新たな死神 VS 腐敗の死神
太陽は沈み、月が昇っている夜の世界。静寂な闇の中でひっそりとした光が差していた。
人は1人も出歩かず、建物には光が灯っていない。動物も虫も、声どころか呼吸の音すら聞こえない世界だった。
───……ゴ………ン……………ォ……───
モノクロトーンの夜の世界。そこに響くのは無機質な破壊音。
───ギュンッ、ガギャ……、バキョッ!…───
「………ふっ……………は、ぁ…!」
金属がナニカを叩き落とすような鈍い金属音、そして荒い息遣いだった。
月光の下に現れたのは青い髪を持つ男だった。手に持つのは男の身長にも勝るほどの大鎌。
そう───彼…いや彼らは1人の人間と1人の悪魔に敗北を喫した死神とそのパートナーである鎌に化けられる悪魔である。
昼に消費した、そして現在させられているせいで万全な状態ではなく、漲る力や闘志は昼よりも小さいが、
「くくっ、ふくくく………!!」
吊り上がる頬は、狂気は昼以上だった。
彼はこれほど気分が高揚したことがほぼ無かった。今まで相対した者が自身よりも弱く、興味も何も湧いたことがなかったからだ。勿論、腐らせて殺すことは楽しいし嬉嬉としてやるが、彼にとってそれは所詮『遊び』だ。今まで出会った敵は、戦い終わった時には『遊び』で終わり、最後まで『戦闘』と言えるモノは全くなかった。
だから、彼はとても嬉しかった。
久しい『戦闘』が。
久しい痛みが。
久しい疲労感が。
久しい『敗北』が。
どれもが過去の中の懐かしい、古びた記憶の中のもので、それを再び感じることが出来たことが嬉しかったのだ。
更にその1番新しい記憶の『敗北』が、まさか『人間の女とノラ悪魔』だなんて、考えつかなかったから。
「ふはっはははははははははははは!!! あははははははははははははははははは!!!」
とてもこらえきれない高揚感に笑い声をあげる。
ゾクゾクと脊髄を駆け昇り、また全身へと巡る狂気と狂喜。体中があの女の血を、肉を、悲鳴を、歪んだ表情を、命を求めて殺気に包まれる。
手足から徐々に腐らせて頭と胴体だけ残す。口からヘドロを飲ませて体内からゆっくり溶かし腐らせて目玉をくり抜き肌を剥いて脳を掻き混ぜてそれからそれからそれから───
いくつもの残虐シーンと泣き喚いて命乞いする…させたあの女の姿を何度も何度も妄想しては口元を歪める。
あの人間は必ず、俺が殺す。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺さないと気が治まらない。
「殺す、絶っ……対に殺す、殺してやる、逃がさねぇ、地の果てまで追って腐らせて脆くなったあの女を生ゴミみてぇに潰してやる……!!」
「『妄想でハイになるのは構わんが……あの人間を殺したいならこの状況をどうにかしてくれ』」
「………あ?」
興奮に水を差す呆れた声。若干の苛立ちを目に込め、ギョロリと視線を声の主…大鎌に姿を変えたパートナーへと向けた。
月光に反射するその大きく曲線を描いた刃には、口元を歪ませた使用者が映っている。
「……テメェ ロット……、俺に口出すつもりか上等だ表出ろ」
「『どこぞのケンカ屋だアホ。 それにもう表には出てるだろうがバカ』」
ぶはっ、と吹き出す彼…アスターにささやかな暴言と共にツッコミを入れるパートナー、ロット。
攻撃の気配もなく、近くの建物に背中を預けて目を動かすアスターは口元に笑みを携えたまま、冗談だ、と喉を鳴らした。
「んで? どうにかしろって何が」
「『当たり前だろうが。 この状況をどうにかしない限り殺しにも行けん。 ……ったく、敵の世界に取り込まれやがって……』」
「………脱出方法考えんのお前だろ、頑張れよ」
「『フザケんなサムズアップするなぶっ叩き斬るぞテメェ アスター コラ』」
アスターは高い戦闘能力を持っているが、考えるということが苦手…というかほぼ無に等しかった。テンションが上がりやすい故か冷静に物事を考えられないのだ。
そんな性格の持ち主だからこそ、冷静に戦局を分析して、解決策を見出してくれ、なおかつ臆せずに意を唱えてくれるロットは彼に必要不可欠で、彼にとって信頼できる唯一のパートナーなのだ。
しかし、いくら頼られているとはいえ、丸投げされると流石にイラッとくるのだが……今は争っている場合ではない。
「『……とりあえず、この世界から出ろ。 今は俺達が受け身の状態にならざるをえなくなってんだ、1度イーブンにならねぇと』」
「それくらい俺にも分かる、バカにしてんのか?」
ムカッときた。人間フォームだったら間違いなく青筋が立ったヤツだ。心外だとでもいうのかこの戦闘狂が、とは口に出さなかった。いつものことだから。
「問題はその作り出した奴がどこに居るかが……」
言葉が途切れた。
僅かながらの殺気を感じ取ったからだ。手に持つパートナーを握り直しながら意識を耳へと集中させ、
──────────カギャッ
ドギュッ!!!
