0112
完結が近づきましたので、しばらく毎日投稿をします。
目を覚ますと、破裂音と一緒にテープと紙吹雪が顔にかかった。
「パンパカッッッパ――――――ッッッン!!! おめでとうちゃんマス!!」
皆様、寝起きにこのように祝われたらどう思うでしょうか?
僕は鬱陶しくて仕方ありません。
「なに、ついにバグった? 対応年数超えて壊れた?」
「うんうん、いつものちゃんマスで当機は安心したよ。ちゃんマスも、当機はバグっても壊れてもないから安心していいよ♪」
イラッ、と。
目尻を歪めるのも仕方ないと思う。
まったく、誰が好き好んで寝起きにグロリアの真珠色を見たいと……あれ?
「……グロリア、なんでいるんだ?」
「おお、さすがは当機のちゃんマスだ。こんなにすぐに気付くとは思わなかったよ」
「お前の感想とかどうでもいいから答えろ。なんで僕は、お前の作った仮想空間にいるんだ。塵芥との戦闘中だろう」
「それね、先月終わったよ」
「……はい?」
先月って、先月ってこと?
一ヶ月も時間が経ってるのに、その間の記憶が全くないってこと?
「……僕に何が起きたのか、説明してくれるんだよね」
「もっちろん。そのための、仮想空間だからね」
グロリアが指を鳴らすと、世界が変わった。
僕が塵芥と対峙していたその場面。
エドワード君が太陽の光を解放したその瞬間に。
「じゃあ、一つひとつ解説していくね。まずはエドワード君の魔剣――」
「ちょっと待った」
僕が制止すると、グロリアはピタリと止まる。
「この没入感あふれる演出だけど、見にくいから変えて。出来ないならこのままでいいけど」
「変更は可能だから、どんなのがいいか教えて」
「そうだな……」
映画館みたいのって言いたいけど、それじゃ伝わらないな。
類似品を想像しながら、僕はグロリアに言った。
「芝居小屋とか劇場とか、そんな感じにできる?」
「もっちろん。こんなんでいい?」
ものすっごい、豪華な劇場が出現した。
僕は入ったことないけど、王都で最も権威ある劇場と遜色ないんじゃないかな?
「そうだね、豪華すぎるけど……細かい要望は後にしよう」
手近な席に腰を下ろす。
フッカフカのソファーとはいかないが、長時間座っても疲れにくい絶妙な硬さだ。
「演劇をするための壇上の部分だけど、あれいらない。その代りに、デッカイ絵画を入れて。絵はなしで、額縁だけでいいけど」
「なるほど、そのデッカイ絵画に映像を映すんだね。こんな感じでいい?」
グロリアが指を鳴らすと、壇上が巨大な額縁になった。
僕のイメージに合うかの確認なのか、デモムービーが流れている。内容は、僕と塵芥がお茶会をしているシーン。ご丁寧に音声まで流れているが、なぜこれにしたか、と問いただしたい。
「大まかにはそうだけど、この劇場じゃ映像に集中できないから見た目質素にして。キラキラした飾り付けは全部廃止。色も彩度が低いのにして、最終的には映像以外の照明は落とす。あと、椅子も替えてほしい。形はコレでいいけど、人をダメにする系なフッカフカで」
「機能美に優れたデザインが、ちゃんマスの好みなんだね~」
グロリアは、僕の注文に完璧に対応してくれた。
特に椅子が素晴らしい。人をダメにする見事なフッカフカ感だ。コレが現実にあれば、僕はこの椅子に一週間は座り続ける自信がある。
「後はそう、炭酸系の飲み物と、中毒性のあるジャンキーが食べ物があれば完璧」
「んー、万知万能の当機でも、さすがに飲食物のデータはないな……。ちゃんマスが許可してくれるなら、ちゃんマスの記憶から再現するけど、どうする?」
「もちろんやってくれ。――あ、アルコールはなしね」
映画館と言えばそう、コーラとポップコーンが定番だ。
今世ではどちらも口にしたことはないが、もしかしたら出てくるかもしれない。
「当機は参照中です……参照を終了しました。――これでいいかな?」
出てきたものに、僕は心底落胆をした。
まず第一に、コーラとポップコーンでなかったこと。
これはまあ、今世で飲み食いしてないから仕方ない。さすがのグロリアとて、魂に干渉するのは無理なのだろう。……例えできたとしても、さすがに魂は怖いから許可しない。
問題は次だ。なんとナンセンスなことに、飲食物を載せた台車が出てきたのだ。僕以外に観客がいないから、機能面では問題ない。だが雰囲気がぶち壊しだバカ野郎!
