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 開校祭、三日目の夕暮れ時。

 最終日になっても、客足はまばらだった。


「……ダルい、疲れた、眠い」


 僕はある客のテーブルで突っ伏していた。

 いやね、仕方ないんですよ。吸血鬼が襲ってくるかもしれないって恐怖を抱えながら、喫茶店ごっこに勤しむのって。

 吸血鬼は夜しか動けないなら、夜だけ警戒すればいいって考える人がいるかもしれない。

 大半の吸血鬼はそうなんだけど、何事にも例外はある。ちょこまかと注文をとり、給仕をする白く小さな吸血鬼とか。まあ、この化け物程度なら、警戒しても消耗はしない。だってこの子の例外は、個人にのみ適応されるものだから。

 一番怖いのは、小規模でも奈落領域を展開という例外。

 最高位の吸血鬼ならば、真昼間から奈落領域を展開して行動する。眷属を中心とした軍を率いることだってある。


(さすがにそのレベルはいないだろうけど、父上が動いたってんなら最低でも貴族級だから)


 夜にしか行動できないにしても、奈落領域を展開できるって時点でヤバいのだ。

 あれは内側を外導星の法則で満たす究極の結界術。吸血鬼で言えば、太陽光に晒さない限り滅ぼすことが出来ず、力を何十倍にも引き上げるみたいなことが起こる。そんなのを相手にしなきゃいけないって思うだけで、疲れるってもんさ。


「……エルピネクト。今更お前に対して何か言う気はないが、お前はそれでいいのか?」


「僕が可愛くない方の甥っ子に、今更取り繕うと思ってるの?」


 僕が突っ伏しているテーブルには、可愛くない甥っ子こと第三王子、アイザック・エル・アズライトと、その婚約者であるロズリーヌ・フォスベリーさんが座っていた。


「可愛い甥っ子が誰かって疑問はあるが、置いておこう。――叔父と甥って言っても、守るべき礼儀ってのがあると思うが?」


「まあ、血縁関係にさえ建前を強要するだなんて、なんて冷たい家庭環境で育ったんでしょうね。年下の叔父さんとしては、可愛くない甥っ子の境遇に同情しちゃいました。しくしく」


 疲れているので、ボディランゲージは一切なし。

 声の抑揚だってほとんどありません。

 顔も上げていないので、可愛くない甥っ子がどんな表情をしてるのかだって分からない。

 こんな状態なのに怒鳴り散らさないなんて、少しは成長しているな。感心関心……いや、どうでもいいか。


「……相変わらず、ああ言えばこう言うな」


「僕がこういう対応するのは百も承知でしょう? なんでわざわざここに。もしかして、男に冷たくされるのが嬉しいって、特殊な性癖に目覚めたりした?」


「お前をいつか不敬罪で処せるようにしてやるからな。――ロズリーヌが珍しく、わがままを言ったんだよ。最後は美味い茶と菓子を食いたいって」


 ……僕はようやく、顔を上げた。

 そこには苦悶の表情を浮かべてながらメニュー表を眺めるロズリーヌさんがいた。


「メニューを増やしたのね」


「あの後、懲りもせずに試作品を出してきたので。どれもロズリーヌさんの口に合うと思いますよ」


「……悩むわ」


 普通なら眉に皺を寄せているだろうが、いつも通りの無表情。

 メニューを眺める時間は二〇分ほど続き、給仕を呼びつけて注文をした。


「ハニトーが一、スコーンが一、たまごサンドが一ですね。かしこまりました」


 よりにもよって、小さな化け物が注文を受け取った。

 虫けらに対する視線を僕に向けた気がするが、余計なことを言わずにテーブルから離れる。


「アレは、どう受け止めるべきかしら?」


「利害の一致で結構です」


「何の話をしている?」


 甥っ子が疑問符を浮かべるのも無理はない。

 ロズリーヌさんの言うアレ――つまり小さくて白い吸血鬼は、色々な意味で規格外だ。昼間っからウロチョロしている以上に、人に違和感を抱かせない、という稀有な異能を使っている。目立つはずの化け物が給仕を続けているのに、客足がまばらなのが証拠。

 アレに違和感を抱くには、僕みたいな生存本能で化け物度を見抜くか、常日頃から主観よりも客観で世界を見ているか、そもそもの技量がアレを上回っているか、くらいしか思いつかない。

