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 六芒星が完成すると、真珠色の輝きに包まれた。


 ――魔法使用深度を確認、既定値を突破しました。

 ――マナ吸収量を確認、既定値の突破しました。

 ――規定により、管制システムを解放します。


 戦闘中でなければじっくり眺めたいところだが、そんな余裕がないのが残念だ。


「おい、エルピネクト――お前……」


 エドワード君のやかましい声が、不自然に途切れる。

 何かあったのかと首を動かそうとするが、動かないことに気付いた。というか、身体が全く動かないし、声も出ないし、そもそも音も聞こえない。

 明らかな異常事態だ。

 マナの使い過ぎで普通の神経が焼けちゃったかな? という僕の不安に答えたのは、無機質な声だった。


「使用者の困惑を確認。解消のため、当機への相談を推奨します」


「……どちら様?」


 見覚えのない女が見える。

 真珠色の髪と目をした、一度見たら絶対に忘れないだろうインパクトある女が。


「あ、声出た。――というか、ここ、どこ?」


 どこまでも続く真っ白な床に、どこまでも広がる青い空。

 真っ黒なヘドロに覆われた体育館でないことは確かだ。


「使用者の質問に回答します。当機は魔剣グロリアの管制システムです。ここは使用者の精神負担を軽減するために展開した仮想空間となります。使用者の肉体は元の場所から動いてはおりません」


「グロリアの管制システム……それは、グロリアの意思と解釈して問題ないのかな?」


「厳密には異なりますが、肯定します」


 そっか、肯定しちゃうのか。

 荒唐無稽な話だけど、信じるしかないな。髪と目なんてよく見なくても、グロリアと同じ色してるし。……まあ、グロリアの意思を騙るなら僕も同じことするだろうけど、このある意味不安になる仮想空間を作る必要はないな。

 もっと安心感を与えるか、荘厳なデザインで空間を作るわ。


「使用者の反応から、当機への不信感を観測。原因を想定、――想定、――想定、――仮説として当機の疑似人格が原因と判断」


「あ。違うよ、グロリア。いきなり過ぎて驚いただけで、もう疑う気ないから」


「当機に記録されている、使用者の言動、交友関係を解析します。――当機は解析中です。――解析を完了しました。結果に基づき、疑似人格を再構成します。しばらくお待ちください」


 あー、なんとなくだけど、グロリアの性格が分かった。

 人間的な意思じゃなくて、AIとか機械とかそっち方面での知性があるって感じなんだな。この無機質さとか、ズレた対応とか、外国語を自動翻訳で日本語にしたような歪さがある。

 疑似人格を再構成とかって言っても、あんまり変わんないんだろうな、きっと。

 前世で使ってたスマホのアシストアプリを使うような感覚で接すれば、問題ないだろう。使ったことないけど、雰囲気で行けるだろう。


「お待たせ、ちゃんマス♪ 疑似人格の再構築完了だよ。これからよろしくね♪」


 …………。

 ………………。

 ……………………。


「…………………………誰?」


「やだな~、ちゃんマス。ここにはちゃんマスと当機しか――あ、そうかそうか。疑似人格の再構築なんて言っちゃったから、勘違いしちゃったんだね。変わったのは出力方法だけで、中身は全くおんなじだぞ♪」


 そっか、中身は同じなんだ。

 外見が全く変わってないから、そうだとは思ったけど。

 なんかさっきより、キャピキャピしてるから、認めたくなかったけど、これグロリアか……。


「……なんで、それにしたの?」


「当機に記録されてた、ちゃんマスの言動を分析した結果だよ~。ノリが軽い方が、良い反応してるみたいだから」


「グロリアのイメージが崩れるから最初のにして」


 大体、ちゃんマスってなんだ。

 いや分かるよ。使用者=ご主人様=マスターで、フランクにするために「ちゃん」を付けて魔改造した結果でしょ。

 様付けされるよりはマシだけど、なんかな。


「いくらちゃんマスの命令でも、それはきけないな~。いい、当機は管制システムだけど、魔剣グロリアの一部でもある。もし当機に遠慮なんかして、魔剣グロリアの力を引き出せなかったら、それはもう廃棄処分モノの不名誉なんだから」


