0117 アシュフォード・エル・アズライト
0080で出た王様が登場です。血縁で言うと、セドリックの従兄です。
伯爵位の授与が終わり、俺はようやく一息付けた。
(何事もなく終わって良かった)
恭しく臣下の礼を取るのは、セドリック・フォン・エルピネクト。
今まさに伯爵位を授与された、俺の従弟殿だ。
我が叔父、ケイオスの若い頃にそっくりと言われるだけあって、まあ、端的に言えばふくよかな体型だ。
どこからどう見ても文官よりだが、見た目に反して凄まじい武功を上げている。
金十字勲章を贈ることに誰も反対しなかったことからも、その凄まじさは分かる。
(直接は言えないが、一ヶ月も寝ていたのは助かったな)
だが俺は王として、それでは足りないと考えていた。
セドリックに足りないもの、それは爵位だ。王立学校を卒業していない身で男爵は過ぎたるものだが、彼に関しては足りない。
なにせあの叔父が「敵と見定めたなら全霊を持って噛み殺す獣」と評し「頼むから敵にだけはならないでくれ」とまで言ったのだ。これはもう、卒業後に渡す予定だった伯爵位を渡すしかないだろう。
(いや、むしろ俺頑張った。よくぞ一ヶ月で根回しを済ませた。……切りたくないカードをいくつも切ったけど、その甲斐はあった)
セドリックはここまで、粗相をしていないのだ。
式典だけの話でない。武装解除から始まったいくつものトラブルを含めて、彼は一度も粗相をしていないのだ。
(十何人もの騎士を気絶させて責める点がないなど、普通ありえん)
普通でないことをやってのける、それは特別である証だ。
彼の騒動の顛末を聞いた者の中には、伯爵位授与に反対した者もいる。これ幸いと騒ぎ立てようとしたが、粗相がないので黙らざるを得なかったほどに、アレは異常だ。
叔父上が敵にするなと言った理由、今なら良く分かる。
「――発言をしてもよろしいでしょうか?」
だから、発言を許可したくなかった。
式典を遮る行為は礼に失するので跳ねのけることは可能だが、困ったことに残るは俺の退場くらい。この式典がほぼ終わった状況とは、発言を求めていいギリギリのライン。
(……理性と使命感のみ、か)
俺は返答をせずに、宰相に視線を送った。
「セドリック・フォン・エルピネクト伯爵。貴殿は己が発言の重みを理解しているのか?」
「本来であれば打ち首にされてもおかしくないこと、理解しております」
いや、しないぞ、打ち首には!?
なんだその怖い発想! なんだその異様な覚悟! 鉄仮面の宰相はもちろん、参列者全員がドン引きしてるのに気付いているのか!? ……いや、見えないから無理か。
「しかし、私の王家への忠節の問題です。故に許可をいただきたく」
痛いところを突いてくる。
アズライト王国は、王家を頂点とした封建制だ。
その根幹である忠節を押し出してこられては、拒絶することはできない。
(念のため、釘を刺しておくか)
彼は調子に乗るようなバカだと思ってはいないが、先手を打って損はない。
「よもや、伯爵位に不満があるとは言わんだろうな?」
「いいえ、陛下。不満などあろうはずがございません。私の働きを、勲章だけでなく昇爵という形で評価いただいたこと、子々孫々にまで語り継ぎたく思いますが――ただ、心苦しい思いをしているのでございます」
迷いなく、理路整然としているが、セリフと感情が合っていない。
煮えた湯のような怒りを、無理やりに蓋をして見えなくしているような。
「陛下や、重鎮の皆々様に語ることではございませんが、我が国の根幹はご恩と奉公です。私の場合で言いますれば、吸血鬼退治という奉公に対し、陛下から勲章と爵位を賜ったことが恩に当たります」
「感心だ。よく勉強をしている」
「ありがとうございます。――しかし、です。私が伯爵位を賜った功である殿下と、殿下の婚約者の救出ですが、恩の振れ幅が大きすぎると感じております」
イヤなくらいに鋭い。
アイザックとロズリーヌ嬢を救った件が昇爵に値するのは間違いないが、あくまでも男爵を子爵にする程度。無理を通すためにエルピネクト家の貢献を無理やりに組み込んだが、やはり違和感は隠せないか。
