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0011

 手を上げたり、見惚れたり、ため息を堪えたりと忙しい中、どうしようかと頭を悩ませる。


「貴様、それ以上妙な動きをしたら斬るぞ」


 おおっと。

 悩んでいたら、無意識のうちに頭を傾けていたらしい。


「だから斬ってはだめなのよ!?」


「妙な動きをしたら、です。しかし貴様、声一つ上げないとはどういうつもりだ?」


 何を言っているんだろうか、こいつは?

 人気のない路地裏で、生殺与奪権を完全に握られている状態で、声を上げたら殺されるだろうが。声を出して良いのは、握った側が許可を出したときだけ。これ常識ですよ。


「……質問に答えろ、と言うなら答えますよ?」


「なら、なぜお嬢様を追いかけたのだ」


「買い物をしているときにぶつかって、彼女にエビが引っかかってしまったので追いかけました」


「嘘を付くならもっとマシな嘘をつくんだな」


 正直に答えたのに、なぜか刃物が強く押し当てられる。

 この人あれだ、人の話を聞かない系だ。自分の職務に忠実で、視野が狭くなる系だ。

 僕はエビ泥棒の彼女に、なんとかしろ、と視線を送る。


「嘘じゃなくて本当なのよ。このエビが証拠なのよ」


「……だとしても、疑問が残ります。お嬢様に追いついたということは、マナ回路を鍛えているということ。そんなヤツがなぜ、エビごときを追いかけるのか」


 マナ回路ってのは、訓練しないと獲得できない。

 つまり持ってるのは、訓練をするだけの余裕があるということだ。余裕とはつまり、経済的なものだったりする。後ろの人が言っていることを端的に表現すると、金持ちがわざわざエビ泥棒を追いかけるわけがない、である。

 まあ、辺境だと生きるために、村人全員が循環器系マナ回路を持ってるなんてケースもあるけど。


「数年ぶりに再会した姉に、エビフライを作ろうとしてるからですよ。厳選に厳選を重ねたエビが、目の前で取られてしまったら、そりゃ、追いかけますよ」


「誰が喋っていいと言った?」


「疑問が残ると言っていたので、答えただけです。だからその行動は理不尽です」


 後ろから舌打ちが聞こえた。

 言い負かしたと思えば気分が良いけど、背中がチクチクする。これはアレだな。後ろの人は、完全に脳筋タイプの人だな。僕が一番苦手なタイプ。


「百歩譲って、貴様の言っていることが本当だとしても――」


「――うちの若様に剣を向けるのはそこまでにしてもらおうか」


 背筋がゾクゾクっと震える。

 助かったという安堵からではない。エビ泥棒(美少女)さんの喉元に突きつけられた短剣と、後ろの人に突きつけてるだろう剣が、僕に向けられることがほぼ確定したからだ。


「ひゃう! こ、殺さないでほしいのよ……」


「殺しませんよ〜。あたしたちは、そこの若様を迎えに来ただけですからね〜」


「ええ、その通りです。本来であれば武器を抜くのは大変に心苦しいのですが、若様が命の危機に陥っていたので仕方なくです。なので貴方も、若様から剣を引いていただけませんか? そうすれば、こちらも貴方とお嬢様から剣を引きますよ」


 あの、トリムさん?

 なんでそう言いながら、僕のコメカミに銃口を突きつけてるんですか?


「……貴様ら、誰に剣を向けているのか理解しているのか?」


「そう言うってことは、貴族のご令嬢あたりか? あまりよろしくないが、それはそちらも同じだぞ。うちの若様はこう見えて、領地貴族の当主だ。それも陪臣ではなく、直臣のだ。貴族のご令嬢ごときが、領地貴族の当主に剣を向ける意味、分かるだろう?」


 あー、そうだね。

 アンリの言うように、僕は直臣に分類されるんだよね。

 あ、直臣ってのは、国王の部下のことで、陪臣は直臣の部下。一応、同じ爵位の貴族だったとしても、陪臣は直臣よりも下にあたる。ちなみに、直臣に分類されるのは、直臣の貴族家当主と次期当主まで。正確には直臣領地貴族の次期当主、が正しいんだけど……ハッタリかますために拡大解釈してる。

