0115
白い吸血鬼が消えた、次の朝。
時計は見てないけど、日付は変わってたからはずだからその日の朝。
僕は退院をした。
「……も……ぅ少し……休み、たか……った」
「一ヶ月も休んだじゃないですか。それに、回復しだい登城せよとの王命です。後遺症もないんですから当然です」
「……あっち、の……準備……」
「大々的なものはすでに済んでいるので、今回は略式です。あと、運が良いことに大臣が全員そろっているそうですよ」
なんてヒドい論理武装だ。
というか絶対、賭けてもいいけど、絶対に向こうは意図してない。目を覚ましたその日に退院して、その足で登城するとか、絶対に予想外のはず。向こうからしたら、何無茶言ってんだバカヤローってとこ?
(無茶に応えたってことは、エルピネクトの次期領主に見せつけたいんだろう。中央の権力とか、人材の豊富さとか、色々と……)
政治ってのはイヤになる。
でも、逆の立場だったら同じことする。
なにせエルピネクトを抜きにしても、僕は幻獣や吸血鬼を倒してるし、魔剣グロリアを父上から継承している。
(事実だけ並べれば、父上の後継として相応しい)
ハッキリ言うと、父上はエルピネクトでは生神様だ。
その父上の息子で、外見が似てて、幻獣や吸血鬼を殺して、父上の魔剣ブレイブと同格の魔剣グロリアを使いこなす正統な後継者がいたとする。
その後継者が、王家と戦争すると決めたらどうなるだろう?
少なく見積もっても、天導星の奈落相手にドンパチしてきた軍隊と戦争するハメになる。多く見積もれば、大規模な内乱が起こる。それが僕の価値、僕のポジション。
(舐めててくれた方が、色々と楽なのにな……)
トリムの膝に頭を載せながら、ため息を付きたくなった。
馬車に揺られてダウン中なので、付けないけど。
「若様、着きましたよ。早く降りてください」
「……キツ……ぃ」
「早く降りてください」
召喚状を持たされて、馬車から捨てられた。
馬車は華麗に去っていき、僕は一人取り残される。どう反応してよいか変わらず、唖然としている門番(騎士)に話をすべく、僕は近寄った。
「……す、ま……ない」
「だ、大丈夫ですか? お休みになられた方が」
「へ……いか、より……召喚を」
息絶え絶えになりながらも、門番(騎士)に召喚状を提出。
このまま王宮内に直行……とはいかなかった。理由の一つは、僕の到着が予想以上に早かったこと。もう一つは、僕が想像以上に消耗していたこと。
事情を知っている門番(騎士)さんが、というか軍事畑の人にとっては僕が病み上がりだってことは常識だったよう。無理をして登城する忠義の士、みたいな勘違いをしているのは間違いない。
王家への忠義なんて全くないから、困った勘違いだ。
まあ、勘違いのおかげで、門番の詰め所に案内されたのは良かったけど。
「粗末な部屋で申し訳ございませんが、こちらでお休みください」
「いや、迷惑をかけて……すまない」
「迷惑など、エルピネクト卿は命を賭して殿下をお守りしたお方。我ら騎士の規範を示した方を尊敬こそすれ、そのようには思いません」
「………………そう」
勘違い甚だしい上に暑苦しいとか、度し難いにもほどがある。
椅子に座らせて休ませてもらってる身で、抱く感情ではないけど。
「ただ、登城の際には武装を解除する決まりでして。大変心苦しいのですが……腕輪に納めた魔剣をお預かりしなければなりません」
「よく分かったね。これにグロリアが入ってるって」
「エルピネクト子爵閣下が、伝えたと聞いております」
「父上なら仕方ないな。……まあ、その手の決まりを破る気もないけど」
腕輪を外して、騎士に差し出した。
僕が素直に従ったからか、騎士はホッとしたように表情を緩めた。
「ご協力、感謝いたします。エルピネクト卿――っ!?」
受け取った瞬間に、なぜか倒れた。
大きな音がしたので、すぐに誰かが来るだろう。なので僕は両手をゆっくりと上げた。
「今の音は――なっ! エルピネクト卿、これはまさか――」
「グロリアが入った腕輪を受け取ったら倒れた。渡した以外は何もしていない。家名を賭けてもかまわない」
貴族に取って、家名を賭けることはとても重い。
僕も同じではあるが問題ない。だって本当に、腕輪を渡しただけだもの。魔剣グロリアが入った腕輪を渡しただけで、僕は、何もしていない。
(……何があったかの予想はつくけど、死んでないからいいか)
あの、ちゃんマスちゃんマス、当機当機、とうるさいグロリアは、万知万能だ。
塵芥の時は、色々と万能っぷりを見せつけられてもいる。なら、腕輪を通して不埒者に天誅を与えるくらいやるはずだ。
そんな益体のないことを考えていると、グロリアの犠牲者が三人に増えた。
「何をしたのですか、エルピネクト卿っ!!」
「だから、何もしていないと言っただろう。いや、そもそもだ。魔法のまの字も使えない僕……私が、本職の騎士を倒すなど無理だ。倒されない自信ならあるが」
「では、なぜ彼らが――」
「少しは自分で考えろ。理由なら明白だろう。一人目は見ていないからともかく、二人目、三人目には明確な共通点がある」
「――ならば、エルピネクト卿。害意がないのであれば、腕輪を」
「断る」
害意なんて全くないが、腕輪を拾うことが悪手なのは明白だ。
例え騎士二人に剣を向けられていたとしても、頷くなどできない。
「私は言ったぞ。その腕輪には魔剣グロリアが入っていると。私は武装解除の規則に則り、正式にグロリアを提出したのだ。これが返還されるのは、王宮での用が全て済んでから。済んでもいないのに回収するなど、貴族として出来るわけがなかろう」
