0118
今日くらいは学校をサボっていいんじゃないかな、と思いながら登校した。
式典が終わって速攻で駆け付けたのだが、本日最後の授業はすでに始まっていた。
(……重い、……辛い、……ダルい)
ただ残念なことに、僕に帰るという選択は許されない。
また制服、マント、勲章というアンバランスな重さに加え、馬車酔いのダメージが抜けていないこともあり、周囲の反応ガン無視で教室に入った。そして空いている席に座り、速攻で自分の腕を枕に夢の世界へとダイブ。
授業なんて一切聞いてやりませんでしたとも、ええ。
「おい、セド様。いい加減起きろ。授業終わったぞ」
「………………んん」
肩を揺するカーチェの声に導かれて、意識が覚醒する。
ゆっくりと顔を上げ、枕にしていた腕を思い切り伸ばした。
「おはよう……カーチェ」
「おはよう、セド様。そんなに疲れてんなら、休めば良かったろうが。その恰好、授与式に出てそのまんま来たんだろう? 病み上がりなんだから無茶するな」
「そうしたかったけど……アンリ達が出ろって」
「セド様は頑丈だからな、仕方ないか」
仕方ないとはなにさ、もう。否定はしないけど。
「それはさておき、セド様に客が来てるんだがどうする?」
「客って誰?」
「殿下とブラヴェ様」
「帰る」
僕は開いてもいない荷物に手を伸ばすが、カーチェに手首を掴まれた。
「セド様の準備が出来たのでどうぞ入ってください」
「カーチェ、なんでだ!」
「そんだけ素早く動けて判断できるなら、問題ないってことだよ。それにな、一ヶ月も目覚まさなかったんだぞ。心配もあるし、言いたいことも山ほどあるんだからガマンしろ」
うぐぅ、それを言われると何も言えない。
特にバカな甥っ子を避けることは出来ないからな。成り行きとか、仕方ないとか、いろいろな理由はあるけど助けちゃったし。伯爵位までもらっちゃってるし。
「……えっと、久しぶり? ずっと寝てたから、個人的には昨日ぶりって感じだけど……元気そうでなによりだ、甥っ子よ。助けた甲斐があったってものだ」
「ああ……、あの時は迷惑をかけたな。おかげで五体満足だ」
「あー、うん。素直に受け取るよ」
アレで謝ってるつもりなのかな?
それとも、お礼を言っているつもりなのかな?
比べるのもアレだが、陛下の方がよっぽど上手に謝ってくれたぞ。王の権威を傷つけることなく、遠回しに二度としないって言ってくれたし。
(普通に考えれば、こっちのが好ましいんだけど。僕の心には全く響かない)
中途半端にもほどがあるんだよ、コイツは。
個人として謝るならもっと態度に出すべきだし。王子として謝るならもっと遠回しに政治的な配慮をふんだんに盛り込まないと。
「――で、パン君は何しに来たの?」
「エルピネクトが金十字勲章を授与したと聞いてな。ぜひ近くで見せ――」
「――カビろクズパン野郎」
殴るという短絡的な行動に出なかった僕を褒めて欲しい。
甥っ子には中途半端だと言いたいが、コイツには腹芸を覚えろと言いたい。
「パン呼ばわりは諦めたが、カビろとはなんだ! 失礼にもほどがあるだろう!!」
「失礼なのはお前だボケ! 少しは僕が見せたくなるような努力をしろ!」
「セドリック様のおっしゃる通りですよフレッド様。どうやら何も学ばれていないようなので、少しこちらに来てください」
「痛、痛! 耳を引っ張るなセリーヌ!」
「フレッド様が大変な無礼をしてしまい、申し訳ございませんでした。この方の躾は責任を持って行いますので、どうぞ寛大なご対応を」
「大丈夫、パン君には期待してないから」
フレッド君の婚約者のセリーヌさんは、青ざめながら教室から出ていった。
