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喰らう盾 護る矛  作者: シュガームーン
第一話:自殺願望者とハジマリの道
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兎2匹を狩る狩人達

 見つけた、みつけた、ミツケタ、見ツケタ……。


 ほら、アレだ。俺は今嬉しすぎて裂けた笑みを浮かべているだろう。


 ナワバリ荒らしの大罪人。正体は1匹のノラ悪魔とただの人間だった。

 何かしら契約を結んでいるアレだろうな、俺達をしっかりと視認出来ているし。


 つまり、アレだな。


「悪魔がひ弱な人間とつるむなんて、面白すぎるってヤツだよなぁ? なあ?」


「…まあ、面白いがなぁ……。 油断すんなよ?」


 俺のパートナー、ロットがドロドロと形を崩しながらそう言い、俺の右腕に纏わり付く。

 ボトボトと落ちた黒の液体は、煙と音を混じえて溶かし腐らせる(・・・・・・・)


「ほら、アレだ、ロット……───




───────ドロドロのグチャグチャにしてやろう」



 2人ともな。


 ほんの一瞬、もう目の前には2人の姿。


 悪魔の姿が変わっていくけど、ほら、アレだ。


「遅っせぇなぁ」


 ドロドロの汚泥ヘドロしたたらせた大鎌パートナーを振る。


 俺の世界(・・・・)は人間達の世界とほぼ変わらない。壊れていくのを見ていると楽しいからだ。


 ほら、アレだ。せいぜい足掻いてみろ。


「くくっ」











 ……何が起こった? 何が?


 ゾンビっぽい見た目の男がドロドロに溶けたと思ったら、黒フードのヤツがいきなり目の前に現れて、いきなり全身に激痛が走って……。


「つ、ぅ……?」


 パラパラと何かが降ってくる。まぶしい光が目を刺激した。


 天井と壁の境目くらいに大穴が空いていた。丁度私の真正面のところに。

 そこから見える、私が居た屋上。


 ……そして、黒フードで顔を半分隠した、にやけ顔の男。

 見ずとも肌で感じられるほど、ねっとりとした殺気を醸し出していた。


「おい、大丈夫か?」


 その声にハッとした。

 一気に振り返る。


 ガラガラと崩れるガレキ音と混じってウサギの声、私の後ろの方で、ズタボロの姿で出てきた。しかし、こういった状況に慣れているのか、私と違ってケロッとしていた。


「あーあー、サービスシーン公開じゃねぇか……。 欲情すんなよ?」

「誰がするか歩く猥褻物わいせつぶつ

「ひっでぇ」


 ぺっ、ぷっ、と口の中に異物でも入ったのか、吐き出すモノには少し血が混じっている。


「『仮契約アポジリヤ』は?」


「あの一撃喰らってなんで生きてると思うよ?」


「…………なるほど……」


 たった一撃。されど一撃。

 それだけで『仮契約アポジリヤ』は釣り合いを満たしたらしい。


 ヤバいな。さっきから震えが止まらないし、何より切り札を失った。


「………でも、使えるよね?」


「やめとけ。 あの死神と悪魔を、人間おまえが仮契約を使ってブチのめそうと思っても、その前にお前の体が悪魔おれの力に耐えきれずにはじける。 耐えたとしても、もって数秒……。 それにタダじゃあねぇんだ。 代償で体全身を貪っても全然足りん。


 いたぶられて、悪魔にバックリと食われるのがオチなのが目に見えてるぜ?」


 やはり、簡単にはいかないらしい。これで本当に打つ手がなし…。


「………まじでか、」




「話はあぁぁああ??」




 恐ろしい、歓喜している声が降ってきた。自身の開けた大穴から落ちてくる、大鎌を携えた死神は、体育館の床にヒビを作って、降り立った。


「終わったあぁ?」


 ニタァ……と笑っている、相変わらず口元しか見えない男。


 大鎌からはボトボトと黒い液体……ヘドロらしきモノが滴り、射し込まれる光にテラテラと反射する。

 それは床に落ちるとジュウジュウと音と煙を出して、床を溶かしているらしい。

 溶解液か何かの類だろうか。


 とりあえず、触れたらダメだ。


「溶かし…、いや、腐ってんな、それ……。 嫌な臭いだ、吐きそう………おぇ…」


 こちらにまで漂ってきた腐臭。顔が歪んだのがよく分かった。

 酷い、酷すぎる臭いだ。

 鼻から感じる悪臭は脳まで侵そうとするのか、頭痛と吐き気を起こそうとする、僅かながらの異常を感じた。


 その中心に居るはずの男は、静かにニタニタと嗤っているだけだった。


「ま、ずっと、ずうっとアレだからな、俺は。 全部が腐ってドロドログチャグチャグズグズになっていくのを近くで眺めていたアレだからな。 ほら、アレだ。 とっくに鼻も脳も体も許容して狂っちまってるのさぁ」


