風呂は、癒し
「……兄さん、お風呂、どうします?」
晩飯が終わった後、香織がそう聞いてきた。
「……あ、香織はどうする? 先に入りたいなら、入っていいぞ」
その言葉を聞いて、顔を赤らめる香織。
「……やだ、兄さんったら、わたしの残り湯に包まれたいんですね……」
モジモジしながら、何かボソボソ言っているように思えるが、何を言ってるかわからん。
「……どうした香織。どこか具合でも悪いのか? 顔も赤いし、風邪引いたか」
「……えっ」
俺は香織に近づいて、おでこに手を当ててみた。
「あ、あ、あ、あの、あの、あの」
「うーん……熱があるようにも思えるが、よくわからんな。具合は悪くないのか?」
「……ぐ、具合は悪くないですけど、兄さんのせいで身体が火照ってきました……」
「……? まあ、体調がすぐれないなら、しばらく様子見るか? それなら先に俺が風呂に入るけど」
香織の赤くなった顔が、こんどはだらしなくなってきた。
「……兄さんの入った後の残り湯……ああ、まるで兄さんに包まれるような幸せのひととき……こちらも捨てがたいです……」
なんだろう、アヘ顔に見えなくもない。本気で具合悪いんじゃないのか、香織。
「……で、でも、兄さんの後にお風呂に入ったら、わ、わたしひょっとして、に、妊娠しちゃったりして……」
……妊娠とか不穏なワードが聞こえてきたような気がするが、空耳だよな。ソラミミ。GAEE。香織はまだ中3だ。しかも見た目はもっと幼く見えるし。うん、空耳ということにしておこう。
まあ、ボーッとしてる香織はそのままにしといて、先に風呂をいただこうかな。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「ふー。いい湯だった。香織ー、先に風呂入ったぞ。具合はどうだ?」
「……あ、兄さん。具合は……大丈夫です。わたしも、お風呂いただきますね」
「おう。…………なんで空のペットボトル持参してるんだ? しかも2L」
「あ、こ、これは、お風呂のお湯を汲むために……」
「…………?」
お湯を汲むなら、給湯器とかでいいんじゃないか。なんでわざわざお風呂のお湯なんだ。そんな疑問を抱いた直後。
「おう真一、風呂から上がったか。父さん疲れてるから、次に入らせてもらうぞ」
「あ、父さん。……だってさ。香織、父さんが先で良いか?」
「あっ…………………………はぃ」
小さくそう答えた香織が、この世の終わりのような絶望的な表情をしたまま動かなくなる。
カラン。
空のペットボトルが、香織の手から床に落ちた。
「……香織、ペットボトル落としたぞ」
「……………………もういいんです。必要なくなりました…………」
香織の目からハイライトが消えてるぞ。……いったいどうしたんだろうな。思春期の義妹は難しい。あ、涙がこぼれてる。
「……ま、まだ明日も明後日もあるもん……」
香織を慰める言葉も思い浮かばないまま、俺は自分の部屋に戻った。……泣くような何かがあったのだろうか。わからん。