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 頭を使うと糖分が欲しくなるのは人のさがだと思う。

 一言でも選択を誤れば死ぬようなお茶会をしていればなおさらに。

 つまり、お茶にたっぷりと砂糖を加えて飲みたくなっても普通ということだ。


「なぜ不純物を加えるのだ?」


「加えなければ飲めない品質ですから。最初に淹れたのは、十何個も同時に淹れた中で一番いいやつを出しただけで、僕では運が絡まないと出来ないんですよ。僕が安定して淹れられる品質はこのくらいが限界ですからガマンしてください」


「……いや、充分な質だが」


「お気遣いは結構ですよ。最初のが九三点だとしたら、これは八二点に過ぎません。一〇点以上の差があるので。――まさか、塵芥だから分からないとか言わないですよね?」


「………………なるほど、これが狂気の一端か」


 吸血鬼に狂気とか言われたくないんですが。

 というか、一一点も差があるのに分からないと? 貴種(塵芥)ではなく貴種(笑)ですか?もしくは笑(塵芥)とか? 指摘したら戦争になりそうだから言わないけど。


「家畜の分際で、なぜそこまで茶にここだわるのだ?」


「不味い物を口にしたくないからですよ」


 ちょっと考えれば分かるだろうにそんなもん。


「美味――すなわち贅を求めるの理解できるが、手段が理解できない。例えばこの茶だ。低品質の茶葉をここまで仕上げるのは見事だが、良い茶葉を使えば楽に美味なる物になる。貴様のことだ。良い茶葉を美味にすることも出来るのだろうが、なぜわざわざコレを使うのだ?」


 予算の関係ですが何か?

 って答えたいけど、意味ないなこれ。


「この茶葉は学校で仕入れて安いから、喫茶店ごっこに丁度いいって理由で使ってますけど、実は実家で使っているのもこのレベルでしてね。もちろん、来客用に良い茶葉を用意していますが、いつも使えるほど潤沢ではないんですよ」


「逆境をバネにしたからか」


「そう言えばそうなんですけど、お前と僕とでは前提となる認識が違う。吸血鬼と人間という種の違いでなく、富に関する部分でだ」


 ちなみにだけど、僕と同じ前提を持ってる人間はいない。

 だって元日本人としての感性から生まれたものだからね。

 まあ、エドワード君あたりは話せば頷いてくれるだろうけど、根底の部分では絶対に噛み合うことはない。教育すれば別だけどね。


「僕はさ、貧民から王侯貴族を含めたこの王国、および周辺各国、いやもっと直接的に言うと――この世界は貧しいと感じているんだ」


 あくまでも、日本と比べてだけど。


「ちなみにこれを言うと、貴族は豊かだろう、なんて反論されるんですけどね」


「事実だろう」


「視点が違うだけですよ。僕は、ちょーっとばかり天候が崩れただけで飢饉が起こったり、女性が一人で夜を出歩けないような世界を豊かだなんて言いたくないだけです」


「……理解できんな」


「理解しなくて結構です」


 転生して十数年。

 心は完全にこの世界の人間で、日本での記憶なんてほとんど残っていない。

 でも、あの文明の豊かさは覚えている。そして人の上に立ち、領主としての力を持つ以上、あの豊かさを目指さない理由はない。


「そのように言うからには、豊かにする手段を持っているのか」


「必要なものは色々ありますね。経済発展に技術革新、政治的なセーフティーネット、倫理観の醸成や人材の質を上げることも必要でしょうね」


「何も考えていないのだな」


「前提条件が足りなすぎるから、貧しいって言ってるんですよ。全部やるには何百年もかかるでしょうし、国だって何度も滅ぶでしょう。貧しさの解消ってのはそのくらい大きな敵です。外導星とか奈落領域とか目じゃないくらいに。――ただまあ、僕が死ぬまでにやることは決めているんですけどね」