「では、どうするのだ? まさか爵位を断ると?」
「いいえ、陛下。私はただこの場で、昇爵に値する奉公をしたく思っているのです」
なるほど。大きすぎる恩を得たから、奉公をすることで釣り合いを取る、と。
実に理屈の通った話だが、理屈しか通ってない。
「奉公と言われてもな。まだ学生の身分である貴殿に出来る事は少ない。役職を与えるのも、軍役を課すのも、どちらも卒業してからだ。伯爵位は確かに与えたが、エルピネクトの領主はまだケイオス子爵のまま。――ああ、話は逸れるが、エルピネクトは伯爵領を名乗るがいい。正式な継承は卒業してからだが、早い方がいいだろう」
「ご配慮、ありがとうございます」
「なに、当然のことだ。話を戻すが、今の貴殿が出来る奉公とは、貴殿個人が出来る事に限られる。余の思いつく限りでは金銭のやり取りしかないが、――まさか伯爵位を金銭でまかなえるとは思っていないだろうな?」
厳密に言えば買えるのだが、世の中には表立って言えないことがある。
爵位に付随する権威がするれるなどの理由で。
「陛下のご心配は理解できますが、その発言はエルピネクト家の教育に問題があるとお感じになっているのでしょうか? これでも私は降嫁した王妹である母と、エルピネクトを切り盛りする姉から教育を受けております。また小規模ではありますが、領地運営にも携わ――」
「いや、念のためのだ。貴殿と顔を合わせるのは今日が初めてだからな。あくまでも念のためだ。それ以外に意図はない」
「念のためでしたが、それは安心しました」
近衛たちが身構えるほどの圧を発したので、即座に否定した。
おかげでセドリックの圧に気付いたのは、俺の近くにいる者に留まった。
「初対面であれば、念のために確認するのは当然のことであります。その当然のことを怠らない陛下だからこそ、私の奉公は奉公足りえるのです」
褒められている気がしないし、褒めているつもりもないのだろう。
ただ単に、言葉尻を捕らえているに過ぎない。
「ならば聞こう。貴殿の奉公とは何だ?」
「――魔剣グロリアの能力を公開したく思います」
場に漂っていた嘲笑や義憤、興味や警戒などの感情が、瞬く間に霧散した。
俺を含めた、セドリック以外の全員が、セドリックが何を言っているのか理解できなかった。いや、理解したくなかったが正しいかもしれない。
「魔剣グロリアは……ケイオス子爵が所有する魔剣だ。息子である貴殿が預かっていても不思議ではないが、勝手をするのは感心しないな」
「グロリアの所有権は、男爵位と共に私に移っております。父からは好きに扱えと言われておりますし、グロリアの意思からも所有者と認められています。前者は父に直接確認をしていただければ良いでしょう。後者に関しては、私以外の者が腕輪を持っただけで強い拒絶反応を示した事実が、証明と言えます」
「分かっているのか? 魔剣グロリアほどの格となれば、その情報は戦略級にも匹敵する」
「故に、でございます。私個人が行える奉公でグロリアの情報のみが、伯爵位に値するのです」
理屈のみで語る相手を、恐ろしいと思ったのは久しぶりだ。
(意図が読めぬ……一体、何がしたいのだ?)
理屈のみであれば、理屈の先に意図がある。
セドリックが開示する情報は、確かに伯爵への昇爵に値する。だが、伯爵位はすでに与えているのだ。魔剣の能力を開示する理由としては薄い。
見栄や意地などの感情で反発している可能性はあるが、限りなく低い。感情的に動くのであれば、ここまで冷めた目はしない。彼なりのロジックがあり、ロジックに沿って動いているからこそ、理屈のみを騙るのだ。
(踏み込むしかない。ここで彼を理解せねば、彼を敵に回す)
叔父の言葉がなくとも、だ。
吸血鬼を葬る相手を好き好んで敵にしたくはない。王としても、個人としても。
「……よかろう。貴殿の申し出、受けるとしよう」
「陛下のお心遣いに感謝いたします」
寒々しいまでに完璧な臣下の礼を取る。
凄いことが聞けると呑気に目を輝かせる貴族が多いが、お前らはアレか。宮中の権力争いに精を出し過ぎて、物理的な危機感が薄いのか?
