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0111 エドワード・ド・シュヴァリエ

 俺、エドワード・ド・シュヴァリエには、大嫌いな相手がいる。

 どのくらい嫌いかと言うと、


「――後でぜってーぶっ殺す!!」


 と、叫ぶくらい嫌いだ。

 普段は絶対に叫ばないけど、今日は別だ。


『エドワード君やーい、ちゃんマスの悪口はやめることを推奨するよ。多少は見逃すけど、度が過ぎたら加速倍率をもっと上げて、一〇年単位で閉じ込めることを当機は宣言するよ』


「エルピネクトじゃねえ、手前に言ってんだよクソったれ!!」


 そう、この自分のことを当機なんて言ってるクソ野郎が大っ嫌いなのだ。

 エルピネクトもことも嫌いだけど、コイツはもっと嫌いだ。


(いや、よくよく考えたら、コイツを寄こしたのはエルピネクトだよな、状況的に)


 やっぱりエルピネクトも大っ嫌いだ。コイツよりはマシだけど。


『おや、当機を殺したいと? なら、迷宮の突破を推奨するよ。当機を殺すには、高位魔剣の完全掌握が必要だから』


「――ハハハハハっ、こんな殺意が湧いて、やる気の出ない催促なんて初めてだ」


『当機としては、別に突破しなくても構わないよ。なんせ当機は万知万能だから、エドワード君がいなくても、ねえ。効率が悪くなるってだけだから、ね♪』


「人をこんなことに落としといて、なんて言い草だ……」


 当機の言うように、ここは迷宮だ。

 俺の持ってる黒剣の迷宮なんだが、……ただの迷宮じゃない。

 雲一つない青空と、全てを焼き尽くさんとばかりに輝く太陽と、見渡す限りに広がる砂。――つまりは砂漠だ。


(……俺は体育館で吸血鬼と戦ってたはずなのに、なんでこんなことに……?)


 分かってる。

 当機とか言ってるクソ野郎と、エルピネクトの所為だ。

 六芒星の魔法陣が輝いて、エルピネクトの「悪いんだけど、ちょっとだけ頑張ってね」という声が聞こえたと思ったら、いつの間にか砂漠の真ん中に居たんだ。


『初めましてエドワード君。ここは君の魔剣の迷宮で、精神世界の一種だ。攻略すると魔剣の機能が解放されるから、当機は攻略を推奨するよ。あ、時間は気にしないで。数千倍ほどに加速しているからね♪』


 砂漠のど真ん中でこんな声が聞こえたら、殺したくなるだろう?

 状況説明はありがたかったけど。俺が攻略した黒剣の迷宮はスタンダードな石造りだったから、この砂漠が黒剣の迷宮だって気付かなかっただろうから、ありがたいとは思う。

 僅かに思うだけで、ほとんどは殺意だけど。


「……暑い、ノド渇いた。水……」


 俺がそうグチると、目の前にオアシスが出現した。

 冷たそうに透き通った水を、がぶ飲みしたい衝動に襲われる。


『当機はガマンを推奨するよ。スタート地点に戻りたいなら別だけど』


 水への渇望が、殺意で塗りつぶされた。


(んなもん分かっとらあああぁぁぁっ――!!)


 リトライした回数は、五〇回から数えてない。

 この砂漠には、様々な誘惑が存在する。オアシスなんて序の口で、岩の日陰に入ったらリセット、盗賊を返り討ちにしたらリセット、行商人と話したらリセット、ラクダに触れたらリセット、食べられそうな小動物を襲ったらリセット、と。

 とにかく、砂漠をさ迷うこと以外をすると、スタート地点に戻る鬼畜仕様だ。


(……はあ、はあ、ああ、情緒不安定になる。当機への殺意がなかったらもっと狂ってるぞ。その点は感謝じゃねえええぇぇぇ――っ!!)


 ダメだ、当機に感謝とかありえねえ。

 というか、何も考えずにさ迷ってたとかもっとあり得ねえ。

 魔剣の迷宮には、必ず二つの目的がある。一つは、最深部に鎮座する魔剣を入手するというゴール。もう一つは、迷宮ごとに異なるテーマ。


(……水とか食べ物のことは置いとくとして、盗賊と戦闘になったり、行商人から情報収集しようとしてリセットなんだから、自分一人で答えを見つけろってことなのか?)


 一つ、試してみよう。


「なあ、お前はこの迷宮をどう見る?」


『ん? 当機の見解を聞きたいってことかな? それなら――』


 いきなり砂嵐が発生して、気付けばスタート地点に戻ってきた。

 当機が何か喋ってる気配がするが、全く聞こえない。


(一人で考えて、一人で魔剣を見つけろって、そういう迷宮か)


 魔剣の迷宮は例外なく、ある二律背反がある。

 所有して欲しいという魔剣の欲求と、誰にも渡すもんかという元所有者の欲求だ。

 今回の迷宮もそうだろう。魔剣以外のことを考えるな、自分以外の手を使わないで魔剣を見つけてみろってのが、制限。この制限が前提になっているが、必ず魔剣を見つけられる仕様になっている……はずだ。