 普段、口にしないことを語ったら疲れてきた。

 砂糖入りのお茶じゃカロリーが足りない。あんまり入れたくないけど、ミルクも投入しよう。


「香りが台無しになるぞ」


「時として、ジャンキーな物を口にしたくなる。それが人間です」


 うーん、不味い。

 お茶の命である香りが吹き飛んでやがる。


「僕が死ぬまでにしたいのはですね、こういう、ジャンキーな物を生み出す土壌づくりなんです。もちろん、美味い不味いは置いときますが」


「不純物を量産したものに褒美でも与えるつもりか? 何の意味もないと思うが」


「そんな無意味なことをしませんよ。褒美出すまでもなく、自発的に生み出してくれる環境を作りたいんですが、ここで問題です。僕は一体、何をするつもりでしょうか?」


 ストレスがかかり過ぎたのか、バカな行動をしてる気がする。

 お茶にミルクを入れるならまだしも、クイズ形式にするとかどうなの? 時間稼ぎにはいいけど、機嫌を悪くしたら殺されるよ、僕。

 幸いなことに、真剣に考えてくれてるけど。

 ちょうどいいので、ポットのお茶をがぶ飲みして、新しく淹れてこよう。いや、ただのお茶じゃ芸がない。ここは、ミルクでお茶を煮だして作るロイヤルミルクティーにしよう。

 カロリーが高くて、香りもあんまり殺されないしね。


「……レパートリーが多いのだな」


「嫌いな物を美味しく飲むための、涙ぐましい努力の結果ですからね。それで、答えは出ましたか?」


「手段としては鉄道の敷設。目的はそれに伴う流通の活性であろう」


「おや、そこまで当てますか。大正解です」


 点数で八一点ってとこだね。

 あ、答えの点数じゃなくて、ロイヤルミルクティーの点数ね。感覚的に答えると、 まあまあ、美味しいかな。


「第三王子を救うことにこだわった時点で予想はついていた」


「なるほど。まあ、隠す気なんてまったくないので、当然と言えば当然ですが……そんだけ頭良いのになんでここまで落ちたんですか? そこまでの洞察力があれば、冥導星でも重宝されるんじゃないですか?」


「真理を探究し、禁忌に触れただけだ」


「ああ、よくあるはた迷惑なヤツですね」


 吸血鬼でもやるんだなって感想が出るくらい、人間もやってる。

 しかし吸血鬼にとっての禁忌か。人間とは全く別のものだろうから気になるけど、ロクでもなさそうな答えが返ってくる気がするから聞かない。そもそも答えないだろうし。


「貴様も、あの蒙昧無知共と同じことを言うのだな」


「失望した? でもその感想は的外れだぞ塵芥。お前が家畜と呼ぶくらいに、僕達の価値観は隔たってるんだ。塵芥の価値観を押し付けられるのは困るし、それを抜きにしてもお前と僕とは水と油ほどに価値観が合わない」


 ただ、真理だの禁忌だの、蒙昧無知だのと言った時点で、それは確定した。


「どういう意味だ、家畜」


「ゴールに至るための手段が全く違うんですよ、僕達は。僕は、僕の望むものを見つけるために大勢を動かす。考えるだけの頭と、動くための余裕と、創作するための素材を与える。多くは見る価値のない無残な物だろうと、その残骸の果てに必ず、歴史に残る逸品が生まれる。それは間違いなく、僕では思いも付かない物のはずだからね」


 つまるところ、僕が欲しいのは消費社会だ。

 共産主義も資本主義も貴族主義もどうでもいい。ただ、石を投げて当たった店で美味しい物が出てくる時代になってほしいだけだ。


「なるほど、確かに合わぬ。真理とは、賢者のみが持てばよい。蒙昧無知な愚者に与えては、禁忌などという無駄を生む」


「真理を追究するなって、お触れを出すことは禁忌に繋がるんだけど……言っても無駄だろうね。お前なら、真理を追究したいという欲求が生まれない管理社会を作るだろうから」


 ちなみに、この世界にもディストピア小説の類はある。

 魔法文明時代はそれに近い体制だったらしいし、魔巧文明時代はその反動で市民が力を持ったみたいだからね。

 ただ、魔巧文明時代でも、貴族社会が残った国はあったようだよ。

 僕には関係ないけど。


「――さて、時間稼ぎはここまでにしようか」


 カップに入ったロイヤルミルクティーを飲み干して、僕は立ち上がった。


「どうやら、貴様らを見くびっていたようだな」


「殺されて、恩で縛られてるってのに、まだ人間を甘く見ていたのかい? だとしたら、お前はやっぱり塵芥だね」


 エドワード君たちを連れて戻ったカーチェは、吸血鬼を囲うように展開した。


「小生を殺せる家畜など、そうはいないからな」


 人数的、陣形的な不利に陥っても、吸血鬼はあくまでも傲慢だった。

 それが許されるほどに、この吸血鬼は化け物なのだ。

 タプタプになった胃からお茶が逆流しそうになるのをこらえながら、僕がグロリアを正眼に構えた。


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