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喰らう盾 護る矛  作者: シュガームーン
第一話:自殺願望者とハジマリの道
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ハジマリの道

「んっん~…♪ 死に損ない2名を死にご案内……ってアレだな」


 死神は顔を歪めて嗤う。

 彼の目の前には煙が湧く体育館一部。つい先程のヘドロの斬擊が被弾した、あの2人が居た場所だ。悪臭と煙で視界が悪く、鼻が利かない中、死神はあの場に残るであろう2つの魂を八つ裂きに……


「んあ?」


 異変を感じ、歩もうとしていた体をピタリと止める。煙の中でユラリと揺らぐ人影を見た瞬間にバックステップで距離を取った。


「おおっ……とぉ………?」

「『まじか……』」


 ありえない。彼らが最初に思ったことだ。アレを喰らって生きている、ましてや何とか動けていた悪魔と脆く弱い人間の女が耐えきることなど出来るはずが無い、と。



 その思考を真っ向から否定するように風が巻き起こり、それは確かに生気を持って存在していた。


 黒いツタやツルのような邪悪な紋印を全身に絡み付けた人間の女が。

 その手には黒と白の色合いが美しい、しかし全てを喰らい尽さんとする、貪欲で冷厳なる存在感を放つ盾が握られていた。











 仮契約アポジリヤとは全く違う感覚だった。



 体の奥底の心にジリジリと焼きついてくるような妙な感覚。


 直接刻まれているような不思議な感覚。


 表面じゃなく、内から吹き出てくる感覚。



 飛んでくる無数の黒い斬擊も、揺れ動く煙も、目の前の全てが一瞬だけだけど、止まって見えた。


 手に絡み付き、肥大化したナニカ。いつかのレヴァナントが思い出されて、襲いかかる斬擊をそれで防いだ。あの時と違うのは、黒い竜巻がある形を造り出していることだ。



 それは盾。


 飾り気があまりない、白と黒の対比が美しい盾。彼のイメージカラーと悪魔としてのイメージカラーが混ざり合ったような色合いに、すぐにこれが形状を変えたあの悪魔だと理解できた。


「『好きなだけ喰らえ、好きなだけ喰らわせろ。 お前の魂は俺の所有物モノで、俺はお前の盾だ』」


 頭の中で響いてくる声で確信した。こんな時でも変わらないことに安心できて笑みが生まれる。


「……盾は使用者を護ることが役目なんじゃないの?」


 食い意地をはりすぎだ、と右手に持った形の変わった悪魔を握りしめれば、くつくつと声を殺した笑い声が聞こえた。


「『俺は喰らってこそ意味があるんだ。 『喰らう』というその欲自体が俺の存在なんだよ』」


 食欲の権化、もとい悪魔は愉快そうに続ける。


「『それに俺は確かに盾だが、喰らいたいんだ、喰らいたいんだよ。 俺とお前の欲を満たすためにも、そこは矛の技量次第。 別に矛が守ってはいけないなんてのは固定観念なだけで、やってはいけないなんて誰かに決められたワケじゃねぇし……問題ないだろ』」


「……凄い分かりにくいけど、私の役目ってワケね……」


 私は盾を奮った。風が起こり、腐敗臭を放つ煙を振り払う。

 生まれ変わった気分だ。体が軽い、視界が広い、痛みが無い。今なら目の前で笑っているあの男にも太刀打ちできる。少し自信過剰すぎるかもしれないけど、そう直感した。でも、負ける気がしなかった。











 動かない。

 死神と人間はお互いを見据えたまま動かなかった。

 一方はいたぶっていたエモノの雰囲気に首を傾げ、一方は相手の挙動を全て観察し、警戒するように目を光らせる。

 武器も沈黙。2人の間にはピリピリとした空白が作り出されていた。

 そんな睨み合いの数秒後、突風のような踏み込みで床を砕く影があった。


「っ!!」

「ふっ……!」


 先に動いたのは黒白こくびゃくの盾を持つ悪魔の契約者(イレギュラー)だった。

 一瞬の動作に目を開く死神に、盾を持つ拳を突き込んだ。

 鎌がそうはさせじと振るわれるのが、ほぼ同時。


 ───ギィィイイイン!!