背後…建物を削り襲う攻撃を避ける。
「ってぇ、かすった……!」
ズザッ、と貫通した建物に体を向けて顔を歪める。
左の脇腹にはかすって破れたコートと薄汚れたスーツ。その下には戦闘用にと鍛え上げられた筋肉が魅える。
間一髪だった。後ほんの少し反応が遅れていたらこれでは済まなかった。
本当ならば、こんな筈ではなかった。
体育館からかなり離れて2人纏めて気絶させられていたのだ。アスターは久々の好敵手を見つけて再戦闘を挑もうとしていたのだが、頼みの綱であるヘドロの腐臭はとっくに消えていて、見つけようがなかった。しょうがなく学校で待とうとしたのだが、その矢先にこの灰色の世界に取り込まれたのだ。
しかも、1番アスターが嫌悪するタイプの相手に気分が冷めて、嫌いな相手と遊んでやらなければならない。
───俺は今遊ぶ暇も時間もない。
───折角良い気分だったのに。
───久々に楽しくなってきたのに。
───何でこんなヤツと遊ンデヤラナイトイケナイ?
───ドウシテ俺等ノ邪魔ヲスル?
「あ、あ、あ、ああ、あああああああ……っ!!」
「『…アスター? おいもう頼むから俺の話に少しで良いから耳を傾けて……』」
グラグラと体を揺らして悶えるように、何かに耐えるようにガリガリとボサボサの青髪を掻き毟る。歯を獣の如く剥き出しにしてギリギリと軋む音がした。
灰色じみた夜空を見上げていた顔が大きく吐き出された息と共にガクリと下を向く。口元に歪んだ笑みは浮かんでいなかった。先程までの妄想に浸っていた愉悦はほぼ消え、代わりに恐ろしいほどの殺気と憎悪、そして怒気が溢れ出る。
「ロットォオ……!! 今すぐにグチャグチャグズグズドロドロの生ゴミにする方法教えろ……!!」
震える声、恐れではない、決して。
「もうアレだ、アレすぎる、アレすぎてアレなのをアレでアレなんだよ気分アレだアレのローすぎてもう、もう……っ!!!」
己の体をぐるぐると廻る激情を必死で落ち着けようとして吐き出された声だった。しかし、その莫大などす黒いオーラは爆発的に吹き出ていた。
それを分かっている大鎌の彼は、すぐさまに自身の仮説を口早に伝える。
「『戦闘スタイルは遠距離の狙撃タイプなのは明らかだろ? 慎重で臆病なのか死角から強烈な一撃で必殺を狙う……まあ、ヒット&アウェイ型。 狙撃手の基本的な戦い方であるが、攻撃の合間が大分開いているから瞬間移動系統の能力は会得していないのか会得できない。 その代わり、こちらの位置を正確に把握できる能力を持っている』」
「……あ?」
「『今まで俺達は見えない敵に対して遠ざかり、視界から外れるように動いてきた。 なのに、的確に急所を狙ってくる……多分この世界の固有能力なんだろうな』」
決め手は建物の裏から貫いてきた狙撃だろう。前の狙撃からおおよその敵の位置を予測して場所を特定されないように建物の影に隠れていたのに、だ。
「だから? つまり?」
ギラギラと眼光が増す。
知りたいのは能力がどうこうではない。敵を目の前に引きずり出して挽き肉にしてゴミ箱にぶち込むにはどうすれば良いのかだ。
眼光で魂をいくつか消滅させそうなアスターをロットは宥めて話を続けた。
「『遮蔽物が多いのは狙撃手の1番生きる戦場だ。 そのアドバンテージをなくす方法・手段はお前が1番良く知ってるだろ?』」
アスターは口角を吊り上げて、大鎌に込めた力を更に強める。
「『ここ一帯を一度更地にしてしまえばいい』」
ゴボゴボと黒の腐敗液が鎌に滴り、地面と平行に、それはアスターの腕と一直線になる。重力に従い、舗装された道路にヘドロは落ちて、音と煙を混じえて溶けて腐っていく。
「“朽チ果テタ円舞街”」