杓子定規な対応ってのは、時に暴力になる。
彼らが、僕に剣を向けているのと同じように。
「しかし、それは――」
「――ああ、なるほど。君達の意図が読めたよ。いやはや、王宮は怖いところだと聞いていたが、実際に経験するのは一味も二味も違うものだ。例えるならそう、フォンの入っていないソースを入っているソースくらい違う」
言ってから、ソースを例えにしても伝わらないか? と思ったが、そこは重要ではない。白いのにも言ったように、自分の考えを伝えることが大切なのだ。言葉でも、態度でも、どちらでもいいが。
両手を上げていたのが、何もするきはない、というポーズなら。
両手を組み机に肘を付くのは、無抵抗はここでおしまい、というポーズだ。
「もし私が、君達の詰問に屈して腕輪を手にしたなら、武装解除の要請を受け入れなかったとブスリ。もし私が、頑なに腕輪の回収を拒めば、騎士を故意に傷付ける意思があるとしてブスリ。いやはや、何と恐ろしいことを考えるのか」
職務を全うする騎士達は、僕の言いがかりに戸惑いを隠せない。
というか、こんな発想をする僕に対してドン引きしてる。動揺で剣が震えるならまだしも、顔にまで出るのはいただけない。もう少し、腹芸を覚えようね、僕みたいに。
「そして君達の忠義と献身は見事としか言いようがない。毒だか呪詛だかマナ回路の特殊な活用だかは知らないが、まさか、腕輪を受け取った瞬間に倒れるだなんて。このような騎士の中の騎士である君達を、使い潰す人のことは気にしなくていい。君達は充分に職務を全うした。だから、ね」
僕は満面の笑みを浮かべながら、騎士達に告げた。
「――演技はいいから、魔剣グロリアを受け取り給え」
君達、いくら何でも失礼だぞ。
腕輪に恐怖の感情を抱くならまだしも、なぜ僕に対して恐怖する?
手が震えすぎて、今にも剣を落としてしまいそうだよ?
「どうしたのだ、早くし給え。私は陛下から召喚されている身で、急がなければならないのだ。万が一にも遅れたら――ああ、そうか、なんてことだ……なんてことだ……。まさか、企みがバレたら牛歩戦術に移行するとは……実に完璧な陰謀だ、脱帽するしかない」
「――ち、違います! 違うのです、エルピネクト卿っ!!」
「忠義の士である君達の言葉だ、信じるのもやぶさかではないが、残念ながら君達には権限がない。提出した武装を手にとっても罪に問わない。私にそう言える権限が君達にはないだろう? 疑惑がある以上は手に取れないな」
「……権限を持つ者がいれば、よろしいのですね? すぐに呼んでまいります」
「ついでに、魔法や呪詛の類に詳しい者も。魔剣グロリアを入れた腕輪は呪われている、などという噂が流れては堪らないからな」
「――すぐに呼んでまいりますっ!!」
騎士の一人が、逃げるように出ていった。
残った一人は、泣きそうな顔になっている。大の男がそれでいいのか?
「……あの、エルピネクト卿。我々のことを信用できないのは当然ですが、その……お茶などはいかがでしょうか? 王都で流行りの菓子もあるのですが……」
「君達は忠義の士だ。信じないはずがないだろう。だから喜んでいただきたいが、出来れば菓子だけにしてもらえないか? 双方のためにも」
「お茶は、いらないと……?」
「つい、この間のことだ。善意でロイヤルミルクティーを淹れて出した者がいてね。残念なことに、とても不味かったのだ。一般的な基準に合わせるなら、普通に飲める、程度なのだが、私にはとても不味かったのだ。だから、つい、ね。衝動的に手にしたカップを――そいつの顔に投げて付けてしまったんだよ、中身ごと」
淹れた相手はグロリアだから、投げても無駄だって分かってたけど、衝動的に。
実に恥ずかしい話だ。無駄なこと、やってはいけないこと、と分かっていてもやってしまう。衝動とは実に怖いものだな。
だから僕は、不味いお茶を飲んだ自分を信用できないんだけどね。
「……そ、そうでしたか……では、お菓子だけでも」
「見張りが誰一人いなくなるのも不味いでしょう。誰が別の人を呼ぶべきですよ」
騎士さんが泣きそうな顔になったのは、きっと気のせいだ。
だってお菓子を準備する人を呼ぶときには、剣を鞘に納めてくれたんだもの。
白いのはもういないが、見ていればきっと、僕のコミュニケーション能力に感銘を受けたはずだ。お茶が出ずにお菓子だけが出たし、そのお菓子も美味しかった。
その後も、とんとん拍子に話が進んだものだ。
腕輪「には」呪詛の類がないことを宮廷魔術師が証明した。
三人もの倒れた原因が、持ち主以外は拒絶するという、高位の魔剣に偶に発現する現象の結果だと、ついでに証明してくれた。
そのおかげか、軍事畑のお偉いさんから、グロリア「だけ」はぜひ持ち込んでください、と涙ながらに正式な許可を出してくれた。彼も忠義の士だ。きっと、魔剣の忠誠心に心を打たれたのだろう。
(腕輪に触れて倒れた人が二桁を越えたけど、無事に手続きが終わって良かった)
王宮に足を踏み入れる頃に、ふと気づいた。
そういえば、いつの間にか馬車酔いから回復しているな、と。
やっぱり、王宮とか朝廷って怖いですよね。政治力のお化けがうじゃうじゃいる伏魔殿。魑魅魍魎の巣窟に放り込まれた、セドリックという名の田舎者。彼は無事、王宮から脱出することが出来るのか(笑)
……次回予告って、こんな感じでしょうか?