」
「ヴィオラ様とアルト様がか!? 絶対に入ろう」
「なるほどなるほど、お前はやっぱり姫様狙いだったのか。本命はどっちだ?」
ヴィオラとアルトとは、僕の姉だ。
28子19女と29子20女の双子で、年齢は僕の1つ上の16歳。ちなみにヴィオラ姉上が姉で、アルト姉上が妹だ。
ちなみに僕と同じく正室腹なので、王族の血を引いている。王位継承権はないけど。
「むむ? 姉上狙いってことは、もしも成就しちゃったら義理の兄に……なんかやだな」
「若様、そんな無体なことを言わないでください!? エルピネクト家の嫡男が反対したら、成立するものも成立しなくなるじゃないですか!?」
「ははは、さすがに冗談だよ。身分的にも政治的にも問題ないから、姉上が了承したらちゃんと祝福するよ」
婚姻による関係性の強化は、貴族社会では一般的なものだ。
当主の子どもが31人もいるエルピネクト家としては、行き遅れを出さない活動をするだけで関係性が強化するという、お得なもの。相手方としても、王国北部の盟主と繋がりができるメリットがあるのでお得。
まさにWin-Winの関係というやつだな。
まあ、ヴィクトリア姉上のように、ずば抜けた才能と技能がある場合は、政略結婚なんてさせないで手元に残すんだけどね。ただ残す場合でも、結婚はある程度自由にさせるのがエルピネクト家。
だからヴィクトリア姉上が28歳独身なのは、本人に問題がある。
「絶対ですね? 言質取りましたからね?」
「好きなだけ取ってくれて構わないよ。あの姉上から了承を取れるならね」
「取って見せますとも! そして若様にお義兄様と呼ばせて見せる!」
北部の領主は元気がいいね。
そんなに騒ぐと目立つ――と思うところだが、そんなことはない。
北部の貴族が僕を中心に固まっているように、他の所でも寄親を中心にグループを組んで騒いでいるからだ。周りが同じように騒いでいるので目立つことはないが、個人的には浮いている気がする。
やっぱり訛りとか会話の端々から、田舎っぽさが出ていると思うのだ。
消す気はさらさらないんだけどね。
「こいつが姫様狙いってのは良く分かったけど、セド様はどうなんだ?」
おや、姦しい話題がこっちに飛び火した。
「まずはセド様専属のメイド3人だろ、今年の入学者だとカーチェ、他にも色々と候補は揃っているけど、誰かに手を出したのか?」
「僕が遊びで手を出すと思う?」
「思ってないから、聞いてるんだ。エルピネクト次期子爵の奥方になるかもしれない相手を、気にならないやつは北部には1人もいないからな」
大げさ、ではないか。
エルピネクトの進退は、王国全体にまで影響を及ぼす問題だ。
なにせうちの領地は王国最北部の辺境。それよりも北は、人類の領土ではない。父上は開拓に成功して貴族になったが、父上の前にも何度も開拓は進められ、全て失敗している。またエルピネクト領よりも北には未発掘の古代遺跡があると言われている。命知らずの冒険者たちが何人も探索に赴いているが、大きな成果には結びついていない。
つまり僕の代で開拓に成功すれば、魔巧文明以降に人の手が入ったことのない土地が王国の領土となるのだ。なので北部の人間と、目端の利く人間は僕の動向に注目していたりする。
「……んー、領地の発展に有益な条件は考えてるから、それに合わせてだね」
「いやいや、小難しい政略結婚の話じゃなくて、惚れた腫れたの話だよ」
「はっ、僕に恋愛話が来るとでも? この父上似の低い背と太った身体の僕に?」
もうね、僕は自分の体型については諦めてるの。
本職顔負けの鍛錬を毎日毎日続けているのに、この身体は一向に痩せない。父上も同じようなことを言っていたから、もう遺伝だって思って諦めている。
そして、こんなチビでデブな僕がモテるわけないじゃないか。
政略結婚だって、ご令嬢がイヤだって言ってご破算になる可能性が高いのに。
「いや、セド様から見て良いなって思った令嬢はいないのかってことで」
「始まったばかりなのに何を言ってるの? 入学式も気付いたら終わってたのに」
「寮の食堂なんかで見る機会はいくらでも――って、寮にはいなかったんだよな」
そっか、全寮制って、出会いの場でもあるわけか。
規則正しい生活を送らせるためって思ってたけど、その発想はなかったな。
「そこまでにしとくべ。無理に追い詰めても、変な女に引っかかるだけだ」
「……そうだな。セド様が恋愛に一線引いてるのは、昔っからだもんな」
悪かったな。
女遊びができるほど器用じゃないんだよ。
「僕のことを気にする前に、早く時間割を作りなよ。期限は今週中だけど、授業は明日からだよ。少なくとも、明日の分までは今日中に作らないとダメだからね」
「そういう若様は、時間割作り終わったのか?」
「もちろん、一週間分全部埋めたよ。あとは実際に授業に出て調整するだけ」
「ちょっ、セド様いつの間に!?」
「口を動かしたときに。ご令嬢がどうのこうの言ってた時には終わってたよ」
手と口を一緒に動かす術を持たないと、終わらない量の仕事をしてたから。
それにスケジュール作りは得意なんだ。仕事始める前にスケジュールを作らないと終わらない量の仕事をしてたから。
「というか、オラたちも終わってるだよ? 終わってないのはお前だけだ」
「う、裏切り者どもが! こういうのは、同じ授業に出ようとかって、相談しながら作るものだろう? ロマンス小説とかだと定番だぞ!?」
「男同士のロマンスなんて御免だよ。参考にしたいなら、僕のを見ていいから」
「セ、セド様! オラ、一生ついていくだよ!?」
「気持ちだけ受け取っておくから、やめて。あと方言が出てる」
北部の辺境って基本ど田舎だから、方言が基準なんだよね。
僕は王都で使われてる標準語を叩きこまれたから、方言使えないんだけね。
「なあ、セド様。やっぱ武芸科目を取らないか? カーチェと同じ授業がないと、アイツすねるぞ?」
「時間割の写しを作ったから、好きな座学を選択してって伝言と一緒に渡しといて」
何度だって言ってやる。
鍛錬なら朝と晩に毎日やってるから、昼にまでするつもりはありません!