僕の「コイツはもう見捨ててる」発言を正確に理解してくれたようで何より。昇爵とか勲章とかマントの件を口実に、ブラヴェ伯に話をしとこうか。
「……カーチェ。パン君って、武官科の三年だったよね? 武官科は礼儀作法を省略してたっけ?」
「もちろん必須科目だ。ブラヴェ様のアレは本人の思慮が欠けてるだけで、所作なんかは完璧だと有名だぞ」
「じゃあ、足りてないのは政治的な対応力か、貴族の常識だね」
僕は開けてない荷物を取って、教室から出た。
甥っ子やフレッド君のことで注目されていたし、あのまま残っていたら質問攻めにされる気配を感じたからだ。
「殿下は放っといていいのか?」
「中途半端な一言しか言えない輩に言うことなんて、説教しかないよ?」
話題を変えるためのフレッド君は、もっと愚か者だったけど。
「そうだな、セド様はそういうヤツだよな」
「一ヶ月寝たきりって言っても、意識がなかったからね。変わるわけないよ」
「いや、充分変わってるだろう。マントに勲章に、……爵位も。制服じゃなくてアクセサリーの方がメインになってるな。随分と趣味の悪いことで」
悪戯っ子のように、僕のファッションを貶してくる。
謁見の場では誰も指摘しないことをあっさりと指摘するなんて、さすがはカーチェだ。
「王宮側は、学生が付けられるもんじゃないって、主張したいんだろうね。今度、マントに合わせた礼服を作らないと。カーチェは付き合ってくれる?」
「あたいが役に立つとは思わないけど、エスコートしてくれるなら考えとく」
「エスコートか、なるほど。練習しとくよ」
気の利いた男なら、礼服に釣り合うドレスを作ろうと提案するんだろう。
僕はまだその域にいないので、黙って兄上の店に放り込むとしよう。
「――いた、エルピネクト、ちょっと待て!」
呼び止められたので振り返ると、息を切らしたエドワード君がいた。
胸元には、一等金十字勲章が輝いている。
「どうしたの、エドワード君。少しは落ち着きなって。あと胸元のソレ、良いセンスしてるね。実は僕とお揃いなんだけど、どう思う?」
「学校は一応、公式の場らしいからな。その目立つマントも着けなきゃいけないお前には負けるよ」
「そっかそっか、公式の場か。それはいいことを聞いた。このマントは戦場で着ることを前提にした造りだからね。明日からは外すとしよう」
「――チィッ。そうきたか」
分かりやすい舌打ち、ごちそうさまです。
いや~、エドワード君のイヤそうな顔を生で見るのは楽しいね。録画だと楽しくないけど。
「で、何の用。ご褒美なら陛下から出てるでしょ。僕からは何もないよ」
「誰がお前にたかるかよ。――ただ、言いたいことがあるだけだ」
言いたいことを言う前に、エドワード君に肩を掴まれた。
絶対に逃がさないという、強い意志を感じる。
「手前、なんてもんを俺に押し付けたんだ。黒剣の機能解放できてなかったらぶっ殺してるところだぞ」
僕は慈愛のこもった笑みを浮かべ「ああ、グロリアか」と察した。
実は僕、グロリアがエドワード君に対して何をしたのかを、知らないのだ。グロリアのことだから聞けば教えてくれるだろうけど、頭が痛くなるだろうから知りたくない。
「僕から君に言えることは二つ。一つはご愁傷様」
「お前は俺の忍耐を試したいのか?」
肩の骨が砕けてしまいそうなくらい、痛いです。
「二つ目は、君は勘違いしている、だ」
「何を勘違いしているのか、ぜひご教授いただきたいね」
「いいかい、エドワード君。僕はアレの使用者だ。アレと接している時間がもっとも長いのが僕だ。その上で、あえて問おう。――アレが従順で、何の問題も起こさないと思うか?」
実際に今日、問題が起きた。
腕輪を受け取った騎士の生命力とマナを、限界まで吸収するという問題が。