ギュルンと1回転。その遠心力でヘドロは膨れ上がり、中心から津波の如く町を浸食、呑み込んだ。爆発的に腐敗臭が一帯を包み込む。
「あー……ダァメだ、こりゃ…。 力が全っ然足りねぇ、しょぼいアレだな……」
その中心で、不満げに舌打ちするアスターは視界を遮る煙幕を切り払う。
直径300メートル内の、建物や標識、コンクリートが消え去り、不毛の土地と化した。
一歩踏み出すたびにぐちゃっ、ずちゅっ、と泥土の上を歩いているような音がする。
「いつもならこの5倍10倍くらいイケんのに」
「『お前の世界、ここなら展開できるだろ』」
煙が晴れかけたそこは、空間が綻んでいた。そこからガヤガヤと音が漏れ、建物の明かりが差し込む。
それを見て、アスターはニィ、と笑うとガヂュッ!と強く足で大地を踏み締めた。
「───〈水想世界〉」
小さく呟かれた言葉、踏みつけた地面が色を持ち、黒から灰色へ、灰色からコンクリートへ。建物が形成され、色づき始める。それは今までの灰色じみた建物とほぼ同じで、ただ人気がありそうな橙色の光が辺りを照らし、空にはポツポツと星が浮かんでいる。
その直径300メートルの円が彼の世界だった。
「……はあぁ………」
大きく深呼吸してグルリと大鎌を回す。口元には笑み、黄緑色の瞳には怒気。
「ぶっ殺す」
───ガギィン!!
振られた大鎌が捉えたのは薄く輝く光の弾。真っ二つになり、カツンとコンクリートに落ちて、粒子になり消えた。
その目には仕掛けてきた元同僚を捕らえていた。
走り出した直後、アスターの姿が消えた。
いや、『円の中心から端に突然現れた』、と言えば正しいだろうか。
再び灰色の世界へと這入り込んだ彼は、建物に足を掛け、跳躍。
そして空中で再び“朽チ果テタ円舞街”を繰り出した。空間が綻び、すぐさま自身の世界へと変えて侵食する。
次、次も、更に次も。
自身にとって戦いやすい、有利な世界へと造り替えていくその速度は尋常じゃなかった。
灰色の世界がだんだんと、所々に色を持ち、その創造主を追い詰める。
これで何度目かの跳躍。
「“ディケイ───」
滴るヘドロで辺りを不毛の土地にしようとしたその時、
───ギャギッ!
彼の視界で一筋の光が走り、それを鎌の柄で当てて止める。ギョロリ、と黄緑と鎌の刃が鋭く光り、
「───カプリオン”!!」
まるで滝の如く、腐敗液の大波が弾道の源へと暴れ狂った。
並外れた反射神経、そして最適な行動へと切り換える勘の良さ。何よりパートナーとのコンビネーションが素晴らしい。お互いの性格と行動をよく理解しているからこそ、柔軟に戦闘を、技を、変えられるのだ。
「ナァ~イス、ロット」
「『おー。 殺ったか?』」
「いやいやいやいやまだまだぁ」
屋根の上に着地。遠くに腐臭の蒸気が轟々と湧き立つのが見える。それを見ても、それを起こした張本人は浮かない、満足のいかない顔をしていた。
「腹っっっ立つんだよなぁ あーいうヤツが……いっっっっちばんこーいうヤツがキライなんだよなぁあああ!!!」
「『あー……』」
だんだんと声のボリュームが大きくなり、最後には絶叫するパートナーに大鎌…ロットは察した。
彼は攻撃的故かこそこそと動くことが嫌いだ、大嫌いだ。
自ら動かないと気が済まないし、後ろから指示を出し、自身は一切汚れようとしない輩、直接闘おうとしない卑怯な輩に強い嫌悪感を抱いているほど。
「『(遠距離タイプとは全く気が合わないんだよなぁ、どうも……)』」
だから今から行われる普通よりも過剰なまでのイタブリはただの八つ当たりだ、自己満足だ。
どうせ殺すのだからその前に彼がナニをしようが知ったことではないが、今までの経験則上、こういう時のお遊びは非常に苛酷なモノだ。少しばかり同情するようなしないような………
───ギュドッ!!
