0110
『準備はいい、ちゃんマス? 後一〇秒で時間を元に戻すよ』
よくはないけど、仕方ない。
いつまでもグロリアとおしゃべりしてるわけにはいかないから。
でもさ、ちょっと待ってね。仮想空間を作った魔法の応用だと思うけどさ、一〇、九、八、って数字が不自然に浮かんで、カウントダウンさせるのはどうかと思うよ。
しかも妙に凝ったアニメーションになってるし。
いや、意図は分かる。僕の緊張をほぐすためのお茶目だ。六、五、四、と〇が近くなるほどに演出が地味になってるから。
(自分の技術力を誇示したいからじゃないよね、さすがに……)
キャピキャピしたグロリアを思い出すと、疑念は強くなるけど。
でも、戦闘に関しては信頼できる。グロリアの内心がどうあれ、カウントが〇になる頃には変な力みは消え去っていた。
「――結界、転移」
万知万能を宣言しただけあって、グロリアは何でも出来る。
僕がいる場所に真球型の真珠色の結界を張ることも、ミリ単位で場所を指定して転移することも出来る。
唯一の欠点は、これだけで容量の一%を消費するってことなんだけど。
「何したっ!?」
「悪いんだけど、ちょっとだけ頑張ってね」
エドワード君の真横に転移して、グロリアと黒剣を合わせる。
そして有無を言わさずに、僕がいた結界の中にエドワード君を転移させた。
ここまでで、マナを二%も消費しています。……燃費が悪いにもほどがあるな。
「……さて、――全員傾聴っ!!」
本音では、大声なんて出したくなかった。
塵芥はきっと、僕が結界の中に閉じこもったと思ってるはずだからだ。絶対とは言えないが、大声を出さなければ、そう勘違いしてくれる可能性が存在した。
それを自分から消してしまうのは、正直言って抵抗がある。
「準備が整うまでコイツを殺すな! 殺さなきゃ何してもいいけど、殺すと面倒になる!!」
でも、殺すなと命令する必要があった。
エドワード君はまあ、結界送りにしたから問題ないし、カーチェやシルディーヌさんは塵芥を短時間に殺すのは不可能だから、問題ないけど。
白いのは別だ。
「――はっ?」
「ソイツの奈落は死んだら発動するタイプで、事象だから時間だかに干渉する! いいか、絶対に殺すな! エドワード君の準備が終わるまでは、……命令だからな!?」
案の定というか、白いのが怖い。
僕がカエルでアイツが蛇レベルで怖い。
「……触れた禁忌とはそれか」
胸を押さえ、息も絶え絶えな塵芥を、忌々し気に睨みつけていた。
そう、呪いだか何だかが発動して、塵芥は膝をついているのだ。白い吸血鬼なら、赤子の手をひねるように殺せるだろう。
(……あー、怖かった)
飢えた猟犬に待てをさせるのって、こんな感じかね?
まあ、絶対に違うだろうなと考えながら、僕は塵芥に近づいた。
「やあ、塵芥。今は何回目か教えてくれるかい?」
「……少なくとも、貴様がその問いをしたのは初めてだ」
「なるほど、それは朗報だ。――僕がやろうとしてること、分かんないだろう?」
塵芥は答えずに、ゆっくりと立ち上がった。
手にはヘドロのマナを具現して作った剣が握られている。
「……ここで貴様を殺せば、問題ない」
「あっはっは、残念だね。死ぬのはイヤだけど、いつ死んでもいいように引継ぎはしてるんだよ。僕の見たい未来は来ないかもしれないけど、エルピネクトの存続と発展は充分に出来る。この意味分かる? 僕は領主としての責務は充分に果たしているし、ここで殺されても名誉は守られるんだよ。そりゃ、僕がやりたいことが達成できないのは残念だけど、そんなの趣味の領域だから」
「誰が貴様の将来を殺したいと言った?」
「……もしかして、僕を殺せば勝てるって言いたいの?」
だとしたらお目目ガラス玉なんだけど、……マジっぽいな。
「僕に何を期待してるのか知らないけど、僕を殺しても変わらないよ。お前を殺すための準備はほぼ終わってる。正直に言えば、白いのに足止めをさせればそれで終わりだ」
じゃあ、白いのにやらせろよ、ってツッコミはなしね。