「……苦労、してるんだな」
「本質はあくまでも武器、だからね」
エドワード君との絆が深まった気がした。
でも肩は相変わらず砕けそうなほど痛い。
「だが、それはそれだ。アイツをけしかけこと、絶対に許さない」
「吸血鬼殺しの武器を使わないなんて選択肢は、僕達にはなかったんだよ! 仕方ないんだよ! あと一番キツイ時間稼ぎをしただろう!」
「だから、それはそれ、だ!!」
下校時間の廊下で騒いでいるのだ。
当然のように注目を集めたが、誰も近寄らない。
吸血鬼を殺した二人がケンカをしているなら、当然のことだけどね。
「随分と楽しそうね。混ざってもいいかしら?」
その当然を平然と破って見せたのは、ロズリーヌさんだ。
「もちろんですよ、ロズリーヌさん。お久しぶりです。怪我などがないようでなによりです。――ほら、エドワード君。痛いからそろそろ離して」
「――チィッ、絶対に許さないからな」
目と声が本気だ。
「あら、続けても構わないのよ。戦友の流儀、なのでしょう?」
「独特な距離感と礼儀と言う意味では、そうですね」
違うのは、本気で僕を締め上げてたこと。
ヤクザ風に言うなら、落とし前つけろコラァ、かな。
「カーチェさんは混ざっていなかったようだけれど、良かったのかしら?」
「男と女とでは、距離感が違いますからね」
「なら、仕方がないわね。――時に、セドリック様。宮中で働いている祖父から、セドリック様宛の伝言を預かっているの。言ってもいいかしら」
「祖父と言うと、フォスベリー辺境伯ですよね? では、どこかのサロンに」
「いえ、人の多いところで伝えなさいと言われているので、ここで」
人の多いところ、という指定にイヤな予感しかしない。
だって辺境伯だよ。多分だけど、あの式典に出席してた可能性大だよ。伝言の内容なんていったら、ねえ。
「では、コホン。――不手際があったのは認めるが、抗議はもう少し穏便に。いくら法的に問題がなかったとしても、大規模テロの予告はやりすぎ。おかげで非生産的な会議に出席するハメになった。今度恨み言を言わせてもらうから覚悟しろ。――とのことよ。一体何をしたの?」
全員の視線が、僕に突き刺さる。
視線に物理的な干渉力があったなら、串刺しになっただろう。
「……別に。ちょっとグロリアの性能を説明しただけですよ。分かりやすい内容を心掛けたので、確かにちょっと過激になったかもしれませんね」
「セド様、まさかとは思うけど、グロリアを抜いてないよな」
「……よくさ、言うよね。百聞は一見に如かずって。分かりやすい説明をするなら、実物を見せるのが一番だと思うんだよ」
「俺の記憶が確かなら、アイツは自分は万能だって言ってたんだ。だから思うんだが、万能をどう分かりやすく説明したんだ?」
「…………広範囲に影響を及ぼす、爆弾的な使い方が出来るよって」
カーチェとエドワード君の手が、同時に、僕の胸倉を掴んだ。
「何考えてんだよセド様!! 非常識にもほどがあるぞ!!」
「ていうかよく生きて学校に登校で来たな!! どんだけ面の皮が厚いんだ!!」
僕の吊るし上げに参加していないロズリーヌさんは、何やらメモを取っている。
おそらく、フォスベリー辺境伯に事の顛末を伝えるつもりなのだろう。
(悪事千里を走るとは言うけど、ままならないな)
疲れた身体に鞭打って、僕は二人に弁解を始める。
いつも通りの日常が戻ったことは実感できたが、物理的な吊るし上げはやめて欲しい。日が昇るまで付き合うから、せめて椅子に縛るだけで勘弁してほしいと伝えたが、却下された。
本当に、世の中はままならないものだ。
こちらで完結となります。長い間お付き合いいただきありがとうございました。