おかげで、映画館でポップコーンを載せる差し込み式のトレーや、コーラを入れる穴を椅子に付けさせるという手間が発生した。納得いくものが出来るまでに、実に一時間もかかってしまったよ。
「まあ、こんなもんだろう。次に使う機会あるかは分からないけど、設定は保存しといてね」
「そりゃ、するけど……」
グロリアの歯切れが悪い。
気になったので問いただしてみた。
「まず前提として、当機には感情がない。ちゃんマスに合わせて明るく振舞ってるけど、振舞ってるように見せてるだけで、中身は同じなんだ」
「それは分かる。僕もドン引くような効率優先のことを言うし」
「その上で何だけど……そう、人で言う所の、困惑している。当機は万知万能で、どんな状況でも勝利を掴むモノだからね。現実でもそれなんだから、仮想空間ならまさに神と同等のことが出来ると自負しているよ」
「そうだね。時間の加速とか、空間を自由にデザインしてるし」
「でも、さすがにね。当機も、当機の製造者も、ね。仮想空間なんて遊びの部類で、本気を出す使用者が現れるとは思わなかったよ。管制システムを起動させるほどの使用者が、まさか遊興狂い――いや、そうだね。ちゃんマスは茶狂いだったから、当然だね。これは当機の認識不足だ。謝るよ、ちゃんマス。ごめんね」
「……………………そう」
一瞬、飲食物にもダメ出ししてやろうかと思ったけど、やめた。
アルコール抜きの林檎酒(炭酸入りの林檎ジュース)に、ポテトチップス、フライドポテト、ウサギの唐揚げと、映画館で飲み食いするには情緒に欠けるけど、やめた。
これに口を出したら三日は潰すし、僕の記憶から再現したから味は良いし。
「――じゃあ、さっそく何があったのかを説明しよう」
場面は、真珠色の結界から太陽光が放たれた所から。
「エドワード君の魔剣は、塵芥に致命傷を与えたんだ。塵芥自体はもちろんのこと、奈落を通じて発現した干渉型の不死も発動不可能になった。まさにチェックメイトと言えるね。――あ、見所が一つあったんだった♪ ここに注目して」
映像がある一点に向かってズームする。
見所と言うから塵芥あたりのことだと思ったら、なぜかエドワード君の方に。
「エドワード君が、自分の魔剣にやられちゃってる姿だよ♪」
「グロリア、趣味が悪い」
前世で見た、面白映像一〇〇連発的な、面白顔であったことは認める。
でもこれで爆笑するほど、僕は意地悪ではない。
「そっか、趣味が悪いか、了解。次からはこういう系には注目しないようにするね」
「……もしかして、僕のデータを取るためだけにした?」
「ちゃんマスの趣味嗜好を知ることは、当機の性能発揮率に直結する重要なことだからね♪」
まったく悪びれない姿に、清々しさを覚える。
僕を茶狂いと呼ぶなら、お前は効率厨か何かだよ!