 カツン、と歩んでいた足を止めると大鎌を振り、私達に向けた。


「だからな? 分かんだよなぁ、アレが。 勝手に俺等の遊び場を荒らした奴等に染みついちまったヘドロのさぁ、アレがよ、なあ?」


 見下すように少し後ろにへと頭を傾けた。


 フードの中の、隠れていた顔が見える。真っ青な髪、その中で禍々しく輝く黄緑の瞳は見開かれ、小刻みに揺れている。


「なるほど? と、いうと……、外の土がグチャグチャで悪臭放ってたり、建物の中が所々溶けてたのは……」


 ウサギは笑みを浮かべたままそう呟いている。黄緑の眼光が彼を定めて、細められる。

 比例するように、唇は三日月に細く、肯定するように頬が吊り上がり、


「……とりあえず、アレだ、アレ。 腐れ」


 ノーモーション。

 予備動作無しで大鎌が振られ、黒い斬擊が空を裂い───


「バッカ、呆けてる場合か」

「はでっ!?」


 突然腰がきしみ、視界が横にぶれた。黒い三日月は壁に当たると飛び散り、壁を容赦なく抉る。散ったヘドロも例外なく、触れたモノを腐らせていった。


「っぶねー、ボーッとすんなよ?」


「こ、腰……っ。 今腰が……!」


「……今色気出すなよ、その気になんぜ? まあもっとも、これから、さぁらぁに…激しくなるから、なっと!」

「うぎゃ!」


 体に更に圧力がかかり、黒い斬擊が辺りに散らされる。しかし、それよりも速く、ウサギは体育館内を駆け回る。


 それを見て、男は驚き、歓喜した。


「おおおっ!? ナカナカ意外に反応が良いな!? ロット! アレか!? レアなアレか!?」


「『俺に聞くな、本人に聞け』」


「アレだコレだって……」


 キュッと靴が床で鳴る。


「……そりゃ口癖かい?」


 ニタリ。

 ウサギは目を細めて挑発するように笑えば、ギョロリと男は目を向けて口角を上げた。


「分っっっかんねぇアレだぜぇぇえ!?」


 ドブッ、ゴブッ。

 はじけるような音、大鎌からは大量の汚泥ヘドロがボトボトと落ち、刃の表面から気泡がボコボコとはじける。

 毒々しい煙を纏って、男は大きく振りかぶった。


「“溶けて腐れ(バッド・スポイル)”!!」






 先程よりも大振りの腐敗液の斬擊が2人を襲った。


 一度じゃない。二度も三度も四度も五度も、次々と。


 その全てを飛び跳ねるように、それこそウサギのように避ける。


 十数擊目を横に飛んで避けたとき、彼らの背筋にぞっと悪寒が走った。


 具現化した死が目の前にまで接近していたからだ。


 滴る黒い液体を撒き散らし、近距離で振られる。


「当ったりぃい!!」

「っなんの!!」


 振られる鎌、ウサギは足元のガレキのつぶてを死神の顔に向かって蹴り飛ばした。更にその勢いを利用して回し蹴りを放つ。


 石を避けようと体勢は崩れ、鎌が僅かながらにブレた。


 ヘドロ滴る刃、……ではなく、持ち手となるその細い柄(・・・)と蹴りがぶつかり、


「おおっ……!?」

「うおっとぉ!」


 力を込める死神と違い、悪魔はわざと弾かれるように飛ばされる。


 くるりと宙で1回転。数度バック転を繰り返し、勢いを殺す。


 その間、死神は少しだけ、ほんの少しだけ、驚いたように、今の一撃が避けられるとは思ってなかったように、見えている顔の下半分はポカンとさせていた。


「被弾ゼロ」


 チロリと赤い舌を見せて、余裕そうにウサギが笑い、


「外れだぜぇ? 犯罪者さぁん?」


 男は、まだ呆気にとられたように目を丸めていた。


 そして、


「レアだ、」


 ポツリと呟いたその一言。その言葉を皮切りに、死神の男も醜く破顔して、身に秘めていた狂喜をぶちまけるように───


「レア、レアレアレアレアレアッ!! レアなアレだぜぇ、ロットォオ!!」


「『……どうせ言っても聞かねぇクセに』」


 ───ガラリと空気が変わった。


 黒い霧が噴き出るように、狂気のオーラが目で見える。それは1点、鎌へと集中して、小さく、大きく、更に大きく不協和音が鳴り響く。





 体にゾクゾクと走る悪寒。


 あれはヤバイ、危険だ、危険すぎる。


 逃げろと本能が理性に叫ぶ。


 撃たせたらヤバイと分かっていながら、私は指1本動かすことすら出来ず、ウサギに意見…声すら、出すことが出来なかった。


 黒い風に膨らむフードの中からは、心底愉しそうに嗤っている死神の声が、静かに私の鼓膜を揺らす。




「グチャグチャに、ドロドロに、ボロボロに、


 溶け落ちろ、崩れ落ちろ、爛れ落ちろ───



 ─────腐れ堕ちろ “腐敗して堕落せよ(ディケイ・カプリオン)”」




 今までの攻撃なんぞ、全く及ばないような、どす黒いその一撃が、とてもスローモーションに見えて、



「これはヤバイわ、」


「えっ?」



 直後、宙に浮く浮遊感。

 感じていた温もりは一瞬で無くなり、目の前には両手が空いた、



「お前はパスで」



 ─────それは、本当に一瞬の出来事で─────



「ウサ─────」


 ニィッと満面の笑みで笑っているアイツの顔と私の叫び声は、黒い波と轟音に呑まれた。

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