 鳴り響く金属音、力の拮抗、2人の足場を残して崩壊する体育館室内。


「おっ……?」


 拮抗に勝ったのは盾。グン、と押し戻されて死神は目を見開き、後ろへと飛んだ。



 追撃を。


 すぐさまもう一発喰らわせようと足に力を込め、断念した。


 鼻には悪臭が。

 耳にはボタボタと落ちる鈍重な液体の音が。

 そして目にはヘドロを滴らせた大鎌を持つ青髪の男が。


 追撃は諦めざるをえないと判断したからこそ、断念して対処に移らなければいけなかった。


「“溶けて腐れ(バッド・スポイル)”」


 大鎌が空を裂く。斬擊が発生し、共に飛ばされた汚泥。触れたもの全てを溶かして腐らせる、彼らの1番使い慣れた得意技。


「ラプス」

「『オーケィ、いくらでも喰らってやるぜ』」


 高揚した愉快げな声の直後、歯牙を備えた顎の如く、形状を変えた悪魔と斬擊が接触。

 その瞬間、


 ───ゴグン


 ヘドロも斬擊も、全てがズルリと音を立てて飲み込まれた。そして、グチャグチャと音を立てて咀嚼の音が響く。


「『ん~、微妙なオアジだなぁ……。 胃がもたれそうだ、こりゃあ』」


 喰らう盾。

 それを体現させる悪魔に使用者は少し苦い顔。

 盾は元の形に戻った。


「おおおおおっ!? やれるようになってんじゃあねぇかあああっ!?」


 一方で死神は歓喜ともいえる焦燥ともとれる声を上げた。


 嬉しかったのだ。ただの玩具のはずだった死に損ないが、人間の女が、自身の敵として相応しい程の力と能力をこの短すぎる時間の中で身につけて、成長しているのだから。


「『ちょい待ちアスター! のせられんなよ!?』」

「うるっっっせえんだよテンションハイなアレなんだからさああああああ!!!」

「『おっま……ったく! しょうがねぇガキかよ、っんとによお!』」


 全力で殺す。殺したいがためにパートナーの冷静な抑止の声も振り払い、力を込めた。

 どんなに止めても決して彼は止まらない。それをパートナーはよく分かっていた。

 だからこそ最終的には諦めて、付き合う方向で考えを纏めたのだった。


 ゾワリ、と空気が変わった。

 先程の比ではない。

 倍、いやそれ以上の力が彼らに集まっていた。


 先程までの彼女であれば、怖じ気づいて、足をすくませて、とても太刀打ち出来なかっただろう。

 しかし、今は怯えを一切見せない。


 越えるべき壁


 そう認識しているからこそ、平然と盾を構えていた。



「『んだこりゃ、どうすんだよ。 イキナリハイになってんだけど?』」


「……ごめん、ラプス」


「『……は?? どした?』」


 質問の答えでも嫌みでもなく謝罪の言葉に戸惑う悪魔だが、目の前の強敵の凄まじい殺気にちっ、と舌打ちする。


「───溶け落ちろ、崩れ落ちろ、爛れ落ちろ───」


「『問いただす暇もねぇってか、』」


「───うん」


「───腐れ堕ちろ “腐敗して堕落せよ(ディケイ・カプリオン)”」



 振られた大鎌、放たれた必殺の一撃。


 カナは迷いを見せずに、それに向かってスタートダッシュ。


 盾を前に突き出し、その滝をも思わせる荒波に呑まれた。



 守り切れない肌が波に剥がされ、ジュッとおぞましい音と共に溶けていく、腐っていく。


