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 僕の生存本能が「この女ヤバいっ! とっとと逃げろっ!!」とガンガン警鐘を鳴らす。

 今は開校祭中で、ごっことはいえ喫茶店の責任者なので、逃げまではしない。向こうが攻撃してこない限りは。でもとっさに、グロリアを抜きそうになったくらいには怖い。

 いや、ぶっちゃけると、僕と同時に姉上が立たなかったら、抜いてた。

 この女は、そのくらいヤバい化け物だ。


「――カーチェ、二人を端っこに避難。給仕は僕がやるから誰も動かさないで。姉上――」


「真ん中の席にしなさい。そこなら全力が出せるから」


 姉上の全力……建物が倒壊しないか不安。

 でもマジトーンで全力が出せるって、最悪の場合は出してでも仕留めるってことだよね。胃に穴があきそうです。


「了解です。――相席になりますがこちらへどうぞ」


 姉上が指定した席へと誘導し、僕はお茶とお菓子を三人分用意した。

 さすがにね、姉上だけに押し付けるのは間違ってると思うの。倫理的なアレコレもだけど、終わった後に姉上に殺されかねないって問題もあるし。

 ……うん。この女より姉上のがよっぽど怖いね。


「目的は何?」


 抑えられてはいるが、殺気しか出ていない。

 歴戦の勇士であれ多大なストレスを感じるであろうソレを受け、白い女は平然とお茶に手を伸ばした。


「――誓いを立てたのです」


 ひどく、蠱惑的な声だ。

 この声だけで、白い少女が化け物だと分かってしまう。

 蠱惑的なものの正体は、少女が積み重ねてきた時間そのものだ。普通に生き――いや、よほど道に外れた生き方をしても生きられないほどの時間。決して手に入らないものへの憧憬や渇望が、蠱惑的な魅力として感じられるのだ。

 ……グロリア、抜かなくてよかった。


「如何なる手段を用いようとも、如何なる不徳を為そうとも、必ずや彼の者を滅ぼすと」


「昼間も活動してるんだから、相当の加護を持ってるわよね。向こうじゃ相当な地位を得てたでろうあなたが、そんな猟犬みたいなマネをするって信じられると思う?」


 姉上のセリフから察するに、この化け物は吸血鬼だ。それも、天敵であるはずの太陽の下で活動できるほどの特殊個体。

 ……グロリア、抜いた方が良かったかも。


「彼の者は《告死蝶》の手を逃れ潜伏しています」


「――パピヨンリリース」


 目立たぬようテーブルの下でグロリアを取り出し、結界を張る。

 これは僕の予想をはるかに超えた事態だ。父上が殺し損ねるほどの相手を、この化け物が追っている。その化け物がここにいる。

 この意味が分からないほどの間抜けではないのだよ。


「実感がないかもしれませんが、この国で父の名はとても重いものです。別に戦闘における失態が知られていないわけではありませんが、混乱のもとなので軽々しく口にしないでもらえませんかね」


「父……なるほど。よく似ています」


「気にしているので言わないでもらえますか。どうやっても痩せないの、気にしてるんですから」


「外見ではなく中身の話。決断から行動までの速さ、警戒心、覚悟。それらが《告死蝶》によく似ています」


 どっちにしろ、嬉しくない。

 武人としての父上と似てるなんて言われても、まったく嬉しくない。文官としての父上に似てるって言われたら、狂喜乱舞するけど。


「あら、弟を評価するなんて目の付け所がいいのね。寄生虫のクセに感心だわ」


「ご息女だったか。あなたもよく似ている」


「……外見じゃないわよね? だったらぶっ殺すわよ」


 今日一番の殺気を出さないでくださいよ姉上。


「マナ回路を含めた肉体の完成度。方向性は違えど《告死蝶》に匹敵する」


「……セドリック、どうしよう。まったく嬉しくないわ」


「姉上にしては珍しいですね。戦果を父上と比べられるの好きじゃないですか」


「あんな太ったチビと肉体の完成度が似てるって言われたのよ!! 女としてないわ!!」


 気持ち、良く分かります。


「? 《告死蝶》は太っていない。小柄な体型に効率よく脂肪や筋組織を蓄えた結果の体型。ご子息も同じです」


 ……?

 …………??

 ………………???


「え? ええ? ちょっと意味が分からないんですけど、どういうこと?」


「循環器系マナ回路があれど、肉体的制約からは逃れられません。強者に身体が大きい者が多いことからも分かります。故に、縦が足りなければ横に伸びるしかない、ということです」


「……つまり、鍛えれば鍛えるほど、太る身体だと……!?」


「肉体のバランス的に、増量は打ち止めでしょう。残るは循環器系マナ回路の質を高めることのみですので、体型が大きく変わることはないかと」


 よし、なら大丈夫――じゃない!?

 今の情報さ、前世含めて一番驚いたんですけど!