ロットの思考がそこで途切れた、奇妙な浮遊感を感じるよりも早く、姿を元の…ゾンビの容姿に変えて、ふらついている使用者を支えた。
「アスター!!」
「ゲボッ!!」
吐血して、数歩不規則にグラつくアスター。
その傍でボトリとナニカが落ちる音が鈍く響いた。
「アスター、おま、」
「あーもー、これだから、嫌なんだよなぁ死神のクセに姿が見えない遠距離のこそこそしたヤツがよぉぉおお……!!!」
右腕に走った激痛。そこには手の動く感覚が全くなかった。それもそのはず、アスターの二の腕から先が無くなっているのだから。
先程の落下音の原因はそれだったのだ。
「げほっ、ごほっごふっ、ぶ……!」
咳き込み、ベチャ、と吐血。それだけでなく、もう一カ所でもボタボタと血が流れ出ていた。
支えているロットの手が血で濡れて染まる。原因は胸の真ん中から背中までポッカリと貫通された大穴。
更に、
「………?」
ふと上から光で照らされているように影が薄く見えて、上を見ればチカチカと光るナニカ。それに目を凝らそうとすると視界がブレた。
よろける体、彼に押されたのだ。
しかし、天から降り注ぐ光の雨からは逃げられなかった。
「げほっ、ぐふっ……ぐ、ぁ…………!」
ガクリと崩れ落ちた体を支えるように地に着いた両腕には穴が中途半端に開き、多量の赤い液体が吹き出ていた。
サラリと青髪が重力に従って垂れ下がる。その体中にはやはり穴が開き、その周辺にも同じく抉られたように多数の穴が出来上がっていた。
息も絶え絶え、先程から強烈な眠気が彼を襲っていた。
「ぜ、ふ………ロッ……と、…おい……!」
パートナーの名を呼ぶ。しかし、返事が無い。
目を向ければ横たわっている姿が目に映った。しかし、眠っている訳ではない。
もうとっくに息絶えていた。
彼の目が細められ、唇が震え、表情が歪む。
小さな舌打ちの音。
彼の内情を満たすのは苦痛でも悲哀でも後悔でも孤独感でも無力感でもない。
純粋な怒気と狂気、憎悪、殺気だった。
ただそれだけだった。
それは気に入らない相手へと向けられるモノだった。
自身の死に際ですら全く関係ないというように足掻き藻掻くモノだった。
ブレる焦点、口から血の泡を吐きながらも、手負いの、瀕死の獣の如く、目の前で標準を合わせるフードを被った死神に、今持てる荒れ狂う全ての激情をぶつける。
「……っ、次、ダ…!! あのオん、ナ……を、殺、すまで……!! げふっ、ゴホッ! ……俺達は…止まる、ツモリは、ね、ぇ………!!!」
引き金が引かれた直後、完全に目の前が黒く染まった。
「…………ふう……」
カタカタと、いまだに震える恐怖の余韻と警戒心が収まっていない。
目の前の2人分の死体を凝視して動かないこと、そしてその体の上に現れる魂を確認して、安堵感からかまた息が漏れた。
「2つの魂を回収する、死体も頼む」
まだ幼さが残る声だった。アルトの声が手に持つ通信用機械にそう呼び掛けて、すぐさま切る。
「……それにしても…………」
フードに隠れて表情があまり見えないが、横一文に結ばれた唇とどこか納得が出来ないように首を傾げる姿。どうにせよ、その表情は曇っているだろう。
「『どうしたの? 疲れちゃった?』」
同じく幼さの残るソプラノの声が響く。鈴のような女の子の声はフードの人物の両腰に1つずつあるホルダー、その片方に収められた拳銃から発せられていた。
しかし、拳銃でありながら、その形状は不思議なモノだった。
横から見ると半円を更に二等分したような、4分の1の円を模したような白一色の拳銃。孤を描くその一端に開けられた銃口、引き金は90°の直角部分に作られ、直線部分が持ちやすいように造られている。
「……いや、私によく彼らを倒すことが出来たな、と思ったんだ」
跪き、ボトルのような物に魂を回収しながら、その問いに答えた。
「【腐敗】は私の力では手に負えない存在だから、少し……な」
