大切な思い出
ダイヤモンドの中にはお星様が住んでいるんだよ
そんな言葉を信じてた、あの頃。
今は、職人の手によって星でも花でも何でも作り出して、閉じ込めておけることを僕は知ってしまった。
♢
「わぁ、とても綺麗」
「ありがとうございます」
ここはとある国の深い渓谷。現お師匠である叔父がお店でにこにこと接客するのを横目に、リエルはいつものように延々と、目の前のダイヤモンドを加工していました。この石はそんなにすごいものなのかな。そんなことを思いつつ、ただ淡々と、持つ最高の技術を駆使して、毎日ダイヤモンドを作っていました。
ある日の閉店後。一旦休憩するために、リエルは工房から森へ出ました。わさわさと生い茂る、緑と黒の世界。夜が長くなってきたこの頃。少し肌寒いけれど、比較的過ごしやすい、この季節がリエルは好きでした。
Edelweiss
Edelweiss
Every morning you greet me……
ふと、どこからか声がします。
綺麗な歌声のする方へ、リエルは向かいました。
森の中、少しひらけた湖畔のほとりに、白いワンピースを着た女の子がいます。
金色の髪、深緑の眼。高級そうな羽織に、首元に光るダイヤ。この辺りの子ではないことは、一目でわかりました。
ゆっくりと伸ばす手の先には、白い花が。
「あっ……」
言葉より先に、リエルの足が動き、そして止まりました。
「誰?」
歌が止み、女の子がじっと睨んだのです。歌声とは裏腹に、ずっと低くて不機嫌そうな声色でした。
「僕は……リエル。驚かせちゃって、ごめんね」
「リエル?変わった名前。私はナージャ。」
「ナージャ。今、何をしようとしてたの?」
「そんなのどうだって良いでしょ」彼女は冷たく吐き捨てるように言いました。
何だか怖い子に話しかけてしまった。おどおどしていると、ナージャは盛大なため息とともに言いました。
「見て」
促されるままに水面をみると、ナージャの首元に光るネックレスが、夜空の星とともに水面へ映っています。
「自然のものと、宝石、ぱっと見の輝きは同じなのよ。なんて滑稽なのかしら」
「元々は、宝石も地球のものだからね」つい口から言葉が漏れます。
「え……?」
「あ、いえ、その……」
「貴方、何者?」
「あ、いや、なんというか……それ、ダイヤモンドだよね?僕、ダイヤモンドを作る仕事をしているんだ」
リエルは彼女の首元を見て、言いました。
「君、働いてるの?学校は?」
「今は学校、行ってないんだ。お金もないし……読み書きが一通りできるようになったから、良いかなぁ、って」
「ふーん。それは……その……悪かったわね」
急にしおらしく、ばつの悪そうにナージャは謝りました。
「ううん、いいの。ほんとのことだから。それに、人工的な美しさと自然の美しさは、本当は、比べるまでもなく、似て非なるものであることは、否めない」
「……これね、私の今年の誕生日プレゼントで、パパとママにもらったの。だけど、本当は、私が頼んだのは、これじゃなかったんだ……」寂しそうに、ナージャは言いました。
「リエル……だっけ?これも何かの縁よ。どうせ、暇でしょ?」今までの会話を全スルーしたその勢いで、ナージャは言い切りました。
「私が本当に欲しかったもの、当ててみてよ。期限は、一週間後の私の誕生日」
ナージャは、その日から一週間、決まって夜の20-21時頃に、その場所にいました。リエルも、仕事が終わると毎日その場所へ向かいました。時に歌ったり、おしゃべりしたり。ナージャのこと、世界の沢山のことを、リエルは知りました。今は、ナージャの誕生日休暇で、別荘のあるこの地に家族で旅行に来ていること。兄弟はいないけれど、両親と、お手伝いさんと、犬のメアリーと一緒に住んでいること。今は学校でこんな歌が流行っていること。ナージャはリエルより少しだけ年下だということ。
「何の歌をうたってるの?」
「ドレミの歌。学校で習ったやつ」
「歌、好きなの?」
「うん。歌ってる間は、自由だし、何も考えなくても良いから」
「そっか。歌声、綺麗だもんねぇ」
「そっ……そんなことないよ」顔を赤くして答えるナージャは、リエルにとって何だか可愛らしく思えました。
「欲しかったもの、何なんだろう……?」こんな風に数日間、ナージャと過ごすようになっても、リエルは答えがちっともわかりません。最も、彼女は何でも持っているではありませんか。僕なんかより、ずっと。
答えは、なかなか出ませんでした。
約束の最後の日。
「はい」リエルは、エーデルワイスで作った小さな指輪をナージャに渡しました。
「ごめんね。結局、わからなかったんだ。ナージャのほしかったもの。だけど、最初に見た、花に語り掛ける君が忘れられなくて。あとは、歌」
Edelweiss
Edelweiss
Every morning you greet me……
きょとんとしていたナージャの表情が、みるみる崩れます。
「覚えていたの……?」
「ナージャにぴったりだったから。花も、歌も。気高く、未来を見る感じが」
「やっぱり、貴方の手は、何でも創れる、魔法の手ね」
エーデルワイスの指輪に触れながら、ナージャは言いました。
「ママが言ってたわ。ママの結婚指輪のダイヤモンドは、カナード・スミスさん、っていうこの地方の職人さんに作ってもらったんだって。パパと一生懸命悩んで、選んで、作ってもらったんだって。一生の宝物、って言ってた」
カナード・スミス。それは、元お師匠である、リエルのお父さんでした。
「だからね、リエル。これはダイヤモンドではないけれど、私のためにリエルがうんっと悩んで、選んで、作ってくれたものだから。私は、ダイヤモンドと同じくらい、ううん、それ以上に、嬉しい。最高の、おくりものだよ!ありがとう!」とびきりの笑顔で、ナージャは答えます。
「私は今日で、町に帰らないといけないんだけど……その、また、会いに来ても良いかな?」
「うん。僕も、もっと腕を磨いて、一人前の職人になれるよう、頑張るよ。石に込められた想いも、相手に届けられるような職人に。そして、お互いの未来へ賭けよう。待ってるね、また会う日まで」
リエルはそっと、彼女の手に約束のキスをしました。
“ Happy birthday, to my dearest. ”
ナージャの一番欲しかったもの、それは、共に未来へ歩む、大切な友達でした。
♢
ダイヤモンドの中にはお星様が住んでいるんだよ
そんな父の言葉を信じてた、あの頃。
今は、職人の手によって星でも花でも何でも作り出して、閉じ込めておけることを僕は知ってしまった。
けれども、その知る人ぞ知るお星さまは、誰しもの思い出とともに存在し、贈られるものなのだということも、もう僕は知っている。