 鍛えても鍛えても痩せないって思ってたら、まさかの逆効果って! 衝撃的過ぎて、目頭が熱いです……。


「彼は大丈夫なのですか?」


「人間には色々あるのよ――それで、わざわざここに来た理由は?」


「お茶を飲みに」


 目頭が熱くて前が見えないけど、カップに触れる音が聞こえた。


「茶化すんじゃない」


「お茶だけに? ……くふっ」


 よく分からないが、ツボったようだ。

 なんかこの化け物見てると、吸血鬼のイメージ崩れるな。

 でも、気は抜かない。グロリアを握る手は緩めないし、殺しに動かれても対処できるよう準備もしている。それは姉上も同じだ。いくら毒気を抜かれても、警戒を解く罠の可能性がゼロにならない限りは。


「次、茶化したら腕をもぐわよ」


「……失礼。ですが他意はありません。ただ休息のために立ち寄ったのです」


「嘘ではないみたいね」


 あの腕をもぐ発言、本気です。

 避けられるのを考慮して、初手で首を狙うくらい本気の発言でした。


「じゃあ、質問を変えましょう。なんで真昼間から、この時期の王立学校に出没したの? 父と近しい化け物がいるって分かってて、なんでここに入ったの?」


 グロリアを握る手に力が入る。

 少女の形をした化け物の答えしだいでは、ここで殺し合いになるのだ。


「彼の者が出没する可能性が極めて高いからです」


「時期と場所が嚙み合った結果よね、それ」


 姉上はきっと、吸血鬼達を裏で操る連中が誰なのか分かっている。

 エルピネクト領から滅多に出ないが、王国の七%を握る怪物なのだ。権力闘争の推移みたいな重要な情報を、握ってない方がおかしい。


「あなたは何かが起こると、そう思っているのね」


「ある程度の権力を握る者ならば、起こらねばおかしいと感じています」


「そうね。感じていなければ有象無象よ。そこは認めるわ」


 クラーラ母上とか、駄姉に言われなければ気付かなかっただろう僕は、有象無象ですか。


「――で、それを知った上で、私達のいるココにきた理由は?」


 気付いたんだけど、姉上が側に居ると楽だ。

 僕がしなきゃいけない腹の探り合いを全部やってくれる。おかげで防音と封じ込めの結界維持に集中できるぞ。


「見極めを。あなた方がどちら側かの」


「つまらない答えだわ。そんなんじゃ、あたしどころか弟にだって勝てないわよ」


「……彼、ですか」


 こっちを見ないでください化け物様。

 姉上が側に居るからマシなだけで、生存本能の警鐘は鳴りっぱなしなんですから。


「見えないでしょう。でも戦ったら厄介な子よ。そうなるように、あたしが仕込んだもの」


「生命力の強さ、のようなものは感じます」


「人って生き物の怖さはソレよ。この子は特に生き汚いから」


「生き汚いとはなんですか。僕は生き物として正常な部類です。殺しても死なない連中や、そんなのを殺す姉上や父上が異常なだけです」


 別に、戦う人を貶したいんじゃない。

 ただ純粋に、姉上や父上は違うのだ。

 エルピネクトで多くの騎士や兵士を見ているから良く分かる。天使の上位種を殺せる騎士達と比べても、姉上は彼らとは一線を画している。そして父上は、そんな姉上と比べても次元が違う。

 具体例を出すと、目の前の化け物をチームで殺すのが普通。

 単独で殺せるだろう姉上や、瞬殺するだろう父上が異常、ということだ。


「あんたさ。その異常なあたしの本気を受け止めたでしょ? それ充分異常よ」


「グロリアがなければ無理です」


「あたしだって同じよ。天墜じゃなきゃ壊れるもの」


 先に視線を逸らしたのは僕だった。

 むきになって結界を維持できなくなるのは問題だし、平行線な気がしたからだ。


「提案があります」


「見逃せってことならどうぞご自由に」


「いえ、共闘を」


 化け物にとっては、ここからが本番なのだろうが、残念。

 僕も姉上も、すでに答えを決めている。


「一つ、期間は開校祭が終わるまで。一つ、セドリックの監視下に入ること。一つ、セドリックの指揮下に入ること。一つ、彼の者と呼んだ寄生虫の情報を全て寄こすこと。以上の条件が飲めるなら組みましょう」


 ……答えは同じなんだけど、よく即答できるな。

 この辺が僕と姉上の差、なんだろうね。遠いな。


「了承しました。狩人の槍を、あなた方に託します」


 ……ふう、こっちも即決か。

 展開が早過ぎてついていけないけど、気を強く持たねば。


「……パピヨンストレージ」


 結界を解くと同時に、グロリアを腕輪に収納する。

 短い時間だったけど、どっと疲れた。


「姉上って今日、うちに泊まりますよね? 詳しい話はその時でいいですか?」


「アンリ達も同席させるわよ。明日からは客としてここに待機させなさい」


「姉上が動かさなくていいんですか?」


「あの子達はあなたの護衛が本業だもの。今だって陰から守ってるわよ」


 やっぱりそうか。

 あえて無視してたけど、動かないわけないもんね。


「問題はあなただけど――そうね。ここで働いてもらいましょう」


「あなたではなく、彼の指揮下に入ったつもりですが」


「ここにいるのは全員、セドリックの舎弟よ」


 違う! と声を大にして言いたいが、ガマン。

 これは姉上の援護射撃、否定したら台無しになる。


「さすがに死ねって言ったら抵抗するのがほとんどだけど、手足となってセドリックの理想を広めてるの。監視下に置くって条件と、指揮下に入るって条件を飲んだってアピールにもなるけど、本当にしないの?」


「……了承、しました」


「カーチェちゃん、ちょっと来て―!」


 警鐘は「ヤバいから無駄に怒らせるな」程度に小さくなったが、油断は禁物。

 僕一人なら殺されないかもしれないけど、他の子達は違う。まあ、契約で縛ったから多少はマシだろうけど。


(……考えてもしかない。見た目だけは可愛らしい給仕が増えたって、思う事にしょう)


 人間、時にはバカになることも重要だと思います。

祝100話。ここから吸血鬼関連が進んでいきます。

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