「グロリアについての説明をさせていただきたく思いますが、一つお願いがございます」
「奉公に対する対価はすでに渡したはずだが?」
「いいえ、陛下。より詳細で、より分かりやすい説明のために――グロリアを抜かせてはいただけないでしょうか?」
……理屈は通っているのだ、理屈だけは。
そして理屈だけは通っているセドリックのことだ。安全を考慮して抜くことが出来ないと言えば、首に剣を押し当てていいから抜かせろ、と返ってくるのだろう。そこまで言われて断れば王の権威を損なうと理解したうえで、そう発言するはずだ。
叔父が獣と表現した理由が分かってきた。
「……よかろう。だが不審なマネをすれば、貴殿の命はないと思え」
「覚悟の上でございます。――パピヨンリリース」
腕輪から解き放たれた魔剣グロリアは、息を呑むほどに美しかった。
だが俺はその美しさが怖かった。己の首に迫るギロチンの刃にしか見えないくらいに。
「グロリアの能力は二つ。マナの貯蓄と変換、これだけでございます。具体的な使い方ですが――誰か、魔法を撃っていただけますか?」
俺は近衛の一人に撃つように指示をした。
もちろん、弱く遅く、だ。事故が起こっても軽い怪我で済むようにという配慮だが、心配は無用だった。
グロリアに触れた魔法が掻き消えたからだ。
「このように、魔法をマナに変換し、それを蓄えるのです。貯蓄の手段は他にも、使用者がマナを送る、相手のマナ回路に触れるなどがございます。次に変換ですが、これはマナを魔法に変えることとお思いください。剣の形をしていますが、グロリアは魔法の杖なのです。では、どのような魔法が使えるかですが――何でもできます」
セドリックの視線の先には俺がいた。
質問をしろという要求だろう。
「何でもとは、何でもか?」
「はい、何でもでございます。炎を出す、風の刃を放つ、身体の力を向上させる、傷や負傷を治すなど、何でもできます。ただ、効率がとても悪いのです。魔法をマナにするのは問題ないのですが、逆はもう、とても悪いのです。魔法が使えるのであれば、自分で使った方が何百倍も良いほどに。この部分が欠点と言えるでしょう」
欠点まで話すのは意外だが、能力を公開した意図の一つは分かった。
グロリアは、知られても問題が少ない魔剣のようだ。対策が取りにくいと言ってもいい。もちろん、言っていることが全て本当なら、だが。
「とても分かりやすい説明であったが、一つ聞きたいがある。グロリアには今、どれほどのマナが貯蓄されているのだ?」
「容量の約一%、と言っても分かりにくいですね。具体的に何が出来るかを言いますが、そうですね」
悩む振りをしている。
答えなど、グロリアの情報公開を提示した時点で決まっているだろうに。
「――この王宮を丸々一つ分、灰燼に帰す程度は軽くできます」
近衛達が職務を全うすべく殺気を放つと同時に、グロリアが光った。
セドリックを殺すか、俺を守るべく盾になるかという一瞬の迷いを近衛が見せる間に、
「これグロリア、騒がない」
セドリックは魔剣グロリアの柄を引っ叩いた。
「お騒がせして申し訳ございません、陛下。どうやら近衛の方々が身構えたことに、グロリアが反応してしまったようで。説得いたしますので少々お待ちください」
剣身や柄をぺしぺしと叩き、グロリアは点滅を繰り返す。
喜劇か現実か判別がつかない光景に、誰もが動けずただざわつくだけ。ここでようやく、俺はセドリックの意図を察したのだ。
(――コイツ、合法的に王宮を人質に取った!?)