 ロズリーヌさんは多分、常日頃から客観的に世界を見ているんだろう。


「お待たせしました」


 白い化け物が、注文の品を持ってきた。

 何度見てもインパクトしかないハニトーの甘い香りが、僕の胃と脳を刺激する。疲れ切った僕では甘い誘惑に勝てるはずもなく、次いでとばかりにハニトーを注文した。


「……かしこまりました」


 化け物がゴミを捨てるような声音で了承し、去っていく。

 もちろん、僕は気にしません。


「なんだ、その雑な菓子は?」


「とても美味いお菓子ですよ、殿下」


 声と表情から感情はまったく読み取れないけど、説得力は充分だった。

 だって、僕や甥っ子に渡すものかと囲い込んでるんだもん。欲しかったら自分で注文しろとばかりに。


「……そんなに美味いのか、エルピネクト」


「見た目通りの味がしますね」


「お前も頼んだよな?」


「何も考えずに、糖分を摂取したいとき、ありますよね? 今の僕がそれです」


 ごちゃごちゃ言っているうちに、白い化け物がハニトーを持ってきた。

 蔑み、見下すような視線を向けると同時に、勢いよく皿をテーブルに叩きつけて。


「……お待たせしました」


「女、俺も同じものを」


 白い化け物の反応は、語らずとも良いだろう。

 あえて言うなら、返事のかわりに舌打ちが聞こえたくらいだな。


「おい、エルピネクト。あの態度は何だ? 俺に対する無礼はこの際脇に置くが、給仕の態度じゃないだろう! お前どんな教育してるんだ!?」


「君はもう少し周りを見るようにしようね。そんなんだから僕に可愛くない甥っ子って言われるんだよ」


 取り繕う余裕さえなく、ハニトーを胃袋におさめる。

 味はまあ、普通。クリームと食パンとハチミツが合わさった味がする、としか言えない。

 でも糖分マシマシな感じは、僕の疲労を少しだけ和らげる。空腹は最高の調味料と言うが、疲労も調味料たり得るのかもしれない。


「見た目通りの雑な甘さってのも、たまには良いもんだね。特に疲れてるときは。――で、甥っ子は何してんの。ハニトーを前に震えてるけど、甘い物恐怖症?」


「……怖い、怖い、怖い、怖い」


 壊れた機械のように、うわごとを繰り返している。

 仮にも王子をここまで怯えさせる存在なんて――近くにいた。契約通り、僕の目の届く範囲でちょろちょろする小さくて白い吸血鬼が。


「お茶とお菓子はいかがですか?」


「美味いわ。さすがはセドリック様ね」


「ご満足いただけて恐悦至極ですが、どのようなご用事がおありで」


 ロズリーヌさんの思考回路は、僕と似たところがある。

 僕が彼女の立場であれば、美味しい物を飲み食いしたいという理由だけで、甥っ子の不興を買うようなマネはしない。にもかかわらずココにいるってことは、飲み食い以外の理由があるということだ。

 日没まであとわずかな時刻に、ココにいる理由が。


「ココが最も安全だと判断したからよ」


「安全、ですか……念のために聞きますが、アレがいることは事前に知っていましたか?」


「いいえ、存在すら知らなかったわ」


 ……なるほど、なるほど。

 吸血鬼を狩る吸血鬼がいることを知らずに、ココが最も安全と判断したんですか。

 この意味について考えてみましょう。安全と言ったってことは、ロズリーヌさんは間違いなく夜が危険=吸血鬼が潜伏していることを知っている。そしてココに常駐しているメンバーで戦力になるのは、僕とカーチェと白い吸血鬼の三人だけ。

 本当はアンリ達も常駐させたかったんだけど「若様と白い子だけにしたら、囮として機能しませんかね~?」という意見により見回りをすることに。誰の意見かはあえて言わないけど、僕か化け物に囮の価値があると?

 まあ、それはいいとして。

 うぬぼれでなければ、ロズリーヌさんは僕に信頼を寄せてないだろうか?

 いや、カーチェの可能性ももちろんあるけど、カーチェは実戦経験ないからな。その点を加味すると、うぬぼれでない可能性が高い?


「……ホストとして、お客様の安全は可能な限り守らせていただきます」


「感謝します。――セドリック・フォン・エルピネクト様」


 日が落ちた。

 それだけのことなのに、背筋に悪寒が走った。


「――パピヨンリリース」


 本能による警告以外に、感じるものはなかった。

 だが焦ることなく魔剣グロリアを解放し、テーブルを巻き込みながら甥っ子目掛けて斬り上げた。


「まさかコソ泥のマネ事をしながら暗殺をするなんて予想外だったな。誇り高いって聞いてたけど、知識は当てにならないね」


 この場にいる人達の目には、僕が甥っ子の首筋に剣を当てているように見えるだろう。

 だが、グロリアを握った状態の僕の目には、全く違う光景が移っていた。


「――シャアアアァァァッッッ!!」


 奇声を上げながら突貫したカーチェの魔剣は、何もない虚空を切り裂いた。

 周囲は騒然となる。

 王族に剣を向けるなど、一族郎党が皆殺しになるほどの大罪。まだ血は流れていないが、多くの貴族が見ている中での凶行。気が弱そうなどこぞのご婦人が絹を裂くような悲鳴を上げると同時に、僕は再び動いた。


「動くな、白――っ!!」


 僕に合わせて動こうとしたカーチェが、意図を察してピタリと止まる。

 そして五度、グロリアの刃が甥っ子の周囲で振るわれた。


「まさかとは思うけど、脳足りんのクルクルパー子さん? だとしたら誇りがないなんて言ってゴメンね。考える力がないんなら、誇りも何もないよね。いや、動物とか寄生虫にだって知性や本能があるからね。それ以下の塵芥さん?」


 刀身に襲い掛かる運動エネルギーをマナに変換しながら、僕はまっすぐと見据える。

 マナと魔法を見抜くグロリアの視界に移る、見えないはずの化け物を。


「――都合六度。よもやマグレでなく、小生の帳を破るとは」


 見えざる何かは溶けるように解け、それは衆人の前に姿を現した。


「何者だ、家畜?」


「お前の敵に決まってるだろう、寄生虫以下の塵芥」


 白い怪物を見ているので、気配を間違えるはずがない。

 吟遊詩人が謳う姿そのままの、懐古主義的な姿の吸血鬼がそこにいた。


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[一言] 家畜vs塵芥 ファイっ!
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