「……イヤだけど、使うのに支障ないなら妥協しよう」


 意固地になるほどイヤなわけじゃない。

 魔剣グロリアに対する、個人的な印象が変わるだけだ。こういうものだと分かれば、そいういうモノとして扱うだけだ。

 それに、無駄に時間を使うわけにはいかない。


「――それで、僕をここに連れてきた理由と、今まで意思があるかも? 程度だったのに疑似人格まで作って接触してきた理由は何?」


「アレ、ちゃんマス何で機嫌悪いの? 当機はちゃんマスの疑問に真っ先に答えただけで他意はないよ?」


「早く理由を答えて。意味なくこんなことしないでしょ、グロリアは」


 ウザい相手は無視するに限る。

 それにグロリアは人間じゃなくて、AIか何かだ。本人だって遠慮するなって言ってるから塩対応でいい。

 その証拠に、返答を急かしても不機嫌にならない。


「答える前に教えて欲しいんだけど、ちゃんマスはあの塵芥をどうしたい?」


「どうしたいって、排除するつもりだけど」


「うん、その排除だけど、いくつか方法があるんだよね~。塵芥は当機の記録と照らし合わせても、かなりの特殊個体なんだ。その気になれば、永久に当機にマナを貢いでくれる都合の良いミツグ君になってるれるけど、どうする?」


「封印するってこと? 破られそうだからヤなんだけど」


「広義の意味では封印だけど、具体的には洗脳と腑分けの合わせ技だね♪」


「却下。手間かかりそうだし、バレたらヤバい」


 グロリアに倫理とか、政治とかを期待しちゃいけないことが分かった。

 こいつは戦闘とか魔法に特化した機械だと思うことにする。


「そっか~。これが一番楽な方法だったんだけど、ちゃんマスが却下するなら仕方ないか」


 え? 今、なんて言った。

 洗脳して腑分けして封印して都合の良いミツグ君にするのが、一番楽だって?


「結論だけ言うと、あの吸血鬼を殺すのはほぼ不可能だよ♪」


 ほぼ、不可能ときたか。

 どんな悪逆非道な方法だって提示しそう――というかしたな。塵芥相手とはいえ、死んだ方がマシだろ、死なせてやれよって同情したくなる提案をした、グロリアが。ほぼ、不可能と来ましたか。


「根拠は?」


「当機の管制システムが起動してること、これが根拠だよ」


 キラッ、と。

 ポーズを決めながらウインクをすると、星が飛び出した。

 仮想世界だからってハッチャケすぎじゃない? というか、アレ? 出力方法というか表現方法が変わっただけで、中身は同じって言ってたよな。つまりグロリアは、元からこういう性格だったと?

 人間じゃなくて機械だから、性格って言っていいのか分かんないけど。


「つまり、これまで接触がなかったのは眠ってただけで、起動条件を満たすこと自体が不味い状況だってこと?」


「前半はそうだけど、後半は違うな~。当機の起動には二つの条件が必要で、片方は満たしていたんだよ」


 グロリアはそう言いながら、指を立てる。


「一つ目は、魔法使用深度。ちゃんマスの場合は、運動エネルギーのマナ化で満たしてる。――ところで純粋な疑問なんだけど、なんでちゃんマスは運動エネルギーをマナ化出来るって発想したの? 変化したエネルギーをマナに戻すなんて、第二永久機関の研究過程で割に合わないって否定されて、忘れられたはずの発想なんだけど」


 じゃあ、なんでグロリアで出来るんだよ、とは言わない。

 役に立ってるのは事実だし、多分、研究過程で魔剣グロリアが作られたんだろうから。


「幻獣に殺されそうになった時、グロリアが使ったからだけど」


「ん? ちょっと待って。記録を参照するから。――記録を参照しました。うん、やっぱり当機はマナ化なんて使ってないよ。ちゃんマスの勘違い」


 なんかとんでもないことを言いだしたぞ。


「……使ってないって、じゃあ、なんで僕生きてるの?」


「魔法は使ったよ。少々高度な防御魔法をね。ただ、ボロボロになったちゃんマスへの反動が大きくて、記憶が曖昧なんだと思うな」


 ……ははっ、笑うしかない。

 それらしく分析しといて、大外れだったんだからな。


「落ち込む必要なんてないよ。むしろちゃんマスは、自分の発想を誇るべきだ。なんせ魔法文明時代の賢者達が匙を投げた第二永久機関を、限定的ながらも実現したんだから。これは先代の使用者にだって出来なかった文句なしの偉業なんだからね♪」


