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0013

 亀並みの遅さで歩いたおかげで、入学式が行われる講堂にたどり着くころには気分も持ち直した。マナ回路を起動しなくても歩けるようになったし、吐き気はするけど口に手を当てなくても大丈夫な程度。

 欠点があるとすれば、せいぜい顔色が青いくらい。


 なんで自分の顔色が分かるかって? 車酔いでの吐き気が残ってるときは顔色が青いと、経験則から分かってる。何度か鏡で見たことがあるけど、見るたびに幽霊が出たのかとビクつくくらい、青かった。夜に見られたら、失神する人が出るんじゃないかな。

 え、保健室に行けって?

 降りてから1時間もすれば、元通りの体調に戻るから大丈夫。


(……姉上達から話は聞いてたけど、うっぷ……本当に金かけてるんだな……)


 講堂は前世でいうところの、市民会館のような造りだ。

 入ってすぐにロビーがあって、その奥に講堂へ繋がる扉がある。講堂は1000人は軽く収容できる広さがあり、2階席、3階席もあった。ロビーに置かれている調度品も、学校レベルでよく用意できるな、と感心するほど質が高い。

 ただ、基本的に知らない場所なので、居心地の悪さを感じてしまう。


「君、顔色が悪いけど大丈夫かい?」


「らい丈夫……うっぷ、れふ。いつものことですし、大分気分も良くなってきましたのれ……」


 気分の悪さと緊張から呂律が回ってないけど、大丈夫なのは本当。

 なので親切な生徒さん――運営って腕章をつけてるから、きっと先輩さんにお礼を言って、ロビーの隅っこにあるソファーに腰を下ろす。

 カバンを抱きしめて前かがみになるのはさすがにアレなので、斜め上を向いた状態をキープ。

 ついでに、小物の一環として用意されていた懐中時計(フタの部分が蝶の意匠)で時間を確認。20分くらいここで休憩してても、問題なさそうだな。


「こんな隅っこでなに黄昏てるんだよ、セド様。そんなじゃ次期子爵どころか、貴族にさえ見えないぞ」


「……久しぶりだね、カーチェ。元気そうで何よりだよ」


「今のセド様と比べりゃ、誰だって元気に見えるよ。もし歩けないくらいへばってんなら、あたいが肩を貸すぞ」


「車酔いでダウンしているだけ。ここにいるのは……知り合いが誰もいなくて、居心地が悪いだけだから気にしないで」


 心配そうに僕に声をかけたのは、カーチェ・フランベル。

 ブランベル騎士爵の娘さんで、エルピネクト子爵家とは、寄親寄子の関係にあたる。僕と同い年の15歳で、アンリ、トリム、ネリーの3人とも面識がある。僕の中の関係性としては、いとこって感じかな。


「知り合いがいないって、今年は北部の新入生は多いし、セド様やあたいと交流のあるヤツだって多いぞ? 寮で誰とも会わなかったのか?」


「……僕、寮じゃなくてタウンハウスからの通学だから……」


 そっか、北部の子息が多いんだ。

 よくよく考えれば当然か。王都を含めて、王国に4つしかない数万人規模の都市の1つを保有するエルピネクト子爵は、王国北部の盟主だ。その跡取りである僕が入学するなら、2年や3年、入学を早めたり遅くしたりして、合わせてくるのも不思議ではない。

 え、入学は15歳からだろうって?

 それは政治的理由というやつだ。成人は基本的に15歳からで、成人した貴族は学校に入学する決まりなんだけど、成人年齢は明文化されてない。2年~3年程度であれば、成人を早めたり遅くするのは可能。

 有力貴族の跡取りが入学する年に合わせて、成人を調整するのは当たり前と言える。


「え、王立学校って全寮制じゃなかったか?」


「領地経営の機密を守るという観点から領地貴族の当主は寮生活を免除する、って規則があってそれを利用した形」


「じゃあ、成人に合わせて子爵を継いだのか?」


「いや、継いだのは父上の持ってた男爵の方。領地はタウンハウスと、僕が管理してる生け簀……っていう建前」


 この領地、完全に名目だけのものだ。

 タウンハウスはまあ、別にいい。当主か次期当主の片方が王都に居を構えるっていうのは、人質とか情報収集とかの観点から当たり前のことだ。基本、男爵家以上の領地貴族に限られるけど、日本の江戸時代にあった参勤交代みたいなものだ。

 ただ、生け簀ってなんだよ、生け簀って。

 いや、規模は大きいよ。王都のタウンハウスくらいの広さでやってるからさ。でも、この生け簀の用途って、川魚の泥抜き用なんだよね。泥抜きした川魚を領内の飲食店に卸して利益稼いだり、実家の食卓で出すための。


「ああ、なるほど。だからセド様の顔見なかったのか。アンリ達がいなかったり、朝走ってなかったから不思議だったんだけど、それなら納得だ」


 カーチェは僕を何だと思ってるんだろう?

 アンリ達3人がいないと何もできないような、ダメ人間にでも見えてるんだろうか?


「早く中入ろうぜ。セド様がいないって不思議がってた連中もいるからさ」


「そうだね。でも、手を引っ張らないで。1人でも歩けるし、ちょっと痛い」


 軽く引っ張ってるつもりなんだろうけど、カーチェは力が強い。

 循環器系マナ回路の質がかなり良いからだ。女の子でありながら、騎士課程に合格するほどの才能があるし、努力もしてる。僕なんかとは比べ物にならないくらい、スゴイ子だ。


「痛い痛いいたたたたた、強い強い強い!」


「おっと悪い、でも相変わらず軟弱だな。あんだけ鍛えられてて、なんでその程度なんだ?」


「僕が知りたいくらいだよ! 少しくらい痩せたっていいじゃんて、僕が一番思ってるよ!?」


 難点を上げるとすれば、ガサツで口が悪く、貴族のご令嬢に見えないことくらいかな。

 黙ってればお人形みたいに整った容姿なのに、もったいない。

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