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 結論を言おう、一〇〇点満点は無理だった。


「程度の低い茶葉でこの香りを出すとは、涙ぐましい努力だな」


「どうせ飲むなら、不味いよりも美味い方が良いですからね」


 自己採点をするなら、九三点。

 もう少しばかりランクの高い茶葉なら、一〇〇点を出した自信はある。ただ九〇点は超えているから、何も加えなくても充分に飲める。


「吸血鬼は冥導星の貴種と聞いていましたが、どうやら本当みたいですね。お茶の飲み方というのを分かっている」


「不純物を加えるなど程度の低いものである証拠だが、まさか家畜ごときが知っているとはな。一応は貴種、ということか」


 お茶を飲む姿だけで、吸血鬼が貴種だと分かる。

 認めざるを得ない気品さに加え、戦場でも贅沢を求める強欲まであるのだ。まあ、後者に関しては理解できないけど。なんで質素なクッキーだけをお菓子として出しただけで睨むの? 甘味が出ただけ充分だと思うよ僕は。

 ただ、本当の贅沢というものを分かっている。

 お茶とお菓子を口にしただけで、不機嫌が治ったから。お茶に合わせて作ったクッキーだということを見抜いたのだろう。


「手間をかけるのは小生の趣味ではない故、単刀直入に言おう――貴様を見逃してやる、手を退け」


「断る。殿下を殺されるわけにはいかないんだよ」


 まあ、甥っ子はバカだから嫌いだけど、死んでいいと思ってるわけじゃない。

 ただ単に、僕の視界から永久的に消えて欲しいと思ってるだけで。例え政治的な用事があったとしてもだ、ロズリーヌさん仲介役にして自分は一切出てこないくらい徹底してほしいくらいには、嫌いだ。

 死んでほしいわけじゃないけど。


「それは貴種の義務だからか?」


「単純な損益の問題です」


 吸血鬼と取引して、王族を見捨てて自分だけ助かるなんてやってみろ。

 エルピネクト領の政治にこれ幸いと介入するバカが増えるだけだ。


「ならば、殺さぬ程度に致命傷を与えることも可能だぞ?」


「そんなことをしたら、僕が姉に殺されるからダメです。その手の嘘には鋭いですからね」


 冗談でなく、マジで殺される。

 殺さないように与えた致命傷くらい、一目で見抜く人だから。


「……分からぬ。その言葉に嘘はないが、全てではなかろう。利益が欲しくば、黒幕に話を通せばいいだけのこと。さらにあの家畜に好意を抱かぬならば、なんの問題もないはず。なぜ固執するのだ?」


 良い傾向だ。

 僕に興味を抱いていたので言葉を少なくしたが、目論見通りに興味を持った。

 これで稼げる時間が増えた。


「言う通り、僕に殿下を助ける義理も義務もないんですが、実は学校を卒業したら領地を継ぐ予定でしてね。今回、命懸けで殿下を守れば、相応の貸しを手にすることができるんです。その貸しを使って僕の政策を押し通そうと思ってるので、頑張るだけです」


 ……ただ、この吸血鬼にはNGワードというか、知られていけない事実がある。

 僕がケイオス・フォン・エルピネクトの息子だということだ。甥っ子が僕の名前を呼びそうになった時は、焦って大声を出してしまったものだ。


「貸しを作るために命を懸けるか、小生には理解できぬ」


「いやいや、貸しってのは強力な強力な札ですよ。吸血鬼を暗殺者に出来るくらいには」


 吸血鬼から表情が抜け落ちる。

 当然の反応だが、これは引き出す必要があった。


「……先ほども、面白いことを言っていたな。何を知っている?」


「それを答えるには、少々長くなりますよ。僕はこれでも説明好きですからね」


「構わん。貴様の時間稼ぎに付き合ってやる」


 よし、これで話が終わるまでは殺されない……可能性が高くなった。

 胃の中身をぶちまけてしまいそうなストレスをお茶で押し込んで、ニコリと笑みを浮かべる。


「まず前提として、二つの情報を持っていました。かの《告死蝶》が吸血鬼討伐に動いたことと、その吸血鬼が生きているということ。順当に考えれば討伐に失敗したと判断しますが、実はあの方の剣を見たことがありましてね。あの剣から逃げ延びれる者がいるとすれば、神域に足を突っ込んだ超越者くらいでしょう」