フードの人物は2つの死体を眺めて呟いた。
彼らは【腐敗】と呼ばれていた。名は体を表すというが、その悪名は彼らの性質を正確に伝えている。極悪非道、残虐無慈悲が当てはまり、何人もの挑戦者を羽虫のように払っては原形を留めないほどのただの肉塊に戻し、判別がつかないほど全身がドロドロでグチャグチャな腐乱死体へと変わり果てている。
その凶悪で危険な存在は指名手配され、必ず団体での狩りが義務づけられているほどだ。
「それに、手傷を負っているような外傷もなくはない。 私が攻撃を仕掛ける前に誰かと戦い、その後に私が発見した……」
「『えっと、えと……連戦だったってこと?』」
「……その可能性が高そうだ」
つまりは運が良かった…ラッキーだったのだ。
万全な状態で出会していれば、自身も被害者になりうる未来があった、確実に───そう考えれば、背筋が凍るような思いだ。
しかし、そう考えると少し不思議な点がある。
「『あのさぁ、遭遇したのってウチらが最初だよね?』」
「そうなんだ、その筈なのだが……」
もう1人、低く気怠そうな女の声が、フードの人物の腰にある、もう片方のホルダーに収まっている拳銃から発せられた。
こちらも先程の銃と対となっているのか、4分の1の円のような形状をしている。
その双銃の使用者はそれらの問いにため息をついた。
不思議な点───それは、彼らは一体誰と戦い、そして傷を負ったのか、だ。
「私達が全力を振り絞ってようやく倒せる程まで疲弊させた人物とは一体……?」
「『ん~…、これほどの大物犯罪者なら発見した瞬間連絡されてもおかしくないのにねぇ……』」
低く呻るような女の声に、フードの人物も幼さが残る顔の輪郭に手を添わせ、むぅ、と呻る。
「……別の犯罪者、ということはないか?」
「『別の? いやいやいや、【腐敗】はどことも組まない一匹…いや二匹狼だよ? スカウトからの仲間割れにしても傷を負うかな? 第一、この辺に【腐敗】と劣らない強さを持つ犯罪者とか居たっけ??』」
「『えー? 分かんないよ? わたしたちが知らない仲間が居るかも、だよっ? もしかしたらちわげんか、かもだよっ!?』」
「『ナチュラルに腐女子を出すのやめてくんない?』」
「『だってだってぇ、そっちの方がまだ考えやすいぃ~』」
「『あのさぁ……』」
「まあ…仲間がいる・いない、どちらにせよ…調査する必要はあるな」
「『うげぇ、まぁじぃでぇ~……? ウチやだよ こーいう謎解き系のヤツ……頭痛くなってくるもん……』」
「『わたしはだいじょぶ、だよっ、がんばるよっ、がんばるっ!』」
「『アンタはドロドロした関係を見たいだけでしょーが……まだどうかも分かんないのに……』」
「………」
『……っ、次、ダ…!! あのオん、ナ……を、殺、すまで……!! げふっ、ゴホッ! ……俺達は…止まる、ツモリは、ね、ぇ………!!!』
思い出したのはこの言葉。『あの女』とは一体誰のことなのか。それになによりも、【腐敗】がその女性に殺意を抱いている…つまりはまだ殺していない、殺しそびれた人物がいるということが驚きだった。
「(末恐ろしいな…。 それ程の者がこの町には潜んでいるのか……)」
会ってみたいという興味、そして未知に対する好奇心と恐怖を半分交えて、いまだ口論を続ける双銃に制止の声をかけた。
「『というかさぁ、ウチらの元々の目的は『勝手にレヴァナントを退治する奴等』でしょ? これは範囲外だって、他の奴に任せない? というか任せようよ、うん』」
そして飛び火した。
「しかし、私達が発見した問題だ。 どうにせよ私達にこの任務は下ると思うが…」
「『マジカヨ』」
「『おーっ!』」
苦笑しているフードの人物を中心に灰色の世界が色付き始めた。
人々がざわめく音、小動物の大合唱、建物には暖かみのある光が灯っていた。
その時には、その死神の姿は消えていた。