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大切な思い出

作者: 仁科理人

ダイヤモンドの中にはお星様が住んでいるんだよ

そんな言葉を信じてた、あの頃。

今は、職人の手によって星でも花でも何でも作り出して、閉じ込めておけることを僕は知ってしまった。



「わぁ、とても綺麗」

「ありがとうございます」

 ここはとある国の深い渓谷。現お師匠である叔父がお店でにこにこと接客するのを横目に、リエルはいつものように延々と、目の前のダイヤモンドを加工していました。この石はそんなにすごいものなのかな。そんなことを思いつつ、ただ淡々と、持つ最高の技術を駆使して、毎日ダイヤモンドを作っていました。

 ある日の閉店後。一旦休憩するために、リエルは工房から森へ出ました。わさわさと生い茂る、緑と黒の世界。夜が長くなってきたこの頃。少し肌寒いけれど、比較的過ごしやすい、この季節がリエルは好きでした。


Edelweiss

Edelweiss

Every morning you greet me……


ふと、どこからか声がします。

綺麗な歌声のする方へ、リエルは向かいました。

森の中、少しひらけた湖畔のほとりに、白いワンピースを着た女の子がいます。

金色の髪、深緑の眼。高級そうな羽織に、首元に光るダイヤ。この辺りの子ではないことは、一目でわかりました。

ゆっくりと伸ばす手の先には、白い花が。


「あっ……」

 言葉より先に、リエルの足が動き、そして止まりました。

「誰?」

 歌が止み、女の子がじっと睨んだのです。歌声とは裏腹に、ずっと低くて不機嫌そうな声色でした。

「僕は……リエル。驚かせちゃって、ごめんね」

「リエル?変わった名前。私はナージャ。」

「ナージャ。今、何をしようとしてたの?」

「そんなのどうだって良いでしょ」彼女は冷たく吐き捨てるように言いました。

 何だか怖い子に話しかけてしまった。おどおどしていると、ナージャは盛大なため息とともに言いました。

「見て」

 促されるままに水面をみると、ナージャの首元に光るネックレスが、夜空の星とともに水面へ映っています。

「自然のものと、宝石、ぱっと見の輝きは同じなのよ。なんて滑稽なのかしら」

「元々は、宝石も地球のものだからね」つい口から言葉が漏れます。

「え……?」

「あ、いえ、その……」

「貴方、何者?」

「あ、いや、なんというか……それ、ダイヤモンドだよね?僕、ダイヤモンドを作る仕事をしているんだ」

 リエルは彼女の首元を見て、言いました。

「君、働いてるの?学校は?」

「今は学校、行ってないんだ。お金もないし……読み書きが一通りできるようになったから、良いかなぁ、って」

「ふーん。それは……その……悪かったわね」

 急にしおらしく、ばつの悪そうにナージャは謝りました。

「ううん、いいの。ほんとのことだから。それに、人工的な美しさと自然の美しさは、本当は、比べるまでもなく、似て非なるものであることは、否めない」

「……これね、私の今年の誕生日プレゼントで、パパとママにもらったの。だけど、本当は、私が頼んだのは、これじゃなかったんだ……」寂しそうに、ナージャは言いました。

「リエル……だっけ?これも何かの縁よ。どうせ、暇でしょ?」今までの会話を全スルーしたその勢いで、ナージャは言い切りました。

「私が本当に欲しかったもの、当ててみてよ。期限は、一週間後の私の誕生日」



 ナージャは、その日から一週間、決まって夜の20-21時頃に、その場所にいました。リエルも、仕事が終わると毎日その場所へ向かいました。時に歌ったり、おしゃべりしたり。ナージャのこと、世界の沢山のことを、リエルは知りました。今は、ナージャの誕生日休暇で、別荘のあるこの地に家族で旅行に来ていること。兄弟はいないけれど、両親と、お手伝いさんと、犬のメアリーと一緒に住んでいること。今は学校でこんな歌が流行っていること。ナージャはリエルより少しだけ年下だということ。

「何の歌をうたってるの?」

「ドレミの歌。学校で習ったやつ」

「歌、好きなの?」

「うん。歌ってる間は、自由だし、何も考えなくても良いから」

「そっか。歌声、綺麗だもんねぇ」

「そっ……そんなことないよ」顔を赤くして答えるナージャは、リエルにとって何だか可愛らしく思えました。



「欲しかったもの、何なんだろう……?」こんな風に数日間、ナージャと過ごすようになっても、リエルは答えがちっともわかりません。最も、彼女は何でも持っているではありませんか。僕なんかより、ずっと。

 答えは、なかなか出ませんでした。



 約束の最後の日。

「はい」リエルは、エーデルワイスで作った小さな指輪をナージャに渡しました。

「ごめんね。結局、わからなかったんだ。ナージャのほしかったもの。だけど、最初に見た、花に語り掛ける君が忘れられなくて。あとは、歌」


Edelweiss

Edelweiss

Every morning you greet me……


 きょとんとしていたナージャの表情が、みるみる崩れます。

「覚えていたの……?」

「ナージャにぴったりだったから。花も、歌も。気高く、未来を見る感じが」


「やっぱり、貴方の手は、何でも創れる、魔法の手ね」

 エーデルワイスの指輪に触れながら、ナージャは言いました。

「ママが言ってたわ。ママの結婚指輪のダイヤモンドは、カナード・スミスさん、っていうこの地方の職人さんに作ってもらったんだって。パパと一生懸命悩んで、選んで、作ってもらったんだって。一生の宝物、って言ってた」


 カナード・スミス。それは、元お師匠である、リエルのお父さんでした。


「だからね、リエル。これはダイヤモンドではないけれど、私のためにリエルがうんっと悩んで、選んで、作ってくれたものだから。私は、ダイヤモンドと同じくらい、ううん、それ以上に、嬉しい。最高の、おくりものだよ!ありがとう!」とびきりの笑顔で、ナージャは答えます。

「私は今日で、町に帰らないといけないんだけど……その、また、会いに来ても良いかな?」

「うん。僕も、もっと腕を磨いて、一人前の職人になれるよう、頑張るよ。石に込められた想いも、相手に届けられるような職人に。そして、お互いの未来へ賭けよう。待ってるね、また会う日まで」


 リエルはそっと、彼女の手に約束のキスをしました。

“ Happy birthday, to my dearest. ”


 ナージャの一番欲しかったもの、それは、共に未来へ歩む、大切な友達でした。



ダイヤモンドの中にはお星様が住んでいるんだよ

そんな父の言葉を信じてた、あの頃。

今は、職人の手によって星でも花でも何でも作り出して、閉じ込めておけることを僕は知ってしまった。

けれども、その知る人ぞ知るお星さまは、誰しもの思い出とともに存在し、贈られるものなのだということも、もう僕は知っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] ナージャはちょっとだけツンデレさんでしたね。 素敵な友達ができて良かった!
2023/05/01 16:27 退会済み
管理
[一言] エーデルワイスの花言葉は、「大切な思い出」「尊い思い出」ですね。ナージャの友達が欲しいという願いはきちんと叶い、美しい思い出となりましたね。 正直なところ、裕福なナージャの悩みはリエルから…
[一言] ナージャ、手に入れるのがとってもとっても難しいものを欲しかったのですね。 それなのに、運よくそれがナージャの方に来てくれるだなんて。 これこそ運命というのかもしれませんね。
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