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0012

 貴族の朝――というより、僕の朝は早い。

 朝日が昇るよりも早くに起き、動きやすい服に着替える。理由はまあ、鍛錬。


「今朝のメニューはいつも通り。十割ダッシュと組手を3セットずつ」


「……あい」


 教官はアンリだ。

 手は抜かないから、鬼教官だな。

 ちなみに十割ダッシュってのは、文字通りの全力疾走。具体的な内容は、50m走のペース配分で1kmを走れというキッツいやつ。そんなの出来る人間はいないだろうって? この世界だと出来るんだよ。マナ回路を持ってる人間なら、だけど。

 なお、僕は十割ダッシュで走れるのは500mが限界だ。

 ぶっ倒れた上で活を入れられ、残りを全力で走っている。ちなみに1km以上を走れるのは、騎士団に入れるレベル。そう、ガチな軍事教練レベルの難易度なんだよ、これ。


「休まない! 敵は待ってくれませんよ!」


 膝と手を地面についていたけど、それはひと呼吸分だけ。

 脳に酸素が足りないのか視界がヒドく狭いけど、ゴロゴロと地面を転がる。さっきまでいた場所に、剣を振り下ろした音が聞こえる。まあ、音なんてなくても、分かるんだけどね。これまで何百回、何千回っておんなじ事されてるから。

 避けられるようになったのは、3ヶ月くらい前からなんだけど。


「――パピヨンリリース!」


 すぐに身体を起こして、腕輪から魔剣グロリアを取り出す。

 そのまま中段に構えられればかっこいいんだけど……そんなことしたら斬られるからしない。片膝をついて、頭を守るように剣を地面と水平にする。

 するとすぐに、アンリの剣がグロリアに叩きつけられた。


「防御だけは、まあまあ上手くなりましたね。持久力はほとんど変わっていませんが、回復力は合格です。入学までにギリギリ間に合ったと喜ぶべきか、亀の歩みほどの進歩しかなかったと嘆くべきか、少々悩んでいますが今日のところは喜んでおきましょう」


「……ど、どっちでも……いいよ!」


 剣を弾き返して距離を取る。

 ここでようやくちゃんと立って、中段に剣を構える。息も整ってきたから、アンリと打ち合いに……なるわけがない。一方的に攻撃され、ただただ耐えるだけ。

 1セット30分を、クリーンヒットなしでなんとか乗り切った。


「5分間休憩後、もう1セット」


「…………あい」


 残り2セットは、ほぼ同じことの繰り返し。

 クタクタというか半死半生になった僕は、服を脱ぎ捨てて風呂に飛び込む。

 この行動は完全にルーチンだ。つまり毎日朝風呂に入っているということだが、湯を張る労力はほとんどない。なぜなら、うちの風呂は魔巧機械だからだ。


 魔巧機械というのは、今から1000年前に滅んだ魔巧文明の技術で作られた機械のこと。

 マナを燃料に動く機械なので、広義では魔道具の一種。大量生産が可能だったようで、魔巧文明時代はこの魔巧機械が庶民にまで普及していた。ぶっちゃけると、家電製品そのもの。うちの風呂にある魔巧機械は給湯器と給水機がセットになったようなもので、半日もほっとくと湯船を満タンにするだけのお湯を作ってくれる。

 さすがにシャワーのお湯までは作れないけど、そのうち使えるようにしたいな。


 お風呂から上がったら、次は朝食づくり。

 メニューは決まって、オムレツとサラダと焼いたバケット。


「……フライパンにバターをひいて、溶いた卵を流して、スクランブル状にして、トントンと丸めて……」


 そこはメイドの仕事だろうって?