 しかしその程度で彼女は止まらなかった。ブレもしなかった。ただひたすらに、真っ直ぐに突き進む。

 暗闇の中を突き進むことをやめたりしなかった。諦めなかった。


 彼女の目には、


「……は、」

「『まじか、』」


 ギラギラと命を燃やして、ひたすらに輝く勝利と生への執念が宿っていたから。


 宿っていたからこそ、暗闇から真っ直ぐと抜け出たのだ。



 更に1歩、大きく強く踏み込む。

 体を反らせて、弓を引き絞るようにギリギリと、盾を持つ手をより強く、限界まで。


 頭の中で走馬灯のように過去が流れた。

 ずっと独りだった。誰も私と関わろうとしてくれなかった。少しでも皆と繋がっていたいから、すがりつくように他人のオネガイも暴力も暴言も受け止めていたのかもしれない。


 ───だからこそ


 ここからが始まり。ここからが初めて自身で歩くと決めた道。酷く安価で、ちゃちな決意かもしれない。でも確かに想いを込めて、引き絞った右腕を突き出して、高らかに、


「“ハジマリの道(オリジネイト)”!!」


 矢の如く放たれたその拳は、防御の大鎌を抜けて直撃。

 相手の体に深く喰らいつき、勢いよく吹き飛ばした。

 壁へと当たるも勢いは止まらない。コンクリートを砕き、外へと突き抜けた。


 まだ安心は出来ない。

 死神の跡を睨みつけながら息を荒く吐き、震える足を抑えつけた。


 ……起き上がってくる気配はない。殺気も闘志も感じなかった。


 そこでようやく警戒を解いた。


 勝った、と勝利の余韻に浸ることができて、安堵した息を吐き出し、地面へと座り込んだ。


 その際、滑り落ちるように離された盾は、すぐさま本来の姿、白髪の悪魔…ウサギもといラプス=グリムへと戻った。


「セーフ」


 地面に激突することなく着地したが、座り込んでいる契約者の隣にガクリ、と崩れるように座り込んだ。


「……というか、カナ……。 さっき謝ったのってアレか? 俺をヘドロの中に突っ込むからかよ」


 全身ボロボロのまま、息を整えながら、先程の契約者の言葉の真意を確かめた。すると彼女は荒い呼吸をしながらわずかに口角を上げる。


「……うん、よく分かったね」


「おっまえ……なぁ………」


「でも、アンタが溶け腐るとは思ってなかったよ。 アンタ凄いしつこいし、ヘドロまで飲み込むし」


「あのヘドロは胃がもたれるんだよ。 口直しにキス。 フレンチでガマンするから」


「ゲスの極みだな変態」


「くっはは! 冗談だジョーダ、」


 軽やかないつもの会話を交えていた和やかな最中、ラプスの言葉が続かず会話が急に止まった。その顔は笑みのまま固まっている。


「え……? ラプス?」


 突然黙った悪魔を不審に思ってか、その強張った顔を覗き込んだカナ。


 直後、


「い、ぎ、あああがああぁああぁアアアっ!!?」

「えっ!? えっ?ちょっ……!?」


 獣のような悲鳴をあげて地をのたうち回った。

 あまりに急なことで、驚き困惑、そして焦燥感を覚えるカナ。

 頭と胸に爪を立てて悶えるのを止めさせようと腕を押さえたが、強い力で抵抗されて止めようにも止められない。腕力の差が明らかだった。


 ふと下へと目を向けた。

 掻き毟られて血が滲む胸から淡く白い光が漏れ出ているのが目に映った。


 もしかして、契約の副作用が……!?