『――って、当機は予想しているよ』


「全く聞こえなかったから、もう言わなくていい」


 当機のことは無視して、周囲を見渡す。

 砂漠がどこまでも広がっているが、砂漠以外のモノも確かにある。

 岩とか、盗賊団が巻き起こす砂埃とか、オアシスとか。だが一定時間眺めていると、その位置が不自然に変化する。

 俺はそれを二日ほどかけて観察し、変化しないものを探した。

 二日もかかったのは、砂に字を書くと砂嵐が起こって台無しになるからだ。飢えと渇きが集中力を乱しながらの観察だったので、予想以上に時間がかかった。


(……腹減った、ノド渇いた。もう何でもいいから、日陰に入りたい……)


 俺は、花が咲いたサボテンを目指した。

 目当てのサボテンに到着したら、そこに留まって花の咲いたサボテンを探す。俺はこの作業を二〇日ほど繰り返した。途中でリトライになった数は、一〇〇回から数えてない。

 もう、当機への殺意も、エルピネクトへの殺意も、どうでもよくなった。

 ただ黒剣を見つけるという一念だけを持って砂漠をさ迷い、砂に埋まった黒い柄を見つけた。


「……ああ、やっと帰れ……」


 柄を握った瞬間、砂嵐に襲われた。

 スタート地点に戻った俺の手には、柄が握られていた。


『惜しかったね、エドワード君。それ、柄頭のデザインが違うよ』


 俺は無言で柄を捨て、もう一度、サボテンを辿った。

 何度も何度も間違った柄を握り、スタート地点に戻される日々。正解を引き当てたのは、最初の柄を握ってから一〇日ほど経っていた、気がする。


「……青空じゃ、ない。……砂じゃ、ない」


 真珠色に輝く結界に、なぜか目頭が熱くなった。

 俺の手には当然のように、本物の黒剣が握られている。


『おめでとう、エドワード君。君は見事、黒剣の機能を一つ解放したよ♪』


「手前、どこにいる……」


『この結界の外では、吸血鬼とちゃんマスが死闘を繰り広げている。吸血鬼を殺すと、砂漠でミスったエドワード君と似たような状況になるんだ、吸血鬼が。だから当機は、エドワード君に要請するよ。解放した黒剣の機能を、ぜひ使って欲しいって♪』


「手前はどこにいるんだゴラアアァァァ――!!」


『当機の正体なんて、もう分かってるでしょ♪ 吸血鬼を正しく殺さない限り、エドワード君の要望は叶わないって、当機は断言する。――ということで、当機はちゃんマスの所に戻るから。後はよろしくね♪』


「……最後に一つだけ答えてけ。――手前、なんで黒剣の能力が分かったんだ?」

 魔剣の迷宮を越えて、初めて分かった黒剣の能力。

 吸血鬼に対して絶対的な有利に立てる能力だったが、何でコイツは、俺に迷宮探索を強要したんだ? 納得のいく理由は、コイツが黒剣の能力を知っていた以外にない。


『当機は万知万能だよ。魔剣の能力把握なんて基本的なこと、出来るに決まってるじゃん』


「……オーケー、分かった。もういいぞ」


 俺は、当機と名乗るコイツが嫌いだ。

 そしてコイツを俺にけしかけた、エルピネクトが大っ嫌いだ。


(敵に回すわけにはいかねえけど……嫌いなもんは嫌いだ)


 エルピネクトは、俺が知る中で最も貴族らしい貴族の一人だ。

 北部の取り巻きに囲まれて、女の子を中心に派閥を築いて、王子様達とは権力争い。

 さらに寮生活を嫌がって一人タウンハウスに引き籠り、常に馬車で移動。

 贅沢をしなきゃ維持できないデブ体型は、まさに貴族の象徴だ。


(……一度は、同じ転生者だと思ったんだけどな)


 手打ちとして招待された昼食会で出た醤油。

 西洋風の世界であんなのを作るのは、日本人だけだと思うが、全否定された。


(本物の貴族って、アイツみたいのを言うんだろうな)


 領地を第一に考えつつ、自分の利益も確保する政治力。

 吸血鬼相手に殿を務める自己犠牲と、生き残る技量。

 人外相手にも会話を成立させる優雅さと、殺し合いをした相手とお茶会をする狂気。

 その姿は、俺が目指すべき貴族の――


「アイツには、負けてられねえな。――魔剣解放――日輪は地を照らす」


 黒剣を床に突き刺して、俺は叫んだ。


(――目、目、目があああぁぁぁ――っ!!)


 剣身から放たれるのは、叫びたくなるほどの太陽光。

 俺は知らなかったことだが、黒剣には光を溜め込む性質がある。迷宮を突破して解放されたのは、その光を一気に解放するという、ただそれだけの能力。人間相手にはただ眩しいだけだが、吸血鬼相手には致命的な攻撃だ。

 それこそ、奈落の力を払うほどに。


「――っっっ…………どうなったんだ……?」


 黒剣の輝きが収まっても、しばらく間、目が眩んでいた。

 目が見えない中、俺に分かったのは決着の音が響いたことだけだった。


エドワード君の迷宮探索、予想以上に筆が進んだ。ヒドイ目に遭ったからかな(笑)

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