異世界が舞台で転生勇者とか魔王とか出てくるテンプレ満載ファンタジー
やはり俺のスライム転生は間違っている
「ぷにゅ!(せやからな、なんでスライムに転生すんねん!)」
虹色に輝くドッジボール大のゲル状物体が叫んだ。
いや、正確には叫んでない。
表面張力を応用して膜を形成、空気を振動させて声らしきものを発しているだけだ。
なので実際には「ぷにゅ」というかわいらしい鳴き声しか聞こえてこない。
だが、スライムの前にいるスーツ姿の青年には話が通じた。スライムの思念がそのまま理解できたからだ。
「うーん、なんでと申されましても、生前のご契約では『スライム』に転生となっておりまして……」
「ぷにゅにゅー(そんなん聞いてへんぞ。俺は魔物のいない異世界で、チートでハーレムそしてのんびりスローライフ、って要望したはずや)」
スライムが、ぴょんと跳ねた。怒りを表現したのだろうが、ビジュアル的には微笑ましい。
「ぷぷにゅーっ!(全然ちゃうやんか! 今、俺スライムやぞ! 魔物がいないどころか、俺が魔物やんけ!)」
スライムなのでどこが顔なのか分からないが、明らかに激怒していた。
身体の表面がぷるぷる震えている。内部のゲル状物質は沸騰寸前らしく、激しく流動していた。
スーツ姿の青年は困惑していた。
身長は170センチ、年齢は30代前半と言ったところか。
小太りというよりはデブである。顔から汗をダラダラ垂らしていた。黒縁眼鏡のレンズが汗の蒸気で曇る。
彼は「異世界転生保険」の営業マンだった。
不慮の死を遂げた場合、異世界でのチートでハーレムな転生を約束する保険である。
不慮の死とは、具体的にはトラックに轢かれたり通り魔に刺されたり、そういうアクシデンタルな死である。
今回のクライアントは魔王ナロウ・ケイ。
彼の世界の言語は関西弁だった。
無数にある異世界。
そんな世界、あってもおかしくない。
さて魔王ナロウ・ケイ。人魔大戦の英雄にして魔王国建国の祖。
そんな彼だったが、国道でトラックに轢かれ、死んだ。
いろいろ疑問があるだろうが詳細は省く。
とにかく魔王は契約に基づきトラック転生した。虹色のスライムとして。
転生した魔王はすぐさま担当営業マンを呼び出した。5分前のことである。
「ぷにゅるん!(とにかくやな、契約と違うんや。はよなんとかせぇ!)」
汗をふきふき営業マンは契約書を見る。マニュアル通り、まずは転生の条件確認だ。
「お待ち下さい魔王様。契約を確認しますので……えーっとですね、こう書いてあります。……マモのいない異世界で、チートでハーレムそしてのんびりスライムライフ。……ですので、ご要望通りなんですが」
「ぷに?(マモのいない異世界? なんやそれ?)」
「マモご存じないですか? すなわち声優の宮野真守です。私の出身世界では人気の声優ですよ。で、この異世界には宮野真守はいません。それどころか声優そのものが存在しません。ご要望通りかと存じますが」
「ぷにゅ!(『マモのいない異世界』ちゃう! 『魔物のいない異世界』や! だいたい宮野真守って誰やそれ! しらんわ!)」
「マモでなく魔物……?」
営業マンの顔が青ざめる。
もしかして、契約の際、聞き間違えた?
「ぷにっ!(もうええ、その、マモとかいう奴のことは。一番の問題はスライム転生や。スライム転生ってなんや! 意味わからんわ!)」
「ですが、確かにここに、のんびりスライムライフと……」
営業マンが契約書を指差して説明した。
「ぷにゅ!(なんでスライムライフや! 俺はスローライフ言うたんやで! お前、耳悪いんか!)」
契約の時、魔王は「スローライフ」と言った。
だが、営業マンには「スライムライフ」と聞こえた。それで営業マンは契約書の条件に「スライムライフ」と書いたのであった。
スライムでなくスロー。
営業マンの脇から変な汗が出始めた。
彼は焦った。
確かに今考えればあのとき魔王はスローライフと言ったかも知れない。
聞き間違えた可能性大である。
だが、ここで非を認めては失職確定だ。
契約書には「ナロウ・ケイ」のサインがある。
サインする前に、ナロウは書面を確認したのだ。サインした以上、ナロウは内容を認めたということだ。
ここはしらばっくれるしかない。
「……わ、私は確かにスライムライフと聞きました。そ、それにですね、魔王様、書面、確認しましたよね? サインなさいましたよね?」
営業マンはずいっと契約書を魔王に突きつけた。
スライムなのでどこが目かわからなかったが、とにかく突きつけた。
「ぷにゅるん!(せやから、あん時は会議の直前やったやんか! 急いどったんや!)」
「サ、サインは……サインです! ちゃんと確認しない魔王様が悪いんです!」
震える声で営業マンが言う。
「ということで、こちら側に落ち度はありませんので、クレームは却下します」
「ぷに!?(なんやと!? おかしいやろ! スライムやで? 魔王が転生したらスライムって、ありえへんやろ!)」
「不可能を可能にする。それが我が『異世界転生保険』です」
ゲル状の身体全体から罵声(ただし「ぷにゅ」系)を発する魔王を無視し、営業マンは「それでは」と言ってその場から消えた。
魔王はしばらく「ぷに(待たんかい)」「ぷにゅ(しばくぞ)」「ぷんぷに(シャレにならんで)」と叫んでいたが、やがて大人しくなった。
(……ったく、なんやねんな、マモのいない世界って。意味わからへんわ。だいたい、スローとスライム聞き間違えるわけあるかいや)
チートでハーレムはあるんやろうな、と考えながら、ナロウはスライム移動(ゲル状表皮をキャタピラのように移動させて移動)をした。
(とりあえず、何か食わんとな。腹ぺこや)
その時、彼の嗅覚に食物の匂い反応があった。
スライムの細胞は超万能細胞であり、あらゆる刺激を認識できる。すなわち、視覚・聴覚・嗅覚には問題なかった。もちろん、味覚も問題ない。
食物の匂いがした方を見た。
(う、嘘やろ……)
美味しそうな匂いを出していたのはミミズだった。
魔王は知らなかった。
スライムの主食はミミズや虫、場合によっては動物の糞である。
目の前の食物が糞でないだけ、魔王は幸福と言えるのかも知れない。
(む、無理や! いくらなんでもミミズは無理や!)
だが、本能には勝てなかった。気がついたときには、魔王はミミズを捕食していた。
◇ ◇ ◇
その後魔王は美人姉妹に拾われペットとなり、ロリ幼女の妹と一緒に入浴したり、18歳巨乳姉の抱き枕になったり、そこそこハーレムな生活を送るのだが、その話はテンプレなので省略だ。