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喰らう盾 護る矛  作者: シュガームーン
第一話:自殺願望者とハジマリの道
12/18

『テスタメント』

「……逃げろって言ったの、分かんなかったか?」


「分かったよ、バカにしてんの?」


「だったら、」

「でも、私は自分で助ける(こっちの)道を選んだ。 道は自分で決めるって決めたからね」

「いつよ」


「ついさっき。 強いて言うならウサギがボコボコにされてる間に」

「おい?」


 何でもないように返されたカナの一言にウサギは数瞬の間ポカンとしていたが、ようやく飲み込めたのか、吹き出した。



 直後、険しい顔を作り、カナを引き寄せて残った余力を使って横へと跳ぶ。



 ジュワリ……


 床が腐れて抉れた一線からは煙が生じる。ウサギの反応が遅れていたら、そのまま縦に切断されていただろう。


「『バッカだなぁ、そのまま逃げりゃ良かったのに』」


 凶器の大鎌に姿を変えている彼がため息でもついているのか、呆れ気味の声がその場に響いた。


「お生憎。 もう決めてここにいる以上、私は逃げないし、アンタらが逃がしてくれるとも思っていないから」


「……ふぅ~ん? 人間にしてはアレだな、イイ目をしてんな」


 ニタニタと口元は歪み、ギラギラと瞳が輝く男は、ユラユラと体を不規則に揺らして、カナの目を見て笑った。フードはもうめくり上がっていて、ボサボサの真っ青な髪が光に反射している。


「それともアレか? 何かキリフダでもあんのか?」


「だったら?」


 どうした、と言わんばかりに強気な笑みを魅せるカナに死神は愉悦そうに舌なめずりをして目を細めた。


「やれるモンならやってみろってこった、“溶けて腐れ(バッド・スポイル)”」


 振られた三日月の斬擊。


「ウサ……ギャッ!?」

「色気ねぇな、分かってんよ!」


 伝えるよりも先に彼女を引き寄せ、ボロボロのその体のどこに力が残っているのか、ヘドロの斬擊を躱した。

 全身に力を込める度にブシュッ、と血が噴き出て、床にパタパタと落ちて跡を残す。


 多量出血が先か、斬擊を喰らうのが先か、そんな1つのミスで命を落とすような状況でも、彼は楽しそうに笑っていた。


「くふふっ♪」


「なにこんな時に笑ってんのキモイ」


「いんやぁ? んで? なにか勝算でもあんの?」


 相手の猛攻を避けながら、彼は腕の中で毒を吐く彼女に話しかけた。


「さあ、どうだろ。 その勝算を少しでも上げるために知りたいことはあるけどね」


「ん? なにを?」


 ウサギは相手の攻撃の挙動をじっと見つめながら耳を傾けた。


 知りたいというのは、何なのか。相手の攻撃パターンか、それとも逃走経路か……。

 そう思っていた、のだが……。


「ウサギの名前、教えてよ」


 この状況に全く似合わない頼みだったから、ウサギは目を見開いた訳ではなかった。

 彼の見た彼女の目は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。











「仮契約があるんだったら、本当の契約…って言うのかな? それは存在するの?」


 数日間の食事中にカナから発せられた疑問が始まりだった。


「ん? んーーー……」


 モグモグと頬一杯に食べ物を詰め込んでいる悪魔は、それ全てをゴギュグと飲み込んだ後に水を口に含んだ。


「……ぷはっ、あるぜ? いきなりどうした」


「いや、ちょっと気になっただけだけど。 一時的な契約ものがあるんだったら、永久的な契約ものもあるのかなって」


「ん、まあ、間違っちゃねぇな」


 おかわり、とお茶碗を渡そうとするウサギにカナは冷たく「自分でやれ」と受け流す。はいはい、と彼は投げやりに答えて立ち上がり、台所へと向かった。


「『魂の契約』って言うんだ」


「?魂……?」


「ああ、ある意味こっちの方がイメージしやすいんじゃねぇの? ま、内容は人間共とはちょっと違うかもな」


 炊飯器から白米をよそって、昔話のように山を作っているウサギは目を輝かせてよだれを垂らしながら説明し始めた。


「聖なる契約……、テスタメントとも呼ぶかな。 人間にとっても、人外おれたちにとっても、禁忌と例えられる…ある意味ヤバイ契約だ」

「エ」


 物騒な言葉にバッと台所へと勢いよく振り向いたカナにウサギは「大丈夫だって、多分」とカラカラ笑った。


「禁忌って言っても、俺達にしてみれば暗黙の了解ってヤツさ。 人間は傲慢でつけ上がりやすいからな。 すぐに調子に乗るし」


 白米の山ご飯をテーブルに置くと席に着き、すぐにおかずであるメンチカツにパクリと喰らいついた。


「まー、れぼ、」

「飲み込んでから喋れアホ」

「んぐっ……。 まーでも、さかのぼるとその契約を交わしてるヤツも居るもんだぜ? 確か……メフィストフェレスとか言ったっけな?」

「へっ……?」


 ポトリ、とカナが食べようとしていたメンチカツが箸から茶碗へと滑り落ちた。


「メフィストフェレス? それって、あの……ファウストとかの?」


「……さあ、俺はキチンとした教育とか受けてねーし、人間側のヤツの名前は全く覚えてねーけど……」


 どーだったかな、とポリポリとたくあんをつまんで、ウサギは首を傾げていた。しかし、すぐに考えを放棄するようにガツガツと音がつくほどに目の前の料理をかきこんだ。


「話は戻すけど、」

「(コイツ全部たいらげやがった!!)」


 その結果、食卓にあがっていたメンチカツやたくあん、白菜、みそ汁……ウサギの腹を見込んで多めに作っていたその他もろもろが、綺麗に彼の胃の中へと収まった。唯一の例外はカナのお茶碗の中の少ない白米と食べかけのメンチカツのみ。