そう、考えてみれば、セドリックに落ち度はない。
問題になりそうな部分は俺が王として許可を出し、問題となる発言も俺の質問に答えただけ。グロリアにしても、グロリアの意思が勝手にやったこと。
(最後は若干無理があるが、意思があることは本人の口から明言されている。門番の騒ぎの際にも、腕輪を調べた魔術師が意思があると判断している。そして過激になった意思を制御している。これでは罪に問えん)
周辺各国に共通していることだが、魔剣は物体なので罪に問えない。
危険な魔剣であれば破壊されるし、使用者が魔剣の意思に飲まれ暴走すれば、使用者ごと処分する。仮に使用者が生き残った場合は、飲まれるまでの背景を考慮して法に則った罰が下される。
だが危険な魔剣でも、所有者が有用な魔剣として制御しているなら、破壊されない。
所有すること自体が罪になる魔剣も存在するが、魔剣グロリアはその類ではない。
つまり、信じられないことに、罪に問う理由がないのだ。
あくまでも、理屈の上では。
「お待たせして申し訳ございません。グロリアもようやく落ち着きました」
「……セドリック伯爵。貴殿に一つ質問があるのだが、よいだろうか?」
「私で答えられることでしたら、もちろん」
「これは仮の話なのだが、ある若手貴族が昇爵したとする。昇爵だけでなく、宝物や勲章も与えられるとする。王は彼に何の隔意もなく、ただ祝福したいとする。だが若手貴族はなぜか、謁見の場に出席した貴族全員を人質にした。この時の若手貴族は、何を考えて人質に取ったのだろうな?」
俺に出来る事は、彼に理由を問うことだけだった。
やりたいことは分かっても、何でやったのかがまるで分からないから。
とりあえず、仮の話という建前だけは用意したので、答えてくれると良いな。
「そうですか、あくまでも仮の話なのですね。私が思いつくとすれば、若手貴族が昇爵の話を聞いていなかったからではないでしょうか?」
それはもう、満面の笑みで彼は答えた。
つまりこの、合法的な脅迫の理由がそれということだが、え?
(昇爵の話を、聞いていない……?)
確かに、直前まで調整はしていた。というか、今日までやってた。
でも、セドリックが到着しだい伝える手筈に……あっ。
(そう言えば、騎士が何人も倒れて宮廷魔術師が動くトラブルがあったと……もし、そのゴタゴタに紛れて、伝えられてなかったら……)
気付いてはいけないことに気付いてしまった。
「貴族にとって、昇爵とは数代に一度あるかないかの晴れ舞台です。それを伝えておらず、準備の間も、心構えの間も与えていなかったとしたら、怨まれても仕方ないでしょう。少なくとも私なら、自分を律する自信がございませんね」
「……セドリックの言う通りだ。あくまでも仮の話だが、王は若手貴族に誠心誠意謝罪をするべきだな。もちろん、再発など言語道断だ」
「さすがは陛下、全くもってその通りです。陛下であれば聞き飽きて陳腐とお思いになるかもしれませんが、陛下が名君であることを改めて認識させていただきました」
「いやいや、セドリック伯爵ほどの者の言葉だ。誰が陳腐と評するものか。余としても、貴殿の忠節に恥じぬ王であろうと、改めて決意したぞ」
「私の言葉が陛下の一助となるのでしたら、本望でございます」
彼の目が、二度はないぞ、と言っている。
この後、二言三言ほど寒々しいやり取りを続けて、セドリックは退出した。
彼を見送った騎士から、彼が充分に遠ざかったと報告を受け、俺は諸侯を見下ろした。
「さて諸君――連絡を怠った理由を聞こうか」
これから始まるのは、醜い責任の押し付け合いだ。
俺は絶対に引かないし、諸侯も絶対に引かないだろう。
宰相に至っては、話し合いが踊ることを予期して、大きな会議室への移動を提案してきた。断る理由はどこにもないので、全員が二つ返事で了承。
俺達が移動する様を見た、事情を知らない者はこう語る。
これから戦争でも始めるのだろうか、と思うほどに険悪な空気だった、と。
明日、1:00の投稿で完結となります。