「話を戻すけど、エドワード君は自分の滑稽な姿と引き換えに、塵芥を殺した。そりゃもう、完膚なきまでに殺したよ。余命はせいぜい一〇秒ってところだったんだけど、ここで塵芥が悪あがきをしたんだ」
残っていたヘドロのマナが、僕と塵芥を包み込む球体となった。
ただ、吸血鬼――というか、冥導星の法則に染まったマナは、太陽光に弱い。事象だから時間だかに干渉する密度のマナであっても、一〇秒も持たないだろう。確かに悪あがきだと僕も思ったが、グロリアの言う悪あがきは違った。
「なんと塵芥は、吸血鬼最大の禁忌である《堕落》という札を切ったんだ。ちゃんマスのために説明するけど、この《堕落》ってのは生物としてのリミッターを外す行為でね。吸血鬼達に言わせると内なる獣に支配されるってことなんだけど、まあ、獣化を伴った超強化だって理解すればいいよ」
「……獣化って言うか、竜化じゃない? ワイバーンみたいだし……」
「ワイバーンじゃなくて蝙蝠だよ。理性なんて完全に吹っ飛んでるから、やっぱり獣化が適切だと思うんだよね」
全長は、三メートル五〇センチってところかな。
倍近くにまで膨れ上がっているけど、まあ、小さめのワイバーンくらいか。
問題なのは、理性をなくした小さいワイバーンくらいある蝙蝠が、どう行動するか。これは容易に想像がつく。理性があろうとなかろうと、僕に襲い掛かるってことだ。
「ともあれ、だ。蝙蝠になった塵芥は、なんの工夫もなくちゃんマスに突貫した。正直な話、熊の幻獣が最後にした突貫の方が脅威だったね。ちゃんマスも落ち着いたもので、運動エネルギーのマナ化で余分な衝撃を完全に殺して、心臓を当機でブスリと貫いたんだ」
この結果は、僕も納得だ。
破れかぶれの突進なんて、カウンターしてくださいって懇願してるのと変わらない。もちろん、運動エネルギーをマナに変換できるグロリアあってのこと。グロリアじゃなかったら、圧し潰されている。
蝙蝠になった塵芥の質量は、かなりの脅威だからね。
「ちなみにだけど、当機はここで、塵芥のマナ回路に干渉しているよ。少しでも効率的にマナを吸収するためだったんだけど、――ちゃんマス許可なしに束縛の魔法を使うべきだったって反省してる」
「……もしかして、ここで吸血された? 転化を目的にした」
僕の疑問に、映像が応えた。
マナ回路をグロリアに支配され、マナを極限にまで吸われ、太陽光という致命的な弱点が迫りつつある中。
蝙蝠の牙が、僕の首筋に突き立った。
「――結論を言うと、ちゃんマスが噛まれたことは、当機以外には知られてない。この後すぐに塵芥の頭を吹き飛ばしたし、噛み跡も痕跡なく治療した。肝心の死体も、エドワード君の太陽光によって灰になったし、噛まれた場面は誰にも見られてないからね」
「僕が吸血鬼化する危険性は?」
「もう、残ってないよ。排除するために、一ヶ月もかかっちゃったけど」
「なるほど。記憶が残ってないのはその影響で、ここで目が覚めたのは治療が終わったからか」
炭酸入りリンゴジュースを飲み干して、お替わりをする。
映画館なのに、ジュースのお替りがすぐにくるのは居心地がいいな。
「覚めたのは、意識だけだけどね。身体も近いうちに起きるけど、こっち換算で一日はかかるかな?」
「……さすがに飽きるな」
居心地はいいけど、ここには娯楽がない。
グロリアに頼めば何か出てくるかな?
「何か、僕が楽しめそうなものはない? 本でも何でもいいけど」
「うーん、本はなあ。ちゃんマスは閲覧権限を満たしてないから無理だな~」
「権限か……どうせ僕が満たせないような、えげつない条件なんだろうな」
「そうだね。当機が製造された魔法文明時代基準で、大賢者と呼ばれるくらいの知識と見識が必要になるし、魔法の論文とか専門書の類しかないよ」
「見る人によっては黄金よりも価値があるだろうけど、僕には錆鉄かくず鉄くらいの価値しかないな」
僕の記憶から娯楽本を出せる可能性はあるけど、記憶からの再現だからな。
なんか、虫食いの本になってそう。
「吸血鬼化の治療をする時に、塵芥の記憶とかを読み取ったんだけど、見る?」
「……んー、…………見る」
塵芥のって部分が引っかかるけど、冥導星の風景には興味があった。
上映の前に、空になったリンゴジュースとポテチとフライドポテトと唐揚げを補充してもらってから、人をダメにする椅子に背中を預けた。
自分の家に映画館があるって、叶える価値がある夢だと思うの。アマゾンプライムとか、ネットフリックスがあれば、いくらでも見れるし。映画だけじゃなくて、アニメとかドラマとか大画面で見れるし。何が言いたいかって言うと、便利なグロリアさんが欲しい。