 それでもまだ余裕そうにみそ汁とご飯を食べようとするウサギとのこれからの食生活と食費に少し身震いをするカナ。


「契約方法は簡単だ。 お互いの魂にお互いの真名を刻む。 それだけだ」


「……お互いのマナ…、を魂に?」


 恐らく炊飯器に残っていたであろう全てと、まさかの鍋ごとを持ってきたみそ汁を腹に収めながらウサギは肯定した。


「あんまり詳しいことは分からんが、お互いがお互いのモノになるってことじゃねーの? いくらかの制約があるかもしれないけど、その分強力だ。 契約者にんげん人外おれたちと同等、もしくはそれ以上の能力を手に入れることが出来る。 全ては契約者が望むままに、契約の力でそれは叶う」


 だが逆に、と悪魔は手に持つ箸をくるくると回した。


「契約者が死ねば……この場合、お前が死ねば、俺がお前の魂を貰う。 その魂をどうするかは俺次第。 それから先のことは俺にも分からんが、まー軽く考えて自由は一切無いだろうな」


「……凄いのか凄くないのか、よく分かんないんだけど」


「ふはっ、んじゃあもっと分かりやすく簡単に言おうか? お前、オレの名前知らねぇだろ?」


「……それは、そうだけど……アンタが教えてくれないだけじゃん」


「人間に真名を教えると色々と厄介らしいんだ。 ほら、昔は真名を知られると呪殺されるとか、悪魔召喚の際に悪魔が真名を呼ばれると呼んだ奴に支配されるとかあるだろ? 人間に名前を教えるのはタブーなんだよ。 仮契約アポジリヤは供物だけでどうにかできるしな。 名前なんか教えなくてもそれなりに契約は成り立つし、あんまり馴れ合うつもりもないし」


「の割には私と食事してほぼ食い散らかしてるよね、アンタ」


 鍋と白米を食い尽くしても、まだけろりとしているウサギをカナはじとりと睨む。それに介さず彼はくつくつと喉を鳴らして笑った。


「俺が名前を教える時は、それこそ契約を結ぶ時だぜ?」


 話をくくるように、ウサギは睨んでいるカナをニヨニヨと見つめた。











 脳内の過去を駆け巡った視界が現在いまへと戻る。


 襲いかかる斬擊を、後方へと大きく跳び下がって回避して着地。その間も、ウサギはカナの目から自身の目を離さなかった。カナは睨むように、ウサギは呆気に取られるように。


 そして、


「………そうだな」


 ツゥ……、と彼の顔が吊り上がった。その笑みはまさに悪魔のように。


「そうだよなぁ、人間も悪魔も天使も神も……結局は欲に忠実なんだよなぁ……!」


 彼は少し迷っていた。情が移った故か、元からの性格故か、危険に彼女を巻き込んでも良いのか、と。


 自分が人間である彼女に執着なんぞしなければ、ただ自分が死ぬだけで良かったのでは、と思っていた。



 しかし、カナの今の今までの、更に今の力強く、何よりも脆く自虐的な目を見て、全てが杞憂であったと知った。

 彼女は元々その命を捨てようとしていた。周囲から蔑まれ、嫌われ、利用されて、飲まれていて……、自殺を図った末にウサギと出会ったのだ。


 そのことを彼は思い出した。




「ん~?」


「『なんだ、あいつら……』」


 足を止めた。避けるのもやめた。

 抱きかかえていた彼女を降ろして、ウサギは笑みを浮かべたまま、その小さな後頭部へと手を回す。


 その様子に大鎌を止めて、首を傾げた死神は、一瞬の後に再びヘドロを滴らせた。


「『とりあえずチャンスだ』」


「だな、“溶けて腐れ(バッド・スポイル)”」


 無防備な獲物を狩らないという選択肢は彼らに、特に死神には無かった。

 振られた一撃。毒々しい黒の斬擊が飛来。それが───


「じゃなくてアレだ、“腐乱糜爛フランビラン”だ」


 ───飛び散る複数の斬擊の汚泥にへと姿を変える。今までのものよりも小振りだが、その数は遥かに多い。

 一つ一つが小さいため、即死とまでは行かないだろうが、その威力は劣らない、数が多いため逃げ場が無い。被弾数をより重視した技でも、重く深い損傷を喰らうだろう。


 しかし、2人はそれに目もくれず、全く関せず、決して動じず、お互いをじっと見つめ合っていた。

 不意にウサギが、目の前の相手の耳へ口元を寄せて、


「──────────」


 囁いた。

 スローモーションの周囲。それは死の直前のものと似ていて異なる、別のもの。

 音すらも静止する世界で、彼女の鼓膜を揺らしたのは、低く、愉快げな男の声だった。頭の中でその声を何度も何度も反復して、彼女はゆっくりと口を開いた。


「思っていたよりも、普通の名前で安心したよ───





















 ──────────ラプス=グリム」






 耳元の魂を売った人間(けいやくしゃ)の答えに悪魔は笑う。



 直後、斬擊が直弾した。

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