 そりゃ、男爵家の当主だよ。名ばかりだけどね。


「これが、貴族当主!?」


「言葉には気をつけてほしいな。領地貴族に求められるのは、武力だけではないのだぞ? それは騎士や護衛が担えばいい。私達や、あなたのように」


 はいはい、どうせ貴族らしくないよ〜だ。

 元日本人で、元庶民の感覚が抜けないんですよ〜だ。

 努力はしてるけど、武芸はからっきしで、魔法はまったく適正がないですよ〜だ。


「若様、なんでスネてるんですか? もしかして、自分が危機的状況にあることを理解していないだなんて、いいませんよね? もしそうなら、わたしは衝動的に引き金を引いてしまいそうに」


「バカを言わないでよ!? こう見えて人生で――――…………12番目ぐらいの危機、なんだから……」


 あれ、おかしいな?

 これよりも危なかったことが、両手じゃ数え切れないくらい起こってるぞ……。


「え、あの、彼は大丈夫なのかしら? なんだか、すごく、表現しにくい表情になっているのよ?」


「あの〜、若様? 雰囲気が台無しになるので、ガチな涙目にならないでくれますか〜」


 ちょっと、無理かも。

 本格的にトラウマスイッチが入りそうで、必死に抑えてるところだから。


「剣を引けば、お嬢様は解放してくれるのだな」


「もちろんだとも。私達の目的は、あくまでも若様の回収だ」


「承知した」


 トラウマの発作が収まった頃には、僕もエビ泥棒さんも無事解放された。

 当事者が置いてけぼりを食らったのはアレだな〜、って感じだけど仕方ない。ちゃんとエビも返してもらったし、後は夕飯を作るだけだ。


「皆、ありがとう。助かった。エビもちゃんと取り戻せたし、本当にありがとう。だからさ、その……僕に向けてる物騒なものは下げてくれませんか……?」


 ただ、アンリ、トリム、ネリーの3人が武器を下げてくれたら、だけど。


「若様、わたし達が怒っているのは、理解していますか?」


「もちろんですとも。武器がなかったとしても伝わるくらい、怒ってますね」


「なんで怒っているのか、理由は分かりますか?」


「護衛として同行してもらったトリムを置いてけぼりにしたからです」


「その通りです。挙げ句の果てにあんなことになっていたんですから、怒るのは当然ですよね?」


 ……うん、当然です。

 10発ぐらい殴られても仕方ないくらい、当然です。


「……ご、ごめんなさい。頭に血が登って、危険なことをしてしまいました。次は必ず」


「ええ、そうですね。次は必ず、わたし達に任せてください」


「それは無理かな」


 銃口がこめかみに当たり、トリムが引き金に指を添えた。


「すみません、若様。耳が遠くなったようです。もう一度、聞きますね。次は必ず、わたし達に任せてくださいね」


「ごめん、それは出来ない。トリム達にだけ危険な目に遭わせるなんて、どうしても無理。――だから、次は必ず、皆に声をかけるよ。1人では動かないから、それで許して」


 全部人任せにするのは、性格的にちょっと無理。

 前世が庶民だったもんで、自分で動こうとしちゃうんだよね。弱いのに自分で危険に突っ込むなんて、死んじゃいけない貴族失格の行動。でもね、ここを曲げると自分が自分でなくなる気がするの。出来る限り危険には近づかないようにするから、それで許して。


「若様は勝手ですね〜。護衛としては困りものですが、幼馴染としては別ですよ〜」


「そうだな。若様の勝手は今に始まったことじゃない。それを承知で護衛をしているのが私達だ。だからな、トリム。ここら辺で妥協しよう。これ以上の要求は、別の失態をしたときに取っておこう」


「……そうですね。今日はこのくらいにしておきます」


 武器は下げてくれたけど、僕の幼馴染達はどんな教育を受けたんだろうか?

 僕が妥協しなきゃいけない失態を待って交渉するだなんて、怖いにもほどがある。そのうち、何も出来なくなりそうだな。僕が失態をしないなんて、絶対にないし。


「じゃ、じゃあ、家に戻ろう? 夕飯の準備をするから、出来れば手伝ってほしいな」


 結論を言うと、誰も手伝ってくれなかった。

 罰の一環として、全部自分で作れってさ。ま、いつも1人だから、別に問題なかったけど。

 とりあえず、エビフライは好評だったと言っておこう。ブイヤベースがどうだったかは、思い出したくもないってのが、答えってことですよ?

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