 朝っぱらから運動をして、死ぬほど疲れるとね、癒やしを求めるんだよ。

 僕にとっての癒やしは、料理。実家だとさすがに朝食を作らせてくれなかったから、二度寝をするんだけど、ここでは違う。僕を含めて5人分の朝食を作っても誰も文句を言わない。

 だから作る。


「いただきます」


 不思議だよね。

 何も考えないで焼くと、焦げ目1つないオムレツが出来るんだよ。味は、よく分からないんだけど。


「ごちそうさま」


 朝食を食べ終わったら、食器類を流しに放置して、服を着替える。


「若様〜、今日から学校がスタートしますので、この制服に着替えてくださいね。あ、1人で着替えられないって言うのなら、お手伝いしますけど〜?」


「自分でやるから出てって」


「は〜い」


 着替えは、いつもネリー達が用意してくれる。

 貴族には、貴族らしい格好が求められている。またそれなりのセンスも必要で、ダサい格好をしているとナメられるんだけど、僕には服を選ぶセンスはない。致命的なレベルでセンスがないようで、絶対に自分で選ぶな、と言われている。

 制服なら別に、センスとか関係ない気がするんだけど、ネリーに言わせると違うらしい。

 ネクタイやタイピン、カフスボタン、ハンカチ、靴下みたいなものの、総合的な組み合わせが必要らしい。僕には全然分からないんだけど、これがセンスがないってことなんだろうな。


「ブレザーとスラックス以外は自由とはいえ、全部に蝶が入ってるってどうなんだろう? 自己主張が強すぎる気がするけど、これが中央の貴族なのかね?」


 北部の辺境だと、領主を集めたパーティーでもない限りここまでしないから。

 ま、貴族の子息が集まる学校なんて、毎日パーティーしてるようなもんか。見栄の1つでも張らないと、継いだ後でナメられるのだろう。


「若様、時間です。早く馬車に乗ってください」


「……うん」


 馬車に乗って通学するのも、見栄の一環だ。

 特にうちの馬車は、他の馬車と比べても目立つ。だって、馬車を引く馬が機械だから。メンテの手間とか考えると、普通の馬を飼う方が維持費が安いんだけど、だからこその見栄なのだ。手間とお金のかかる魔巧機械の馬を馬車に使えるだけの力があるんだぞ、という。

 ちなみに、この馬を管理しているのは、僕の目の前にいるトリムだ。


「そのままの姿勢でいいので、聞き逃さないでくださいね。今日はあくまでもオリエンテーションです。学校の意義や施設の紹介、それと専門学科の説明が主目的です。授業がないので早く終わりますが、明日以降は遅くなることをご理解ください。また選択授業の選択期日についてですが――聞いてますか?」


「……聞……て、る…………」


 車酔いでダウン中の僕は、トリムの膝に頭を乗っけている。

 こうなるから、本当は乗りたくないんだけど……貴族としての見栄のためだ、仕方ない。仕事だと思って割り切るしかないな。気持ち悪いけど。


「なら結構です。説明を続けますね――」


 うん、さすが幼馴染。

 雇い主でありご主人様でもある僕に対して、何という塩対応。惚れ惚れするよ。


「――まもなく到着ですので、早く起きてください。カバンはこちらです。必要なものは全て入っております」


 頭をペシペシと叩かれて、僕は身体を起こす。

 トリムから渡されたカバンを抱きしめ、前かがみになりながら目を閉じる。こうしないと、朝食のメニューが逆流してしまうから。


「……じゃあ、行ってきます」


「いってらっしゃいませ、若様」


 ヨロヨロとした足取りで、僕が校門をくぐった。

 素の状態だとあまりの気持ち悪さに蹲ってしまうので、マナ回路を起動して、身体強化をして。

 しかし、よくよく考えるとだ。車酔いした状態で登校するというのは、ナメられる条件を満たしている気がするんだけど、いいのだろうか?

 個人的な心情だけで言えば、貴族としてナメられてもいいから歩いて登校したいんだけど、……あの3人がこの可能性に気付いていないわけがないか。車酔いよりも、馬車で登校しないほうが貴族らしくないってことなんだろうな。これも一種の、ノブレス・オブリージュ、なんだろうな。

 ……普段は言えない僕への不満からくる意地悪という可能性もあるけど、考えると心が折れそうになるから考えないことにしよう。

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