 超越者だった可能性もあったけど、逃げられた状況って父上の負けとイコールだから。

 情報統制をしても絶対騒ぎになるから、選択肢からは外してたんだよね。


「だから《告死蝶》は吸血鬼を殺した可能性が高いと読んでいた。その上で逃げ延びるってつまり、誰かが灰を盗んだってことなんですよ。次の問題は誰がってことですが、これは殿下が暗殺されかけたことで絞られましたし、今は関係ないのでスルーします。重要なのは、どうして吸血鬼が家畜を暗殺しようとしたのか、です」


「……それが貸し借りか」


「いやいや、もう一歩踏み込んだお話ですよ。なぜ吸血鬼は、家畜である黒幕と手を結んだのか、というね」


 コイツらにとって人間は家畜程度の価値しかない。

 話は通じるし、頭の回る個体や、吸血鬼を殺す個体がいる。だが結局は、喋る牛や魔法を使う豚がいる程度でしかない。

 そんな連中と手を結ぶ理由なんて、ロクでもないに違いない。


「単純に考えるならば、大規模な領土を奈落に沈めること。吸血鬼化による不老不死をエサに暗躍するってのは有名な話だけど、お前はそんなのに興味ないだろう?」


「お粗末なカマかけだな」


「目を見て、剣を合わせた相手だぞ。僕は確信をもって言っている」


 もちろんカマかけだけど、根拠はある。

 貸し借り、で話を終わらせようとしたことだ。奈落に沈めるなんてのは、外導星を含めた世界の常識。進めたところでそこにしか繋がらないのに、なぜ切る必要がある。

 まあ、父上の話題がイヤだからって可能性も捨てきれないけど《告死蝶》って単語や負けた事実には反応しなかったんだよね。イヤだってんなら、とっくの昔に止めるなり反応するからね。


「とはいえ、目的を推測するには情報が足りなすぎるから、結局は分からないんだけどね。――って感じで推測したんですが、お気に召しましたか?」


 一息つくためにクッキーを齧り、お茶を一口。

 これで興味を持ってもらえないなら、もう札はない。千日手上等とばかりに泥臭い耐久戦を繰り広げるだけだ。


「――興味深い」


 吸血鬼は僕と同じ動作で、お茶とお菓子を口にした。


「貴様の洞察力は得難い、小生の血を受け入れぬか?」


「断る。永遠の命になんて興味ないし、日光浴が出来ないなんて人生の半分をドブに捨てるようなものだよ」


 日本で不老不死の末路なんて読んでると、ロクでもない末路しかないって分かるし。

 あと、父上みたいな化け物の中の化け物と戦う機会が増えちゃうってことだよ。こっちに居続ければ終わりなき修羅道。冥導星に渡ったとしても、等活地獄にも似た永遠に続く今日があるだけ。

 やってられるかバカ。


「やはりか。家畜共の中でも使える者はなぜか栄達の道を拒む。小生が利用する家畜共も肥え太るだけの矮小な者共よ」


「奈落側に落ちた連中の末路なんて決まってますからね。そのリスクを負うのは、自分だけは大丈夫だと思うバカか、能力は本物なのにネジが足りない大バカのどっちかですもん」


「貴様はその大バカだと思ったのだがな」


「失礼極まりないですね。僕のどこにそんな要素が?」


「殺し合いをした直後に小生とお茶をする家畜がバカでないと?」


「………………認めざるを得ないですね」


 ここでお茶会をしてる事実が広まったら、茶狂い疑惑がさらに強くなるんじゃない?

 これまでの茶狂いとは違う意味合いで。下手したら、茶狂いが正式な二つ名になる可能性も出てきた。父上の二つ名を踏襲するなら《茶狂蝶》とか?

 ……マジでなりそうで怖いな。


「故に問おう。まともな頭で狂った行動をする貴様の利とはなんだ?」


「それを説明すると長くなるので、淹れ直してきますね。……味は少し落ちますけど」


 興味を引いた時点で、九〇点以上のお茶を淹れる必要はないのだ。

 砂糖を加える前提で淹れれば、甘いお茶もマシになるしね。


注意。セディにはまだ二つ名はありません。茶狂いもまだ一部で呼ばれているだけなのでノーカンです。(セディ視点)

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