 カナは顔を青ざめた。

 この痛がる様子は半端じゃない。命に関わるものかもしれないと考えても、悪魔の対処法…具体的な解決策など思い浮かばなかった。


 そしてその不可思議な状況は───


「あ、え、いだ、ぃ…ああああああアアア!!?」


 遅れてカナにも起こっていた。

 押さえつけた膨らみの少ない胸には淡く黒い光が漏れ出ていた。


 契約


 お互いにお互いの魂を心に、魂に刻み焼き付ける。

 種族の違う異なる魂をそれぞれの魂と混ぜるように、逃がさないように、縛り付けるように、交わされる歪で神聖で邪悪な契約。

 制約と誓約を取り付ける代償として2人を襲う苦痛は、彼らを見ればいかほどかを思い知らしめた。


 悲鳴をあげ、のたうち回ること数分後、あらがえられない苦痛地獄がようやく終わった。胸元から漏れていた光はいつの間にか消えている。

 お互いの呼吸が聞こえる静寂な体育館。何故か壊れた跡すら残っていないピカピカの体育館の床の上に寝そべっていた。


「………カナーー…、生きてるかぁ……?」


「……なんとかね」


「……涙声じゃね?」


「泣いてない……っ」


 外傷などの身体的苦痛ではなく、ストレスのような内を抉られる精神的苦痛から解放された2人は、しばらく寝たまま動かなかった。


「……『魂の契約(テスタメント)』………、思ってたよりもかなりきつかったな……」


 独り言を呟きながら起き上がったのは、悪魔…ラプス=グリムだった。まだ体が軋むのか、端整な顔を少し歪めている。


「……もう昼休み、過ぎてると思うけど、」


 どーするよ、と自身に背を向けて蹲っているカナに声を掛けた。


「……今日はもう帰るよ……。 こんなボロボロのまま授業に参加すると驚かれるし」


「あれぇ、オトモダチとのお約束はもういーワケ?」


 からかうような声色にカナは沈黙。からかいすぎたか、とラプスは反省するように1つ息を吐いてボサボサになった髪を掻いた。


「自分で考えることが、メンドくさかったんだよ」


「ん?」


 ポツリと呟いた。


「自分が我慢すれば、全部どうにかなるって思ってた、信じてたんだよ」


 考えることはとっくの昔に放棄していた。そうすれば、周りの波に飲まれて、呑まれた通りに生きていけば、上手くやれると思っていた。


 でも、


「もうやめた。 周りの人形にはならない。 自分が好きなように生きるよ」


 起き上がり、ラプスの目を見て宣言する。それに目を細めて満足そうに笑った彼。


「なぁ~んだ、お前やっぱ泣いてんじゃん」

「うぐ、」

「目も鼻もほっぺたも真っ赤でカ~ワイィ♪」

「黙れクズ見んなバカ変態」


 恥ずかしいの(照れ隠し)を隠したいのか、そのにやけた顔をはたくカナ。モミジを顔に貼り付けたラプスは恍惚そうに顔をとろけさせて喉を鳴らした。


「本当に大丈夫かねぇ、カナちゃんは……」


「ちゃん付けヤメロ」


 バチン、と逆にもモミジを貼り付けられた。


「さっきも叫んで宣言したじゃん」


「んあ……あー、“ハジマリの道(オリジネイト)”ってヤツ?」


「そ。 それそれ」


 悪魔と出会って、はじめて自身で1歩踏み込めたような気がした。

 やっと灰色の世界が色付き始めた。

 自身の歩く道は自分で作る。

 それが茨の道でも獣でも蛇でも関係ない。

 他人からレールは敷かせない、敷かされない。

 そう決意することが出来たのは、やっぱり目の前のコイツのお陰で───


悪魔ラプスと会えて良かったと思ってるよ」


 ───そのことはちゃんと感謝しないといけないと思ったから、今まで使うことがほぼなかったこの言葉と表情を引っ張り出す。


「ありがとう」


 ちゃんと笑えているだろうか、と心配になったが、目の前でいい顔で笑い返してくれたウサギ……じゃなくてラプスに安心した。


「……そうかい。 俺もイイ女と出会えてラッキーだと思ってるぜ、人間カナ






 お互いがお互いに手を伸ばし、支え合いながら、2人は激闘の場から去って行った。


「……ってか、あの技名って土壇場で思いついたんだろ?」


「え?うん。 中二病スキルが役に立った」



 ─────ここからが2人の道のハジマリ

 ここで1話目が終了です。

 ネタ作成の為に時間がかかると思いますが、見てくださった読者の方々、良ければ待っていてくれるとありがたいです。


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