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オートバイで居眠り運転をしたら、事故って死んじゃいました。
人を巻き込まないで事故ったのは幸いだけど、人ってあっさり死ぬもんだね。60キロオーバーで頭から突っ込んだら当然なんだけど。
で、本題はここから。
目を覚ましたらなんと、赤ちゃんになってました。
これが噂に聞く異世界転生ってやつ? 最近、本屋でよく見るキャッチだし、流行ってんのかな? 確か、異世界に転生すると「チート」っていう才能がもらえるらしいんだけど、僕にもあるのか?
ただ少なくとも、言葉関連は普通だ。
日本語じゃない言葉だし、何言ってんのか分かんないし、文字も読めないし。でも赤ちゃんの頭はさすがに柔らかいというか、学習能力が高い。何年かすると自然に何を言ってるのかが分かるようになったから。それによると、僕はエルピネクト子爵家という貴族の家に生まれたらしい。
31人姉兄の末っ子として。
末っ子じゃあ、家を継ぐことはないだろうけど、外に出しても恥ずかしくない教育は受けさせてもらえるはずだ。教育は5歳から行うらしいし、それまでは脳天気に遊べばいいや。将来のことはどんなチートがあるか分かってから考えればいいや、と思っていました。
「セドリック、あなた前世の記憶があるわね」
一番上の姉(25歳)から、そう聞かれるまでは。
「……な、なんのことよく分かりません」
あ、セドリックというのは僕の名前だ。セドリック・フォン・エルピネクト、という長いのが名前。貴族っぽい感じがするけど、功績をあげたりするともっと長くなるらしい。僕が功績をあげられるかはわからないけど、これ以上長いと覚えきれないかも。
「前世の記憶があろうとなかろうと、どうこうする気はありませんよ。次期子爵の教育方針に関わりがあるから聞いているだけです。あろうがなかろうが、セドリックが私の弟であることに変わりはないので」
と、現実逃避はここまでにしよう。
姉がここまで言うのなら確信があってのことだ。嘘をついてもバレるし、素直に話そう。
「き、記憶は、あります」
「断片的なものですか? 継続的なものですか?」
「……一応、一生分」
「では最後に、その記憶の中に魔法の存在はありましたか?」
「……ありません」
尋問を受けている気分です。
姉はその、美人だからこそ怖いというか。もうすぐ出産に入るくらいお腹が大きくなってるから、より非日常感にあふれてホラーというか、端的に言って怖いです。
「なら、当初の予定通り世界の成り立ちから始めましょうか。この世界からの転生であるならば、他の時間を次期子爵として必要な勉強に回せたのですが、横着はいけませんね」
露骨ではないが、どことなく残念そうな姉(妊婦)。
いつもなら、申し訳ない気持ちになるのだが、今日は違った。さっきは意図的に聞き流したけど、二度目となると聞き流せない。
「姉上姉上、次期子爵って僕のことですか? 記憶違いじゃなければ、僕って31人姉兄の末っ子ですよね? 長子の姉上を差し置いて次期子爵って、問題ありませんか? 男だからって理由なら、10人も兄上がいるのでそっちに行くのではないですか?
「良い質問ですね、頭を撫でてあげましょう。こっちに来なさい」
椅子に座って手招きするので、トコトコ近づく。
5歳児の身体はなんというか動かしづらく、2度ほど転びそうになる。この身体、痛みに弱いんだよね。感情の抑えが効かないから、わんわん泣いちゃうんだよね。精神的には20歳を超えてるのに。ーーあ、享年は16歳です。男子高校生でした。
「いい子いい子――あなたが次期子爵、跡取りである理由は簡単です。正室であるお母様の唯一の息子だから跡取りなのです。他の男児は全て側室の子なので、継承権はあなた――いえ、私以下。これは貴族法に則った正当な順位であり、反論は許されませんし――私が全て封殺したので安心しなさい」
正直言って、姉(継承権第二位)のこういうところが怖い。
あまりの怖さに、身体から勝手に涙が溢れる。21歳の理性で必死に留めるけど、気を抜くと大泣きしてしまうくらい、怖い。
「では授業を始めましょう。まずは世界の成り立ちから」
姉は僕を膝の上に乗せると、昔々と語りだす。
魔法があり、ドラゴンがいて、エルフやドワーフが人間と共存する、世界の成り立ちを。