勢い余って殺して死に戻りさせたらさ、戦略がバレちゃうもん。だったら、実力的にコイツを殺せない僕が足止めするしかないでしょう。
「貴様だ、貴様だけなのだ、セドリック・フォン・エルピネクト」
「何が? もしかして、お茶会をした人間が?」
「小生の奈落に触れ、殺せなんだ人間は貴様だけだ!」
塵芥の剣は、グロリアに触れるだけで霧散した。
だが塵芥は、その結果に驚くことなく剣を作り出し、再度僕に斬りかかる。
「そう言われてもねえ、姉上よりも弱い相手に負ける気はしないんだよ」
六度目、だろうか。
グロリアに触れた剣が霧散せずに、形を保ったのは。
「そうだ、貴様の言うように、小生は弱者だ。だが不死だ! 殺すまで繰り返せば負けることはない。――だというのに、貴様は何だ!? なぜ死なない!!」
「いつ死んでもいいように準備してるけど、立場上、死ぬわけにはいかないんだよ。だから父上とか姉上とかその他もろもろに、死なないように鍛えられたからじゃない? ほら、自分だけが最後に立ってられるように、って鍛えられることって普通ないから」
なお、僕が攻撃が苦手なのは、僕自身の資質が原因だ。
最初のころはね、ちゃんと攻撃も教わってたんだよ。でも全く出来ないから、防御一辺倒に鍛え上げられたってだけで。
「それよりもさ、なんで剣で戦ってんの? 茨とか、槍とか、出せるでしょ?」
グロリアで分解できないほどの剣を作れるのだ。
出来ないほど弱ってるはずがない。
一本だけしか出せなかったとしても、だ。遠間から投げるとか、射出するとか、そんな戦い方をする方が勝算はある。だって僕は、コイツがもっと強かった時でも、剣では殺されなかったんだから。
「……その魔剣に刺されるわけにはいかない」
「なるほど、良く分かった」
確かに、僕は攻撃が出来ないけど、刺すくらいは出来る。
遠距離攻撃をされているなら、防御を無視して突貫すれば、刺さることは刺さるのだ。でも、防御のために剣を振っている最中なら、刺すことは出来ない。
「――つまり、自殺じゃ死に戻れないんだな」
動揺は……しないか。
あわよくばと思ったのに、残念。
「沈黙は是って言葉を知ってるかい? でも不思議だな。僕がお前を刺す状況なんて思いつかないんだけど…………」
ちょっとだけ、イヤな予感がした。
「……これは別に答えなくていいんだけど、当機、って言葉知ってる?」
「っ……知らん」
「そっか、知らん、か……これは独り言だけど、話通じないよね、アイツ」
何したんだろうって、気にはなる。
いくつかは分かるよ。呪詛を改変したとか、塵芥を突き刺したとか、そんなのは。
でも、少しだけ同情するな。キャピキャピした人格じゃなくて、初期の人格が出てきたんだろうけど、所有者の僕が相手でアレだから。
敵ならきっと、モルモットに向ける程度の関心なんだろうね。
「……アレは貴様のだろう」
「部下でも話の通じないのはいるよ。あと、アイツを起こしたのはお前が原因だから。僕だけなら一生起きなかったから、アイツ」
塵芥が、あからさまにイヤそうな顔をした。
するとだろうと思って言ったんだけどね。
「お前の感想でいいけどさ、僕とアイツ、どっちが嫌い」
「小生は、モノを嫌うほど酔狂ではない」
「それは良かった。僕もお前が大っ嫌いだからね」
僕はコイツの考え方が嫌い。
コイツも僕の在り方が嫌い。
なら、そこにグロリアが介入する余地なんてない。
魔剣があろうがなかろうが、僕とコイツは殺し合うしかないんだから。
『ちゃんマス、お待た♪ 当機は見事、ミッションを達成したよ』
……介入する余地がなかったモノが、戻ってきてしまった。
僕はグロリアに答える代わりに、塵芥の間合いから引いた。
「何のつもりだ?」
「僕の時間稼ぎは、もう終わりってことだよ」
塵芥が僕だけじゃ殺せないなら、誰かの手を借りればいい。
その答えは、真珠色の結界の中から現れた。
――真っ黒な魔剣から放たれる、太陽光という答えが。