「先代って言われても……一度でも手にした人、じゃないよね?」


「当機が使用者と認めるのは、管制システムを起動させた人だけだね。ちなみに先代は魔法文明時代の人で、使用者で二人目だぞ」


 二人目、か。

 まあ、父上が拾ってくるまでは遺跡に埋もれてたから、不思議ではないか。


「それだけ条件がキツイってことだよね。残る一つはどんなんなの?」


「当機の容量の一〇%のマナを消費すること。参考までに言うと、使用者が昨日までに貯めた量と消費した量を合わせても、一%にも満たないから」


 ……何、その無理ゲー。

 どんだけ大食らいなの、グロリア。


「言っておくけど、マナの方が達成しやすいからね。魔法使用深度の方は、奥義とか秘伝レベルを要求するから」


「どっちにしろ、王国最強の一振りだけあ……んん?」


 ちょっと待てちょっと待て、ちょっと待って。

 昨日までの分で、容量の一%未満って言った?

 つまり今日だけで、グロリアの容量の一〇%を使用したってこと?


(……絶対、おかしい)


 感覚値だけど、これまで塵芥から吸収したマナは、熊の幻獣三体分くらい。

 とてもじゃないけど、管制システムを起動するには足りない。


「……グロリア、起動に必要なマナはいつ吸収できて、今は何%のマナがあるの?」


「六芒星の魔法陣が完成した瞬間に。残りは九%ほど」


「なるほど――これが根拠か」


 約一九%。

 グロリアの管制システムを二度近く起動できるほどのマナが、一瞬で集まった。

 その理由は、ロクでもないに決まってる。


「原因は何だと思ってるの?」


 殺すことがほぼ不可能って、断言したんだ。

 予想だけは出来ているだろう。


「十中八九、事象干渉か時間干渉だね。一瞬で吸収できたのは、塵芥と当機の奈落領域が干渉しあった結果の不具合だと思う」


 高位の魔剣は、魔剣の形をした奈落領域だ。

 奈落領域とはそもそも、この星の法則とは違う法則が具現した場所。グロリアで言えば、吸収したマナはグロリアの奈落に取り込まれたことになる。

 グロリアの言ってることは理解よくできないけど、グロリアの中にあるマナには、干渉できなかったってことかな? で、魔法陣が完成した瞬間にってことは、マナを吸収するって形で帳尻があったってこと?

 よくわかんないけど。


「……んー、事象干渉に時間干渉で、殺すのが不可能ってことは……死に戻ってる?」


「当機はそう分析したよ。ダメ押しとして、塵芥の呪いが書き換わってるってのもある。蘇生したら弱体化ってなってたんだけど、いつの間にか事象干渉、又は時間干渉したらって感じにね。呪いが何回発動したかは分からないけど、塵芥の出力は半分程度になってるよ」


「呪いが書き換わって、発動してるんならそう言えよ!! 起動条件のくだりいらないだろ!」


 別に知りたくなかったんですけど!


「いや~、ちゃんマスに自信を持ってほしくてね。あと、この仮想空間は時間が早いから。外と比べて一〇〇〇倍くらい早いから、一五分使っても一秒未満なんだぞ♪」


「……はあ。もう、どうでもいいや……」


 こいつにツッコミを入れても時間の無駄だ。

 適当に流そう。


「確認だけど、塵芥を殺すのは、ほぼ、不可能なんだよね?」


「そうだね。だから当機は、塵芥の封印をおススメするよ」


「ほぼ、ってことは、死に戻りをさせないで殺す方法があるってことだよね。違う?」


「違わないよ。ただ、当機とちゃんマスだけじゃ、絶対に無理だね」


 明るく振舞っているけど、やっぱり歪な反応だ。

 自分の考えが一蹴されたのに何も思わず、自分の能力不足を気負わずに認める。

 人間だと思って接したら、この歪さに違和感を覚えるな。


「じゃあ、質問を変えよう。グロリアにこだわらずに戦ったら、殺せるの? 僕が殺すことにこだわらなかったら、勝てるの?」


「もちろんだよ。だって当機は、万知万能を持って勝利の栄光をもたらすものだもの。ちゃんマスが勝利を望む限り、当機は全力を尽くすよ」


 万知万能、ね。

 ただの勘だけど、これが魔剣グロリアのコンセプトなんだろう。


「なら、教えて。僕はどう動けばいい? グロリアなりの考えがあるんだろう?」


 グロリアの考えた作戦を聞き、僕は意識は肉体に戻る。

 一〇〇〇倍になってたという時間は戻っていないのか、身体はまだ動かないけど。

 魔剣グロリアを握る手は、火傷しそうな熱を持っている、ような気がした。


※グロリアの中身は全く変わってません

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